「鬼灯の冷徹」完結&画集発売記念 江口夏実インタビュー|絵を描くのが好きだから続けられたーー「鬼灯」と歩んだ9年間と、豪華絢爛画集セット「地獄玉手箱」の全貌

解説画集はキャラクターのプロファイリングをしてる感じ

──キャラクター解説画集も読ませてもらったのですが、すごいですね。各キャラクターの解説がかなりしっかり書かれていて。

なんか図鑑みたいで面白いですよね。でもさっきのトレペもそうでしたけど、この解説文を書いてるときが一番大変でした(笑)。解説文は全部パソコンで打ったんですけど、普段こんなに長文を書くことがないので……。ちょっとした小説ぐらいの文字量を打ったので、手が腱鞘炎みたいになりました(笑)。

──あ、これすべて江口さんが書かれてるんですか。

はい、そうです。

──すごい……。単行本で読者さんの質問にもこまめに答えてらして、キャラクターの設定とか世界観をしっかり決められているんだなという印象があったんですが、これだけ文章で説明できるぐらいしっかり練られているんですね。

「地獄玉手箱」より、キャラクター解説画集。

うーん、練っているというか……。これを書いているときの心理って、決まってるものを説明してるというよりは、キャラクターのプロファイリングをしてる感じでした。大学で教職課程を取っていたときに臨床心理学が必修だったんですけど、そのときのことを思い出しました。人間って……いや、彼らは人間ではないですけど(笑)、言動の裏付けにある程度心理的なものが潜んでいるので、あまり苦労せずに想像できたというか、きっとこうだろうなと思いながら書きました。だから文章を考えるのはそれほど大変じゃなかったんですけれども、とにかく手がすごく痛かった(笑)。書き終わってからしばらく湿布貼ってました。

──かなりの文量ですからね。

原画集って、いままでどこかで見たことのある絵がまとめて載っているだけっていう印象になりがちだと思うんですけど、そういう意味ではこの文章を読むほうが面白いかもしれないです。かなり細かめに書いて載せていただいているので。

──ご自分で作ったキャラクターに対して、こんなに客観的になれるものなんですね。

これは何かで読んだ話ですけど、マンガ家には3種類あって、ひとつは共感型でメインキャラクターに共感して、その子の主観で描くタイプ。もうひとつは憧れ型で、例えば主人公が少し地味なんだけど、相手役や友達の男の子なり女の子に自分の理想を思いっきり描くのが好きなタイプ。3つ目がプロファイリング型で、自分の頭の中で箱庭を作って、将棋みたいに動かして遊ぶタイプ。たぶん私はプロファイリング型なんだろうと、それを読んで思いました。特徴としては自分をそこに組み込むことなく、キャラクターが多くなっていって、群像を作るのを好むと書かれていて。確かにそうだなと思います。

整理しておく癖が画集作りにめちゃくちゃ役立ちました

──そして未公開ラフ集。これもかなり読み応えのある内容ですね。

いろいろ幅広く載ってて面白いと思います。単行本やモーニングの表紙用に提出したラフで、採用されなかったものも全部載っているので。

──このラフって全部残ってたんですか?

昔から、こういうのを残しておいたり、コピーを取って整理整頓しておく癖だけはあったんですよ(笑)。学生のときに忘れ物とかほとんどしないのだけは取り柄でした。だから可愛げがないとも親に散々言われてしまったんですけれども。カラーイラストもセブンのコピー機でキレイに印刷して、時系列順で取ってあるので、今回の画集を作るのにめちゃくちゃ役立ちました。やっておいてよかったなと。

──素晴らしい能力ですね……。ラフ集を拝見すると、かなりいろんなパターンを描かれるようですが、モーニングの表紙はどんな手順で描かれてたんですか?

まずは編集部からお題というかテーマをいただくんですが、例えば6月なら「紫陽花」とか「雨」みたいな感じです。雑誌の表紙なので、季節感とか前の号の方と被らないように、とか。あとは基本的に主人公を入れることが前提です。

「地獄玉手箱」より、未公開ラフ集。

──単行本の表紙の場合はどうですか?

単行本はタイトルの位置と枠、あと帯も付くのでその兼ね合いを考えながらラフを描いて、編集さんとデザイナーさんに見もらって、という流れですね。基本はその巻で比較的目立っているキャラクターを描くようにしてます。

──ラフと言いつつもかなり細かいところまで描かれてますよね。

絵を描いている人同士だったら、ここまで描かなくても伝わるのかなと思うんですけれども、絵を描くのが生業ではない方には、ちゃんと説明しないと意外と伝わらないんですよ。パッと見で目が引くものに引っ張られてしまうことが多い。編集さんは雑誌を作る方ですけど、絵を描く方ではないので、できるだけイメージがしやすいようにと思って。デザイナーさん相手の場合などだと、ニュアンスで伝わることは多いですけどね。いままで一番気を使ったのは、小説の表紙と挿絵を描いたときかもしれないです。小説家さんは文章を書くプロですけれども、絵の完成形を想像することに慣れてはいらっしゃらない場合もあるので。だからラフも普段よりさらに丁寧に描いて、色もつけました。

──途中の段階で完成をイメージしてもらうのって難しいものなんですね。

そうですね。要するに読者さんにどう見られるのかを想像できるかということなので、私はたった9年間ですけど、こう描いたらこういう反応が返ってくる、みたいなもののサンプル数は多少ありますから。

服装を描こうと思うと、女の子のほうが多くなっちゃう

──雑誌や単行本の表紙以外にも、いろいろなラフが掲載されてます。

グッズとかイベント用の描き下ろしですね。この中華服のイラストは、横浜のイベントのキービジュアルで。最初は「中華街をコンセプトに衣装は中華服で、これを着せたいんですけどいいですか?」って資料が送られてきたんですけど、いわゆるコスプレ用の衣装でした。なので、そのまま着せちゃうとキャラクターに似合わないかもしれないなと思って、全部デザインし直しました。

「地獄玉手箱」より、未公開ラフ集。

──「鬼灯」は洋服のデザインもかなり凝ってますよね。何かを参考にしたりしてるんでしょうか。

私自身は洋服とかには無頓着で、あんまり持ってないんですけど、妹がすごい着道楽なんです。妹は昔から周りにもセンスがいいと割と言われていたので、彼女が買ってるお店を教えてもらってサイトでいいなって思ったものを参考にしたり。あとは服を着てるモデルさんの髪型も覚えておくと、トータルでバランスがいいので、服単体というよりは全体のシルエットを見てるかもしれないです。ただ比較的女性は装飾に困らないと言うか、女性用の洋服はバリエーションが多いし、特に着物や民族衣装は着飾ることには特化してると思うので。男性は今はもちろん昔よりいろいろありますが、どちらかというと職業を表す服が多いんですよね。特に昔だと火消しとか岡っ引きとか。だから結果的に服装を描こうと思うと、女の子のほうが多くなっちゃいます。

──なるほど。こちらはフィギュアのラフというか、デザインですかね。これを元に造形師さんが設計されるんですよね。

はい。これは限定版に付けた小さいフィギュアで、奇譚クラブさんが作ってくださったものです。個人的にフィギュアはすごく好きなので、なんとなくこうなるだろうなというのを想像しながら、フィギュアにしやすいように描いてはいるつもりです。

「地獄玉手箱」より、未公開ラフ集。

──平面のものを立体にするのは大変だろうなと。

そうですね、やっぱり絵には2次元の嘘はありますからね。