映画「カラオケ行こ!」は“理想の実写化”、ブルボン小林がレビュー!作品ファンのパンサー・菅良太郎、ジャングルポケット・太田博久も褒めが止まらない

和山やま原作による実写映画「カラオケ行こ!」が、2024年1月12日に全国公開される。原作マンガは2019年8月に行われたオリジナル同人誌即売会・COMITIA129にて頒布された和山の同人作品を単行本化したもので、変声期に悩む中学3年生の合唱部部長・岡聡実と、とある事情から歌がうまくなりたいヤクザの青年・成田狂児の友情が描かれる。映画では監督を山下敦弘、脚本を野木亜紀子が担当。狂児役は綾野剛、聡実役は齋藤潤が演じる。

ナタリーでは「カラオケ行こ!」のジャンル横断特集を実施。コミックナタリーでは「カラオケ行こ!」を絶賛するコラムニスト・ブルボン小林に、映画のレビューを寄稿してもらった。またマンガ好きで知られ、和山作品を愛読しさまざまな人にオススメしているというパンサー・菅良太郎と、「アメトーーク!」などで同作を紹介していたジャングルポケット・太田博久に、映画の感想コメントを依頼。特集最後にはライター・ナカニシキュウによる「カラオケ行こ!」の魅力を紐解くコラムも掲載している。

映画「カラオケ行こ!」予告編公開中

ほとんど素直に、しかし努めて丁寧に、映像化された映画「カラオケ行こ!」

文 / ブルボン小林

「マンガの映画化」作品として理想のような一作だ。
予告編の「映え」のために、主人公が叫んだり走ったりさせられたりしてる映画もあるが(原作マンガがそんなエモいものじゃなくても)、そういう心配を、この映画に限っては、観る前からあまり抱かなかった。きっと面白いだろう、とさえ思っていた。
絶対に浜辺を走って叫んだりしないだろう、という信頼をあらかじめしていたのが我ながら不思議だ。

もともと和山さんの原作がコンパクト(全1巻)で、かつ内容が完璧だったということがある。
「全1巻完結マンガ選手権」をやったら優勝か準優勝くらいしてもおかしくない、見事なプロットとキャラクター。長編連載マンガでは味わえない「こじんまりとした話のよさ」がある。つまり、尺からしても、映画のための省略や付け足しがそんなには不要だと思えたし、筋も十分に笑えて、エモい。素直に実写にしたら、それだけで面白くなるだろう、と。

映画「カラオケ行こ!」場面写真

映画「カラオケ行こ!」場面写真

ヤクザがヤクザらしからぬことに関わるというコメディはこれまでもたくさんあった(マンガもだし、漫才なんかにもよくある手法)が、本作は短編ならではの臨場感がある。
主人公の少年(と読者)は、ある一期間だけ、彼ら(ヤクザ)のほんの一部に触れる。彼らの「シノギ」、本来進行しているであろうドラマは、ここではほぼオミットされていて、年に一度の余興、カラオケ大会という「余談」だけに付き合わされる。
いわば昔話の「こぶとりじいさん」の、山奥の鬼たちの踊りだ。鬼は爺さんの踊りを称えるが、鬼の世界に巻き込みはしない。一線を保ったままの邂逅の臨場感が、正しい巻数で生々しく手渡された。

映画は、ほとんど素直に、しかし努めて丁寧に原作を映像化していた。そもそもヤクザとはフィクションに便利な存在だ(というか「フィクションヤクザ」と呼ぶべき、架空の便利な存在として確立している)。義侠心と愛嬌あふれるヒーロー性と、どこまでも非道な怖さ、強さ。その両面がフィクションヤクザの醍醐味だが、綾野剛は照らす角度を変えると異なる色をみせる宝石みたいに見事にその両面を発揮してみせた。
市民ホール(みたいな公共施設)の合唱コンクールの漏れ聞こえる音に足を止める冒頭だけで、ありえないような少年とヤクザの邂逅を「ありうる」ものとして立ち上げている。結果「そんなにだいそれた話ではない」「感動的な作品」という、昨今の映画では稀有な達成をみることになった。

映画「カラオケ行こ!」場面写真
映画「カラオケ行こ!」場面写真

映画「カラオケ行こ!」場面写真

余計な改変はなく、合唱部の面々、平和な両親らもうまく配されていて、どこまでも原作のよさを壊さないようという配慮が感じられるが、原作でどうしても味わいきれない、映画のダイレクトな醍醐味があるのが歌唱シーンで、クライマックスの「紅」の熱唱、その歌声の直接的感動は、原作ファンも「ありがとう!」と役者と監督の手をぎゅっと握りたくなるものだった。
「紅」という選曲のよさも原作からのものだが、これもシリアスと可笑しさの両面備わった名曲だったと、改めて気づかされもした。そしてイントロの英語を関西弁で翻訳するのは映画版だけの付け足しだ。チャーミングな、ぐっとくる付け足しで、これから何度も思い出すだろう。

プロフィール

ブルボン小林(ブルボンコンバヤシ)

1972年生まれ。コラムニスト。著書に「ザ・マンガホニャララ」「あの人が好きって言うから…有名人の愛読書50冊読んでみた」など。マンガにまつわる著書多数。小学館漫画賞の選考委員を務める。

マンガ好き芸人たちは、映画「カラオケ行こ!」をどう観た?

パンサー・菅良太郎

パンサー・菅良太郎

和山先生の描くシュールな世界。真面目にやればやるほど全てがおかしくなっていく世界。
何を言っているのかと思われるかもしれないが、
ヤクザのカラオケ大会で西野カナのイントロが流れた瞬間に、その曲を入れた本人が組を破門される世界。
僕は和山先生の大ファンで「カラオケ行こ!」も何度も何度も読み直しています。
だからが故に自分の好きな作品が実写化される時は「よくなかったらどうしよう」と妙に緊張してしまう悪癖があるのですが、
「カラオケ行こ!」は杞憂中の杞憂でございました。
「カラオケ行こ!」のシュールと狂気、その表裏一体の世界を見事に描ききる製作陣、演じきる俳優陣。
漫画を読んでいる時には当たり前すぎて気付かなかった「カラオケ」が映画として実際入る事によって、
想像で補完していた大好きなシーンがこんなに厚みを帯びるなんて。
黒いヤクザの世界と中学の合唱部の青春という、水と油?水と油なのかも書いていてわからないものがとてつもない勢いで乳化していく。
その勢いはぜひご自身で体験していただきたいです。よろぴく。

プロフィール

菅良太郎(カンリョウタロウ)

1982年4月7日生まれ、東京都出身。NSC東京校の9期生で、お笑いトリオ・パンサーのメンバーとして、ボケ・ネタ作りを担当している。特技はパラパラを踊ることで、“パラパラおじさん”というキャラを生み出しSNSを中心に話題となった。現在、TBS「王様のブランチ」、日本テレビ「有吉の壁」、TBSラジオ「こねくと」などに出演中。

ジャングルポケット・太田博久

ジャングルポケット・太田博久

原作が大好きで、実写化されると噂を聞いて色々妄想をふくらましておりましたが、想像を遥かに超える素晴らしい作品でした。特にヤクザの狂児と中学生の聡実が絡むシーンの独特のエモい雰囲気や、心地良い温度感の笑いが繊細に再現されていて、映像化された事によって新たに見えた細かい感情の変化など、完全にアップグレードされた「カラオケ行こ!」を堪能させて頂きました。年齢も生きる世界も全く違うヤクザと中学生が、カラオケで育む友情という、エッジの効いたシチュエーションなのになぜか共感でき心を奪われ熱くなれる不思議な感覚、これはいままで見たことのない青春映画です!
そして「紅」を聞いて初めて笑い、初めて泣きました。とにかく最高の映画です。

プロフィール

太田博久(オオタヒロヒサ)

1983年12月10日生まれ、愛知県出身。NSC東京校の12期生で、2006年に結成されたお笑いトリオ・ジャングルポケットのメンバーとして活動。特技は柔道、レスリング、アウトレイジのものまね。現在、日本テレビ「有吉の壁」やTBS「ラヴィット!」などに出演中。

映画「カラオケ行こ!」魅力を紐解く3つのポイント

文 / ナカニシキュウ

和山やまによる原作マンガ「カラオケ行こ!」は、当初同人作品として発表され、のちにKADOKAWAより単行本として刊行された作品だ。一風変わったキャラクター設定と不思議なリアリティに満ちた描写および物語展開が多くの読者を釘付けにし、2021年4月放送のバラエティ番組「アメトーーク!」の「マンガ大好き芸人」企画でも取り上げられるなど、各所で話題を集めていた。

おおまかなストーリーはこうだ。ごく平凡な男子中学生・岡聡実は、ある日突然ヤクザの青年・成田狂児に「カラオケ行こ!」と誘われる。狂児には短期間で歌唱能力を向上させなければならない切実な理由があり、たまたま見かけた合唱コンクールで一番うまいと感じた学校の部長、すなわち聡実に師事することを一方的に決意したのだという。なかば強引に聡実をカラオケ店へ連れていき、自分の歌を聴かせて講評を迫る狂児だったが……。

「カラオケ行こ!」書影

「カラオケ行こ!」書影

ヤクザと普通の中学生という、通常であれば交わるはずのない2人が出会ってしまったことで巻き起こるさまざまな人間ドラマが物語の中心だ。当初はまったく噛み合わなかった狂児と聡実だが、その関係性はカラオケルームで繰り返される歌唱指導を通じて徐々に変化していく。いい意味で日本映画然とした生活感あふれる生々しい空気感を全編に漂わせながらも、ある意味では「E.T.」や「ドラえもん」のような異文化交流ファンタジーに近い手触りを感じ取ることもできるのが本作のユニークなポイントである。

見どころその1:絶妙な選曲

特筆に値するのは、狂児ら登場人物たちがカラオケで熱唱する楽曲群の選曲の絶妙さだ。1990~2000年代ごろのヒット曲を中心に実在するJ-POPの名曲群が惜しげもなく使われており、しかもそのすべてが明確な必然性をもってセレクトされているところに制作陣の並々ならぬこだわりが見て取れる。

中でも聡実が狂児のためにリストアップした“狂児の声域に合っていて歌いやすいと思われる楽曲リスト”は、特に出色だ。カラオケでうまく歌うことを目的とするとき、案外難しいのが自分の声域に合った適切な楽曲の選定である。一般的にプロのシンガーは素人と比べて実用音域がかなり広く、特に近年のJ-POPにおける男声ボーカル楽曲には一般的な成人男性にはまず歌えないような高音メロディを持つヒット曲が少なくない。よって、あまり音域の広くない一般男性が“適切な”音域を持つ楽曲を見つけ出すことの難易度は年々上昇し続けているのである。

映画「カラオケ行こ!」場面写真

映画「カラオケ行こ!」場面写真

そこで威力を発揮するのが聡実のリストだ。そこには多くの男性が無理なく歌える範囲内の、しかも幅広い年齢層に認知されている定番J-POPヒッツがずらりと列挙されている。カラオケのレパートリーを増やしたいと思っている一般男性諸氏にとってはかなりリアルに参考になるラインナップと言えるだろう。具体的な曲目に関しては、ぜひ映画本編を観て確認していただきたい。

見どころその2:的確なアドバイス

また、劇中には聡実が大勢のヤクザたちにぶっきらぼうな歌唱指導を畳みかけていく痛快なワンシーンがあるが、その短いひと言の中に思いのほか的確なアドバイスが含まれていたりもするので油断がならない。歌のうまくなるヒントが少しでも欲しい人は単なるギャグシーンとして聞き流すのではなく、しっかりセリフに耳を傾けてみるのも案外オススメである。

とはいえ、原則としてカラオケなどというものは楽しく歌うことが唯一にして最大の目的であるべきだ。うまく歌えずとも十分楽しめている人の場合、上記のようなことを気にする必要などまったくないということは蛇足ながら申し添えておきたい。

見どころその3:映画オリジナル要素

もうひとつ大きな見どころとして挙げられるのが、映画オリジナルの要素だ。原作マンガには描かれていない、あるいは描かれていても深掘りされていなかった要素がいくつか実写映画化にあたり新たに追加されている。例えば、聡実が所属する合唱部の女子部員・中川と後輩男子部員・和田などは原作以上に人間味のある人物として登場し、聡実の生活に少し深めに関わってくることとなる。その脚色の塩梅が非常にほどよい湯加減であり、物語本来の魅力を損なわない程度にドラマチック性を加味することに成功している。

ほかにもところどころで映画版ならではの追加設定や演出が見受けられ、そのどれもが実に自然な形で物語世界に溶け込んでいるのを見て取ることができる。そうした新要素によって、さらに深みと奥行きを増した味わい深い作品として生まれ変わったのが今回の実写映画版「カラオケ行こ!」だ。もちろん原作を読まずとも問題なく楽しめる映像作品であることは言うまでもないが、原作と見比べて相違点を探しながら脚色の妙を味わい尽くすスタイルも大変オススメである。

映画「カラオケ行こ!」場面写真
映画「カラオケ行こ!」場面写真

映画「カラオケ行こ!」場面写真

また、「カラオケ行こ!」の続編にあたるマンガ「ファミレス行こ。」が2020年より月刊コミックビーム(KADOKAWA)でシリーズ読切として不定期連載中だ。大学生になった聡実が東京で暮らし始め、とあるファミリーレストランを訪れたことで動き出す奇妙な人間模様が描かれる。待望の単行本上巻が12月28日に発売されるので、映画と併せてこちらもチェックしておこう。

「ファミレス行こ。」上巻書影

「ファミレス行こ。」上巻書影