「鬼灯の冷徹」完結&画集発売記念 江口夏実インタビュー|絵を描くのが好きだから続けられたーー「鬼灯」と歩んだ9年間と、豪華絢爛画集セット「地獄玉手箱」の全貌

やっぱり絵を描くのが好きだから

──それでは「鬼灯の冷徹」の完結についても聞かせてください。まずは率直な感想を。

よくここまで続けられたなと思います。描くことそのものというよりは、体力的に。途中で一度死にそうになったことがあるので……(笑)、そこでよくめげなかったなと。私、4歳から高校1年までピアノを習ってたんですけど、ものすごく嫌で。自分でやりたいと言った手前、親に辞めたいと言えなくてズルズル続けてたんです。でも結局は練習しなくなっていくわけで、全然身にならず。そのあまりにも身になってない約12年間と、「鬼灯」を描いてた9年間を比べると、確実にこの9年のほうがちゃんとやってたなって思います(笑)。

──それは何が原動力や支えになっていたんでしょうか。

やっぱり絵を描くのが好きだからというのは一番大きいです。ピアノとの比較になってしまうんですけど、12年やってて満足に弾けないですからね。もちろん楽譜は読めるし、がんばれば楽譜通りに弾くことはできると思うんですけど、音楽ができる人って楽譜を見ると曲が頭に浮かぶっておっしゃるじゃないですか。それが一切できないんですよね。でも絵は感覚でわかるんですよ、ここをこうしたらこうなるだろうな、という予測がある程度できる。それが結局好きってことなんだろうなと思います。

「鬼灯の冷徹」最終話扉ページ。

──一度死にそうになったとおっしゃってましたけど、何があったんでしょうか。

先程もちょっと話しましたけど、とにかく寝る時間がなさすぎて(笑)。週刊連載のときですが、連載にプラスしてアニメが始まって、本当に3日寝てなくて3時間寝て、また3日寝てなくてみたいなことが続いたんです。ほとんど記憶もない状態で描いてるような絵もいっぱいあって。それが限界に達したときに、1人でうっかり風呂で死にかけて、さすがにちょっとまずいからということで隔週にしてもらいました。結果的には隔週のほうが私には合ってたなと思います。

──週刊連載のハードさって、話には聞きますけど実感としてわからないので……。

マンガの描き方は作家さんによって違いますし、アナログかデジタルかとか、どこまで自分で描いてるかとか、人それぞれだと思うんですよね。私は基本自分で描いていますし、資料を調べるのにも時間をかけてしまうほうなので、さらに時間がかかってしまうんです。だからこの記事を見ていただいている方で、これからマンガ家を目指そうという方は、自分の体力にあった方法でデビューしたほうがいいと思います。昔は媒体が紙の雑誌のみだったので、体力があって原稿が速い人が有利でしたけど、今はそういう時代でもないですから。

「まだ続いてたんだ」と思われるよりはずっとありがたいと思います

──「鬼灯」は1話完結のお話なので、ネタが思いつく限り続けようと思えば続けられるタイプの作品なのかなと思うんですが、このタイミングで終わらせることになった理由はあるのでしょうか。

20巻を出した時点で、30巻ぐらいで終われたらキレイだろうなとは思っていました。個人的に、30巻以上あるマンガを揃えようと思うのに時間がかかってしまうほうなんですよ。でも30巻ぐらいで終わってるんだったら買ってみようかなという気持ちになることが、あくまで私の場合ですけど多いので。

──なるほど。もともと30巻ぐらいという目安があったんですね。

「鬼灯の冷徹」最終31巻

それに加えて、話の流れとして補佐官10人分のエピソードを描いたら終わるのがいいとも思ってました。まあ続けようと思えば続けられるのは、確かにそうなんですけど、1話完結ものって長編よりもある意味難しい部分もあって。ネタも無限ではないし、話の構成とかがどうしても被ってくるんですよ。このネタ前に描いた話と似たような感じだなとか、前に書いた設定と矛盾してきたり。

──コミックナタリーで完結について記事化したときも「ずっと続くものだと思っていた」というリアクションが多く、読者の方からの「残念」という声も届いていたのでは。

まあ「まだ続いてたんだ」と思われるよりはずっとありがたいと思います。いや、それはそれで素晴らしい文化ですよ、「あそこの駄菓子屋、30年同じおじいちゃんいるな」という安心感みたいなものを担う作品は素晴らしい。ただ、惜しまれていただけたのならありがたいですよね。もしもう少し続けていたとして、今後それだけの反応はいただけるかわからないですから。そういう意味ではいいタイミングだったのではと思っています。

猫好好がまさか単行本の表紙になるとは

──キャラクターの中で一番お気に入りのキャラクターと、描くのが難しかったキャラクターをあげるとしたら誰でしょう。

座敷童子

お気に入りってよく聞かれるのですが、1人のお気に入りというのはあまりなくて……。ただ思い入れがあるのは座敷童子ですね。座敷童子のキャラクターを作ったのが高校生ぐらいのときで、愛着があります。ただ描くのが大変だったのも座敷童子(笑)。もちろん描くのは楽しいんですけど、必ず2人一緒に出てきて、どんな小さいコマにも2人いるんですよね。まったく同じ顔だけど、だからといって同じ人物ではないからコピペをしたくはなくて、1人描いたらまたもう1人描かなきゃいけないというのがけっこう大変で(笑)。だから描くのが難しいというのは、どれだけ手間がかかるかによりますね。

──動かしにくいという感じよりは、作画的に大変ということですね。

キャラクターとして動かしにくいという意味では白澤かもしれない。白澤ってちょっと私の中で特殊なキャラクターで、読者さんからの「こうあってほしい」という期待のご意見がズバ抜けて多かったんですよ。その期待値が、私の考えとあまりにも乖離している部分があり、申し訳なさと自分の描きたいもののせめぎ合いが強くなって、ちょっとだけ動かしづらくなったというのはあります。あくまでちょっとです。

──読者さんの中で理想の白澤像ができあがってしまってるんですね。

かなりカッコいい想像をしてくださる方が多いです。昨今はファンアートを描かれる方も多いので、そちらのイメージから入られた方や、アニメから入った方もいらっしゃるから、解釈がそれぞれなんだと思います。そこまで愛していただけてありがたい反面、どうしようかとかなりいろいろ考え込んだ部分もありました。

──なかなか難しい問題ですね。

でも本当の意味で動かしにくいキャラはいないですよ。白澤だって無理に登場させてたわけではないです。ただ出てくる場所が限定される、というのはあります。基本的に地獄に来る理由が花街以外にないし、薬屋か桃源郷にしかいませんから。閻魔大王と同じで場所が限定されてしまうキャラクター。だから地獄太夫とかも反響があって出したかったんですけど、出しにくいんです。なかなかテリトリー外に出ないので。新宿で働いている人が蒲田にいることはめったにないのと同じように(笑)。

──確かに。では描き進めていくうちに思っていたのと違うキャラクターになったなと思うキャラクターはいますか?

「鬼灯の冷徹」12巻

猫好好かな……(笑)。もはやなんで描いたのか、できた理由すら覚えてないんですけど、まさか単行本の表紙になるとは思わなかったです(笑)。あの猫……猫なのか……?のグッズができるたびに「これ、お金もらっていいのかな」と思います(笑)。あまり狙ってなかったのがよかったのかもしれません。

──インパクトは強いですし、一度見たら忘れられない顔をしているので。

話数でいったらそんなに頻繁には出てきてないんですけどね。

──ファンの方から人気のあるキャラクターって誰でしょう。

一番はぶっちぎりで鬼灯ですね。人気投票をした時も、2位に1000票ぐらい差をつけて鬼灯が1位だったので。でも主人公がそれだけ人気があるのはありがたいことだと思います。反響が一番大きかったという意味では、芥子と座敷童子。登場した瞬間の人気のかっさらい方がすごかった。特に芥子はグッズとかを作っていただいても、最初になくなるイメージですね。あと学生さんなどの若い女性は、華やかな女の子のキャラクターを好きっていう人が多いです。座敷童子とか芥子もそうですけど、お香やまきみきが好きですと言われたり。

「鬼灯の冷徹」人気投票

──「鬼灯」に出てくる女の子は衣装や小物など、ファッションもかわいらしいですからね。真似したいと思ったりするのかも。

そうならうれしいです。前にサイン会したときに印象に残ったことがあって。双子のお嬢さんがいるお母さんがいらして、当時4歳でアニメを一緒に観ていたら、双子だからか双子のキャラクターにすごく反応するっておっしゃってて。超かわいいなと。

──仲間だって思ったんですかね(笑)。ちなみにご自身に近いキャラクターっていますか?

うーん、自分ではわからないですね……。人に指摘してもらったほうがいいような気がします。ただモブの顔が自分に恐ろしく似てるなと思うことがありますね(笑)。何も考えずに描くと、見慣れている自分のバランスになるのかもしれない。無意識で天パを描いてしまうのも、自分がかなりくせ毛だからなんじゃないかなと。でもこれ、絵を描く人にはけっこうあるあるなんじゃないですかね。