「鬼灯の冷徹」完結&画集発売記念 江口夏実インタビュー|絵を描くのが好きだから続けられたーー「鬼灯」と歩んだ9年間と、豪華絢爛画集セット「地獄玉手箱」の全貌

うさぎを飼ってる方からも手紙が来ました(笑)

「鬼灯の冷徹」3巻収録の「かちかちぢごく」より。

──ではこれまで書いてきたエピソードの中で、特にお気に入りがあれば3つ。

3巻の芥子が初めて出てきた「かちかぢごく」という話と、11巻の「むし」、あと25巻の「衆合合戦」の3つですね。「かちかじごく」は単純にすごく反響が大きくて印象に残ってます。初期に描いたエピソードでは一番反響が大きくて、「カチカチ山」に対する感想と、とにかくうさぎがかわいいっていう感想と。

──さすが芥子(笑)。

うさぎを飼ってる方からも手紙が来ました(笑)。まあお話自体がある種地獄っぽかったのと、「カチカチ山」という有名な昔話が出てきたのが新鮮だったのかも知れないです。

──確かに昔話はみんな知ってますからね。「むし」は地獄にたくさんいる虫のお話ですが……。

たぶん読者さん的にはそれほど刺さった話ではないと思うのですが、地獄の資料を見ていると虫ってめちゃくちゃ出てくるんですよ。やっぱり生理的に嫌なんでしょうね、昔の方も。それを文献の説明文を見ながら、全部ビジュアル化して。これは果たして芋虫なのか甲虫なのか、なんだろうと思いながら想像で描いたのが、割と楽しくて。個人的に好きなエピソードです。

──虫をたくさん描くのもけっこう大変そうですけども。

大変ですけど、自然が多い描写で虫がいないのが寂しいと思うほうなんですよ。桜の木なんかは葉桜になった瞬間に下を通りたくないレベルで毛虫がいますけど、それが自然のことじゃないですか。私は水木しげる先生に大変な影響を受けているのですが、水木先生は虫がお好きで、作中にたくさん出てくるんですね。伝記でも虫の観察をされていたエピソードが多くて、だから私も影響を受けて虫の世界をあんまり切り離したくないなと思って。

──なるほど。

「衆合合戦」は、単純に描いてて楽しかったですね。作画に時間がかかって大変だったのですが、この話は何話か続けて描くと最初から決めてたので、比較的ネームは早くできて。その分時間をかけて絵を描けたのもあって、できあがりを雑誌で見ても納得いっていたんですよ。単行本になったときも、そこまで加筆しなかったと思います。

「鬼灯の冷徹」11巻収録の「むし」より。 「鬼灯の冷徹」25巻収録の「衆合合戦」より。

やっぱり芥子がしゃべったときの衝撃はすごかった

──「鬼灯」はアニメ化もされて、それをきっかけにさらにファンが増えた印象があります。アニメになったことでマンガに影響を受けたことや、アニメからアイデアをもらったことはありましたか?

影響を受けたというよりは、改めてマンガとアニメの表現方法の違いを認識させられました。アニメはやっぱりお子さんにも見てもらいやすいですし、今の時代、アニメから入る人も多いです。一方マンガには音がないのと、基本的に止まっている絵の連続なので、コマの大きさやコマ割りで見せ場や間を作れるのはマンガならではだと思います。読むスピードを読者さんに委ねられるのもいいところですよね。アニメになったことで、逆にマンガでしかできない表現を意識するようになったかも知れません。

──マンガならではの表現というと、具体的にどんなことでしょうか。

「鬼灯の冷徹」25巻収録の「衆合合戦」より。

例えば「衆合合戦」の妲己の登場シーンの点描とか、まさにマンガでできる表現だと思います。ページをパッと開いたら急に雰囲気が違うとか、見せコマになると飾り枠をつけて描く方とかもいらっしゃいますけど、あれもマンガだからできる表現ですよね。タッチや画風を急に変えるとか。アニメは絵が動きでつながっているので、急に画風が変わる演出は、マンガとは違う工夫が必要です。あとはフォントとか文字の大きさもそう。例えば大きく叫んでる人の後ろで小さくツッコミが入っていたとしても、アニメは同じ声として入ってくるので、マンガとは印象が違ってくることもあります。そういう意味では、アニメで声のイメージが付いた影響はあると思います。

──江口さんの中では、もともとキャラクターの声のイメージはあったんですか?

描いているときは、音はほとんどないです。耳があまりよくないので聞き取りが苦手で、人の声の区別が少し苦手なんです。高い低いとか澄んでるかや、ハスキーだなどは分かるんですけど。声優さんについてはそこまで詳しくなかったので、当時いた詳しいアシスタントさんに例を挙げてもらって、それをアニメ制作側にお伝えしました。なので私からお願いしたのはしゃべり方についてですね。

──しゃべり方ですか。

ハキハキしゃべるとか、もったりしゃべるとか。考えながらしゃべるからちょっとゆっくりとか。

──なるほど。特に声の印象に残っているキャラっていますか。

全員合っていたのですが、やっぱり動物がしゃべったときは……特に芥子の衝撃はすごかったですね。種﨑敦美さんの演技を拝見したときは、本当にすごかったです。友達にも芥子は「アレ誰? ものすごくかわいい!」と何度も言われました。すごくかわいいし、でもキャピキャピしてるわけでもなくて、動物っぽいと思います。本当にすごいなと思いました。芥子はかなりアニメのイメージに引っ張られたんじゃないかなという気がします。もう紙の上でもあの声でしゃべりますからね。

ポップに不幸話を描くので、安心して笑ってほしい

──「鬼灯」の完結後、アフタヌーンで読み切り「ぬえはどうみえる?」を描かれましたね。もし次回作については構想などあれば教えて下さい。

「ぬえはどうみえる?」扉ページ

描いてみないとわからないし、ガチガチに決めてしまうのもよくないと思ってるんですけど、私は基本的に主人公が人間じゃないことが多くて。多分リアルな世界、普通の学校が舞台といった話にはならないだろうなと自分でも思ってます。あと自分の性格を考えるとシリアスに描き続けられないというか……。いや「鬼灯」も真面目に描いてて、真剣に描いた結果ああなってるんですけど。でも真剣であればある程、自分で自分にツッコミを入れたくなってしまう人間なので、作品もその世界に入り込んで100%感情移入してという話は描けないんだろうなと思います。途中で絶対ふざけてしまう気がする。

──ツッコミを入れたい自分が出てきちゃうんですね。

真面目にやってるんだけど、はたから見ると面白いとか、そのときは真剣にやってても、あとから「なんでそれやったの?」って思うことはあるじゃないですか。そういうことのほうがリアルに思えてしまう部分があります。だから、結果テイストは「鬼灯」と同じになってしまうのかもしれません(笑)。

──そういう性分なんですね。

生死や差別に関わるようなことは駄目ですけど、正直、他人のプチ不幸話って本人がポップに話す分には楽しいというじゃないですか。よいか悪いかは別として、誰も新婚生活のことは30分も聞かないけど、旦那との不仲の話は現金にも3時間聞いたりします。それに近いかもしれませんが、私はどちらかというと、ポップに不幸話を描くので、安心して笑ってほしいという気持ちがあります。

──次の作品も楽しみにしてます。では最後に「地獄玉手箱」のアピールをお願いします。

高額で恐縮なんですけれども、高精細の複製原画は本当にすごいですし、普通では出せない色まで出てるのをぜひ生で見てもらえればうれしいです。あとは解説の文章ですね。相当の文字量があって、ちゃんと絵のことやキャラクターのことを書いてるので、マンガを読んでくださった方には特にきっと面白く読めるんじゃないかと思います。キャラクターについて、ここまで語ったのは初めてだと思うので、複製原画は目で見て解説は読んで楽しんでほしいです。