百鬼丸をなぜ女性にしたのか、そこに注目
──「サーチアンドデストロイ」って、設定が大胆に変わっています。例えば妖怪は出てこず、クリーチャー(作中ではクリーチとも呼ばれる)というロボットが人間と対等に暮らしている世界観って、原作「どろろ」を愛されていらっしゃる梶田さんでもすんなり読めました?
ええ。SFにアレンジされてる部分に関しては、まったく抵抗がないんですよね。近未来SFって手塚先生も得意としていたジャンルですし、実は「どろろ」の作中で、百鬼丸の親代わりだった寿海が、百鬼丸に対して「SFでいえば ま ミュータントとかサイボーグとかいったもんだ」って言ってるシーンがあるんですよ。これ以上ない伏線じゃないですか(笑)。
──本当だ、これは気付きませんでした。
バトンが繋がってるんですよ、手塚先生から「サーチアンドデストロイ」に。それに百鬼丸の設定って、むしろ近未来SFの方がリアリティがある。体を超能力で動かしていると言われるより、義肢を自由に動かしたり、武器が仕込まれたりしてるのはサイバネ技術ですと言われたほうが違和感ない。だから、そこに関して文句を言う人は、あまりいないと思いますよ。むしろ、設定としてどう活かしていくつもりなんだろうって気になったのは、百鬼丸が百っていう女の子になったこと。
──性別が逆転しているんですよね。
今のところドロ(「サーチアンドデストロイ」版のどろろ)が男の子だか女の子だかわかりませんけれども、少なくとも百鬼丸を女の子にしたなら、きっとそのためのドラマが用意されているはずなんですよ。カネコ先生なら「なんとなく」ということはないと思うんです。百がなぜ女性で、なぜ百鬼丸のポジションに置かれているのか。きっとカネコ先生が描きたいものが、そこにあるんじゃないでしょうか。そのドラマにすごく期待しています。あと、特に面白いと感じたのは、最初に出てくるデブのクリーチャー。
──クリーチャーでありながら、本物の人間の舌を持っていて、牡蠣のようなものをひたすら貪っている男ですね。
人間の舌をつけることで、人間の“味覚”という感覚をすごく楽しんでる。その結果、生体ポリマーの皮膚が栄養過多で膨れ上がってしまっていて。この設定には唸らされました。クリーチャーって作られた存在だから、人間よりも合理的な存在のはずなんですよ。人間のような不完全さがあったら、兵士や労働力として成り立たないでしょうし。なのに、人間の一部分を手に入れてしまったことによって、こいつは自ら非合理的な存在に成り下がっているんです。
──この男は「クリーチの舌にも味を感知するセンサーがあるが、人間の舌の神経細胞の複雑さには遠く及ばん」と言っていますが、性能の優れたパーツを手に入れたことで、逆に不完全な存在になってしまったと。
だって本来なら意味のない行動ですよね。肌が膨れ上がるほど食べ過ぎているし、汚れ仕事で稼いだ大金も残らず食い物につぎ込むと言っている。いわばコイツは、思考を食欲に支配されちゃってるんですよ。2話目に出てきたクリーチャーは、人間の眼を手に入れたことで人間の感じる美しさに妄執している。「美しいものが見たい」という欲求がすべての行動原理になっちゃっている。もしかすると、元からそういう性格だったのかもしれませんが、間違いなく人間の眼を手に入れたことで欲望が加速して、狂ってしまっているんですよね。
──なるほど、興味深いですね。
実はこれ、「どろろ」のほうだと魔物が百鬼丸の身体を欲しがった理由ってよくわかんないんですよ(笑)。だけど「サーチアンドデストロイ」だと、クリーチャーが人間の身体を手に入れることに明確な理由が存在する。2話で百が、ケーキ屋のケーキを貪り食いながら「あたしのだ! あたしのだ!」って叫ぶとこ、ここめちゃくちゃ好きなシーンなんですけど、この包み隠さない欲望の爆発。これこそがカネコ先生の独壇場というか、独自解釈した「どろろ」としての見せ場だなと。
──舌を取り戻した後だから、味がわかるようになっているんですよね。
そう、だからケーキを食って「美味え……!」って驚く。百が繰り返す「あたしのだ!」ってセリフも印象深いですよね。自分の物への執着心がとにかく強い。これなんです。これが百鬼丸との違いなんですよ。百鬼丸も身体を取り戻すたび、もちろん大喜びはしているんですけども、ここまで動物的ではない。百の欲望はそれこそ醜さと紙一重だけど、醜い欲望の中にこそ人間としての根源的な価値みたいなものがあるというか。シンプルに突き詰めた人間の価値を「サーチアンドデストロイ」では取り戻していってるんですよ。それに眼を取り戻したとき、非人間的な容姿だった百が人間寄りになっていくことを感じさせる演出。眼の周りにあった隈取りがなくなっているんですよね。かなり印象が変わって、少女らしさを取り戻している。たぶんですけど、百って体を取り戻すたびにどんどん美しくなっていくんじゃないでしょうか。そういった意味では、女性にした理由ってそこにあるのかもしれません。
“ヤクザクリーチ”なんて言葉のある世界が、まともなはずない
──テヅコミは全18号と銘打たれていて、「サーチアンドデストロイ」も全18話で終わることが決まっているんですよ。だからカネコさんも、全3巻できちっとまとまるよう、ストーリーを組み立てていらっしゃると思います。
打ち切りはない、と(笑)。1巻の時点で構成がとても美しいので、後半についてもまったく心配してないです。言ってしまえばこれはもう、「どろろ」じゃなくてカネコ先生の作品なんですよ。「どろろ」きっかけでこの作品と出会えましたが、「サーチアンドデストロイ」は原作が「どろろ」であることを置いておいても単純に面白いマンガ。もう「どろろ」関係なく、先が楽しみでしょうがない。
──例えば今後、本作にどんな展開を期待しますか?
この世界、だいぶディストピア感が強いんですよね。でもまだ、一体何に支配されているのか、どんな戦争があって、どんな時代なのかっていうのが掘り下げられていない。そこを詳しく見せてほしいです。特に開幕のシーンから、街に軍国主義丸出しの像が建っているじゃないですか。ここには“人間とクリーチャーは協力して戦い、戦争で勝利を勝ち取った”みたいなメッセージ性があると思うんですよ。その一方で、次のコマではボロボロのクリーチャーが子供に雪玉をぶつけられていたり……。たぶんまっとうな社会じゃないんですよね。いや“まっとうな社会”というものが存在するのかわからないですけど、少なくともディストピア寄りではある。そもそも“ヤクザクリーチ”っていう言葉がもう不健全極まりない世界観を表しててワクワクさせられる。そんなものが存在する世界が、まともなわけがないんですよ(笑)。博士(九十九)だって街でちょっと顔を出しただけで素性がバレてしまった。
──ものすごい管理社会であることが窺い知れますよね。
この世界に対して百とドロが、どんなふうに立ち向かっていくか。これも見どころだと思っています。そのあたり含めて本当に先が楽しみな作品で、なんてったって「どろろ」のリメイクなのに、この後どういう結末になるのか全然想像がつかないんですよね(笑)。普通のリメイクなら、原点に存在しないものを描けるとはそうそう思えないので、行きつくところはやっぱり百鬼丸とどろろの別れで、結局不完全燃焼な気持ちにさせられるのかなと思ってしまうんですけど、「サーチアンドデストロイ」は完全にカネコ先生独自の世界が構築されている。しっかりとした結末を見せてくれると期待しているんですよ。言ってみればそれは、手塚先生が「どろろ」で描ききれなかった結末であって。だから「サーチアンドデストロイ」の結末に、俺はとても期待したいですね。
俺がコピーを作るなら、抽出するワードは“怒り”
──1巻の表紙も「どろろ」っぽさが全然ないですよね。原作の「どろろ」を読んだことがない人が、書店でこれを見かけて、カッコいいなって手に取ることもあるだろうなと思うんですけど……。
カネコ先生の雰囲気って非常にトガっているから、決して万人受けするものではないと思うんですよ。表紙から作品のエネルギーを感じ取れるかどうかは、人それぞれ好みがありますからね。ただ作品を読んだ身としては、この面白さをなんとかして伝えたいっていうのはすごくあって。今回のインタビューも、なるべく多くの人に読んでもらえたらいいなと思うんですけれども……。特にマンガ読みなら必ず満足できる内容だと思うんですよね。
──梶田さんが「サーチアンドデストロイ」にキャッチコピーを付けるとしたら、どういうものをつけますか?
正直それはめちゃくちゃ難しい。1巻の時点だと答えが出せない、っていうのが率直な意見です。俺、映画のキャッチコピーとかよく頼まれるんですけども、キャッチコピーって推敲を重ねた短い言葉で作品全体を表すというものなんですよ。だから例えば映画なら、その作品を結末まで見てこそっていうのがあるんですよね。「サーチアンドデストロイ」はまだ1巻で、物語もまだ走りだしたところ。「どろろ」原作で、それをカネコアツシ先生が再構成していて……と、情報量も多くてキャッチコピーを作る際に取捨選択をしないといけないところがすごく多いんです。でもキャッチコピーを本当に作るなら、俺が絶対に抽出するであろうワードは“怒り”。これはもう、作品の根底にあるテーマなので間違いなく外さない。そこに付け足す部分があるとすれば原作の「どろろ」を踏み越えていくであろう要素、つまりは「サーチアンドデストロイ」が描く結末。いちファンであるからこそ、無責任に答えは出せないです。
──新生「どろろ」とか、そういう言葉だけでは測れない「サーチアンドデストロイ」ならではの魅力がすごいと。
そうなんですよね。結局「どろろ」に寄った話をしちゃうと、「どろろ」を知ってる前提の話になっちゃうんですよ。たぶん「サーチアンドデストロイ」の魅力はそこじゃない。わかる人だけが「これは『どろろ』をアレンジしたんだな」ってわかればいいぐらいのレベルに辿り着いちゃってるんですよね。だから、例えば俺のフォロワーさんとかにも、なんと言って薦めればいいのか。とにかく読んでもらうしかないですね、このマンガに関しては。
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- マフィア梶田(マフィアカジタ)
- 1987年10月14日生まれ、中国・上海出身。フリーライターとして、ゲームサイト「4Gamer.net」や声優情報誌などで記事を執筆している。また「杉田智和のアニゲラ!ディドゥーーン」「RADIO 4Gamer」などでラジオパーソナリティとしても活躍。そのほか「シン・ゴジラ」に出演するなど俳優としても活動の場を広げている。「GOHOマフィア!梶田くん」ではマフィア梶田を“材料”に、「ポプテピピック」の大川ぶくぶが4コママンガを執筆。