日高万里デビュー25周年記念インタビュー|叫びたい思い、伝えたい気持ちをすべてマンガに

自分が住んでいる愛知県の東三河しか描けない

──「せかキラ」が2001年の花とゆめ15号で完結し、19号では早くも「ひつじの涙」がスタートしました。2作をほぼ同時進行していたんですね。

ええ。連載中、ネームに詰まると別の物語をすぐに考えちゃうんですよ。詰まったときの逃げ場が新しい話なんです。先ほどプロットが苦手という話をしましたがネームも苦手で、特に暗い過去のエピソードとかだと「どこまで描いていいのかな」「読んでいて楽しいのかな」とだんだん判断ができなくなって、逃避として次の連載のことを考えがちでして。明るいエピソードだとわーっとノリノリになって、逆にはしゃぎ過ぎの箇所を削る感じなんですが(笑)。なので「せかキラ」に詰まっていたときに、「ひつじの涙」が生まれました。

──「ひつじの涙」完結巻のあとがきでは、最終回直前で神崎が圭に告白したエピソードを「予想外」と驚いてました。

そうそう、本当は最終回で告白させるつもりだったんです。終盤はだいたいエピソードの配分ができていて、ラストも考えていました。でも本当にキャラが自由に動いて、「え、神崎ここで告白するの!?」「最終回は次だよ!? そんな直前のヒキのシーンで言う!?」みたいな。「圭さん大変だよ!」ってキャラを心配し、「最終回どうやって始めよう」と自分も心配し(笑)。

日高の画業20周年記念号となった花とゆめ2015年22号に付属した下敷き。左から「世界でいちばん大嫌い」の万葉、「天使1/2方程式」のゆい子、「ひつじの涙」の圭、「V・B・ローズ」のあげはと、代表作のヒロインたちがお目見えしている。

──あはは(笑)。「ひつじの涙」は久々に秋吉家シリーズ以外の作品でしたね。

そうなんです。でも基本的に、私は自分が住んでいる愛知県の東三河しか描けないんですよ。なのでどの作品も東三河が舞台になる(笑)。たぶん、よその土地だとどういう場所なのかわからずに話が進まなくなる気がします。

──ああ、例えば「主人公の女子高生が遊ぶ場所」みたいな日常描写も、土地勘がない地域だと途端にどんな背景を描いていいのか難しくなりそうです。

「V・B・ローズ」には万葉や零が登場する。

ですです、それが地元だとすごく描きやすくて。

──さて、次の「V・B・ローズ」の話も伺えればと思います。「V・B・ローズ」は秋吉家シリーズではありませんが、高校2年生になった零や真紀と万葉夫婦、その子供のひなも登場する、賑やかな物語です。作品のクロスオーバーを描くのは大変ですか?

大変なことはたぶん何もなくって、強いていえば別作品のキャラが登場する“分量”くらいですね。「V・B・ローズ」はあげはと紫の物語なので、あんまり出しすぎると、2人のストーリーの邪魔になってしまう。それは避けないと、って感じではあるのですが、やっぱりキャラクター同士がわちゃわちゃしてるのを描くのがすごく楽しいんですよね! リンクしている話、どうしても大好きで。読み切りでも連載でも、このキャラの兄弟が別の話に出てる、みたいなつながりがすごく好きで昔から描いてしまいますねー。というか、私はそれしか描いてない(笑)。

「天使1/2方程式」のゆい子のコンプレックスは、私のコンプレックス

──連載中の「天使1/2方程式」は“秋吉家シリーズNEXTジェネレーション”と銘打っていて、まさに日高さんのお好きな“つながり”が次世代にまで及んだ作品です。ヒーローを真紀と万葉の子供・真那(マナ)にした理由は?

ヒーローをマナにしたというか、まず主人公のゆい子ありきだったんです。ゆい子をガサガサの唇と癖毛に悩む子にしようと。そしてその子が成長する過程で、美容の悩みを解決してくれる男の子ってどうかなと考えたら「あ、万葉のところの子供だったら美容に詳しい感じで描ける!」とひらめいて引っ張ってきちゃいました(笑)。

──なるほど、「秋吉家シリーズの次世代編を描く」という考えではなく、コンプレックスを抱える主人公のゆい子ありきだったんですね。どんなリップを使っても荒れてしまう唇に悩むゆい子に、マナが実在するプチプラ美容グッズでできる解決策を教えるエピソード、花ゆめ世代の中高生も同じ悩みを抱えている子はいそうなので、すごく助かるだろうと思います。

助かっていますようにー!!(祈りのポーズ)

──あはは(笑)。具体的な美容の知識が出てきますが、これはどうやって取材しているんですか?

ガサガサの唇も癖毛も、私自身の悩みなんです。例えばコスメだったらずっと理想のリップを見つける旅をし続け、数多くの失敗をして、ビューティーアドバイザーさんにいっぱいお話を聞いて、ようやくたどり着いた体験をマンガに取り入れています。そういえば私は一重も悩みで、よくBAさんに「一重のメイクはどうしたらいいですか?」と相談してたんです。すっごくセンスがよくて知識も豊富なBAさんと出会えて、その方のいるデパートのカウンターに通い、その方が名古屋に転勤になったら追いかけ、相談とコスメの買い物とお茶デートを続けていたら最終的には結婚式にも呼ばれました(笑)。

──もうお友達ですね!

ふふ(笑)。髪の毛サラサラで唇もプルプルで、ぱっちり二重の人はすごく羨ましいですが、その子の真似をしてもその子にはなれないから、自分はどうしたらいいだろうって模索し続けてきた思いを、ゆい子を通して描いています。きっとそういう悩みは私1人じゃないだろう、読んでくれる読者の方全員じゃなくても何人かが共感してくれればうれしい、と思って。

「天使1/2方程式」カラーイラスト

──「天使1/2方程式」はコンプレックスを抱えて自分に自信のない女の子が徐々に成長していく過程が描かれているので、それに勇気をもらっている子はいると思います。

いますようにー!!(祈りのポーズ)

──あの、「せかキラ」の頃から気になっていたんですが、美容院の知識はどうやって得ているんですか?

美容院に通いました(笑)。

──今の流れからそうじゃないかと思いましたが、やっぱりそうだったんですね! すごく詳しい描写もあるので、ご家族に美容師がいらっしゃるのかと思っていました。わざわざ取材をするというよりは、日常が取材なんですね。

そうですそうです。実は「天使」に出てくる本庄徹の美容院も、実際に自分が通っているお店をイメージしていて。店長が1人でやっていて、ほかのお客さんが1人もいない自分だけのスペースで丁寧に髪を切ってくれるので、本当に気が楽なんです。めちゃくちゃ通うので、美容院に関するいろんなことを聞いたり、写真を撮らせてもらったりしています。

弾発指での休載は本当に不安だった

──「天使1/2方程式」は2010年にスタートしているので、実は今年で連載10周年なんですよね。

そうなんですよー。気付いたら10年もやってて……なんか、ごめんなさい! 「せかキラ」の頃は元気があったから4年で13巻出せたし、「V・B・ローズ」も5年くらいで14巻出してるのに……途中で休載があったとはいえ恐ろしい、終わらないこのマンガ!

──いえいえ、長く楽しませてもらっています。最初のほうで「プロットは簡単に口頭で説明する」とおっしゃってましたが、「天使」はどんなプロットだったんですか?

確か「唇がバリバリな女の子が、美容に詳しい男子に救われる話」だった気がします。

──すごい、その通りですね(笑)。それがストーリーの根本だとして、どうやって枝葉のエピソードを膨らませるんでしょう?

「天使1/2方程式」カラーイラスト

頭の中に「最終回はこういう感じで、間にこんな紆余曲折がある」というざっくりした流れがあって、その間を埋めていく作業を1話ずつ進めるイメージですね。ただ本当にざっくりで、例えばゆい子とマナがくっつくまで、私は単行本1巻くらいかなって思っていたんです。でも蓋を開けたら5巻までかかっちゃった(笑)。

──よしながふみさんも「『大奥』は5巻で終わると思っていた」とおっしゃっていて今18巻なので、想定を軽々超えるのは「マンガ家あるある」かもしれません。「天使」で描きやすいキャラと描きにくいキャラはいますか?

一番描くのが大変なのはゆい子。「うじうじしないで」って思いつつ描いてます(笑)。あとはマナも扱いづらいかもしれません。15歳なので今まで描いてきたヒーローよりも子供で、割と欲望のままに突き進んだりと、ままならないんですよね。おかげで、ほかのキャラクターはすっごくよく動きます。でもページ数があるから、「そんなに動かないでー!」ってよくエピソードを切っていて。

──日高さんのブログで「エピソードの伐採作業中」というワードをときたま見ます。

まさにそれです! でも最近は、少しだけマンガParkにおまけマンガとして描かせていただいていたり。やっぱり、ゆい子のお話なのでほかのキャラの分量が多くなりすぎると、ストーリーが進まないんですよね。担当さんにも「このエピソードは入れないほうがスッキリするかな、ほかのキャラの分量が多いよね」ってネームの相談をしていると「おまけマンガにしたら」と言ってもらえることもあるので「そうします!」と。

──おまけマンガは季節のイベントの小ネタや、秋吉家の6人姉弟たちの今も描かれていて、楽しく読んでいます。

おまけマンガには、「世界でいちばん大嫌い」で人気を誇りスピンオフ「お気に召すまま?—世界でいちばん大嫌い 特別編—」の主役にもなった本庄と扇子のやり取りなど、クロスオーバー作品のキャラクターも登場する。

そう言っていただけるとうれしいです。今すごく描くのが遅くなっていて……。1年にコミックス1冊分、ふた月に30ページが限度なんです。若いときだと2週間に30ページをあげていたので、達成感って2週間ごとに来たんですよ。でも今は2カ月に1度の達成感でさすがにしんどくて、おまけマンガをだいたい週1くらいで描かせてもらえると、「1回描いた!」という達成感が湧き上がるんですね。もしかしたら読者さんの中には「おまけマンガを描いてる暇があったら本編を進めてほしい」と思ってる方もいらっしゃるかもしれないんですが、たぶん本編だけ描いてたら潰れてしまうと思います。だからおまけマンガは、私にとっても達成感をもらえるありがたい存在ですね。

──描くのが遅くなっているのは、やはり手を痛めた影響ですか? 2016年に腱鞘炎が悪化して弾発指になり、「天使」もその後2年間の休載となりましたが……。

そうです、そのときは物理的に描けなくなってしまって。マンガ家を25年やってきましたが、これが一番印象深い出来事ってくらい、本当に不安でした。それまでは連載と連載の合間もあんまりなく描いてきたので余計に、いつ復帰できるかわからない状態というのはつらかったですね。腕をずっと圧迫して神経が痛んでしまったので、今も完治したわけではなく1日に描ける量が限られてしまっていまして。

──そうだったんですね。無事に復帰されて、本当に何よりです。さて、約1年ぶりに「天使」の10巻が発売されましたが、見どころを教えてください。

ゆい子とマナの距離がちょっと近づいたかな、と思います。あとは……くーちゃん?

──ネタバレになっちゃうのであんまり言えませんが、本庄と扇子の子供のくーちゃんは確かに見どころかと。単行本派の方には読んで驚いてほしいですね。「天使」は今後どんな展開になっていくのでしょうか。

これもネタバレになってしまうので詳しくは言えないのですが、実は私がこれまでやったことのない展開にしたいと思ってまして……でも、かなり不安と隣り合わせです。