「ナイトメア・ファミリー」七野ワビせんインタビュー|救いを求める人々に、幸せを売り歩く“疑似家族”七野ワビせんが問いかける家族の姿、幸せの在り方

七野ワビせんの新作「ナイトメア・ファミリー」1巻が発売された。月刊コミックビーム(KADOKAWA)で連載中の同作は、女詐欺師が見知らぬ子供2人を拾ったことから始まる、奇妙な“擬似家族”の物語。七野がストーリーものの長編連載に挑むのは、旧筆名である史群アル仙時代を含めても、初めてのことだ。

コミックナタリーでは1巻の発売に合わせて、七野にインタビューを実施。初の長編連載に感じている難しさと楽しさ、コミックビームに対する特別な思い、前作「ハカセの失敗」のキャラクターとの関連、また「ナイトメア・ファミリー」の大きなテーマである“家族”への考えなどを聞いた。第1話の試し読みも掲載しているので、気になった人はぜひ読んでみてほしい。

取材・文 / 鈴木俊介

キャラクター

倉原美月
倉原美月
月人会の勧誘をしている女詐欺師。ターゲットにした家で虐待を受けているような子供たちを見つけ、思わずその場から連れ去ってしまう。月人様と結婚して一緒に暮らすのが夢。
ペペ
ペペ
美月が連れ帰った、天真爛漫な男の子。キキのことを「ちっちゃいの」と呼び、守ってやらねばと思っている様子。ふとしたときに、子供らしくない表情を覗かせることがある。
キキ
キキ
美月がお屋敷から連れ帰った赤ちゃん。月齢は不明だが、歯が生えていて食パンも食べる。最初はすごく痩せていて、なぜかほとんど泣かなかった。キキと名付けたのは美月。
赤野太陽
赤野太陽
警察が介入できないグレーゾーンの犯罪を防ぐ組織・太陽勇団に所属する青年。ヒーローを目指しているが、空回りすることも多い。美月を怪しく思い、行動を見張っている。
月人様
月人様
月人会の教祖。美月のことを「優秀なお嫁さん候補」と呼び、「いつか月に移住したら一番最初の妻にする」と口約束している。
団長
団長
太陽勇団の団長。悩み解決を生業としているが、「ボランティアじゃない」「金にならんものはやらない」と依頼を切り捨てることも。

七野ワビせん インタビュー

長編連載は大変だけど、悩むことも楽しめている

──ストーリーものの長編連載は今回が初めてだそうですね。描きながらどんなことを感じていらっしゃいますか。

一番大変だと思ったのは、どこで連載が終わったとしても、読者さんにご満足いただけるものにしなければいけないということですね。一生懸命描いているけれど、2巻で終わってしまう可能性もあるし、人気次第では3巻、4巻と続けていけるかもしれない。最初から1巻で終わりと決まっていたら、「じゃあここを一番の盛り上がりにしよう」と決めて話が作れるんですが、2巻で終わるとしてもすっきり読めて、3巻以降があるとしてもキレイに続けられるようにと考えながら進めるのは、なかなか大変だなって。最初のプロットを、自分の精神状態があまりよくないときに作ったのもあって、後から「このシーンいらないな」って思ったり、どっちの路線で話を進めたらいいんだろうかと悩んだり。大変ではあるけれど、でもそうやって考えること自体も楽しめているので、やりがいはあります。

第1話より。

──どこで終わるかが明確に決まっていないぶん、プロットは用意してあっても、結末は予想がつかないと。

いつもだったら自分が、物語の結末もキャラクターの性格も全部知っていて、「ここまで一緒に行こうね」ってつもりで描くんですけど、今回はキャラクターに振り回されて、追いかけている感覚があるんですよ。最初に「こういうふうに終わろう」と思っていても、やっぱりキャラクターがひとり歩きし始めたら止められない。別の終わり方のほうが生き生きと動いてくれるなら、自分もそれに合わせてあげないといけないので。

──Twitterで公開されている日記マンガに、「ナイトメア・ファミリー」では新しい表現にチャレンジしていると描かれていましたが、それはどんな部分ですか?

コマを大きくしているんです。今までは原稿用紙を、4段に分けて描くのを基本にしていたんですが、今回は3段を基準にしています。単純に大ゴマを使うことも多いですね。これは担当さんからのアドバイスで、月に24ページを連載していくうえで、コマが小さいとそのぶん負担が大きくなってしまうからというのが1つ。もう1つ、今の読者さんは大きい絵のほうが話に入りやすいということもお聞きして、それならばと今回は、今までの自分のスタイルを一度封印して、現代的な表現に挑戦しています。

第2話より、美月が倉庫に閉じ込められていたキキを見つけるシーン。

──なるほど。新しい表現を取り入れたことで、戸惑ったりはしませんでしたか。

最初は感覚が掴めなかったですね。コマ割りを考えるだけでいっぱいいっぱいになってしまって。もともと「いかに1ページに詰め込めるか」っていうのが楽しいほうなので、それとは逆のことをしなければいけないわけですから。今9話目の原稿を描いているんですけど、最近になってやっと掴めてきたかなって思います。自分1人で描いていたら絶対にやらないスタイルだったので、担当さんに「こういうふうにやってみませんか」って言っていただいてよかったです。初めてやることって、戸惑いはあっても、すごく楽しいんですよ。私アシスタントを使わないので、月刊連載で1話24ページ描くのって最初はちょっと緊張していたんですけど、コマが大きいから描くペースも上がって、心理的にもつらくない。これならいけそうだなって思いました。

「家族」は表現したいという気持ちを止められないテーマ

──「ナイトメア・ファミリー」は疑似家族がテーマの作品ですよね。ワビせんさんは「ハカセの失敗」でも、血のつながっていない家族の物語を描かれていらっしゃいましたが、「ナイトメア・ファミリー」の着想のきっかけはどんなところだったんでしょうか。

「ハカセの失敗」©七野ワビせん/イースト・プレス

まさに、立ち上げのときの担当さんが、「ハカセの失敗」を読んでくださっていて、「『ハカセの失敗』みたいな家族をテーマにした作品を描きませんか」と言ってくださったんです。自分も「ハカセの失敗」みたいな作品を、同じテーマでもう一度描きたいと思っていたので、「ぜひ、それでやらせてください」と。「ハカセの失敗」はもともと、「ビームで連載できたらいいのに」と思っていたりもしたので。

──というと?

私、人生で2回だけ出版社にマンガを持ち込んだことがあるんですけど、そのうちの1回がビームさんで。20歳くらいかな、まだTwitterとかでも全然マンガを発表していない頃。そのときは残念ながら力及ばずだったんですけど、特別に愛着がある雑誌だったので、いつかリベンジがしたいと思っていました。

──コミックビームのどんなところがお好きですか。

ビームさんにはほかの雑誌とは違う、独特な空気がありますよね。自分が小さい頃に触れていたマンガって、手塚治虫先生の作品とか、すでに単行本になっているものばかりだったので、マンガが毎月連載されているような雑誌の存在を知ったのはけっこう遅かったんですけど、いろんな雑誌を読むようになったときに、「自分もここに行きたい!」と強く思ったのがビームだったんです。週刊少年誌に載っているような王道の作品は、自分の好みという意味では読みづらく感じて、「自分は手塚治虫先生のような、昭和のマンガしか読めないのかもしれない」と悩んだりしていたんですけど、ビームを読んで「現代にも引き込まれるものがいっぱいあるじゃないか!」と思えた。当時は雑誌をしょっちゅう買えるようなお金もなく、マニアのように全部知ってるってわけではないんですけど、そのときの感動が今も残ってるんですよね。

「ナイトメア・ファミリー」が表紙を飾った、月刊コミックビーム2020年8月号。

──「ハカセの失敗」と同じテーマを、もう一度描きたかったというのはなぜですか。例えば、「ハカセの失敗」では何か描き切れなかったことがあったとか?

いえ、「ハカセの失敗」は自分の中では完璧に描き切った作品なんですけど、“家族”というのは自分にとって、読者に伝えたい、表現したいって気持ちを止められないテーマで。「ハカセの失敗」で描いたのは、オモテとウラで言ったらオモテの筋書きなんです。自分が思う家族という価値観のオモテバージョン。それで、オモテを完璧に描いたからこそ、ウラかどうかはわからないけれど、今度は全然違う、崩したバージョンも描きたいと思って。

──なるほど、家族というテーマを、「ハカセの失敗」で描いたのとは違う側面から描こうと。

そうですね。同じ思想を持った人間がいても、置かれた環境が違えば、同じ道には進まないじゃないですか。ハカセとクローンはこうだったけど、今度はどんな人生を歩むのかなって。それはキャラクター作りにおいても、意図的にそうしています。