「誰が今年の星雲賞を獲ったんですか?」
──その紺先輩が生まれるきっかけとなった、石黒さんの代表作「それ町」が第49回星雲賞コミック部門を受賞したとお聞きしました。受賞のお知らせを聞いたときは、いかがでしたか?(この取材は、星雲賞の公式発表前に行われた)
俺はまだ信じてないんですよ。9割方信じたけど、あと1割は信じてない。
──うれしすぎて逆に「嘘でしょ」みたいな。
これはヤングキングアワーズ(少年画報社)の担当さんとのやりとりのせいなんです(笑)。ある企画で水上悟志さんと対談をすることになったので、そのスケジュール調整をLINEでやり取りしていたついでに、「そういえば星雲賞受賞決まったみたいです」と言われて。それでてっきり、「今年の星雲賞受賞作品が発表されたみたいですよ」って言われたんだと思って「誰が獲ったんですか?」って聞いてみたら、「あなたです」と返ってきたんですよ! そんなテンションで知らせる担当がいますか? そのせいでいまだに信じられなくて!!
──(笑)。星雲賞はSFの権威ある賞ですが「それ町」は、小さな町の商店街を舞台にした日常ものですよね。SFっていう意識は、描かれている当時お持ちでしたか?
SFの要素もあるとは自覚していますが、サイエンスフィクションの観点で見たら絶対違うと思います。ただSFの定義はどんどん広くなっていますし、星雲賞の対象作品の間口が広がったということですよ、多分。
──SFで影響を受けたものや、思い入れのある作品とかは。
タイトルがわからないのですけど、中学くらいのときに読んだ海外の翻訳SFがあります。昨日あったはずの店が急になくなっていて、でも何があったかはよく思い出せなくて、町がどんどん欠けていき、なんだなんだと思っていたら実は宇宙空間でさまよいながら宇宙服の機能で見ていた夢で。宇宙服の燃料がなくなるにつれて夢の町がどんどん狭くなっていってたという話。現実だと思っていたものはすべて機械が見せていた夢でしたという。いわゆる「マトリックス」系の作品を読んだのはあれが初めてだったからめちゃくちゃ印象に残ってます。
──それは大人になってから、ネットでタイトルを調べたり探したりはしなかったんですか?
こういった設定の作品がありすぎて、たどり着けないだろうなって諦めかけていますね。
──じゃあ、このインタビューを読んで心当たりがある人がいたら教えてもらいましょう。
あ、それは本当にお願いしたいかも。わかる人がいたらよろしくお願いします。
MVを見て、慌てて砂漠を描くのをやめた
──「それ町」は10年以上にわたる長期連載でしたが、基本的に1話完結の話を積み重ねるスタイルでした。決まったページ数の中でオチを作って回収するのがお上手ですよね。
いつの間にかそんなポジションになりました。ありがたいことで。そんなこと自分ができるとは思ってなかったんですけど、たぶん藤子・F・不二雄先生のおかげじゃないかと思います。マンガはこのくらいのオチをつけないと納得してもらえない、っていう強迫観念に駆り立てられているうちにこうなったんです。「それ町」を描いているときは、毎回ごとに伏線を張ったり、捻ったり、落としたりと、大変だったので、1話完結が一番つらいスタイルだと思っていたんです。でも気に入らない話を描いてしまっても、1話完結ものなら次回で面白い1話を描けば取り返しがつくんですよね。ところが長編は、物語はラストまで決まっているし、もし何か上手くいかなかったとしても立て直しがきかない。そのプレッシャーたるや、半端ないですね。
──修正ができないくらい、新作は世界観や物語を細部まで作り込んでいるということですね。
登場する小物とかもディテールをしっかり詰めようと思って、キルコが持っている光線銃「キル光線」は実際に作りました。日曜大工屋で材料を買ってきて、既存の銃の持ち手と組み合わせてそれっぽくして。引き金は引けないんですけどね。世界観のほうは……最終的には廃墟化した建物が残っている状態となりましたが、最初はもっと砂漠化した景色を想定していました。
──建物の有無はかなり印象が変わりそうですね。どういった理由で変更にされたんですか?
1巻の発売に合わせて、アニメPVを作ってもらったんですが、その制作を手がけてくださったのが南方研究所さんという映像作家さんで。
──米津玄師(ハチ)さんのMVとかも作られている方ですよね。
前々から大好きなクリエイターさんだったので「天国大魔境」のアニメPVを作っていただけると聞いて、めちゃくちゃテンション上がりました。その南方研究所さんが作ったMVの1つに、ジャンパーを着た女の子が砂漠を延々歩くっていうものがあって。それが当初「天国大魔境」で描こうとしていたイメージとそっくりだったんです。だからMVを見て大慌てで似ないように設定を変え、砂漠はやめて建物を残しまくったわけです。
──砂漠化した未来といえば、石黒さんの短編集「ポジティブ先生」に収録されている「種」もそういう世界でしたよね。トマトの種も出てきますし。
その「種」と「天国大魔境」が上手く繋がるはずだったのだけど、世界線が変わってしまいましたね。でも、せっかくなのであの話に登場するおじさんたちもこっそりトマト天国の住人として出しました。砂漠化しようが、廃墟になろうが、トマトの種を植える結果に収束するんですよ。あのおじさんたちの運命は。
「それ町」は自分の半生、「天国」は妄想が詰まったマンガ
──舞台を砂漠から廃墟にしたということですが、実際にそれで大きく変わったことはありましたか?
背景を描くのが、めちゃくちゃ大変になったことですかね。
──「AKIRA」がお好きだし、廃墟も楽しんで描いているものと思っていました。
描いてて楽しい背景もあるにはありますよ。……ここは楽しかったな、草壁農園(トマト天国)の入口を封鎖してるバリケード。あと草壁神社に登っていく、この階段から見た町とか。定食屋かなんかの廃墟でご飯食べてるシーンも楽しかった。
──そのシーンが楽しく描けた理由って説明できますか?
やっぱり、頭の中で考えていた雰囲気が絵で再現できたときはうれしいし楽しいです。廃墟の暗い中で、外で焚かれてる火の明かりが建物の中にうっすら入ってきて、おねえちゃんと向かい合ってご飯を食べているという感じ。描きたかったのは背景というより、この空気感なので。
──好きな部分が上手に表現できたときは素直にうれしいと。石黒さんは「それ町」を「自分の好きなものを詰め込んだ世界」とよくおっしゃっていますよね。世界観的に真逆の「天国大魔境」にも、それは当てはまりますか?
そうですね。「それ町」は自分の思い出とか実感として好きだったものとか、半生を詰め込んだようなマンガで。対して「天国大魔境」は妄想です。今まで頭の中で考えていた全部の妄想や、体験を伴わない「好きな感じ」を吐き出してるような感じですね。
──「崩壊した文明」「人食いの化け物」「謎の天国」「謎の施設で暮らす子供たち」など、妄想という言葉にふさわしい冒険劇が1巻では展開されましたが。今後の見どころをあげるとしたら。
1巻の終わりの時点で必要なカードは裏向きにして並べ終えたような状態なので、これからはもうどんどんめくっていく感じです。
──たくさんの伏線が徐々に回収されていく。長編ならではの楽しみですね。
今まで自分がやってきたこととは違うことをやっているので、本当に不安しかないんですよ。ダメだと思ったら、突然トーナメントバトルとかに突入するしかないです(笑)。1巻でばらまいた伏線は何も回収されないままキルコが優勝して「やったー!!(完)」みたいな展開を描かないで済むよう、がんばりたいです。
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石黒正数プロフ帳
2018年7月24日更新