すべてに意味があって何かにつながっている
──本作のもう1つの見せ場、前橋ウィッチーズのパフォーマンス描写。そこに関してはどんな印象を持たれましたか?
岩井 前橋ウィッチーズに背中を押されて前向きに変わっていったり、肯定されて楽になったり、そういうお客さんの心情の変化が楽曲の中で表現されている。歌詞も全編リンクしているし、無駄な描写が1つもない。だから、ただのライブシーンになっていなくて、めちゃくちゃよかったです。あと、CGアニメーションになったときの表情をここまで細かく描けるのかと思いました。
山元 僕は「ライブステージであり、ライフステージである」と言っているんですけど、歌を聴いていて心が変化するようにステージも変化する。そのウィッチバース(前橋ウィッチーズがパフォーマンスする空間)デザインを今津良樹さんという方にお願いして。例えば、栄子ちゃんへ贈るステージだと、前橋から前橋へ戻る流れにしていて、それが彼女の現状維持というか思考がぐるぐるまわっている状態を表現している。シーラカンスとか化石が飛んでいたりもするんですけど、あれも「このまま同じ場所にいても居心地はいいけど、いつか滅びてしまうよ」という意味を持たせていたりして。基本的には観ている側が想像してくれればいいなと思っているんですけど、自分たちとしては全部意味付けをしています。
──1つひとつの描写へのこだわりがすごいですよね。せっかくの対談ですので、それぞれに質問したいことがあればぜひお願いします。
岩井 この作品はめちゃくちゃ女子の解像度が高いですよね。服がペラペラと言われるのはイヤだとか、そのへんの悩みって男だとわかりづらいじゃないですか。そこってどうしていたんですか?
山元 吉田さんの解像度がまず高いんですよ。あと、キャラクターデザインのチームも全員女性で、今回、スタイリストの相澤樹さんにも入ってもらっているんですけど、衣装はすべて相澤さんから「こういう方向性でどうだろう?」と見せてもらったものをキャラデザに落とし込んでいただいているんです。
岩井 なるほど。前橋でのオシャレをちょうどよく描いているじゃないですか。アズちゃんも5人の中ではオシャレなんだけれども、めちゃくちゃ都会っぽいオシャレではない。あと、チョコちゃんのお金をかけられないファッションとかも絶妙だし。
山元 確かに、ルーズソックスを履いていたりカジュアルな格好が多いですもんね。そこは皆さんからかなりいろんな意見をいただいて「なるほど」と自分も思いました。
岩井 そういう部分も含めて、女の子に観てほしいアニメですよね。おじさんも「かわいい作品だな」と思って観てみたら楽しめると思うんですけど、かわいさを見せるだけのシーンが「前橋ウィッチーズ」にはなくて、すべてに意味があって何かにつながっているじゃないですか。本当に濃厚な全12話になっている。近年で一番面白かったアニメです。あと、近年で一番泣いたかもしれない。さっき話したキョウカちゃんのシーンも泣いたし、マイちゃんの幼なじみのおねえちゃんの記憶を消すシーンも。それでも、幼なじみのおねえちゃんの一番になりたい自分がいるっていう。独占欲なんだろうけど、でもそういう気持ちってありますよね。その対象に一番思われている人になりたい気持ちは、すごくわかるなと思って泣きました。ほかにもたくさんあるんですけど……前橋ウィッチーズは5人全員好きです。
山元 ありがとうございます。キャラクターが活きるためにはどうしたらいいのか常に考えながら制作していたので、うれしいです。
「前橋ウィッチーズ」は“るなぱあく”のようなアニメになってほしい
──そんな「前橋ウィッチーズ」を大絶賛してくれている岩井さんに監督から聞いてみたいこと。何かありますか?
山元 岩井さんはいろいろな番組に出られていて、「ゴッドタン」のマジ歌とか大好きなんですけど。レジェンドみたいな方々もいっぱいいる中で、どうやって自分の色を出しているんですか。アニメ業界も上の世代の方がいっぱいいるので、お笑い界でどう立ちまわっているのか聞いてみたいです。
岩井 僕は子供の頃からアニメをめちゃくちゃ観ていたので、バラエティを全然観てこなかったんですよ。相方の澤部はバラエティをめちゃくちゃ観ていたんですけど。なので、いざテレビに出てみたら、そこに憧れている人がほとんどいなかったんです。芸能界に憧れていなかったから。だから「こういうのがお笑い界のカッコよさだよな」とか「これがいい漫才だよな」みたいなことを言われると、気持ち悪いなと思っちゃって(笑)。どこか意識が外側にいるんですよ。僕らはノリボケ漫才をやらせてもらっているんですけど、あれも王道じゃないじゃないですか。でも「何がいけないの?」と思って作っている。
──あのノリボケ漫才も岩井さん自体は俯瞰ですもんね。
山元 確かに。
岩井 なので、憧れがないから凝り固まってないんだと思います。
山元 毛色も文法もほかの芸人さんと違いますもんね。
岩井 ベタなお笑いは全然好きじゃないし(笑)。そもそも基礎をすっ飛ばしちゃってる。だから、あんまり上とか周りとか気にしないでいられるのかもしれないです。マジ歌とかも芸能界に興味ないから、芸能界への違和感を歌えちゃっている。
山元 ベクトルが全然違うんですね。だから「忘れねぇからな」みたいな歌ネタがつくれるんだ。納得しました。
岩井 監督も何か新しい試みを考えているんですか? アニメ界をぶち壊すような何かを(笑)。
山元 いやいやいや! すごい人がたくさんいるので、あまり目立たずに生きていきたいんですけど(笑)。
──とは言え、今回の「前橋ウィッチーズ」で注目度は高まると思いますよ。ちなみに、本作が視聴者の皆さんにとってどんな作品になってほしいなと思いますか?
山元 岩井さんのようにたくさんのアニメ作品を観てくれる人がいてくれれば、それはすごくありがたいんですけど、どうしても埋もれていってしまう作品もあって。その中で「前橋ウィッチーズ」はなるべく1人ひとりの視聴者さんのオーダーメイドのように作りたいと思っていましたので、ちゃんと大事にしてもらえたらなって思います。ずっと観ていたいなと思って、自分の中の心の棚に置いてもらえる作品になってほしいですね。「あのときは意味がわからなかったけど、ちょっと大人になったら意味がわかって泣けた」みたいなこともあるでしょうし、何度観ても意味がどんどん変わっていくような作品になっているので、長く愛してもらいたいです。
岩井 自分も何回も観続けたいと思います。
山元 ありがとうございます。前橋には、るなぱあくという老舗の遊園地があるんですけど、群馬に住んでいる人たちは三世代、四世代にわたってだいたい遊びに行っているんですよね。そういう感じで「前橋ウィッチーズ」も世代を超えて楽しんでもらいたいです。
TVアニメ最終話放送後に対談完全版を公開!
プロフィール
山元隼一(ヤマモトジュンイチ)
1985年12月19日生まれ、福岡県出身。大学時代より「memory」「Anemone」などのアニメを自主制作し、多数の賞を獲得。主な監督作に「おとなの防具屋さん」「夫婦以上、恋人未満。」「彼女が公爵邸に行った理由」「どうせ、恋してしまうんだ。」「TIME DRIVER 僕らが描いた未来」「わたしだけのお子さまランチ」などがある。
山元隼一@アニメーション作家 (@yamamotojunichi) | X
岩井勇気(イワイユウキ)
1986年7月31日生まれ、埼玉県出身。幼なじみの澤部佑とお笑いコンビ・ハライチを結成し、ボケ、ネタ作りを担当している。フジテレビの帯番組「ぽかぽか」にレギュラーMCとして出演中。アニメ好きとしても知られ、ニコニコ生放送の「ハライチ岩井勇気のアニ番」、ABEMAの「SHIBUYA ANIME BASE」などアニメ仕事も多数こなす。ゲーム「君は雪間に希う」の原作・プロデューサー、マンガ「ムムリン」の原作を担当するなどお笑い以外でもマルチに活躍。3冊目となるエッセイ集「この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない」が2024年7月に刊行された。