重厚なドラマを読みたい方はぜひ乱丈ワールドへ! 新作「fish」発売記念、三宅乱丈と谷山紀章が濃密対談

三宅乱丈の新作「fish-フィッシュ-」の単行本1・2巻が同時刊行された。「fish」は人の脳内に潜り込んで記憶を操る能力者たちと、彼らの能力を悪用し利益を得ている中国マフィア組織「会社」の人々を軸に描かれるサイキックサスペンス。三宅の過去作である「pet」との関係が深く、既読のファンは世界観や登場キャラクターから物語が地続きであることに気付くはずだ。

コミックナタリーでは「fish」の単行本発売に合わせて、TVアニメ「pet」でメインキャラクターの司役を演じた谷山紀章と、三宅のリモート対談をセッティング。互いをリスペクトし合っている2人のトークは、約2年ぶりに顔を合わせたということもあってか、序盤から大盛り上がり。新作「fish」についてはもちろん、「pet」の思い出、三宅のフェティシズムやタッチの変化についてなど、話は多岐に及んだ。

取材・文 / 岸野恵加

「fish-フィッシュ-」とは

人は「ヤマ」と「タニ」を持っている。
「ヤマ」とは、その人を支え続ける記憶が作った「場所」であり、「タニ」とは、その人を痛め続ける記憶が作った「場所」である。
人が持つ数ある記憶の「場所」の中、このふたつの特別な「場所」にのみ、「彼ら」はそう、名前をつけた。
「ヤマ」と「タニ」、どちらを失っても、人は生きていくことが、できない……。

企業の買収や合併を次々に成功させ、急成長を遂げる「会社」があった。その「会社」の裏に、記憶を操る能力者の存在があることを、人々は知らない。
ターゲットとなった人間の記憶を改変したり、「ヤマ」や「タニ」を破壊して廃人に追い込む「潰し屋=ペット」。「イメージ」と呼ばれる疑似記憶を使い、他者の記憶を侵犯する彼らを使役して、「会社」は非合法に発展を続けていた。……同じ異能力を使う、「賊」の襲撃があるまでは──。

三宅乱丈×谷山紀章インタビュー

「ぶっせん」から三宅乱丈作品を読んでいるのが自慢です(谷山)

谷山紀章 リモートではありますが、お元気そうな先生の姿を拝見できて、それだけでうれしいです! 「pet」のアニメが終わってからなので、約2年ぶりですね。

三宅乱丈 本当ですね。アフレコのときにサインしていただいて。改めてありがとうございました。

谷山 いやいやいや、僕のほうこそ写真を撮っていただいて。いい思い出になっています。

──谷山さんは三宅先生が1999年から2001年まで連載していた初連載作「ぶっせん」の頃からの大ファンだそうで。

谷山 はい! すみませんが、ガチ勢です(笑)。

三宅 ありがとうございます(笑)。でも私も、GRANRODEOのライブとかへ行っていたので。本当にすごい才能ですよ。1つだけやるのだって大変なのに、声優とミュージシャン、両方素晴らしいんですから。

谷山 とんでもないです……! 僕が「ぶっせん」に出会ったのはモーニング(講談社)の連載中で。ある日駅の売店で雑誌を買ったら、三宅乱丈という、女性なのか男性なのかわからない名前が目に留まったんです。「ミケランジェロから来てるんだろうな」と引っ掛かりを覚えつつ、作品自体にもなんだかいい違和感があってじんわりハマっていき、毎週楽しみに読んでいました。「BSマンガ夜話」で「ぶっせん」を取り上げていただいたときも……「いただいた」って、どこの立場だよって感じなんですけど……(笑)。

三宅 (笑)。

谷山 いしかわじゅんさんとかが作品をすごい褒めていて「やるじゃん!」と膝を打っていましたね。ゲストの女優の石堂夏央さんがすごく細かいところまで読み込んでいて、「俺はそこまで読めてなかったな、上には上がいるな」と悔しかったこともよく覚えています。

──先ほど「いい違和感」とおっしゃいましたが、それを言語化するとどのようなものになりますか?

谷山 チープな言葉になっちゃいますけど、センスというものが、それまで自分が読んできたものとまったく違っていたんですね。乱丈先生が以前インタビューで「正規のマンガ家になるためのルートを通ってこなかった」とおっしゃっていたのを見て納得しました。マンガの通常のハウツーからいい意味で外れているというか。そこが自分にすごく刺さりましたね。いつか「ぶっせん」がアニメ化されることがあれば、僕に徳永をやらせてほしいです!

三宅 本当ですか!(笑) 私的には、紀章さんには雲信をぜひやってほしいなと思ってました。

谷山 ああもう全然やります! ご指名であれば誰でも!(笑) とにかくキャラクターがどんどん物語を回していくというか、そういう勢いがすごいなと。主人公の正助なんてとんでもないキャラクターですけど、よく紙の上でこんなに踊らせることができるなあ、本当にすごいマンガだなと思っていました。なので、「俺は『ぶっせん』のときから三宅乱丈を読んでるんだぜ」というのは、自分の中で自慢なんです(笑)。

紀章さんの演技は、本当に司が乗り移っているようでした(三宅)

三宅 本当にうれしいですね。「pet」のアニメのときも、紀章さんは大森(貴弘)監督にすごく熱意を持って作品のことをお話ししてくれていたみたいで、監督が「すごく助かってる」っておっしゃっていたんですよ。チームワークがよかったのは紀章さんのおかげだなって。アフレコにお邪魔したときは、なんかもう感動しちゃいましたね。キャラクターが生きているというか。画面は2次元なのにそこに生き生きとした声の演技が入ってくると立体的に迫ってくる感じがして。素晴らしい世界だなと思っていました。

──谷山さんが演じた司は、冷静かつ温厚でありつつ、奥に複雑な感情を秘めていて、それが噴き出したときはややエキセントリックな演技も要求される、多面的で非常に難しい役柄だったと思います。

「ペット リマスター・エディション」2巻。表紙に描かれているのが、TVアニメで谷山紀章が演じた司。

「ペット リマスター・エディション」2巻。表紙に描かれているのが、TVアニメで谷山紀章が演じた司。

谷山 そうですね……。自分は声優としてのキャリアが20年くらいあるんですけど、この司という役を演じるためにスキルや情熱を培ってきたんじゃないかと思うくらい、やりがいのある役でしたね。僕の全部をぶつけることができたなって。いちファンとして、「pet」がアニメ化するとなったらヒロキだろうが桂木だろうが誰でも演じる覚悟だけはあったんですが、司役に決まったときは「よし!」と思いました。

三宅 本当に完璧でした! 司がどうしてこうなったのかという細かい背景も含めて声1つで表現してくれていて。司はただのメンヘラみたく捉えられちゃう可能性もある、本当にすごく難しいキャラだと思うんです。林に甘えたいところや「会社」に立ち向かう毅然としたところ、全部含めて司なんだけど、紀章さんはそれらを全部しっくりまとめてくださったなって。あんなキャラなのに好かれる子にしてもらえたのは、紀章さんのおかげだと思っています。ありがとうございます。

谷山 光栄です……。

三宅 好きなシーンばっかりなんですけど、司が優しい声で語りかけるところは本当にドキッとして。自分が描いたシーンなのに、アニメで観て「この人、本当は優しい人なんだから!」って思っちゃったり(笑)。紀章さんの演技で、真の司を見せてもらった気がしています。

谷山 うれしいですね……いやあ、今日はホントいい日だな……。先生と飲みに行きたいです!

三宅 もっといろいろありますよ! アニメ一緒に観て、一時停止しながら「ここすごくない!?」って紀章さんに逐一伝えていきたい。

谷山 ははは(笑)。夢のようです……!

──谷山さんはアニメで特に演じがいがあったところを挙げるとするとどこになるでしょうか?

谷山 トータルになっちゃうんですけど、ちゃんとミスリードさせることができたのがうれしかったですね。原作を知らない方は、2話くらいまで視聴者をミスリードさせる展開になっているので、話が進んでいくにつれて驚くと思うんです。友達にも「紀章くんがやってるキャラ、全話通して観たら『そういうことか!』って腑に落ちた」と言われて、すごくうれしかったですね。

三宅 観ていてすごく感じました。ミスリードも含めて全部完璧に、優しいところも狂気に満ちているところも破綻せず、司を理解して表現してくれていて、本当に素晴らしかったです。

谷山 こんなにもともと原作を好きな作品がアニメになり、そこに声優として携わるという経験は、僕は「pet」が初めてだったんです。なので熱量が違うんですよね。ある意味原作の司のガイドラインを自分が作っているような感覚だったかもしれないです。その都度原作を現場で読んで、原作の司の表情を頼りに感情を作っていました。

三宅 司が本当に乗り移っているような感じすらしたので、大変だったんじゃないかなと思ってたんですよ。「紀章さん大丈夫かな、放送後にキャラが崩壊してしまわないかな」って(笑)。

谷山 大丈夫です(笑)。「pet」のアフレコに勤しんでいたことが、僕の「ヤマ」になっています。