LaLa45周年特集第4回「リバース×リバース」「ラストゲーム」天乃忍|ひたすらキャラクターの感情を突き詰め、気持ちの変化を描いていく

LaLa(白泉社)の創刊45周年を記念する本特集では、これまであきづき空太と時計野はりのインタビュー、全連載作のレビューなどを公開してきた。第4回となる今回は、「リバース×リバース」を連載中の天乃忍による初インタビューを実施。マンガ好きな少女だった時代から、代表作「ラストゲーム」の制作秘話、読者への思いまでたっぷりと話を聞いた。

取材・文 / 柳川春香

「ぼくの地球を守って」を読み、英語部を辞めて漫研へ

──天乃さんは、こういったメディアのインタビューを受けるのは初めてですか?

そうなんです。すごく緊張しています(笑)。

──貴重な機会をありがとうございます! 今日はデビュー以前のお話から最新作「リバース×リバース」についてまで、たっぷり伺えればと思います。まず天乃さんがマンガ家を志したのはいつ頃だったんでしょうか。

日渡早紀「ぼくの地球を守って」文庫版1巻

中学生の頃ですね。もともと絵を描くことは好きだったんですけど、日渡早紀先生の「ぼくの地球を守って」を読んで、「マンガ……すごい……!」とものすごく感動して、人生を変えられてしまったんです。それで「私もマンガが描きたい!」と思い、入っていた英語部を辞めて漫研に入り、ちゃんとマンガを描き始めました。

──漫研に描き方を指導してくれるような方がいたんですか?

中高一貫の学校だったので、高校生の先輩方がマンガの描き方を教えてくださったんです。OGにプロのマンガ家さんもいらっしゃったようなところで、部誌も年に2回出したり、割としっかり活動していたと思います。

──いい環境ですね。もちろんそれ以前にもマンガを読む機会はあったと思うんですが、「ぼくの地球を守って」のどんなところに、そこまでの衝撃を受けたんでしょうか。

8巻の紫苑さんの子供時代のお話、ラズロとキャーとの交流のあたりで、もうボロボロ泣いてしまって……。あと、いろんな立場の人がいて、それぞれの立場から見えるものが全然違うというのを描いているのが、すごく面白かったんですよね。

──なるほど。それこそ天乃さんの「リバース×リバース」も、“それぞれの立場で見えるものが違う”作品ですよね。

そうでしょうか、そうだったらうれしいです……!

樹なつみ「OZ」文庫版1巻

──「ぼくの地球を守って」は花とゆめ(白泉社)の連載作品ですが、LaLaで特に好きだった作品はありますか?

樹なつみ先生の作品、特に「OZ」がすごく好きで、4巻の麦畑のシーンを読み返すたびに鳥肌が立ってしまいます。樹なつみ先生の描かれる男性キャラ、本当にカッコいいですよね。「朱鷺色三角」シリーズも「花咲ける青少年」も大好きで、なんでこんな壮大でドラマチックなお話が作れるのかな、すごいなあ……!ってずっと思っています。

──先ほどから「○巻のエピソードが……」って巻数まで即答されていて、愛を感じます。

ほんとオタク語りになってしまう(笑)。やまざき貴子先生の「ムシ」シリーズも大好きですし、桑田乃梨子先生も全作持ってますし……LaLaの好きな作品を挙げ出したらキリがないです。

マンガ家を諦める勇気もなかった

──そうした白泉社のレジェンド作品を愛読されていたということは、投稿先も最初から白泉社でしたか?

はい、LaLaでした。白泉社の独特のファンタジー性や、ちょっと濃い作風がとにかく好きだったので。初投稿は高校1年生くらいのときで、普通に学生さんたちの恋愛ものだったと思います。

──そして2001年にLaLaDXに掲載された「そしてきみが笑うから」でデビュー、2002年に「スマイル・まじっく」でLaLa本誌への初掲載を果たされますが、初の単行本刊行が2009年の「片恋トライアングル」なんですよね。「片恋」の柱コメントにも「諦めなくてよかった」と書いていましたが、コミックスが出せるようになるまでの間は、正直苦しい部分もあったのでしょうか。

「片恋トライアングル」より。

そうですね……後からデビューした作家さんがどんどん活躍されていくところを見ると、「もうダメかもしれない」と思うことはありました。でも最終的に、人と比べても仕方がないというか、結局自分との闘いで、自分が面白い作品を描くしかないんだよなあって。やっぱりマンガを描きたかったですし。あとは後ろ向きな理由なんですけど、諦める勇気もなかったんです。

──確かに、そこからマンガ家以外の道を選ぶというのも……。

はい、そっちの決断も怖くてできなかったですね。それにやっぱり読者の方から感想のお手紙をいただいたりすると、すごくうれしくて。「まだがんばりたい」って思って、しがみつき続けた感じですね。鳴かず飛ばずの時期が長かったので、今でも自分がLaLaの本誌で連載させていただけてるってことに、突然「夢かな……?」みたいな気持ちになることがあります。

──ちなみに当時の自分のような思いをしている若い作家さんに何か言葉をかけるとしたら、どんな言葉をかけますか?

難しいですね……無責任に「がんばれ」とも言えないですし。ただ、10年前と今ではマンガを描く状況も違っているので、今は選択肢がたくさんあるから、昔より柔軟にマンガを描ける状況なのかなっていう気がしています。

「ラストゲーム」のプロットを考えている時期に起こった
東日本大震災

──初期は読み切りも多く発表されていますが、特に思い入れが強い作品を挙げるならどれでしょうか。

「片恋トライアングル」の1巻に入っている「シークレットガーデン」です。これは自分が表現したい空気感を、そのまま理想に近い形で描けたかなと思います。今でも好きな作品ですね。

──「シークレットガーデン」はお嬢様のメアリーと執事のジャックの秘めた恋心を描いた作品ですが、外国が舞台でファンタジー要素もあり、天乃さんの作品の中では少し異色ですよね。

表に出て行くのは学園ものばかりなんですけど、裏で割とファンタジーも描いてはいたんです。もともとは現代ファンタジーを描きたくて白泉社に投稿していたし、選考用のネームを担当さんに出すときも、最初はファンタジーものを出すんですが、だいたいボツになってしまって。でも「不戦敗だけは絶対嫌だ」って気持ちがあって、選考には毎回何かしら出したかったので、ギリギリで学園ものを描いて出すとそれが通る、ということが多かったんですよね。

──「シークレットガーデン」も含め、初期の天乃さんの作品は悲恋もの、片思いのまま終わったり、両思いでもお別れせざるを得なかったりというお話が多い印象です。

「リバース×リバース」より。

悲恋ものは比較的描きやすいんです。ちょっとがんばって明るいお話を描くと、今度はがんばりすぎてちょっとテンションがおかしくなってしまって(笑)。悲恋ものと明るい話とで作風が分かれすぎていたので、だんだんと足して2で割っていった記憶があります。

──悲恋もののほうが描きやすいというのは、お話が思いつきやすい?

そうですね。私は音楽を聴いて、それが琴線に触れてわーって泣いてしまうことがけっこうあるんですけど、そのときに映像というか、空気感やモノローグがふわーって浮かんできて、「うわー、これをマンガにしたい!」と思うんです。言葉では表せないから、マンガでこの気持ちを表現して伝えたい、みたいな。悲恋ものはそうやって、衝動的に一気に描いてました。

──例えばどんな音楽を聴かれるんでしょうか。

友達がカラオケで歌っていた曲を聴いて「めっちゃいい!」ってなることもありますし、好きなアーティストさんだと、クラムボンさん、Charaさんですね。あたたかくて切ない曲が多くて大好きです。歌詞というより、音で「わー」ってなってしまう感じです。

──聴きながら読んでみたくなりますね。一方で天乃さんの代表作にもなった「ラストゲーム」はそれまでの悲恋ものとは異なる、コミカルでキュートな作風で人気を博しました。天乃さんにとっても転機になった作品ではないかと思いますが、何かきっかけはあったんでしょうか。

理由の1つになったのかなと思うのが、「ラストゲーム」のプロットを考えている時期に、東日本大震災が起きたんです。それまでは「人の心に残るものが描きたい」という自分の欲みたいなものがあったんですが、そのときに「そういうのは全部いらない、読み終わったあとすぐゴミ箱に直行してもらってもいいから、読んでいる最中はちょっとでも楽しい気持ちになってほしい」と思ったんですよね。だから少しでもストレスがかかる要素は全部なしにして、「楽しい」「笑える」「キュンキュンする」とか、読んでいる人の気持ちがちょっとでも上向くような、とにかく明るくて楽しいだけのものを描きたいなって。

──その一瞬だけでも楽しんでもらえるものを提供したいという。

はい。そこまでの気持ちになったのは、後にも先にもそのときだけでしたね。自分もやっぱりつらいときは創作物に救われてきたので、そのときはとにかくプラスな気持ちになっていただけるものを描けたらっていう気持ちでした。


2021年9月24日更新