「鬼灯の冷徹」完結&画集発売記念 江口夏実インタビュー|絵を描くのが好きだから続けられたーー「鬼灯」と歩んだ9年間と、豪華絢爛画集セット「地獄玉手箱」の全貌

広大な地獄で、さまざまなトラブルに対処する鬼神・鬼灯を中心に、地獄の面々の楽しい日々を描くコメディ「鬼灯の冷徹」。9年にわたるモーニング(講談社)での連載に幕を下ろし、最終31巻が発売に。さらに完結を記念した画集「地獄玉手箱」が完全受注生産品として発売される。

コミックナタリーでは「鬼灯の冷徹」最終31巻と「地獄玉手箱」の発売を記念し、江口夏実へのインタビューを実施。豪華セットの見どころに迫るとともに、9年間に及ぶ連載を終えた現在の心境に迫った。

取材・文 / 増田桃子

豪華本紹介

「鬼灯の冷徹」超豪華絢爛原画集セット「地獄玉手箱」を大解剖

「地獄玉手箱」展開図
原寸大の複製原画集
モーニングの表紙、イベント用に描き下ろしたカラー原稿、各話扉、モノクロ原稿など合計97枚を原寸大で収録。そのうち48枚には、江口による手書きの解説が用意されており、トレーシングペーパーを使用することで、解説を読みながらイラストの美しさを楽しめる。表紙には江口の描き下ろしイラストを使用。そのイラストは画集の中にも収められている。
キャラクター解説画集
江口自身が、登場キャラクター約60名を詳細に説明した解説集。作品内では語られなかった裏設定や、これまで深く語られることがなかったキャラクターについての考察がたっぷりと堪能できる。
未公開ラフ画集
モーニングの表紙イラスト、単行本のカバーイラスト、アニメやイベント用に描き下ろしたイラスト、フィギュアやグッズのデザインラフなどを多数収録。不採用となったラフ案など、ここでしか見られない未公開カットも楽しめる。
高精細複製原画5枚
通常の出版物では再現できない広色域の出力を可能にするジェットプレス印刷で制作された複製原画を同梱。高精細な線画品質で、アナログ原稿独特のタッチや色味まで再現された。

※「地獄玉手箱」の紹介画像は制作途中のものです。実際とは異なる場合があります。

4点をセットにして、クロス張り・留め具付きの化粧箱に収納してお届け!

江口夏実インタビュー

本当は原画展で現物を見てほしかった「地獄玉手箱」

──「鬼灯の冷徹」の特集を組ませていただくのは、これで5回目になりますが、今回は「鬼灯の冷徹」の完結についてと、原画集「地獄玉手箱」についてお話を伺えればと思います。まず今回の画集を作ろうと思ったきっかけは、何かあったのでしょうか。

もともと完結に合わせていろんな企画が動いていて、8月に原画展を開催していただく予定だったんです。画集は原画展の会場で実物を手に取っていただいて、けっこういいものができたことを見てもらえればという話をしていて。なにせ3万5000円っていうけっこうな金額なものなので。ただ原画展がコロナで中止になってしまったんですよね。

高精細複製原画より。

──とても残念です。今日「地獄玉手箱」の実物を拝見しましたけれど本当に豪華で。ファンの方は現物を見たら欲しくなると思います。

原画展に行ったときの訳のわからないテンションってありますからね。私も水木(しげる)先生の原画展に行くとそうですけど、原画を見て思わず買って「買ってよかった」と後から自分を褒めるものもあるし、逆に後からこれ持ってるじゃんと気付いた、みたいなグッズとかありますし(笑)。

──わかります、その場の雰囲気って大事です。

ですので、今回の特集で「地獄玉手箱」の魅力が少しでも伝わるといいなと思ってます。かなりよくできたものだと作者の私も驚いたので。

──見どころとしては表紙を描き下ろした原寸大の複製原画集、高精細複製原画5枚、未公開のラフ画集、キャラクター解説画集ですね。まず複製原画集のカバーイラストはどんなイメージで描かれたのでしょうか?

せっかくの画集なので、ちょっと遊んでみようかなという気持ちもあって、絵の具や画材をモチーフにしました。鬼灯の持っている銃っぽいものは、一応MP5をモデルにしてかなり遊んだ形にして、よく見るとマガジンが絵の具だったり、機関銃っぽくフィギュアの塗装などに使うエアブラシを置いてみたり。Gペンは自分が使っているものを参考にしてます。普段の単行本では人物、枠、雲とバラバラに描いてデザイナーさんに組み合わせてもらってるんですが、今回は一枚絵で描きました。

「地獄玉手箱」の化粧箱。 「地獄玉手箱」より、複製原画集のカバー。

──細かいところまで、かなり丁寧に描かれていますね。そして高精細複製原画ですが、こちらは再現度が素晴らしく。

かなり原画に近いと思います。普段の雑誌や単行本のカラーだと印刷した時点でどうしても色味は変わってしまうので。カラーって青は比較的再現しやすいんですけど、特に赤が難しいんですよね。色がすごく沈みやすくて。でもこれは色味も彩度も本当に原画並なので、ぜひ手に取って見てほしいですね。

高精細複製原画より。

──カラーイラストはどんな画材で描かれてるんですか?

基本はコピックと色鉛筆が多いです。ただ絵やそのときのイメージによって変えることもよくあります。透明水彩やアクリルガッシュ、あと部分的にクレヨンを使ったり。画材に合わせて紙を変えることもありますね。コピックはケント紙が多いですけど、水彩なら画用紙でないと弾いてしまいます。ちょっとマットに仕上げたいときは、コピックでも画用紙のボードを使います。この原画展用のキービジュアル(鬼灯の横顔の絵)は、色鉛筆を薄く塗って上からティッシュでこするっていうのを繰り返してるんですよ。でもこれはさすがに原画で見ないと伝わらないかもしれません。

「鬼灯の冷徹」完結記念原画展のキービジュアル。

──イラストを描くうえで、マンガと違って特に意識していることはありますか?

イラストとマンガは、私の中では写真と動画みたいな差があります。例えばファッション雑誌の表紙などは、ちゃんと目線が読者さんのほうへ来てて顔が一番よく見える角度で撮影するじゃないですか。それと同じ様に、イラストのときは絵として成立するよさや見栄えを考えて、決め顔でいい表情を描こうと思ってます。マンガのときは逆に決め顔にはあまりならないようにしています。もちろんシリアスなシーンでは決め顔になることもあると思うんですけど、あまりにもこっちを見てキメていたら不自然な場合もあるじゃないですか。お前誰に言ってんだってなるし(笑)。マンガではあまり不自然な演出にならないようにしているつもりです。だから、表紙とか扉ではマンガで描けないことを描いてることが多いですね。

寝て起きて仕上げの時間をちゃんと作る、そのちょっとした調整が大切

──原寸大の複製原画集では、1枚1枚トレーシングペーパーで先生の手書きのコメントが添えられています。この文章は画集を出すことが決まってから書かれたんですよね?

はい。今年の4月ぐらいに一気に書きました。

──どんなことを意識されて書かれたんですか。

パッと見てもわからないけど、ちょっといたずらで描いた部分とか、裏話的なものを中心に書いたほうが面白いかなと思って書きました。例えばこのツツジの絵は、モーニングの表紙になったイラストですが、お題が「5月の公園」だったので5月頃の虫を調べて描いたんですよ。でもハナムグリはこんなに大きくないし、実は白い花にいることが多い虫らしいんですけど、まあそれは絵なので見栄えを重視しました。けっこう大変だったのは180話の扉絵で、豊玉姫の着物が魚の模様なんですけど、魚の生息域の水深に合うように描いてて。

「地獄玉手箱」より、複製原画集。 「地獄玉手箱」より、複製原画集。

──なるほど、水深にあわせて魚の種類が異なってるんですね……すごい。

この絵を描いたときのメモが残ってたので、一応それを見ながら思い出して書いたのですが、名称を確認するのに苦労しました(笑)。

──江口さんは以前のインタビューで、初期の頃と比べると絵柄も変わったとおっしゃっていて。今回の画集は、昔の絵を振り返る作業にもなったと思うんですけど、改めて感じたことはありましたか。

カラーに関しては、昔からちゃんと時間をかけて描いているので、白黒ほど気にならないというか、下手なりに一生懸命描いてるなと思います。週刊連載をしていると本当に寝る時間がなくて。マンガは記憶もないぐらいの状態で描いてたこともよくあったのですが、カラーはちゃんと時間をかけて最後に仕上げもしているので。やっぱり1回寝て起きた瞬間が一番まっさらな状態で見られるから、変なところにも気付きやすいんですよね。もちろん技術的には昔のほうが拙いとは思うんですけど、拙くても愛着はあるというか、見られるなと思います。白黒は一番荒れている頃を見ると、もう自分の脳の状態を疑うようなときもあるので……(苦笑)。必要な時間をかけて丁寧に描くのは大事だなと思います。

──ちゃんと寝るのが大事。

はい。ちゃんと寝て仕上げの時間を作る、そのちょっとした調整が大切だったんだなと、改めて思いました。人から見てどうかはわからないですけど、自分が納得して描き上げたものは、後から見ても納得できますよね。

──江口さんはずっとアナログで描かれてますよね。アナログのメリットとデメリットってなんだと思いますか?

まずアナログは失敗ができない。失敗してもいいんですけど、失敗したらそこからどうリカバリするかが問われると思うので、一発勝負みたいな緊張感はあります。でもリカバリした結果すごくよくなるパターンもあるんですよ。盛大にやっちゃったなってときも、思い切って修正したものが予想だにせずよくなることがあって。しかもけっこうそういうことが多いんですよ。それはアナログの面白いところだなと思いますね。デジタルは失敗しても元に戻せますけど、“予想通りにならなすぎて、まったく別物ができたけどそれがいい”ということは、アナログのほうが起こりやすい気がします。

「地獄玉手箱」より、複製原画集。 「地獄玉手箱」より、複製原画集。 「地獄玉手箱」より、複製原画集。

──確かに……。

あと原画があるのも強みだと思います。原画の立体感とかタッチって印刷されたものとは違うし、現物を見たときの面白さはあるんじゃないかな。まあデジタルのほうがありがたいという編集さんのほうが今は多いと思うので、これから描き始める方はデジタルのほうがいいと思いますよ(笑)。

──そう考えるとアナログの人ってどんどん減っていくんですよね。

そうですね。だから私は化石になろうと思って(笑)。何十年後かに、もうあいつしかアナログで描いてないぞみたいな立ち位置で、どうにか生き残る(笑)。あと最近思ったんですけど、スマホの写真が飛躍的にきれいになってから、SNSでアナログ絵の写真を載せる人がすごく増えたなと思います。実はアナログって写真だときれいに写るんですよ。印刷とかスキャンした画像より、肉眼で見たままに撮れるというか。元の絵はこれですよって写真を載せるとよさが伝わるようになったなと思います。