コミックナタリー PowerPush - 映画チャッピー

ゆうきまさみ語る「鉄腕アトム」からR田中一郎まで アンドロイドの原型はピノッキオ

チャッピーには「痛い」とか「痒い」といった感覚が存在しない

──そういえば昨年、ホーキング博士がBBCのインタビューに対して「完全な人工知能を開発できたら、人類は滅亡するかもしれない」と発言し、ちょっとした話題になりました。「チャッピー」に描かれてるように完全な自由意志を持ったロボットって、あり得ると思われますか?

「究極超人あ~る」より、R田中一郎がエアガンで足を打たれて痛がるシーン。知識として物がぶつかると痛いということは知っているが、実際に痛覚は存在しない。SF的趣向が凝らされたギャグだ。

どうだろう……まず身体性のない意識というものが存在しうるのかって問題がありますよね。劇中ではコミカルに描かれてましたが、心をインストールされたチャッピーには「痛い」とか「痒い」といった感覚が存在しない。知識としてインプットはできても、金属製のボディーであるかぎり実感することはできないわけですよね。逆に言うと、身体の感覚なしで存在している意識がどういったものなのか、人間である僕らには想像できない。おそらくブロムカンプ監督はそういう疑問を十分承知した上で、あのラストを描いてると思うんですよ。

──いろんな受け止め方ができる終わり方でしたね。

ええ。人によってはあのエンディングを、ある種ハッピーエンドと感じるかもしれない。それはそれでわからなくもないんです。ただ僕自身はもうちょっと深い投げかけというか、ブロムカンプ監督の意地悪さも感じましたね(笑)。

「鉄腕アトム」の問題意識を引き継いだアンドロイドものの最新版

ギャングたちの悪事を手伝うチャッピー。アシモフのが唱えたロボット工学三原則のひとつ「ロボットは人間に危害を加えてはならない」は、自分で考えて動くチャッピーに適用されない。

──最後に、ゆうきさんがご自身の読者にこの映画をオススメするとしたら、どう魅力を伝えますか?

観れば理屈ぬきに楽しめる作品だと思うんですけど……。個人的にはやっぱり、「鉄腕アトム」に代表されるアンドロイドものの最新版として刺激的でした。アイザック・アシモフが考案した有名な「ロボット3原則」というのがあるでしょう。ロボットは人に危害を加えてはならない、ロボットは人の命令に服従しなければならない、ロボットは自己を守らなければならないというやつ。ロボットものを描く際、僕も含めて作り手は無意識のうちにこの3か条に縛られがちなんですね。でも、もしロボットにAIという心が宿れば、この鉄則が揺らぐ事態だって出てくるかもしれない。

──たしかに。誰かを傷つけても自分が生き残りたいという葛藤が、ロボットの中に生じるかもしれない。

ゆうきまさみ

実は手塚さんはすでに「鉄腕アトム」の「青騎士」というエピソードで、その欲望の行きつく果てを描いてます。そしてブロムカンプ監督も最新のCG技術を駆使して、同じテーマを突き詰めようとした感じがします。しかも今、ちょうど「鉄腕アトム」の前日譚にあたる「アトム ザ・ビギニング」って作品のコンセプトワークスを僕が担当していまして。手塚眞さんの監修で、マンガはカサハラテツローさんが描いて。アンドロイドの発展史というか、アトムのように“心”を宿したロボットが生まれるまでに何があったかをテーマに物語を作ってるんです。

──自我を持ったロボットの成長と葛藤という意味では、「チャッピー」ともろに重なるテーマですね。

この作品が後世に残るマスターピースになるかどうか、現時点では僕にもまだわかりません。でも、それこそ「鉄腕アトム」の問題意識を引き継いだアンドロイドものの最新版であることは疑いがない。だから少なくとも「アトム ザ・ビギニング」チームのスタッフには、「チャッピー」は観といてねと言いたいですね(笑)。

映画「チャッピー」 / 2015年5月23日公開
映画「チャッピー」

2010年に「第9地区」、2013年には「エリジウム」と、近未来の世界を独自の視点で表現し続けるニール・ブロムカンプ監督。サイエンス・フィクション映画の鬼才としてその地位を確立した彼が解釈する「AI」とは──。シャールト・コプリー、デーヴ・パテル、シガニー・ウィーバー、そしてヒュー・ジャックマンを迎え、ニール監督としての原点的野心作が誕生した。

ボクは…2016年…犯罪多発都市南アフリカ ヨハネスブルグで生まれた。ボクの寿命は…5日間。加速度的に成長する「AI」。ただ「生きる」ことを目的とし、チャッピーは人知を超えた行動に移るが……我々は衝撃の結末を目撃する。

映画ナタリーPowerPush「チャッピー」特集
ゆうきまさみ「白暮のクロニクル(5)」 / 2015年4月30日発売 / 596円 / 小学館
「白暮のクロニクル(5)」

不老不死の謎めく種族「オキナガ」。全国に10万人ほど存在し、厚生労働省の管理下にある。88歳にして少年のような風貌のオキナガ・雪村魁と、オキナガを管轄する厚労省“夜間衛生管理課”の新米公務員・伏木あかり。迷コンビを描くゆうきまさみの極上ミステリー第5集。

ゆうきまさみ
ゆうきまさみ

1957年12月19日北海道生まれ。1980年、月刊OUT(みのり書房)に掲載された「ざ・ライバル」にてデビュー。同誌でのマンガ連載、挿絵カットなどを経て、 1984年、週刊少年サンデー増刊号(小学館)に掲載された「きまぐれサイキック」で少年誌へと進出。以後、1988年に「究極超人あ~る」で第19回星雲賞マンガ部門受賞、1990年に「機動警察パトレイバー」で第36回小学館漫画賞受賞、1994年には「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」と立て続けにヒット作を輩出する。また1985年から月刊ニュータイプ(角川書店)にて連載中であるイラストエッセイ「ゆうきまさみのはてしない物語」などで、ストーリー作品とは違う側面も見せている。2012年には、1980年代より執筆が続けられていたシリーズ「鉄腕バーディー」を完結させた。現在は週刊ビッグコミックスピリッツにて「白暮のクロニクル」、月刊!スピリッツ(ともに小学館)でシリーズ作品「でぃす×こみ」を連載中。