羽田圭介が語る「去年の冬、きみと別れ」|思わずダマされた!真の“サスペンス”と映像化の意義

「教団X」で知られる芥川賞作家・中村文則の同名ベストセラー小説を、岩田剛典(EXILE、三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE)主演で映画化した「去年の冬、きみと別れ」が、3月10日に公開される。「グラスホッパー」の瀧本智行がメガホンを取った本作は、ある事件の真相を追ううちに抜けられない罠にはまっていく記者の姿を描くサスペンスだ。主人公・耶雲役の岩田のほか、耶雲の婚約者・百合子役で山本美月が、猟奇殺人事件の容疑者・木原坂役で斎藤工が出演している。

映画ナタリーでは、本作の特集を2回にわたり展開する。第1回として、「スクラップ・アンド・ビルド」「成功者K」で知られる作家・羽田圭介にインタビューを実施した。原作者の中村と親交があり、自身の芥川賞受賞時も中村から祝福コメントを贈られていた羽田。一言目に「ダマされました!」とこぼしていたこの映画の見どころや、“小説の映像化作品”に対する独自のスタンスを語ってくれた。

取材・文 / 浅見みなほ 撮影 / 笹森健一

原作を丹念に読み込んだはずの自分がダマされるなんて

──たった今映画をご覧いただきましたが、率直にいかがでしたか?

ダマされました!(笑)

──ありがとうございます。まずは中村文則さんが2013年に発表された原作との出会いから伺えればと思うのですが。

羽田圭介

実は書評を書くために、かなり早い段階で原作を読んだんですよ。もちろん、読んでみても書きたいと思えなければ書かなくてもいいのですが、面白かったので、当然書きたくなった。この作品に限らず、書評を書くとなったらもちろん斜め読みではいけない。それくらい丹念に読み込んだはずの自分が、その映像化作品を観て「えー!」ってダマされるなんて、どういうことなんですかね(笑)。

──ストーリーはわかっているはずなのに(笑)。当時はどんな書評を書かれたのでしょうか?

日本の小説においてはもう数十年も前から、最初からはっきりとジャンル分けされたミステリーやサスペンスが求められているし、作家もそれに合ったものを書く構図ができあがっているんです。でもこの小説は、そうやって分類される前のサスペンスである気がしたんですよね。密室殺人が行われているようなわかりやすいサスペンスではなくて、読者の心が宙吊りにされて着地点がない、心もとない感じっていう本来の意味での、“サスペンス”という感想を書きました。

──その原作小説をもとにしつつ、この映画では描き方がガラッと変わっていますよね。

不思議なんですよね。中村さん自身も「ダマされた!」とパンフレットに書かれていて、書いた本人がダマされたってどういうことだと(笑)。それを読んでいたので、役や物語も全然違う作品になっているのかなと思ったら、意外とストーリーは原作に忠実なところが多くて。じゃあなんでこんなに印象が違うのか?と言われたら、中村さんの文体に一人称や二人称なんかが多いことが影響していると思うんです。原作を読むと登場人物の目を通して見える事象や、心理描写が多め。ただそれはあえて登場人物たちの視野を狭くして書いているので、計算のうえで、目に映る風景は省かれているわけですよね。でも映画では、当然のことながらどんな風景も鮮やかに立ち上がる。視覚的な情報が多いだけで、かなり違ってくるんだなと思いました。

──小説ではあえて省かれる風景描写も、映画では表現せざるを得ません。

監督はきっと映像化の強みをわかっていたからこそ、ストーリーは原作と大きく変えなかったんじゃないですかね。映像として画を作り込めば、作品として大きな印象の変化があることをわかっていて、ああいう脚本のバランスになったんだと思います。

──なるほど。では小説と比べたときの映像表現の強みとは、なんだと思いますか?

「去年の冬、きみと別れ」より、斎藤工演じる木原坂雄大。

そんなに大事なシーンじゃないところでも、画にこだわることによって本筋とは関係のないニュアンスも含ませることができる部分だと思います。この映画でそれを一番強く感じたのは、木原坂雄大がベンツのゲレンデ(ヴァーゲン)、姉の朱里がポルシェのカイエンに乗っていろいろな場所にやって来るシーン。姉弟とも、自分を強く見せるかのようなデカい車に乗ってやってきて、さびれた街にカイエンの虫の目のような鋭いライトが光る。ストーリーと直接は関係ないですけど、小説ではいちいち表現されない登場人物の気負ってる感じが表れていたので、これこそ映画の強みだと感じました。

「去年の冬、きみと別れ」
2018年3月10日(土)全国公開
「去年の冬、きみと別れ」
ストーリー

結婚を控える記者・耶雲恭介は、“最後の冒険”としてあるスクープに狙いを定めていた。その相手とは、世界的に有名な天才カメラマン・木原坂雄大。猟奇殺人の疑いで一度は逮捕されたものの、姉・朱里の尽力により事故扱いとなり釈放されていた。真実を暴く本を出版しようと、担当編集者・小林良樹の忠告も聞かず木原坂に接近する耶雲。取材にのめり込んでいく耶雲をあざ笑うかのように、彼の婚約者・百合子にまで木原坂の魔の手が迫り……。

スタッフ / キャスト

監督:瀧本智行

原作:中村文則「去年の冬、きみと別れ」(幻冬舎文庫)

主題歌:m-flo「never」(rhythm zone / LDH MUSIC)

出演:岩田剛典、山本美月、斎藤工、浅見れいな、土村芳、北村一輝ほか

岩田剛典インタビュー
羽田圭介(ハダケイスケ)
1985年10月19日生まれ、東京都出身。大学在学中の2003年に「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞し小説家デビュー。2015年「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞を受賞したのをきっかけに、数々のテレビ番組にも出演。2016年には「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」を、2017年には「成功者K」を発表した。

2018年3月8日更新