男性の肉体の描き方に、乱丈先生のフェチズムを感じる(谷山)
谷山 マンガ素人の感想かもしれず恐縮ですが、「イムリ」の後半くらいから、絵のタッチがだいぶ変わってこられましたよね。線が繊細になったというか。今が三宅乱丈先生のキャリアの第何期にあたるかわからないですけど、前中後期に分かれるとしたら、この2022年の絵柄は「中期の熟成してきたタッチ」としてのちのファンが語るのではないかな……なんて思いながら読んでいました。すみません、おこがましいですが……。
三宅 そんな観点でまで(笑)。単純に、フルデジタルにしたんですよ。今まではアナログだったんですけど、やっぱりこの状況だと無理だなって。デジタルでしかできないこともあるのでいろいろいじっていたら、「リアル鉛筆」っていうツールがあって。普通は、アナログ原稿だと鉛筆で描いても印刷できないんですよ。朝倉世界一さんとかは鉛筆で描いた絵をスキャンしてすごく柔らかいタッチで描いていてカッコいいなと思っていたんですが、デジタルだとこのツールを使えば鉛筆で描けることがわかってうれしかったですね。まだ慣れないので想定外のことが出てきたりすることもありますが、それはそれで面白いなと。知らないことばっかりなので、アシスタントさんにいっぱい教えてもらってます(笑)。
──アナログからフルデジタルへの転換は、かなり環境が変わるので大変ですよね。個人的には線が細くなったことで、より「fish」の世界観が引き立っているように感じました。海外ドラマを観ているようなムードもあって。
三宅 能力者の話なので、リアリティを出したいなと思っています。人間くさいドロドロ感がとってつけたようになるのは嫌だなと思いながら。いろいろ試してみてますね。
谷山 すごい貴重な話を聞けてる……。僕は今の絵も好きですが、以前の「ユーレイ窓」とかあのあたりの短編のタッチも好きでした。ずっと思っていたんですが、なんというか乱丈先生の男性の肉体の描き方にはフェチズムを感じるんです。「fish」にもそれは表れてますよね。ハオのたくましい身体の描写にもこだわりを感じます。
三宅 描いててすごく楽しいんですよ。「体はゆっくり描けるときに描こう!」って、お楽しみを後にとっておいたりします(笑)。カッコいいですよね、男の人の筋肉って。
谷山 やっぱり! 「ぶっせん」の頃から素晴らしいなって。太腿の裏とか、細かいところの筋にもこだわりを感じます。下世話な話になっちゃいますけど、乱丈先生の中で、実在する俳優さんとかで一番好きな肉体の方はどなたになるんですかね?
三宅 それが、私は結局パーツごとに切り取って見ている感じがするんですよね。「鼻はこの人」「頭はこっち」とか、バラバラなんです。「光圀伝」のとき、担当さんに「光圀は私の中で長瀬智也さんです」って言われて、「ああ、そういうイメージってみんな持つんだな」って思いました。アシスタントさんにもたまに「このキャラはこの俳優さんにやってほしい」って言われたりするんですけど、私はあんまり意識したことがないかも。あ、野球選手のお尻は好きです。
谷山 ははは(笑)。造形フェチなんですね。
三宅 ニュースとかでいいお尻の選手が映ると、瞬間録画したりします(笑)。
谷山 いやー、この話、聞けてよかったです! 間違いなくフェチの方だと思っていたからうれしい(笑)。でも「fish」の中に出てくる回想シーンのロンの上半身を見て、「あれ、先生の嗜好、細マッチョに変わったか?」って思ったんです。というか、よりキャラによって描き分けをするようになったんですかね。以前はガチッとしているか華奢のどちらかで、細マッチョってあまりいなかったと思うんですが、このロンの上半身は、ヘソの周りや肩口、腕が、どう見ても細マッチョなんです! 「pet」時代の先生だったら、もっと胸板も首も肉感的に厚く描いていたはずなんですよね。
三宅 体も描き方で性格を出せるなって思ったんです。「上のほうに筋肉をつけたがる人は見栄っ張りなのかな?」「下半身につける人は辛抱強い?」とか、イメージが顔と同じように体にも出るんじゃないかなって。
谷山 なるほど。当たらずとも遠からずみたいなところを聞けた気がします。
重厚なドラマ、シリアスな中で光る独特のユーモア……マジで読んで!(谷山)
──「pet」を読んでいる方は「fish」をもちろん楽しめると思いますが、「fish」から初めてこの世界に入る読者の方もいらっしゃると思います。谷山さんが「pet」未読の方に「fish」をおすすめするとしたら、どんな部分をプッシュしますか?
谷山 いやもう、言わせてもらっていいですか? 「『pet』読んで! マジで! 読まないとダメだよ!」と、本音はそうなってしまいますが……(笑)。僕が「ぶっせん」を初めて読んだときのように、読んでみたらきっとどこかで「おっ?」っていう違和感を覚えるはずなんです。そこから乱丈ワールドに引き込まれてほしい。やっぱり乱丈先生は、人物をしっかり描こうとされている作家さんなんですよね。なので重厚なドラマを読みたい方はぜひ手にとってみてほしいですし、反対に、シリアスな中にある独特なユーモアのセンスも素晴らしくて。よく言われることですが、俳優でも声優でも、笑いがしっかり表現できる人ってシリアスな表現も絶対に上手なんですよ。なので、そのあたりも含めて、この重厚な作品に身を委ねてほしいですね。第1話のキャッチコピーに「[pet]の鎖は解かれ、自由を求め泳ぐ[fish]へ」ってありましたけど、まさにそういう作品なんだろうなと。深く潜り込んでほしいです。
──3巻に収録されるエピソードからは悟とヒロキの視点に移るので、「pet」ファンからすると「待ってました!」感が強いと思います。今後に向けた意気込みも三宅先生からお聞きしたいです。
三宅 「fish」から読んだ人は、ヒロキと悟を敵だと思っていると思うんですよね。一方で「pet」を読んでくださっている人からしたら、また違う見え方で映ると思います。やらなきゃよかったって思ってるのは、時系列があっちに行ったりこっちに行ったりっていうのが、すごく面倒くさくて(笑)。
谷山 ははは(笑)。確かに最初のジンたちは「pet」の2年後だけど、ハオとユーが出会うのはその6年前で……そこから2巻ではさらに時が進みますもんね。僕もけっこうがんばって時間の流れをインプットしながら読んでました。
三宅 「イムリ」でも、途中で時系列が最初に夢で出てきたシーンに戻るところがあって面倒くさかったんですけど、「あーまたやっちゃった!」って思ってます(笑)。
谷山 先生の苦悩ごと楽しませていただきます(笑)。
──そのほかせっかくの対談の機会なので、何か聞いてみたいことがあればぜひお願いします。
谷山 乱丈先生は、自分自身をキャラクターに投影することってあるんでしょうか? 「このキャラクターは自分にそっくり」というキャラはいますか?
三宅 面白いもので、全員に少しずつ入っている感じです。描いていて「なんかこれ、自分が過去に思ったことを昇華させているかもな」って感じることもあるんです。
谷山 へえ! つまり全キャラがご自身の分身という言い方もできるわけですね。
三宅 そうですね。自分の中で、「あの人はこういうところ」「この人はこっち」っていう感じで、バラバラに当てはまりますね。
谷山 面白いなあ……マンガ家さんってすごいなあ。
三宅 いやいや何をおっしゃるんですか。私は毎日ただ机に座って絵を描いているだけで。バンドと声優を両立してる紀章さんはすごすぎますよ。ライブもあるし音楽の制作もあるだろうし。
谷山 僕は何もできないですよ! 歌うだけですもん! 僕はマンガ家さんが世の中で一番、天才じゃないとできない職業だと思ってます。監督、カメラ割り、演出、なんなら演技もしなきゃいけない……1人でそれを全部こなす。すさまじいですよ。
三宅 いえいえ。また北海道に来られるときは、ぜひライブにお邪魔させてくださいね。先日スピッツさんのライブを観たんですけど、お客さんがみんなちゃんと声を出さず拍手だけでライブを作っていて、素晴らしいなって。思い出すだけで感動しちゃって、自分もそういう人間でありたいなと思うんです。私は音楽から本当に力をもらっています。そしてサブスクやアニメにもどれだけ助けられているか。本当に紀章さんのお仕事は素晴らしいですよ。
谷山 はあ……もう、光栄です。ありがとうございます!
三宅 いろんな人に力をあげてるんだろうなって。私もマンガに昇華させて伝えていきたいです。
谷山 先生、これからも素晴らしいマンガをお願いします。今日は本当にありがとうございました!
プロフィール
三宅乱丈(ミヤケランジョウ)
1966年4月24日生まれ、北海道出身。1998年、第3回モーニングMANGA OPEN青木雄二賞を受賞した「ヘビースモーカーの息子」がモーニング(講談社)に掲載されデビュー。主な著作に「ぶっせん」「北極警備隊」「pet」など。2006年に月刊コミックビーム(KADOKAWA)でスタートした「イムリ」は連載14年に及ぶ長編大作に。2021年1月からは同誌で「fish-フィッシュ-」を発表している。
谷山紀章(タニヤマキショウ)
8月11日生まれ、山口県出身。賢プロダクション所属。主な出演作に「うたの☆プリンスさまっ♪」(四ノ宮那月役)、「進撃の巨人」(ジャン・キルシュタイン役)、「文豪ストレイドッグス」(中原中也役)など。2022年にNetflixで配信予定のアニメ「BASTARD!!―暗黒の破壊神―」ではダーク・シュナイダー役を演じる。音楽ユニット・GRANRODEOのボーカリストとしても活躍している。
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三宅乱丈「ペット リマスター・エディション」全5巻
三宅乱丈「イムリ」全26巻