「『前橋ウィッチーズ』のためにできることをしたい」ハライチ岩井がラジオでも大絶賛!山元隼一監督との待望の対談を1万字超えでお届け (2/3)

ヤングケアラーにルッキズム、吉田恵里香の挑戦的な脚本

──そんな前橋で暮らしているキャラクターたちは、ルッキズムやSNS問題など今の時代におけるリアルでデリケートな問題を抱えています。どんなことを考えながら、魔法少女×アイドル作品でその部分を構成していったんでしょうか?

山元 吉田恵里香さん(シリーズ構成・脚本)と構成の打ち合わせをして、普通のアイドルっぽくしたくないという中で、まずアズをちょっとぽっちゃりさせたいというご提案をいただきました。多くのアニメを観てきたつもりではいますが、今までにない設定だと思いました。ただ、事業的にライブをやっていくアイドルものというところもありますし、2話で「デブ嫌い!」というセリフも出てくるんですけど、現場で「それは大丈夫なのか?」とみんなでリスクについていろいろ話し合いました。その結果として「これは逃げずに描き切ったほうがいいんじゃないか」と。ヘンに避けると、それはそれで中途半端なものになってしまいますし。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より。自身の体型にコンプレックスを持つ新里アズ。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より。自身の体型にコンプレックスを持つ新里アズ。

──振り切る方向で決断したんですね。

山元 毒にも薬にもならないものを作ってもダメなので、ちゃんとテーマに向き合う。人の心に刺さるものというのは、そういうものだと思いますし。そもそも今回の作品は消費されないというか「10年後にもちゃんと残るアニメを作ろう」と話していたので、そこはしっかりやらなきゃなって。もしかしたら部分的に切り取られて燃え盛ることもあるかもしれないけど、アニメファンの方はちゃんと前後関係も観たうえで理解してくれると思ったんですよね。アズは言葉の裏返しがあるキャラだから、他者に対して暴言を吐いているんじゃなくて、実は全部自分に対して言っている。それを読み取ってくれるだろうと信じていましたし、吉田さんはそこのコントロールがすごく上手な方なので。だからこそルッキズムをテーマにしてもちゃんと描き切れたんだと思います。

──「前橋ウィッチーズ」序盤の要ですよね。あのアズを主体としたエピソードの描き方で「こんなアニメ観たことない」という印象になり、引き込まれていく。

山元 どうしてもアニメって観ている側にとって「あなたは変わらず、このままでいいよ」といった物語が多い中で、この作品では「それで本当にいいのか?」っていう。何も努力せず、なんでも解決していく作品の面白さもあると思うんですけど、そこには気づきが存在しない。なので、観た後に自分の中で世界の見方が変わるような瞬間。それがある作品を「前橋ウィッチーズ」では目指そうと思っていました。あと、例えば、7話以降で描かれるチョコが抱える介護問題は、吉田さんがヤングケアラーの問題をご自身で取材されたうえで「こういうテーマはどうだろうか?」と提案してくれたんです。普通のアニメだとなかなかそれはやらないですし、マンガ原作ものでもなかなかやれないテーマなので、そこは挑戦的だったなと思います。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、三俣チョコ。第7話では母子家庭で育ち、家では祖母の介護や弟妹の世話などもこなしていたことが明らかになった。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、三俣チョコ。第7話では母子家庭で育ち、家では祖母の介護や弟妹の世話などもこなしていたことが明らかになった。

──孤独とか失恋とかわかりやすいテーマではないですもんね。

山元 従来の魔法少女ものは、そういったテーマを扱ってきているんですけど、「前橋ウィッチーズ」は魔法少女もののアニメを観てきた大人が観る作品になると思ったので、その人たちが「現実的にこれって解決できないかも」と抱えている問題。それに対して前橋ウィッチーズは直接的に何か解決することはできないんだけど、応援することはできる。ある種、エンタテインメントの構造だと思うんですよね。僕らはアニメを作っているし、岩井さんはお笑いを作っている。それは誰かの悩みを直接的に解決するものではないかもしれないけど、心を癒やしたり、見方を変えることはできるかもしれない。そういうアプローチを本作でもしている感覚ですね。

左からハライチ・岩井勇気、山元隼一監督。

左からハライチ・岩井勇気、山元隼一監督。

アニメにおけるきれいごとの違和感がぜんぶ潰された

──岩井さんは「前橋ウィッチーズ」の社会風刺的な要素を観て、どんなことを感じたりしましたか?

岩井 社会風刺的なテーマを扱ってはいるんですけど、それを魔法で解決するわけじゃないんですよね。でも、悩みを抱えている子たちの背中を押すか、肯定してあげるかで、その子自身が変わっていく感じがすごく楽しめましたね。魔法とか何かの力によって変えてあげてよくなったってことになると、根本的な解決にならないじゃないですか。だから、そういうアニメにずっと違和感を持っていたんですけど、「前橋ウィッチーズ」でアニメにおけるきれいごとの違和感が全部潰されていくのが、すごく面白かったです。

──アズも魔法の力で本来の姿が痩せるわけじゃないし、マイなんて逆に魔法の力で大好きな幼なじみのおねえちゃん(優愛)との関係性が壊れてしまうし、みんな問題自体が根本的に解決するわけじゃないけど、最終的に自分の気持ちの変化で状況を改善していく。

岩井 そうなんですよね。それで言うと、8話「キョウカちゃんって馬鹿なんだね」がすごく好きだったんですよ。チョコちゃんの悩みがあって、それをキョウカちゃんが知って「私の悩みなんてチョコちゃんの悩みに比べたら……」って言い出す。そしたらユイナちゃんが「悩みを誰かと比べるものじゃない」みたいなことを言うじゃないですか。その子にはその子なりの悩みがあるんだし、それを比べなくてもいいんだよっていう解決の仕方。それがすごくよくって。そういう話にしちゃうと、アニメ的には決してきれいなオチにはならないじゃないですか。でも、それをやっているところが「前橋ウィッチーズ」のいいところだなって思います。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、上泉マイ。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、上泉マイ。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、北原キョウカと三俣チョコ。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、北原キョウカと三俣チョコ。

──SNS社会となった昨今では「私のほうがしんどい。あんたの悩みなんて大したことない」みたいなスタンスの人もよく見かける中で、ハッとさせられるシーンですよね。

岩井 SNSはマウントの取り合いだらけですからね。そこでまた今の子たちはみんな悩んでいると思うんですけど、それにしっかりメスを入れたところがすごいなって。現実逃避のためのアニメの見方じゃないっていうか。「キラキラしたものだけ見たい」と思ってアニメを観る人もいるかもしれないけど、今はオタクだけじゃなく誰もが普通にアニメを観るようになっていて、そこに違和感が生じるようになってきたところで「前橋ウィッチーズ」みたいなアニメが始まったというのは、僕の中ですごく刺さりましたね。

「人がこういうふうにいられたらいいよね」を体現するユイナ

──ちなみに、前橋ウィッチーズの中での岩井さんの推しって誰になるんですか?

岩井 推しはね……結局、ユイナちゃんになっちゃいますね。5人の中では一番自己肯定感が強いというか、明るいんだけれども。それゆえに悩みを抱えている子に自己肯定感が強い子をぶつけると、すごく傷ついたりするじゃないですか。それがアズちゃんだったりしたと思うんですけど。でも、そのうえでアズちゃんのとげとげした心を和らげていける。なので、今の仄暗い世の中に一番必要な存在って、ユイナちゃんみたいな子なんだと思うんです。ちょっと引っ張ってくれるような存在だし、ポンと道が拓けるような価値観を提示してくれるので。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、赤城ユイナ。

アニメ「前橋ウィッチーズ」より、赤城ユイナ。

──実際「前橋ウィッチーズ」のストーリーを切り拓く存在になっていますもんね。

岩井 最近、暗い主人公が多くて。ただ、今の時代に明るい主人公にすると、リアルさがなくて本当にサイコパスみたいになっちゃう傾向があると思うんですよ(笑)。でも、昔はただただ明るい主人公がいっぱいいたじゃないですか。それが共感を得られなくなってきて、闇を抱えた主人公が増えてきたと思うんです。だけど、ユイナちゃんみたいな理由があって明るくて、その明るい言動が理に適っていたりもする。例えば、アズちゃんが「デブ嫌い!」と言ってしまって揉めたときも、アズちゃんが反省したら「わかった。じゃあ、これでおしまい」みたいな感じですごくさっぱりしていて。そのへんがめちゃめちゃ合理的だし、いつまでもガタガタ言わない感じも含めて好きなんですよね。

山元 第三者が怒っちゃいけない。あくまで怒っていいのは当事者の凛子さんだけ。ユイナはそういう感覚を持っているんですよね。今の時代、他人事でずっと怒っている人たちがいるじゃないですか。でも、ユイナはそうじゃない。そこには僕らの理想というか「人がこういうふうにいられたらいいよね」みたいなメッセージも込められているんです。

岩井 必要な存在ですよね。二次元キャラとしてはチョコちゃんが一番好きなんですけど、人としてはユイナちゃんが好き。

──チョコちゃんも衝撃的でしたよね。あんなかわいらしいキャラだったのに、急に毒舌吐いて終わる回は「え、これ、炎上しない?」と思いました(笑)。

山元 でも、2話ですでにアズに鍛えられている人が観ると思うので(笑)、たぶん大丈夫だと思います!

山元隼一監督

山元隼一監督

チョコは2周目で印象が変わる

岩井 本性はどうあれ、ああやって明るくムードメーカー的に振るまえる子がけっこう好きなんです。そこにいるだけで場が明るくなる役を買って出ている感じが好きなのかもしれないですね。あと、チョコちゃん主軸の回は、2周目で観るとまた印象が変わるんですよ。キョウカちゃんとビラ配りしているときに「今日、誕生日なんだけど、マポ使ってケーキ出していい?」って聞くシーン。

──1周目だと、自分勝手な女の子に見えるけど……。

岩井 僕は自分の誕生日会とか開く人は全然好きじゃないんですけど(笑)。最初はその感じに見えるんですよね。でも、実際はそうじゃなくて、自分だけのケーキが欲しかったっていう。

アニメ「前橋ウィッチーズ」第6話より。

アニメ「前橋ウィッチーズ」第6話より。

──贅沢ができない家庭で育った女の子の小さなワガママだった。

岩井 あれはめっちゃよかったですね。

──前橋ウィッチーズのキャラクターの描き方は、どんなところをこだわりしましたか?

山元 キャラクターの二面性がしっかりある作品なので、それこそチョコちゃんの顔の描き方はギャップというか、なるべく二面性が際立つようにこだわりましたし。あと、キョウカは絶望したときの表情もしっかり描きました。キョウカって勉強もできて、エリート家系で育っているから、その生活が当たり前だと思っていて。チョコの状況を知らされたときの表情はきちんと描こうと。

岩井 あのシーンは声もよかったですよね。

──キョウカちゃんのエピソードもリアルでした。VTuberにハマって、それだけが毎日の楽しみになっていたのに、中の人からDMが届いて口説かれて、ショックを受けて寝込むっていう。

山元 あれは注意喚起ですよ(笑)。

岩井 芸人も似たようなことやっている奴がいるからなあ(笑)。

左からハライチ・岩井勇気、山元隼一監督。

左からハライチ・岩井勇気、山元隼一監督。

──キョウカちゃんがそこにハマる設定も絶妙でした。

山元 親が厳しいので、真面目な女性らしさを求められている中で、モグタン(もぐらのキャラクターを模したVTuber)の配信を観ている時間だけが幸せだったんですよね。それがああいう結末を迎えてしまう。で、もぐらみたいに穴の中に入っていく(笑)。

──あそこは泣けるシーンでもあるんですけど、俯瞰で捉えるとコミカルでもあるんですよね。全体を通して、そうした構造のバランスも見事だなと思いました。

アニメ「前橋ウィッチーズ」第8話より。

アニメ「前橋ウィッチーズ」第8話より。

山元 意識的に感情を混ぜるということをやっていて、感動のシーンにさらに感動を乗せていくんじゃなくて、そこにちょっと笑いの要素を入れると不思議な味わいになるんですよね。そうすると「泣けたー! おわり!」じゃなくて「あれはどういう感情なんだろうな?」とまた観返してもらえたりすると思うので。