「坂本眞一クロニクル:Past」自分はいつ消えてもおかしくないマンガ家だった── 画業35年の坂本眞一が伝えたい“変化”と歩み (3/3)

至らない線をどう許容するか

──逆にデジタルになったことでデメリットに感じることはありますか?

これはマンガ家さんみんな思ってらっしゃると思いますが、イレギュラーな線を許容できなくなった。アナログは納得いかない線も引いてしまえば戻れない。もちろん直そうと思えば直せますが、限度があります。でも、案外その納得のいかないイレギュラーな線が第三者から見ると味になっていることもあるんです。デジタルの場合、そういう微妙なズレみたいなものを修正してしまえる。そういうところがもしかしたらデジタルのつまらないところかもしれないです。整えられた線とバランスが逆につまらないというか、結果として安っぽい絵になってしまったりもする。だから、なるべく気をつけて至らない線も許容するというのを意識しています。

坂本眞一

坂本眞一

──デジタルだとそれこそいくらでもズームして描いたり修正したりできちゃいますもんね。

でも、案外原稿って小さな画面でチェックしたりするんです。僕の場合、サブモニターに原稿の各ページがサムネイルとして表示されているんですが、そのサムネでチェックしたりしますから。小さくしたときに気に入らない絵ってあるんですよ。アナログでも、マンガ家さんって原稿を鏡に映して確認したりするんですね。反射した分距離が取れて、遠くから見ることができるので。そうやって見ると全体のバランスがわかる。

──確かに大きな画面で細部ばかり見ていると全体のバランスは見えづらいかもしれないですね。

Instagramに投稿するときもそういうことに気づかされますね。スマホの小さな画面で見るので、改めて見るとダメなところが一発でわかる。それで修正したりします。大きな画面より小さな画面にヒントが詰まっていたりするんです。

──マンガでなくイラストレーションという表現に舵を切ることを考えたりはしないんですか?

僕にとって一枚絵ってすごく難しいことなんですよ。マンガはコマの連続性の中でキャラクターのメッセージを見せていくものです。イラストの場合、マンガが19ページかけて表現していることを1枚の絵に込めて描かなきゃいけない。それは僕にはできないのかなと思っています。

「イノサン」n°2より。自らの運命に絶望し、涙を流すシャルル。 ©坂本眞一/集英社

「イノサン」n°2より。自らの運命に絶望し、涙を流すシャルル。 ©坂本眞一/集英社

──プロセスはどうなんでしょう? マンガ作りはプロット、ネーム、作画などいろんなプロセスがありますが、先生が一番楽しいと感じるのはどの工程ですか?

やっぱりアイデアが生まれたときですね。何かを思いついたときが一番楽しい。昔は行き詰まったらよくランニングとかしてたんですけど、最近はもうそんなに体力がないので、1時間くらいウォーキングしながら考えます。そうすると、必ずちゃんとアイデアが出る。頭の中が整理されて、自分の言いたいことがスマートに降りてくるんです。描くのはある意味では作業ですからね。このアイデアが生まれる瞬間が一番幸せな瞬間です。

──この先やってみたいことって何かありますか?

妄想みたいなものですが、大きな壁に連続したコマを描いてみたいですね。巨大な壁にコマを割って、カラフルな色で表現したい。具体的な内容はまだ言えませんが、実はもう内容もテーマも決まっています。僕の身近な大切な人には、世の中と歩みを揃えて生きていくことができない人たちがたくさんいるということに最近気づいたんです。そういった方たちの生きづらさや苦しみだとかをちょっとでも勇気づけられてあげるような作品を描くことができないかなと思って、連載をしながらスタッフと一緒にちょこちょこ作り続けています。どうすれば実現できるかわからないですが、できたら面白いなと思っていますね。

坂本眞一

坂本眞一

絵はどこから描く? 気になるマンガは? 読者からの質問

──今回の原画展に合わせてXで読者の皆さんに質問を募集していました。いろいろ届いていて、普段こういうインタビューでは出てこないような一風変わったものもあります。「先生にとって沈黙に色や香りを与えるなら、それはどんな色・香りですか? そして、それをシャルルの覚悟の瞬間に重ねるとしたら、シャルルの生き様そのものを、より一層強く感じさせてくれる気がします」。

これは難しいですねえ。こんな質問初めてで面白いです。

──マンガを描くときに香りをイメージすることってあるんですか?

あります。匂いって記憶の中で一番印象が強くて、匂いだけでそのとき考えていたこととか当時のことを思い出したりしますよね。でも、マンガにとって香りや音楽って表現しづらい分野でもあるんですよね……。(悩みながら)ネームを考えるみたいなモードになっちゃいますね(笑)。実際にやるとしたら、僕が決めてしまうのでなく、読者の皆さんがそれぞれ持っている記憶の中の色や香りを想起させるのがいいのかなと思いますね。僕が限定してしまうよりそのほうがいいかも。

──絵についての質問もあります。「坂本先生はデビュー時から高い画力でしたが『孤高の人』で飛躍的に跳ね上がられた印象を持っています。画力を上げる為にどのような練習鍛錬をされましたか? 絵はどこから描かれますか? 仕事をする上での心情はなんでしょうか? (;//́Д/̀/)'`ァ'`ァ」。

練習方法で言うと、最近よく海外のアーティストさんとお話しをする機会があるんですが、海外の作家さんってけっこう解剖学を学ばれているんですよね。アメコミなんか見ても筋肉の描写が正確です。人体について熟知しているんですね。僕は解剖学とかはまったく学んできていない。じゃあ自分にとって解剖学にあたるものって何なんだろうと考えると、やっぱり子供の頃「北斗の拳」のケンシロウやキン肉マンが技をかけている場面を何度も模写したという経験が、彼らでいう解剖学に近いのかもなと思ったんです。マンガの模写を通して人体の構造を学んだ気がします。それと、何か1つ好きなところを描くというのは練習方法の1つですね。

──人体のどこか一カ所ですか。

そうです。僕は肩の筋肉を描くのがすごく好きで、そこをうまく描きたいと思っていて。で、さっきの話じゃないですが、1つをリアルにすると全部をリアルにしなきゃいけなくなるわけです。だから、肩の筋肉なら肩の筋肉を描いていくことで、自然に全体の絵を調和させるように描いていくことになるので。

──今も作品とは別に違うタッチなどを練習することはあるんですか?

今やっている「#DRCL」は19世紀のイギリスの世界観を表すために、あえてエッチングのようなアナログ感を出すようにもしていて。最近は原稿の傍ら油絵もやっているので、抽象的な筆遣いとかリアルな筆遣いとかいろいろ試していますね。1つの場所に留まりたくないので、何か面白そうなことがあればスタッフと一緒に遊ぶような感じで試しています。

──同じ方からの質問で、どこから絵を描き始めるかというものはどうでしょう。

眉毛ですね。全体のバランスを取りやすいパーツなので。それと、目の位置を決めるところから。瞳の中の黒目の位置なんかが重要だったりするので。とにかくそこを決めると全体のバランスを取りやすいというパーツから描いていきます。

──これはどうでしょう。「これまでの作品のなかで最も思い入れのあるキャラクターを教えてください」。

やっぱり本当に自分の代弁者になってくれた文太郎でしょうか。あと、「イノサン」のマリーも自分のメッセージをすごく伝えてくれるキャラクターで思い入れがあります。どのキャラクターも思い入れはありますが、この2人は特に印象が強いですね。実生活でも人との出会いって運命だったりするんですけど、マンガの中でもキャラクターに出会えるっていうのは運命だと思います。この先、「このキャラクターは」っていうような出会いってそう何度もはないでしょうから。

──こんな質問もありました。「今面白くて追いかけてる漫画はありますか?」。

「ねずみの初恋」(大瀬戸陸著/講談社刊)がめちゃくちゃ面白いなと思っていて。ピュアな部分と、殺し屋としての部分という二面性があるネズミというキャラクターが面白い。ドラマの描き方やコマ割りの仕掛けとか、すべてが卓越していますよね。うなっています。作品を超えて、描いている作家さんはどんな人なんだろうっていうところまで興味がいくくらい惚れ込んでいますね。

──たくさんご回答いただきありがとうございました。それでは最後に改めて原画展を見に来る方にメッセージをお願いします。

今回こうやって初期の作品から現在に至るまでを時系列で並べて、原稿1つひとつに当時のエピソードや意図を付けて紹介できる場をいただいたのは本当にうれしいです。いつ消えてもおかしくなかった作家が35年もマンガを描き続けてきた。そこにある流れや僕自身に起きた変化を見ていただけたらと思っています。

坂本眞一

坂本眞一

プロフィール

坂本眞一(サカモトシンイチ)

1972年生まれ、大阪出身のマンガ家。1990年に「キース!!」で週刊少年ジャンプ(集英社)の第70回「ホップ☆ステップ賞」に入選し、同作でデビューを果たす。その後、新田次郎の小説を題材にした登山マンガ「孤高の人」で注目を集め、同作が「第14回文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門優秀賞に選出される。2013年から2015年まで週刊ヤングジャンプ(集英社)で、フランス革命時代に生きた処刑人一族・サンソン家の運命を描く「イノサン」を連載。その後、続編となる「イノサンRougeルージュ」を2020年までグランドジャンプ(集英社)で連載した。同作は「第21回文化庁メディア芸術祭」「第22回文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門審査委員会推薦作品を受賞している。現在、グランドジャンプで「#DRCL midnight children」を連載中。

「坂本眞一クロニクル:Past」概要

11月1日から11月16日まで東京・有楽町マルイで開催される「坂本眞一クロニクル:Past」。会場には週刊少年ジャンプ(集英社)に掲載された初期作品をはじめ、「益荒王」「孤高の人」「イノサン」「イノサンRouge」といった代表作の原画が展示される。初公開となる未発表原稿やネーム、作画資料なども展示され、ファンは必見のイベントだ。さらに過去公開された「ベルサイユのばら」や5人組バンド・DIR EN GREYといった、他作品とのコラボワークも登場。美麗で精細な原画を間近で見られるチャンスをお見逃しなく。

「坂本眞一クロニクル:Past」大阪会場の様子。(写真提供:ファンダム) ©坂本眞一/集英社

「坂本眞一クロニクル:Past」大阪会場の様子。(写真提供:ファンダム) ©坂本眞一/集英社

また会場では坂本眞一作品のイラストを使用したグッズを多数販売。「孤高の人」「イノサン」などの複製原画はもちろんのこと、坂本の直筆サインが入った高品質・高精細なキャラファイングラフなども用意されている。そのほか「イノサンRouge」の主人公・マリー=ジョセフ・サンソンの名言「最悪」のシーンを集めたステッカーセットや、サンソン一族をイメージしたピンバッジ、牛乳を入れると雪山が現れる「孤高の人」の「雪山グラス」など、ファン心くすぐられる雑貨グッズも多数ラインナップされた。なお坂本の直筆サイン入りキャラファイングラフは数量限定販売のため、ゲットしたい人はお早めに。

特典

入場者には「イノサンRouge」より、“ふたりのマリー”を描いたオリジナルクリアカードをプレゼント。カードには手を取り踊るマリー=ジョセフとアントワネットが描かれている。
※特典はなくなり次第配布終了。

クリアカード ©坂本眞一/集英社

クリアカード ©坂本眞一/集英社

期間中、エポスカードを利用して税込3000円以上購入するごとに、購入者はグッズが当たる抽選会に参加可能。1会計最大10回(計3万円分)まで参加できる。A賞として「キャラファインボード」、B賞として「オリジナルブックマーク」全5種のセット、C賞として「オリジナルブックマーク」全5種のうちランダムで1枚をラインナップ。なお会場でエポスカードに新規入会すると、「オリジナルブックマーク(全5種)コンプリートセット」がプレゼントされる。

A賞でもらえる非売品キャラファインボード。 ©坂本眞一/集英社

A賞でもらえる非売品キャラファインボード。 ©坂本眞一/集英社

B賞、C賞でもらえるオリジナルブックマーク(全5種)。B賞では5枚セット、C賞ではランダムで1枚が贈られる。 ©坂本眞一/集英社

B賞、C賞でもらえるオリジナルブックマーク(全5種)。B賞では5枚セット、C賞ではランダムで1枚が贈られる。 ©坂本眞一/集英社

会期中、坂本眞一のサイン会やサイン入りポスターが当たるキャンペーンも!

11月16日には「坂本眞一クロニクル:Past」会場内で坂本眞一のサイン会を実施。参加希望者は「坂本眞一クロニクル:Past」の公式X(@sschroniclepast)をフォローし、該当のポストをリポストしよう。

このほか「坂本眞一クロニクル:Past」の東京での開催を記念し、坂本の直筆サイン入りポスターが当たるキャンペーンも11月1日より実施。詳細は「坂本眞一クロニクル:Past」の公式サイトで確認を。

東京会場

日時

2025年11月1日(土)~16日(日)11:00~19:00
※最終入場は閉場の30分前まで

会場

東京都 有楽町マルイ8Fイベントスペース

入場料

税込1800円

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