ジンやメイリンたちの暮らしを描いておきたい気持ちがあった(三宅)
──そんな「pet」から連なる新作「fish」のお話もお伺いしていきたいです。
谷山 はい! もう伝えたい言葉がたくさんありすぎるんですけど……。あ、まずは、長きにわたる「イムリ」の連載本当にお疲れ様でした!
三宅 ありがとうございます!
谷山 「pet」が3部構成の1・2部にあたるという話はずっと前からされていたので、第3部があるんだと楽しみにしていましたけど、全26巻の「イムリ」という壮大な名作を残されたあとには、さすがに1回ライトな作品を挟まれるのかなと思ったんですよ。そしたら「pet」の続きを描くんだ!って。もうなんて言うんですか、この飽くなき姿勢というか。乱丈先生は本当に、サドとマゾが共存されてますよね?(笑) まずは続編の「fish」の執筆に取り掛かっていただいたことにお礼を言いたいですね。「ありがとうございます」と。
三宅 あはは(笑)、こちらこそです。「イムリ」の終わりくらいからコロナ禍になっちゃったこともあって必死でしたけど、ミュージシャンの方はライブができなかったりでもっと大変ですよね。マンガ家は家に引きこもって仕事ができるので、なるべく早くたくさん描こうと必死でやってます。マンガ家さんは同じように「自分にできることをやりたい」という気持ちの方が多いみたいで、それで体を壊す方もいっぱい出てきているので、無理しないようにしなきゃなと最近は思ってますけど。
谷山 お元気そうで何よりですが、健康にはどうか気を付けてください!
──「fish」の舞台は「pet」の2年後で、ジンたち「会社」側の視点から物語がスタートします。「pet」の連載が始まったのが19年前ですが、その頃に3部構成の第3部として構想していた内容のまま、「fish」が形作られたのでしょうか?
三宅 そうですね。少し変えた部分もありますけど、だいたいの内容は一緒です。「pet」で桂木とか重要人物がいっぱい死んじゃって。ジンの側で物語を引っ張ってくれるようなキャラクターがいないな……と思っていたら、ハオが生きていたので「よかったよかった」って。
──ハオは「pet」の頃は名もなきモブの1人でしたが、生存した中からメインキャラに抜擢した感じだったんですね。
三宅 そうですね。
谷山 へえー、そうだったんですね……! それにしてもスキンヘッド率がすごいですよね? 読むほうも集中して見ないと「これハオだっけ?チェンだっけ?」ってなります(笑)。
三宅 あんまりそこにとらわれすぎてほしくないんですけど(笑)、だんだんボディーガードたちにも個性を持たせて描くようになってきましたね。ジンやメイリンたちの暮らしを描いておきたい気持ちがあったので、最初は彼女の一番身近な存在になっているガードマンたちを描こう、というところから話を組み立てていきました。1人で奮闘している孤独みたいなもの……それはこの作品のテーマでもあるんですが、「pet」を経て生き残ったジンがそれを特に表しているかなって。自分たちがやったことの結果を一番背負わされている人なので、その中にある強さや弱さを描きたいと思っています。
谷山 やっぱり「こちら側のことをしっかり描かなきゃ」という気持ちがあったんですね。「pet」の頃はジンやロンたちの「会社」側のことを詳しく描かないことによってマフィアの不気味さというか、残酷さが際立っていたと思うんです。今回「fish」で「会社」側に焦点を当てることによって、人間味というか、キャラの説得力が出てくるのを感じましたね。
能力者じゃない人たちも対比しつつ、人間のサガを描いていけたら(三宅)
──対して、ハオと彼が孤児から救い上げた宇(ユー)の関係は、「pet」で言うところの林と悟、林と司、司とヒロキの関係性に重なる部分も感じます。この2人はどのように生まれたんでしょうか。
三宅 司が林の孤独を救ったように、ハオの孤独を救うキャラとしてユーがいるんですけど、「pet」のキャラクターたちは能力がある人たちだったので、それとは違うところが描きたくて。「pet」は能力があるせいで悲しい関係性になってしまったところもあったけど、能力がない人たちの間でも似たような状況になることはあるというか。対比しつつ、人間のサガを描いていけたら面白いかなと思いました。
谷山 ユーからするとハオは最初に命を救ってくれた恩人ですよね。ハオは亡くなった弟をユーに重ねている。でもそこに乱丈先生は、歪んだ弟観を植え付けるんですよ。「“弟”ってこうでしょ?」って、心の闇を与えるんですよね。さすが乱丈先生っぽいなと引き込まれたし、目が離せなかったです。「fish」では同性同士の愛情も描かれていますが、なんと言えばいいのか、閉鎖された空間だからこそ、そういう方向に導かれていくところがあるのかなと僕は感じまして。
三宅 「pet」では能力者であることでほかの人と接触できない閉鎖的な人々を描いていたんですけど、「fish」では能力者ではないけど感情的に閉鎖的な場に置かれている部分を描いているのかなと思います。「fish」って、英語のスラングで「新しく入ってきた囚人」という意味もあるんですよね。
谷山 ああ! 「ショーシャンクの空に」で、「fishが来たぜ」っていうセリフがあった気がします。
三宅 そうそう。「fish」は3巻のエピソードからヒロキと悟の視点に移るんですが、彼らは自由になったはずなのに、まだ外に出られてないんですよ。自由になったはずなのに、何も自由になれてない……という。そうした閉鎖空間でしか生まれない人間関係ってありますよね。
谷山 切ないですね。
──司は「fish」ではすべての記憶を失い“ロンロン”として別人のような生活をしていますが、そんな彼の姿を見て、かつて彼に声で命を吹き込んでいた谷山さんはどう感じましたか?
谷山 偽りの安寧を過ごしているという感じですよね。でも偽りとはいえ、しばし安寧を許されているのは、乱丈先生から司への一時的な贖罪なのかな?って(笑)。「4、5巻くらいでたっぷり働いてもらうから、今はせめてジンに甘えてなさい」という感じなのかなと思っています(笑)。
三宅 (笑)。「fish」を描いてるときはずっと、引きずられないように「pet」のアニメを観ないようにしてたんですけど、今日紀章さんとお話しするのでひさびさに観てきたんですよ。そうしたらやっぱり、司って可哀想だなって思いました。
谷山 先生……今さらですよ!? あいつ、超可哀想じゃないですか!(笑)
三宅 「fish」を読んでから「pet」を読むと余計に可哀想だなって(笑)。
谷山 そうですよ! あんなに悲哀にあふれた男、いませんから!(笑)