日高万里が、今年画業25周年を迎えた。6人姉弟のそれぞれの恋を描く秋吉家シリーズの1作「世界でいちばん大嫌い」で人気を博し、「ひつじの涙」「V・B・ローズ」など連載を続け、花とゆめ(白泉社)に欠かせない作家となっていった日高。しかし「天使1/2方程式」を連載中の2016年、弾発指によりマンガを描けなくなり、2年間の休載を余儀なくされる。
このインタビューでは、デビューした1995年からマンガParkで「天使1/2方程式」を連載中の現在までの山あり谷ありだった25年を振り返ってもらった。「本当に不安だった」と語る休載期間や山田南平との交流、そして秋吉家の誕生秘話など、日高万里を知る人はぜひチェックしてほしい。
取材・文 / 三木美波
- 「お城」花とゆめ1995年4号
- 第226回HMC努力賞を受賞。日高が高校3年生の夏休みに描いた作品。
- 「人魚」ザ花とゆめ2000年10/1号
- 「ひみつ模様」ザ花とゆめ2001年5/1号
- 「ひつじの涙」花とゆめ2001年19号〜2003年23号
- 「ベリーベリー」花とゆめ2008年10号〜
- 「V・B・ローズイラストファンブック」2009年5月19日発売
- 「嘘」花とゆめ2017年5号
秋吉家は最初7人兄弟で、全員男の子だったんです
──1995年に秋吉家シリーズの「君をのせて」でデビューされ、今年で画業25周年を迎えました。日高さんの25年を振り返っていければと思いますが、やはり日高さんを語るうえで外せないのは秋吉家シリーズかなと。
あの6人姉弟にはいろいろな意味で助けられました(笑)。
──万葉(かずは)、千鶴(ちづる)、百華(ももか)、十波(となみ)、一久(いちひさ)、零(れい)の女3人・男3人の6人姉弟が、それぞれメインキャラクターになるシリーズものですが、デビュー作から秋吉家の次男・一久が登場する「君をのせて」なんですよね。どんなきっかけで生まれたシリーズなんでしょうか。
高校生のとき、自分が通っていた高校の建物が好きで、そこを舞台にした学園ものが描きたいと思っていたんです。同時に、数字の「一」から始まる兄弟のお話も考えていて。仲がいい兄弟姉妹がわちゃっとしてるのが昔から好きで好きで。
──秋吉家の6人姉弟を筆頭に、杉本兄弟、本庄兄弟、松岡姉弟、藤沢兄妹、黒峰兄弟などパッと思い付くだけでも、日高さんの作品にはたくさんの兄弟が登場しますよね(笑)。秋吉家の姉弟は「万」の万葉から「零」の零まで数字の桁が少なくなっていく命名方式ですが、構想の段階では「一」からスタートだったと。
そうそう、しかも最初は全員男の子で、7人兄弟だったんです。それが紆余曲折あって、今の6人姉弟になりました。
──幻の秋吉家7人兄弟……貴重なお話です。「秋吉家シリーズ完全版」のコメントを読むと、日高さんが学生時代に言われたセリフもマンガに登場させているとか。
「365日の恋人」ですね。十波が恋人にフラれたセリフ「もう終わりにしないか 俺たち」は、私がフラれたときのセリフそのまま。言われたときに思ったことをマンガに入れたんです。ほかにも「君をのせて」は、女子高生の海老奈津子が電車の中で好きな男の子に再会する話ですが、これも自分の経験を入れ込んでいます。私が短大に電車で通っていたときに気になっていた人がいて、そのときの気持ちを描き表せたらなあと。
──日高さんのキャラクターは思いや感情をモノローグなどで細かく伝えてくれて、しかもその感情がリアルな印象があったんですが、日高さんご自身が感じたり経験したりしたことをマンガに落とし込んでいたんですね。
ええ。私のマンガは日常マンガなので、私の周りの日常にあるようなことしか描けないんですよ。ちょっと脱線しちゃうんですが、私は話すのが上手じゃなくて、自分で思っていることや考えていることを全然伝えられなくて。LINEとかでのやり取りも、うまく文章にできないんです。うまい言葉をポンって言えなくって、「誤解されてる」と思ってもLINEや会話だと次から次へと話題が変わっていってしまうので、前の話題に戻れなくて訂正できないまま終わってしまったり……。でもマンガって、思っていることをストーリーに乗せて、「私はこのときこういうことを伝えたかったんだよ」「こういうことをされたら、こうに思うんだよ」と伝えられるツールなんですよね、私にとって。だから日常であった「あああああああああ!」って叫びたいことや伝えたい気持ちをマンガに入れ込んでいる感じです。
オネエ言葉のヒーローが描きたかった
──「君をのせて」「365日の恋人」、そして零の物語3作を短編として発表された後、初連載となった「終わらない恋のために」が始まります。未来を感じさせる爽やかな読後感のストーリーですが、私は子供の頃に読んで「主人公のサチ、一久とくっつかないんだ!?」と驚いた印象があって。初連載で、少女の恋が実る話ではなく、少女のひとつの恋が終わる話を描くのは勇気がいるのではと思ったのですが……。
たぶん、ただハッピーエンドで終わる話じゃないものを描きたかったんでしょうね。
──続く連載「ありのままの君でいて」も、主人公のめぐみが一久と出会って交流を続ける中で、自分の気持ちに向き合って成長する話でした。カップルになることが物語のゴールではないんですよね。
あ、確かにそうですね。もしかしたら、私は自分が伝えたい感情と一緒に、キャラクターたちの“途中経過”が描きたいのかもしれないです。
──日高さんの中で、キャラクターが生きているからかもしれませんね。キャラクターたちの人生の一時期を切り取ってる感覚というか。
そうかもしれないです。昔からキャラを脳内で遊ばせておくと、いざネームを描くときに自由に動いてくれるんですよね。キャラの設定表を作ると、それに縛られて身動きが取れなくなっちゃうタイプで。
──零や万葉が「V・B・ローズ」に登場するなど作品を超えてキャラクターがクロスオーバーすることも多いので、設定表がなくて管理できるのはすごいです。秋吉家シリーズは、デビューからの2年間で精力的に短編や短期連載を発表されてますね。
そうですね、デビューしてから千鶴の「詩を聴かせて」までは、短大に通いながら描いていたのでかなり慌ただしかった記憶があります。というのも、母親から「マンガは趣味にして、就職しなさい」って言われていて。「それじゃ描けない描けない無理無理無理無理!」と、短大の2年間でマンガ家として自立しなくてはいけなかった。がむしゃらな気持ちと、マンガ家としてやっていきたい気持ちが強かったのかなあ。そういえば、当時の担当さんからは連載の話が来るたびに「秋吉家じゃないものを描いて」って言われて(笑)。
──え、そうなんですか?
はい。ただ私、プロットがすごく苦手で、しかも担当さんも「俺、プロットを見てもわからないからネームちょうだい」っていう人で……(笑)。それでネームを出すんですが、だいたい新作はボツ。なので「これでどうです?」って秋吉家のネームを出すと通っちゃう、の繰り返しでした。
──ということは初の長期連載となった「世界でいちばん大嫌い」も?
ちょっと記憶が怪しいですが、万葉のときも似たような感じだったと思います。一応、どの話も1話のネームを見せて、プロットは口頭で説明するんです。「詩を聴かせて」は「ヤンキーの男の子が病気の女の子と出会う話です」とか、「せかキラ」は「オネエ言葉の美容師が女子高生を追いかける話を描きます」とか。
──シンプルですが確かにその通りですね(笑)。
オネエ言葉のヒーロー、なんか描きたかったんですよね。でも連載直前にオネエ言葉にしようと決めたので、走り書きでは真紀が男言葉を使ってて、今当時の資料を見るとすんごい違和感があります。ネームに入った段階でも男言葉だったんですがしっくりこず、オネエ言葉にしたらまろやかになってすっごく動かしやすくなって。
──「せかキラ」は4年続いた連載でしたが、全体の流れは日高さんの思い通りになりましたか?
たぶん、思っていたように進んだと思います。プロットをカッチリ決めないので、ちょいちょいエピソードが増えたりすることはあるんですが、描きたいものがだいたい思い通りに描け……てるといいなあ……。
──最後、少し遠くを見つめる感じになりましたね(笑)。「せかキラ」は2001年に完結したのでもう20年近く前の作品ですが、この11月にLINEスタンプが発売されるそうで(参照:日高万里「世界でいちばん大嫌い」のタマシイが描き下ろしLINEスタンプに)。
描き下ろしました! 使い勝手がいいかわからないんですが……。
──事前に見させていただいたのですが、タマシイのスタンプなんですね(笑)。「せかキラ」といえば扇子を中心にタマシイを出しちゃうキャラが印象的なので、すごく懐かしかったです。
私がタマシイのスタンプにしたくて(笑)。普段自分でお友達に使ってるのが、叫んでたり驚いたりするスタンプが多いので、そういうイラストが中心です。
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自分が住んでいる愛知県の東三河しか描けない