マンガ家をやめようと思って初めて自分を描けた
──確かに「孤高の人」の最序盤は青年マンガらしいハッタリ感なんかもありますね。
「青春スポーツマンガってこうでしょ」という固定観念ですよね。実際、最初はそんなに評判もよくなかったんです。
──そうなんですか?
その頃はまだまだ自分もマンガというものを舐めていたと思います。「孤高の人」は新田次郎先生の小説を原案にしていますが、当初はさらにマンガ向けの原作者さんもついていました。その方はヒット作もある方なので、言う通り描いていれば大丈夫だろうというような気持ちがあったんです。原作者さんの船に乗って楽な気持ちでマンガを描いていればうまくいくだろう、と。でも、当然そんな甘いものではなくて、思ったように人気が出ない。それで編集部も慌てたんですね。呼び出されて、「新田次郎先生の山岳小説の金字塔をマンガにしたからには失敗は許されない」「何をやってるんだ」という話をされまして。
──連載継続の危機ですね。
僕も何度も連載をやってきていたので、かなり厳しい状態なのはわかりました。こうなってしまえば盛り返すことはなかなかない。実際、原作者の方ともお話をして、何とかV字回復をするべくいろんなことを考えたんですが、どうしてもうまくいかなくて。それで、最後はこれでマンガ家をやめようと思ったんです。何度連載をしてもダメで、こんな素晴らしい原作をいただいてもダメなんだったら、もうやめよう、と。で、これが最後になるんだったら自分の好きに描いてもいいんじゃないかと吹っ切れた。自分の好きに描く、つまり自分自身を描くことにして。そうしたら、読者さんの反応が返ってくるようになったんです。
──吹っ切れたことで作品が跳ねた。
はい。今でも覚えているんですが、2巻だったか3巻だったか、単行本が出た頃、子供と幼稚園の夏祭りに行ったんです。8時くらいかな? 家に帰ってきたら編集さんから電話がかかってきて「単行本が即日捌けた」って連絡があったんです。ちょうど連載では原作者さんの手を離れて自分1人で描き始めていた頃で、そのときの読者さんがそのスタイルに共感してくれたんだって感じました。読者さんの反応を初めて感じた瞬間です。窮地が自分自身を描くという創作スタイルを作ってくれました。
──そこから本格的に変わったんですね。
自分自身が変わっていった頃だったのもあると思います。デビューした頃の僕は、1人で部屋に閉じこもってマンガを描いていました。でも、妻と子供ができて、同じ年頃の子供を持つ親たちと交流するようになって……部屋から飛び出して社会参加するようになった。そうすると、仕事や社会における男女の格差とか、今まで見えていなかったものが見えるようになってきたんです。
──のちの「イノサン」シリーズや連載中の「#DRCL midnight children」はジェンダーや人種といったテーマも色濃いですよね。
社会参加することでいろんな人にいろんな視点をいただいたんです。違和感を感じたことを調べていくうちに自分の描くテーマの1つになっていきました。
──「孤高の人」の文太郎と重なるような変化ですね。
そうですね。彼も孤独な人間だったのが、社会に参加することによって変わっていった。その過程も自分の実生活とリンクする部分がたくさんあって。マンガを描いていて「自分を描かなきゃダメだよ」と言われることがよくあったんですが、それまではよく理解できていなかった。「孤高の人」では、文太郎というフィルターを通して自分の考えていることや生き方をすんなり描くことができて、自分を描くということがどういうことかわかりました。
1つをリアルにすることですべてに嘘がつけなくなった
──「孤高の人」は絵柄もそれまでとかなり変わったと思います。あれは意識して変えていったんですか?
必然的に変わっていったという感じです。登山マンガなので実在の山も出てくるし、実在の登山道具も出てくる。そこで嘘をつくと、作品を読んで山に登る人の命に関わってしまうわけです。だから、絶対に嘘はつけないと思ったんですね。8000m峰なら8000m峰、日本アルプスならアルプス、その山に合った装備をきちんとプロの登山家の方にレクチャーしてもらう。「こういうときはこういう装備でカラビナをこう結んで、こういうものをリュックに入れて行くんだ」というのを下調べして、装備を再現して写真を撮って描くというスタイルをやり始めた。で、面白いことに、本物の道具を嘘をつかずに描くようになると、自然と人物や付随する世界がどんどんリアルになっていったんです。道具だけじゃなく、あらゆるものに嘘がつけなくなっていった。
──筋肉の描き方も変わりましたよね。もともと筋肉を描くのがお好きだったそうですが、パンプアップされたスタイルから、シュッと締まった形になっていきました。
「北斗の拳」とか「魁!!男塾」とか筋骨隆々でマッチョな人物がすごく好きだったので、最初は何度も何度も模写していました。憧れもあって、自分自身も身体を鍛えたり格闘技のジムに通ったりもしていた。でも、実社会でそういう筋肉が必要かというとまったく必要がなかったんですね。もちろん憧れからそういう筋肉を手に入れるのも素敵なことです。でも、実生活で必要なものではないと気づいたとき、マンガの中で主人公が纏う筋肉は過度に鍛えたものでなく必要最低限、その人に必要な筋肉が一番いいんじゃないかなと思うようになった。マンガの主人公の筋肉も自分の生き方と呼応するように変化していったということですね。
──そういう部分もリアルになっていったんですね。
そういう作画に変わっていったとき、今度はマンガ表現にも疑問を持つようになりました。
──「孤高の人」では途中から擬音を使わなくなっていきました。
そうです。音に疑問が湧いた。だって読者は本物の音を知っているはずなのに、ガラスが割れる音を「ガシャーン」と描くのって、何だかおかしくない?って。自分の絵の中にマンガ的な表現が入っていることがだんだん許せなくなってきたんです。擬音もそうだし、焦ったときの汗の表現なんかもそう。実際にはそんなもの見えないわけです。そういうものがなくてもコマのテンポとキャラクターの表情で見せることは可能なんじゃないかと思うようになった。もちろん手塚(治虫)先生をはじめとした先人が発明したマンガの記号表現は素晴らしいものです。だけど、これだけたくさんのマンガが世の中にある今なら、自分は実験的にいろいろやってみるのもいいんじゃないかなと思った。飽き性なので、同じことの繰り返しより、その都度何かできることはないかといつも考えるほうが楽しいというのもあります。
デジタルはチャレンジができるツール
──大胆な表現も増えていきましたよね。例えば18世紀のパリの物語である「イノサン Rouge」で、突然現代の学園もの少女マンガ風の回が出てきたり。
「これはさすがにまずいかな?」って気持ちもあったんですけど、でも思いついちゃったんだからやるしかないなって思って描きました(笑)。やっぱり一度マンガ家をやめるって決意した経験があるので、何をやってもいいやって腹をくくれているので。表現に関しては、面白いと思うことを思いついたら臆することなくやっていこう、と。多少奇想天外なことをやっても根底に流れている芯がブレてなければ絶対に共感してくれるはずだと信じて描いています。
──あの回は編集さんも驚いたんじゃないですか?
どうなんでしょうね(笑)。でも、当時の担当さんはすごく戦ってくれていたと思います。例えば「孤高の人」で文太郎が8000m級の雪山をソロで登るエピソードがあるんですが、誰も見ていない山を1人で登る表現として、誰もいない競技場のトラックを走る姿を19ページ丸々使って描いたんです。
──16巻収録のエピソード、「恍惚」ですね。文太郎の心象風景だけで1話使っている。
後になって聞いたんですが、やっぱりこの回に対して編集部では「これはマンガじゃないぞ」って声があったそうです。でも、当時の担当さんは「これは表現として正しいんだ」と戦ってくれたと聞いて。僕自身は今でもあの表現は間違ってない、これが一番伝わると確信していますが、自分の陰で戦ってくれた編集さんがいることも自分がマンガを続けてこられた理由の1つだと思います。
──「孤高の人」以降で何か印象的な変化や転機はありますか?
デジタル作画への移行も大きな出来事でしたね。
──「イノサン」から本格的にデジタルに移行したんですよね。
はい。自分がマンガを描き始めたときは机と紙とインクさえあればやっていけると信じていた。それがデジタルに変わった瞬間というのは大きな転換でした。アナログのときは一か八か、1回描いたら後戻りができないという緊張感があって。その緊張感がいい線を生み出す装置にもなっていたけど、デジタルになってからはアンドゥ(やり直し)ができる。だから、アナログ時代と違って、スタッフさんとの間に「チャレンジ」という言葉が生まれました。
──チャレンジですか。
例えば、今描いている「#DRCL midnight children」は19世紀のイギリスが舞台なので、その空気感を出すために当時のダゲレオタイプの写真のように、鮮明に描いた原稿を不鮮明にぼかすということをやっています。ぼかし方も毎回いろんな形を試している。アナログの場合、失敗したらおしまいなので慎重になりますが、デジタルなら面白い汚し方があればやってみようとチャレンジができるわけです。
──アナログだったら、いい線が引けた原稿を汚すのは勇気がいりますよね。
デジタルならダメだったらやり直せるし、失敗だとしても素材として使えるかもしれないですから。ゆとりを持って実験的なことを試すことができる。そういう意味ではデジタルというのはとても面白い道具だと思いますね。
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至らない線をどう許容するか



