
座談会参加者 プロフィール
古家正亨(フルヤマサユキ)
1974年北海道生まれ。2009年に日本におけるK-POP普及に対し、韓国政府より文化体育観光部長官褒章を与えられた。現在はラジオDJ、テレビVJ、イベントMCなどを通じて韓国カルチャーの魅力を伝える。駐日韓国文化院のYouTubeコンテンツ「Kエンタメ・ラボ~古家正亨の韓流研究所~」ではMCとして、特に韓国ドラマ・映画の情報を多角的に紹介している。
古家正亨 | Sun Music Group Official Web Site
古家正亨 (@furuya_masayuki) | Instagram
西森路代(ニシモリミチヨ)
愛媛県出身のフリーライター。主な仕事分野は韓国映画、日本のテレビ・映画についてのインタビュー、コラム、批評など。著書に「K-POPがアジアを制覇する」「韓国ノワール その激情と成熟」「あらがうドラマ 『わたし』とつながる物語」、共著に「韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020」などがある。
金山(キンサン)
韓国出身。日本への留学を経てKDDIへ入社。2010年頃、同社で映画の出資事業を立ち上げたのち、プロデューサーとして「FUNNY BUNNY」「Winny」に携わる。2024年には韓国映画に特化した配給レーベル「K cinema」の立ち上げにも参加した。
「あなたが眠る間」は泣きのシーンがすごくストレート(古家)
──今回はKDDI Picturesのレーベル「K cinema」によって公開される韓国映画3作品について皆さんに語り合っていただきます。まずは「あなたが眠る間」という映画ですが、どのようにご覧になりましたか?
西森路代 ジャンルで考えると、いろんな要素がある映画でしたね。映画のフライヤーには「愛」「涙」とあるので、夫婦間の切なくてピュアな物語だと思って観始めたら、それだけではなかった。最後までどうなるのかハラハラしていたらあっという間に観終わってしまいました。
古家正亨 これから観る人にどんなふうに伝えたらいいのか、難しい映画ですよね。できれば何も前情報を入れずに観ることをお勧めしたい。僕も一切予習することなく観たんです。それに「あなたが眠る間」っていうタイトルも深いですよね。「間に」とか助詞がないことにも意味があって、観た人にはその理由がわかるんじゃないかな。そして、結婚している身としていろんなことを考えさせられました。
──「愛した夫の“真実”に、大粒の涙が止まらない──」というキャッチコピーですが、泣きましたか?
古家 泣きそうにはなりましたね。この映画は女性主人公、つまり妻側の目線の描写が多く、夫の側の目線ではあまり描かれていないので、後半、夫側の気持ちが見えてきたときに泣きそうになりました。
金山 僕は泣きまくりました。買い付けをするときに試写で観ましたが、あらかじめ泣ける映画だとわかっていたのに、想像以上に泣きました。
西森 実は私は泣いてはないんですが、最後のほうにいろんなことが見えてきて、ああ、あの行動にはこんな気持ちが込められていたんだってわかったときに、ぐっときました。
──監督はスリラー映画「カル」で知られるチャン・ユニョンですが、過去作を感じさせる部分はありましたか?
古家 僕は「カル」よりも、1997年の「接続 ザ・コンタクト」という作品を思い出しました。「接続」は日本の森田芳光監督の「(ハル)」に影響を受けているんですよね。
西森 どちらもパソコン通信の話で。
古家 僕は「接続」をきっかけに韓国映画に関心を持ち始めたんです。それで「あなたが眠る間」にも、「接続」の空気を感じました。
西森 すごくわかります。韓国映画が日本で話題になったきっかけはやっぱり2000年に日本公開された「シュリ」ですが、その少し前にはホ・ジノ監督の「八月のクリスマス」や「接続」、そういう日常を描くタイプの韓国作品が公開されたり放送されたりしていたんですよね。その頃の韓国映画を思い出しました。それと同時に「接続」と、あんな恐ろしいサイコスリラーの「カル」、そして「あなたが眠る間」はすべて同じ監督が撮ったものだったのかと改めて驚きました。でも「あなたが眠る間」も脚本の緻密さや、展開の意外性で見せるところは「カル」の要素を感じました。
古家 ある意味、「韓国っぽい」ところが濃縮されている話でもありますよね。
西森 確かに、記憶を失ったヒロインの話という意味で、「私の頭の中の消しゴム」も彷彿させますもんね。それと横浜流星でリメイクもされた、ソ・ジソブ主演の「ただ君だけ」とか、ミステリーの「告白、あるいは完璧な弁護」なんかも思い出しました。
金 この映画、どんな人が観るだろうと考えたときに、真っ先に「私の頭の中の消しゴム」を思い出したんですね。ほかにも、チェ・ジンシル主演の「手紙」だとか。こうした作品を観ていた世代の方に興味を持ってほしいし、昨今は、泣ける韓国映画がなかなか日本に入ってきていないので、久々に泣いてほしいです。若い方たちにどんなふうに観てもらえるのかも楽しみですね。
古家 僕はイ・ジョンジェとチョン・ジヒョンの「イルマーレ」の空気感を思い出しました。ファンタジックなところもありますし、「イルマーレ」もクリエイターが出てくる作品ですし。最近の韓国映画やドラマでは、泣きのシーンが以前に比べると抑え目になっていることが多いんですが、「あなたが眠る間」の感情表現は懐かしいくらいにすごくストレートでした。
金 僕はそこがすごくすっきりする部分だと思うし、泣くシーンでは思いっきり泣けるので、久々の典型的な韓国映画だと感じました。
ヒロインが天真爛漫、男性キャラクターはツンデレで懐かしい感じ(西森)
──「夏の終わりのクラシック」はいかがでしたか?
古家 「冬のソナタ」などの“四季シリーズ”で有名なユン・ソクホ監督とは一緒に仕事をすることが多かったんですけれど、個人的に今までの作品からは「性」を感じたことがなかったんです。本作は主人公の女性と、彼女が出会う男性はそれぞれ結婚していて、そして何かを抱えていてという、よくあるプロットではありますが、今作では初めて監督が描く「性」を感じました。舞台となった済州島は石・風・女性が多いと言われていて、この映画にはそれがすべて出てきます。その中の「風」に「性」を感じたんですよね。台風が来たりと、気象の変化などを通して間接的に描写しているのかなと見ました。
金 もともとドラマを作っていた監督ですが、この映画に関しては、ずっと撮りたかったものを表現しているのかなとか、監督の中で熟したものを出したかったんだろうなと私も思いました。
西森 私は、中年が主人公の作品や恋愛ものが観たいと思っています。今年後半も堺雅人・井川遥共演の恋愛映画「平場の月」が公開になったりするし、意外と中年の話が増えてきているなと思っていたんですね。そんなところで、ユン・ソクホ監督もそのような作品を作ったのか、タイミングがいいなと。ただヒロインが天真爛漫で、自分のことを「アジュンマ(おばさん)」と言いながらも少女のようで、ラブコメならすごく王道な感じのキャラクターだと思いました。男性キャラクターは無口でぶっきらぼうでツンデレだし。そこが懐かしい感じもしましたね。
金 韓国の田舎の中年女性としては、けっこういるキャラクターなんですね。だから、僕からすると、すごくリアルに見えました。なので日本の方からすると、リアリティがあるように見えるのか、ラブコメディっぽく見えるのか、そこが気になりましたね。
西森 アジュンマが少しおせっかいで、天真爛漫で明るいっていうところに、リアリティがあるんですね。私は日本映画をよく観ているので、海辺の町に中年、しかもお互いに何かを抱えた2人がいたら、目の前の海に吸い込まれてしまいそうになりながらも、お互いの存在を求め合う……みたいな、すごく暗いストーリーが展開されること=リアルだと思っていたんですけど。でも確かに、実際には島で暮らす中年女性も、そういうものを抱えつつも天真爛漫なアジュンマとして強く生きている、ということのほうがリアルとしてよく存在するのかもしれない。金さんの話を聞くと、そっちにもリアルがあるなと思いました。舞台が済州島で中年ばかりが出てくるというとドラマの「わたしたちのブルース」なんかも思い出しますね。
古家 リアリズムという点で言うと、都会の話ではなく、済州島のしかも田舎の話だからこそ観ていられたし、済州島自体が主人公のようだと感じました。僕はだからこそ、単なるメロドラマに感じなかったんです。ただ1つだけ気になったのは、最後のシーン。登場人物と同じ世代の人間として、主人公たちはあれでよかったのかなってもどかしく思ってしまいました。やっぱりユン・ソクホ監督って、美しい画と登場人物の心情をシンクロさせることに長けた方だと思うんです。今まで撮ってきた“四季シリーズ”の集大成のような部分もあるし、一方で間接的な表現からいろんなことを推測できる深い作品だと思ったし、観る人によって解釈が変わる話だと受け取りました。
──私は30代前半ですが「冬のソナタ」を再放送で観ていた世代なので、懐かしさも感じますし、これが韓国の作品だという“らしさ”を感じました。
古家 ユン・ソクホ監督の演出やキャラクターこそが、タイトルじゃないけど「クラシック」になってきているように感じます。でも最近はこういう作品が減ってきているんですよね。かつて日本でも、フジテレビの月9のようなトレンディドラマが流行りましたが、その人気が落ち着いた頃に今度は韓国からトレンディドラマのようなものがやって来て、若い世代が目新しく感じて、それがまたトレンドになる。だから今、また改めて時代を切り開いたユン・ソクホ監督の作品を観たくなるということってあると思うんです。ただユン・ソクホ監督は回り回ってここにたどり着いたのではなくて、本気で今、自分が何を表現したいかと考えた結果をこの映画に込めたんじゃないかなと思って観ていました。
──映画の中で印象に残ったシーンはありましたか?
金 有線のイヤフォンを共有してるシーンや、停電してろうそくを灯して2人で夜を過ごすシーンが印象的でしたね。
古家 有線のイヤフォンって距離感が近付きますからね。
西森 イヤフォンを共有するシーンっていろんなドラマや映画で印象に残ってますよね。日本映画だと「花束みたいな恋をした」とか。
古家 「夏の終わりのクラシック」ではiPod miniが出てくるからこそ、有線のイヤフォンのシーンが今時でも成り立つんですよね。iPod miniはBluetooth飛ばないですからね(笑)。
「ラブイン」が「陽の今」なら、「あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。」は、「陰の今」(金)
──それでは最後の作品になりますが、「あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。」の率直な感想をお願いします。
古家 韓国のインディペンデント作品でも、LGBTQ+について描いた作品が多くなりましたね。僕はこの作品は、(同じくKDDIが配給に携わった)「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」からの流れにあるのかなと思いました。
西森 私は生きづらさに真摯に向き合いながらも、道を明るく照らすような部分のある映画が好きなんですね。だから、主人公が好きになる青年や主人公の母親が、彼の人生を照らすような部分が希望に思えてすごく好きでした。特にお母さんのセリフがよくて、「たくさん旅して多くの人々と出会って、外交的に生きなさい。可能性というものは行動力がある人にだけやって来るのよ」というところから始まる一連の言葉は、メモしてしまいました。この部分で私は泣きました。
──ペク・スンビン監督はインタビューで「どの次元に自分が生きていても、身近に幸せはあるということを伝えたい」と言っていました。
西森 そうでしたか! マルチバースの構成で、難しい作品でもあるので、前情報としてある程度内容を理解してから観るほうがいいのかなと思いました。もしくは2回、3回観るのもありかもしれません。「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」を観たことがあれば、すっと入ってくるかもしれません。「エブエブ」もマルチバースの世界で、主人公の娘がレズビアンであるという部分も描かれていました。本作もパラレルワールドを描きつつ、主人公が男性を好きであるという意味でも、共通したところが多いんですよね。
金 「ラブイン」が「陽の今」を描いているとしたら、「あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。」は、「陰の今」の要素がある。なので「ラブイン」を観た人にはぜひ観てほしいですね。監督にもしっかりインタビューして、どういう考えで作られた映画なのかちゃんと伝えていきたい作品ですし、それが伝われば、今この時代の空気感にもっとも合っていると感じてもらえる作品だと思いました。ミニシアター向けではあるんですけど、実は現在の「大衆」に向けた1本になり得ると思いました。
古家 監督のプロフィールを見てみたら、韓国映画アカデミー出身なんですね。映画好きな人が撮っている作品だとわかりましたし、映画好きの人にぴったりくる作品ですよね。
西森 それで言うと、3本の中ではもっとも映画評を書きたいと思う作品でした。
古家 確かに、いろんな方向から書けるでしょうね。クィア映画としても書けるし、マルチバースの作品としても書けるし、スタイリッシュな映画としても書けますしね。そして、若い人にこそ響く部分が多いと思いますね。
金 実は最初に観たときは、(上映時間が)長いと思ったんです。2時間半くらいありますからね。でも、2回目に観たときには長いと思わなかったんです。回数を重ねれば重ねるほど観たい部分が出てくるということは、映画自体に魅力があるということだし、何度観てもまだわからない部分があるからだなと。終わったあとにも余韻が残るので、また観たくなる。西森さんが批評を書きたいと思ったというのも、そういうところがあるからなのかなと思いました。「ラブイン」も長く興行ができてお客さんの評価も高かったんですが、本作も通じるものがあるので、長く観られる作品になってほしいです。
映画やドラマの舞台になりやすいエリア、大邱だからこそ撮れたシーンがある(古家)
西森 それと、舞台が大邱ということも、映像としても感覚としてもすごくぴったりきました。テーマ性がしっかりあって、今の韓国の独立映画として、こういう作品を作りたいと思っている若い作家さんは増えているんだろうなと思いました。
古家 レンガ塀の上を歩くシーンや、警察に連れて行かれるシーンなんかも、大邱だからこそ撮れた画だと思いましたね。大邱は例えるなら名古屋くらいの都市なんですが、韓国の歴史上重要な場所でもありますし、映画やドラマの舞台になりやすいエリアでもあるんですね。韓方(※韓国漢方)の街とも言われていたり、朝鮮三大市場の1つもあります。そういえばユン・ソクホ監督のドラマ「ラブレイン」も大邱で撮ってましたね。
金 作品のストーリーとも合ってるんですよね。家父長制的なところもありますし、監督が実際に10代を過ごしたところだそうです。
──この作品が好きな人はハマりそうという映画はありますか? 宣伝サイドとしてはA24の映画が好きな人にも薦めたいそうです。
古家 A24もそうですし、ウォン・カーウァイのようなスタイリッシュな作品が好きな人に観てもらえるといいと思いますね。このポスターのビジュアルをきっかけに観たいと思う人がいてもいいのではないかと思います。
西森 今年前半、タイ映画の「親友かよ」と、「ラブ・イン・ザ・ビッグシティ」がよかったと思っているんですけど、その2本にピンと来た人にはぜひ観てほしいです。それと普段から韓国文学を読んでいる人には、すごくしっくりくる映画だと思いますね。韓国文学には、いろんなテーマに深く切り込んだものが多いですし、それに近い感じがしました。韓国の独立映画は窮地に立たされていると聞きますが、本作のような映画がもっと日本で紹介されるといいなと思います。
ほかの会社さんとも一緒に韓国映画の日本市場を育てたい(金)
──最後に3作品を買い付けた金さんに改めてお伺いします。KDDIは2024年に韓国映画を上映するレーベル「K cinema」を立ち上げました。今回の3本も「K cinema」が贈る作品となりますが、配給への思いをお聞きしたいです。
金 今、韓国で製作されている映画の多くは男性向けで、ノワール、ホラー、ハードアクションなどエッジが効いているものが多いんですね。たまにコメディはあるけど、なかなかうまくいっていない。Netflixに関しても、やっぱりエッジの効いたものが多くて、意外とラブストーリーは少ないんです。
西森 確かにそうですね。特に、コロナ前にノワールやポリティカルフィクション、アクションなどの大作を撮ってヒットさせていた監督がこぞってNetflixなどで映画やドラマを作っているので、自ずと配信の作品もエッジの効いた作品になっています。コメディは、チョ・ジョンソクの「ゾンビになってしまった私の娘」が動員430万人を超えたと今年一番の話題になっていたので、少し変化の兆しがあるのかなと感じました。
金 それは明るい話題ですね。Kカルチャーの市場はすごく大きいし、コスメ、ファッション、K-POPであったりと、女性の関心を集めているんですよね。でも、その関心が映画の市場に生かされていないんです。普段、Kコンテンツに接している人たちにもっと映画館に来てもらうにはどうしたらいいんだろうと考えて、市場を育てていきたいと思っています。そのムーブメントを作るには、KDDIだけでは難しい。だから1社だけではなく、ほかの会社さんと一緒になってやれたらいいなと考えています。韓国映画は、全体を見れば多様な作品が作られているんですけど、あまり知られていません。だからノワール、バイオレンスだけではない作品を配給することが、差別化になるんじゃないかと考えています。今年、来年が正念場なので、皆さんと一緒に盛り上げていけたらと思っています。