ヒロインのキルコは「モロ好みの女性」
──作品のテーマ的なお話が出ましたが、「天国大魔境」というタイトルもインパクトがありますね。
タイトルは、「戦国大魔神」とか、そういうハッタリの効いたものをつけたいと思って。天国が出てくるから「天国」は使うとして、「大」も使いたかったから「大」を真ん中に持ってきて、「天国……大……地獄?」……いや、おかしい!とか考えているうちに「大魔境」が出てきました。
──「大魔境」というと、「ドラえもん のび太の大魔境」を思い出しますが。
それは思いもしなかったです。むしろ「海底鬼岩城」(「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」)のほうがニュアンスとして近いかな。そういうタイトルがつけたかったです。
──「天国大魔境」を思いついたそもそものきっかけは?
遡ると、大学生の頃に描いた「サーキットで死ぬ」というマンガがありまして。ノートに描いたネームを仲間内で回し読みしていただけで、正式には発表していない作品なので、漫研にいた奴しか知らないと思いますが。サーキット場でレースをしていて、その途中で地球が滅んでしまい主人公が死にかけて……っていう物語が原型になっています。
──その頃からずっとアイデアを温めていたと。
「それ町」とかを連載しながらも「あの話使えるよなー」と考え続けて、ずっとブラッシュアップしていました。
──「それ町」の次は「天国大魔境」を描こうと決めていたんでしょうか。
いえ、ほかにも描きたいけど時間がないから描けてないマンガはあって、5、6本はあるかな。その中でも一番の本命だったのが、「天国大魔境」だったんです。「それ町」でできることは「それ町」で全部やったので、必然的に次は「それ町」っぽくないマンガになっていきました。もちろん、「それ町」をやめないでずっと描き続けるっていう選択肢もありました。マンガ家の人生としては、そのほうが安定しているとは思うのですが、ズルズルと終わらないマンガが増えていく昨今、予定通りにちゃんと終わる作品があってもいいんじゃないか、というポリシーで終わらせました。たぶん自分の人生にとってはダメージだと思うんですけど。収入的な問題とかね(笑)。ただ、なんかこう一石を投じたかったんですよ。
──決意の新連載なんですね。
実は5年前にも、月刊COMICリュウ(徳間書店)の表紙で1回だけ「天国大魔境」のプロトタイプとなる絵を描いたことがあって。もしこのマンガを実際に連載することになったとして、雑誌の表紙に載ったらどんな感じになるのかっていう実験をしてみたんです。
──この表紙の女の子が、のちのキルコになるわけですね。現在のビジュアルとは少し違うようですが、キルコの造型はどのように作り込んでいったんでしょうか。
モロ好みの女性を描いた!っていう感じですかね。「それ町」の女性キャラは趣味に走りすぎないようセーブしていたところがあるので、実際に目の前にいたとしても「これは全員知り合い止まりだな」って感じなんですけど。キルコに関しては、もうね……ふふふ。
──では、一番気に入ってるところをあげるなら?
顔ですね。人の顔には目の下のくぼみと頬骨の段差から生まれるラインが存在するのだけど、ここはずっと絵で表現不能な部分だと思っていたんです。でも好みの女を描くとなったら、そこは俺的にがんばらないといけないなって思いまして。正面を向いてるとわかりにくいんですけど。これ、ここのここ……ここです! ここ! そしてこの……ここね! わかります!?
──全然伝わらないので、ここは絵を見てもらいましょう。
──ほかにキルコでこだわった部分は?
眉毛の角度に対する目のつり方かな。あ、髪型も好きだな。まあ全部です。
姉が好きなんです。
──ビジュアル的な要素に加えて、姉という属性も入っていますよね。石黒さんの「姉萌え」は有名ですが、姉キャラのどういったところに惹かれるのでしょう。
姉キャラが好きなわけではなく、姉が好きなんです。せっかくの機会なので言わせてもらえば、妹の姉ではなく、弟の姉じゃないとダメですね。弟1人姉1人。あと、ずっと同じ家に一緒に暮らしてないとダメ。自分に姉がいることがわかって、突然一緒に暮らすことになりました、とかいう設定は萎えます。
──こだわりがすごい。いったい姉のどこにそれほど惹かれるのでしょう。
家の中に異性がいる感じですね。
──それは、お母さんとは違うんですか?
お母さんとは全然違いますよ! ……でも、改めて俺は姉に何を求めているのか考えてみましょうか。エロとかの要素はなくていいんですよ……うん、家族性かな。
──性的な対象じゃないってことですよね。
そう言われると、ちょっとは夢見てもいいんじゃないかなって気も……。
──では守ってもらいたい、頼れる存在?
いや、姉は頼れる存在ではないと思うんですよ。姉は弟より偉そうだけど、弟より頼りないというのがベスト。
──歩鳥みたいな……?
うーん……歩鳥はもう家族みたいなもんだから、複雑だな……。
──好みの女性だけれど、家族。その相反する要素は、1つにパッケージできるんでしょうか?
そのわけのわからん感じが、たぶん好きなんですよ。リアルに弟のいる姉とか、姉のいる弟は、家族に対してそんな感情はないと、よく言いますよね。「お前は夢を見すぎだ」と俺を罵るわけですよ。ところがですよ、俺には実の姉を性的な目で見ていた友達が、シスコンの親友が中学時代にいたんです!(参照:「バブル期そだち」第4回 石黒正数(1977年9月8日生まれ)その1 | d.365(ディードットサンロクゴ)) そのせいで、姉は異性なのか家族なのか、考えが堂々巡りでメビウスの輪から出られないんですよ。
──そのキルコを「おねえちゃん」と呼ぶ男の子・マルについては。
マルは、キルコが守ってあげないと何もできないのだけど、戦闘能力は非常に高い。バディもののロードムービーにしたかったので、そういうコンビが描きたかったんです。
──姉弟ものでなく、バディものですか?
マルとキルコは血が繋がってないので姉弟ではないですし、姉弟ものを描きたいなら、ストレートに姉弟マンガを描きますね。
──マルの顔には、すごく見覚えがあるのですが。
俺のマンガでは定番となっている、「紺先輩シリーズ」と呼ばれている顔ですね。作風も今までと違うし、今回キャラクターの使い回しはやめようと思ってたんですけれど。荒木飛呂彦先生が、結構前のインタビューで「ジョジョはこれでやめる」っておっしゃっていたんですよ。それで、ああ寂しいなと思ってたら「ジョジョリオン」を始めてからのインタビューで「もうずっとジョジョを描くことに決めた」って、前言撤回されていて。それにすごい勇気をもらったので「俺も、紺先輩をずっと描くことにしようっ!」と決めました。これからはもうなんの臆面もなく、俺のマンガには毎回紺先輩の顔が出てきますよ(笑)。
次のページ »
「誰が今年の星雲賞を獲ったんですか?」
2018年7月24日更新