「ダンケルク」花沢健吾インタビュー|現実の戦場にヒーローは存在しない 「アイアムアヒーロー」にも通じる主人公像

薄っぺらいヒューマニズムが崩れた先に、何が見えてくるのか

──戦争映画は結構ご覧になる方ですか?

花沢健吾

割と好きです。きっかけになったのはスティーヴン・スピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」(1998年)。あとは「ブラックホーク・ダウン」(リドリー・スコット監督 / 2001年)、最近だと「ハクソー・リッジ」(メル・ギブソン監督 / 2016年)も強烈でしたね。最初にお話ししたみたいに、観客を極限状況下にポーンと放り込むような作品が好きで……「プライベート・ライアン」も、たった1人の兵士を助けにいくというトム・ハンクス(主役のミラー大尉役)のヒロイズムが強調されていく後半より、究極のサバイバルを疑似体験させてくれる前半に断然惹かれます。その意味では、純粋な撤退劇とも言える「ダンケルク」は、僕的には究極に面白い戦争映画でした。

──ちなみにノーラン監督は、「ダンケルク」の制作に取り掛かる前に「プライベート・ライアン」を観て影響を受けたそうです。「プライベート・ライアン」の舞台は、連合軍がドイツ支配下のフランスに反攻した1944年のノルマンディー上陸作戦。本作で描かれたダンケルクの撤退作戦からちょうど4年後に当たります。

あ、そうか、なるほど。ダンケルクの撤退とノルマンディーの上陸が、対になってるわけですね。それを知ったうえで観ると、どっちの映画もより楽しめるかもしれないな。特にダンケルクの戦いって、イギリスでは誰でも知ってる史実みたいだけど、日本では意外と知られてないでしょう。それをいきなり疑似体験できるのも、優れた戦争映画ならではですよね。

──極限状況下に置かれた主人公が、何が進行してるのかまったく把握できないままに、必死で生き残りを図る。このテーマは、昨年実写映画も上映された「アイアムアヒーロー」などの花沢健吾作品にも通じます。読者に疑似体験を強いるストーリーテリングの部分で、戦争映画からの影響というのはありますか?

「アイアムアヒーロー」1巻 ©花沢健吾/小学館

©花沢健吾/小学館

少なからずあると思います。それこそ正義と悪の判断基準が機能しなくなった状況下で、人間がどう動くのかを描いてみたい。もっと言えば「もしそんなシチュエーションに追い込まれたら、自分ならどうするだろう?」っていう興味が根っこにあるんでしょうね。薄っぺらいヒューマニズムが崩れた先に、何が見えてくるのか。たぶん「ダンケルク」の感想ともつながるんですけど、そこは作品を描くうえで一番意識しています。

──たしかに「アイアムアヒーロー」の主人公・鈴木英雄も、タイトルに反して、決して英雄的とは言えないキャラクターでした。

うーん……それはやっぱり、僕自身がそういう人間だからじゃないかと(笑)。作品内でリアリティを追求していくと、どうしても主人公と自分が近付いてしまうと言うか……。例えば冒頭、目の前で人がZQN(ゾンビ)に喰われていても「俺だったら逃げちゃうだろうな」とか。だけど根が気弱だから、「無人の改札を通るときには、気休めにお金を置いてっちゃうんじゃないかな」とかね。そうやって1つひとつ、自分だったらどうするだろうってシミュレートしながら描いていったのが、あの連載だったので。

──それはほかの花沢マンガにも当てはまるんでしょうか?

もちろん作品ごとに程度の差はあると思いますが、主人公に「そんなことするかね?」という言動が増えて、僕にとってのリアリティからズレていき出すと、やっぱり描くのはしんどくなってきます。特に「アイアムアヒーロー」の場合、最初にゾンビという巨大な嘘をついちゃってるんで。そのほかの部分はできるだけ自分に近付けて嘘のないように作っていかないと、全体として負けちゃう気がした。それで展開を考えるのに、とっても時間がかかってしまったんですが(笑)。

スクリーンを見ながら、情けないのは自分だけじゃないって思える

──ヒロイズムとは程遠い男を主人公に設定しながらも、なぜ連載開始にあたって「アイアムアヒーロー」というタイトルを付けたんですか?

花沢健吾

それはですね、描き始める前は、主人公が成長すると思っていたんです(笑)。ダメな男が極限状況を経験し、なんだかんだ言いながらもヒーローになっていくんじゃないのかなと。でも実際には、描き手である僕自身がそこまで変化してくれなかった。その意味ではやや看板に偽りアリの作品になってる部分もあって……。

──それはまったく感じなかったですよ。むしろ多くの読者は、ヒーローになりきれない平凡な男の、心の叫びとして受け取っていたのではないでしょうか。

もしそうならうれしいですけどね。ただ正直、週刊連載のマンガとしてはかなり手こずりました。自分の気持ちに忠実に描き進めると、主人公がまるで活躍してくれない(笑)。ストーリー展開的には「絶対こう動いてほしい」という場合でも、どうしてもそうなってくれないケースが多くて……その矛盾には最後まで苦しみました。今回「ダンケルク」を拝見して、海軍の指揮官(ケネス・ブラナー演じるボルトン中佐)でも、戦闘機スピットファイアのパイロット(トム・ハーディ演じるファリア)でもなく、無名の若き兵士トミーに一番共感したのは、そのせいもあったかもしれません。要は、主人公らしくない主人公という部分がちょっとカブるんですよね。

──ただ、「ダンケルク」のトミーや「アイアムアヒーロー」の鈴木英雄がヒロイズムと完全に無縁かというと、そうとも言い切れない気がするんですが。

あ、それは僕もそう思いますよ。だって、自分だけ生き残れればいいというエゴと、隣にいる人をなんとか助けたいって願う気持ちがごちゃ混ぜになっているのが普通の人間だと思うから。実際「ダンケルク」も、その両面はしっかりと描いてますよね。イギリス兵を救出するため、危険をかえりみず船でフランスに向かう民間人もたくさん出てきますし。トミーが自分と仲間の命を天秤にかけて悩む瞬間もちゃんと描かれていた。

──そう言えば、「バットマン」を原作にした「ダークナイト」(クリストファー・ノーラン監督 / 2008年)のクライマックスも、悪役のジョーカーが人々に対し「他者を犠牲にすれば自分は生き延びられる」という究極の選択を突き付ける展開でした。

「ダンケルク」より。

確かに、そうでしたね。もしかしたらノーラン監督にとって、人間が持つエゴイズムとヒロイズムの葛藤というのは、形を変えて何度でも描きたいテーマなのかもしれません。ただ「ダンケルク」の場合、「ダークナイト」に比べてどこかタッチがドキュメンタリー的でしょう。ヒロイックな行動も出てくるけれど、どれも小粒と言うか、あくまで等身大の感じだし。主人公のトミーにしても、ある瞬間は悩んだとしても、結局は故郷に帰りたい気持ちが勝ってしまったりする。そのバランスのリアルさも僕にはよかったんです。

──どういうことでしょう?

要は「戦場ではギリギリまでがんばってもこの程度なんだよ」という残酷さと、「でも彼は彼にできる最善は尽くしたじゃないか」という希望、どっちも入っていると思える。そういう作品って、やっぱり共感できるんですよ。スクリーンを見ながら、情けないのは自分だけじゃないって思えるから。

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「ダンケルク」
2017年9月9日(土)全国公開
「ダンケルク」

1940年、海の町ダンケルク。フランス軍はイギリス軍とともにドイツ軍に圧倒され、英仏連合軍40万の兵士は、ドーバー海峡を望むこの地に追い詰められた。陸海空からの敵襲に、計り知れず撤退を決断する。民間船も救助に乗り出し、エアフォースが空からの援護に駆る。爆撃される陸・海・空、3つの時間。走るか、潜むか。前か、後ろか。1秒ごとに神経が研ぎ澄まされていく。果たして若き兵士トミーは、絶体絶命の地ダンケルクから生き抜くことができるのか!?

「史上最大の撤退作戦」と呼ばれたダンケルク作戦に、常に本物を目指すクリストファー・ノーランが挑んだ。デジタルもCGも極力使わず、本物のスピットファイア戦闘機を飛ばしてノーランが狙ったのは「観客をダンケルクの戦場に引きずり込み、360°全方位から迫る究極の映像体験」!

スタッフ / キャスト

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
音楽:ハンス・ジマー
出演:トム・ハーディ、マーク・ライランス、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、ハリー・スタイルズ(ワン・ダイレクション)、フィン・ホワイトヘッド

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花沢健吾(ハナザワケンゴ)
花沢健吾
1974年青森県生まれ。アシスタントを経て、2004年にビッグコミックスピリッツ(小学館)にて連載された「ルサンチマン」でデビュー。2005年から2008年にかけて同誌で連載していた、妄想ばかりのダメ男に訪れた恋を描いた「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は、素人童貞の男性を主人公としていることから、非モテ男性ファンからの熱い支持を獲得。2010年に映画化、2012年にテレビドラマ化された。2009年から2017年にかけては、ビッグコミックスピリッツにて「アイアムアヒーロー」を連載。2016年には実写映画も公開された。

2017年9月7日更新