羽田圭介が語る「去年の冬、きみと別れ」|思わずダマされた!真の“サスペンス”と映像化の意義

中村さんの“サスペンス”は、映像と親和性が高い

──本作に限らず、自分の作品や好きな小説が映像化されることに対して抵抗はありますか?

別に抵抗はないですね。「映像化には向いてないんじゃないのか?」と思っても、観なければいいだけの話なので(笑)。

──なるほど。以前中村さんにお話を伺ったとき、「映像化の可否は脚本を読んで判断する」とおっしゃっていて。例えば羽田さんの「スクラップ・アンド・ビルド」が2016年にドラマ化されたときは、どんな流れだったのでしょうか。

羽田圭介

一応、テレビ局のプロデューサーや文藝春秋の映像部の方から、すごくかしこまった感じで「確かに原作と比べればこの脚本の変更点は……」とたくさん説明をされたんです。でも「好きなように作ってください。それにうちテレビないから観られないですし」って言って。逆に、普段それだけNGや細かい注文を言う原作者が多いんだろうなと思いましたね。僕はほかの作品の企画でも、脚本をPDFで送ってもらった翌日には「特にこちらからの指摘はありません」と返すくらいです。

──原作からの変更点も気にならないのですか?

小説とは別物だと思っているので、宣伝になればいいやという感じ。あくまでも映像化されたらもう原作者のものではないですし、そこで僕が自己表現しなくてもいいかなと思うので。

──でも万が一、その作品がまったく違う物語として認知されたらショックなのでは?

例えばの話ですけど、もし映像化作品の評判が悪かったら悪かったで「原作はこんなに素晴らしいのに」って擁護してくれる人が出てきてくれると思うんです。そうすればみんな原作を買ってくれそうですよね。反対に映像作品が面白ければ、原作も面白いんじゃないかという流れになりそうなので、どっちに転んでもいいのかな、と。僕がその映像化に深く関わる立場だったら自分の能力も問われるので、もっと首を突っ込むと思いますけど。

──確かに、どっちに転んでも得な気がしてきました。

「去年の冬、きみと別れ」より、岩田剛典演じる耶雲恭介。

中村さんは、今年2本も作品が映画化されてうらやましいですよね。ただ中村さんの場合、映像化を狙っているわけじゃなくて、あくまでご自身のやりたいサスペンス要素のある文学が、たまたま映像と親和性が高いんだと思います。僕の作品はその親和性がすごく低いんですよ、視野の狭いやつが暴走する話ばっかり書いているので(笑)。男ばっかり出てきて、若い女のキャストが使えないですし。映像化の話なんかそうそう来ないので、中村さんはすごくうらやましいですね。

──羽田さんがバラエティ番組にご出演されることで、作品を読んでみたいと思うような人々もたくさんいると思います。

自分自身が芥川賞を獲って、2年半くらいいろいろな媒体で仕事をしてわかったのが、世の中には小説を読まないと決めている層が圧倒的に多くいるということ。小説は自分の人生と関係のないものだと決めつけている層が、日本人の9割以上を占めているんです。ただ、それでも投げ銭代わりに本を買ってくれる人がいることもわかってきました。「読まないけど買います」みたいな。

──そんな人がいるんですか?

けっこういるんですよね。でも、大人なのに図書館で借りて熱心に読んでくれる人よりもいいのかもしれない。「羽田さんの本を図書館で読んで感激して、今こうして手紙を書いています」ってめっちゃ長い手紙をもらっても、「いや、じゃあ買ってほしいんだけど」となりますから(笑)。

今を逃したら、これほどの満足感とともに観ることはできない

──最後に、この映画を特に楽しめるのは、どんな層の人々だと思いますか?

羽田圭介

若い子なんてみんな貧乏ですし、なかなか映画館で映画を観る気がないと思うんです(笑)。でもそういう人ほど、お金を払って2時間拘束されて、大画面でこの映画を観たらすごく面白いんじゃないかな。デカい怪獣が出てくる映画でもないし、宇宙空間を舞台にしたSF作品でもないですけど、映像表現特有のさりげない風景に情報が詰まっているので、普通の街、海辺の風景、夕日の差し込む散らかった部屋のあの感じをきちんと受け取るために大きいスクリーンで観たほうがいい。ゲレンデとカイエンがライトを点けてさびれた街にやってくる、あのニュアンスはたぶんテレビ画面やスマホ、タブレット画面で観てもあまり伝わらないはずです。

──それがこの原作を映画化した意味にもつながってきますね。

はい。この映画が大画面で公開される期間は2、3カ月くらいのはずなので、期間限定の祭りみたいなものだと思ってほしい。「今を逃したら、これほどの満足感とともにこの映画を観ることはできない」ということを意識して、さっさと映画館に観にいったほうがいいと思いますね(笑)。

岩田剛典インタビュー
「去年の冬、きみと別れ」
2018年3月10日(土)全国公開
「去年の冬、きみと別れ」
ストーリー

結婚を控える記者・耶雲恭介は、“最後の冒険”としてあるスクープに狙いを定めていた。その相手とは、世界的に有名な天才カメラマン・木原坂雄大。猟奇殺人の疑いで一度は逮捕されたものの、姉・朱里の尽力により事故扱いとなり釈放されていた。真実を暴く本を出版しようと、担当編集者・小林良樹の忠告も聞かず木原坂に接近する耶雲。取材にのめり込んでいく耶雲をあざ笑うかのように、彼の婚約者・百合子にまで木原坂の魔の手が迫り……。

スタッフ / キャスト

監督:瀧本智行

原作:中村文則「去年の冬、きみと別れ」(幻冬舎文庫)

主題歌:m-flo「never」(rhythm zone / LDH MUSIC)

出演:岩田剛典、山本美月、斎藤工、浅見れいな、土村芳、北村一輝ほか

岩田剛典インタビュー
羽田圭介(ハダケイスケ)
1985年10月19日生まれ、東京都出身。大学在学中の2003年に「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞を受賞したのをきっかけに、数々のテレビ番組にも出演。2016年には「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」を、2017年には「成功者K」を発表した。

2018年3月8日更新