「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」|かわいいタッチで紡ぐ、凄惨な戦場の日常 武田一義×ゆうきまさみ対談

第46回日本漫画家協会賞の優秀賞を受賞し、「やわらかな筆致で、戦争を恐ろしく、かつマンガとして『おもしろく』描いた」と評価された「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」。昭和19年、日米合わせて5万人の兵士が狂気の死闘を繰り広げた熱帯の楽園・ペリリュー島を舞台に、マンガ家を志す兵士の視点で若者たちの日常を描く作品だ。

作者はデビュー作「さよならタマちゃん」で、自身の癌闘病記を淡々と赤裸々に語った武田一義。「さよならタマちゃん」と同じく、かわいらしいぬくもりのあるタッチで物語を描き出す。コミックナタリーでは、「ペリリュー」にTwitterで反応を示したゆうきまさみとの対談をセッティングし、お互いの作品に対するリスペクトや、ゆうきが本作について「『面白い!』と言うにはあまりにも凄惨、『凄惨!』と慄くにはあまりにも面白い」とツイートした思いを語り明かしてもらった。

取材・文 / 加山竜司 撮影 / 石橋雅人

この絵で戦争モノをやられると……グッときちゃう(ゆうき)

──今回の対談は、ゆうき先生が「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」(以下「ペリリュー」)の感想をTwitterでつぶやいたことから企画されました。

武田一義 Twitterを拝見して、「ゆうき先生が『ペリリュー』を読んでくれている……!」とビックリしました。ゆうき先生が「機動警察パトレイバー」を連載されていたとき、僕は中学~高校生で、リアルタイムで読んでいまして。北海道から上京するときにもコミックスは持ってきたんです。

左からゆうきまさみ、武田一義。

ゆうきまさみ いやあ、うれしいな(笑)。

武田 ゆうき先生はどちらで「ペリリュー」を知ってくださったんですか?

ゆうき たぶん、Twitterで誰かが薦めていたのを見て知ったんだと思います。それで1巻の表紙を見て「へー、この絵でやるんだ」と興味を持ったんです。

──とてもかわいらしい絵柄ですよね。

ゆうき うん、「この絵は効果的だな」って思いましたよ。この絵で戦争モノをやられると……グッときちゃうね。この絵だから戦争の凄惨さが効果的に見えてくるんですよ。

武田 ありがとうございます。

ゆうき それとね、「普通の人を描いているなあ」と思ったんです。特別なヒーローじゃなくてね。このお話のために作られたキャラクターという感じがしない。そこらへんを歩いていそうな人が出てきて、それが戦場に放り込まれたらどうなるのか。この絵で戦争モノをやろうと思ったのは、どういうきっかけなんですか?

武田一義のデビュー作「さよならタマちゃん」。© 武田一義/講談社

武田 もともとこのタッチは、デビュー作の「さよならタマちゃん」というエッセイマンガ用に作りあげたものなんです。僕は奥浩哉先生のところでアシスタントをしていたので、「さよならタマちゃん」以前の絵柄は、奥先生に近いものでした。

ゆうき えーっ、そうなんだ! じゃあこの絵は作ったものなんだ。

武田 デビュー作からこの絵なので、もうこれが僕の絵になっていますけどね。「さよならタマちゃん」は僕自身の精巣腫瘍、つまり睾丸の癌の闘病記なんですけど、病気の話はシンドイので、絵柄はかわいくして少しでも読みやすくしようと思っていたんです。

ゆうき なるほどねえ。

武田 ただ、それって病気に限らず“ほかのシンドイこと”にも当てはまるんじゃないかな、と。戦争モノも、この絵柄でやれるんじゃないかなと思ったんです。

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」第1話より。主人公の田丸は、仲良くなった小山とともにスコールをシャワー代わりに体を洗う。この直後、小山にはある悲劇が……。

ゆうき 主人公たちが素っ裸になってスコールで体を洗うシーンが第1話にあるじゃないですか。チンチン丸出しで(笑)。リアルな絵柄だったら、後ろ姿からしか描けなかっただろうけど、それだとこの開放感は出せないよね。このシーンは開放感がありますよ!

武田 僕はデビュー作以来、割と平気でチンチンを描いてきてますけど、やっぱりこの絵柄だから大丈夫なんでしょうね(笑)。

ゆうき 「ペリリュー」は、方向性は違うけど、水木しげる先生の「総員玉砕せよ!」とか「敗走記」に通じる部分があります。ツルンと読者の心に入ってきて、気づいたら精神的にヤられちゃう……みたいな感じですね。

僕の祖父のことではないんです(武田)

ゆうき 僕自身はね、戦争に対する向き合い方は不真面目だと思うんですよ。

──どういうことでしょうか?

左からゆうきまさみ、武田一義。

ゆうき 年代的に両親は戦争に行ってないし、田舎住まいだったので艱難辛苦も味わってない。わりと中途半端な世代なんですよね。なんだけども、僕らが子供時代に観ていたテレビドラマや映画なんかは、戦争の色が濃いんですよ。特撮ドラマにしても、実際に戦時中に起きた出来事や事件をモチーフにしていたりね。そういったものを見て育ったから、戦争モノのノンフィクションや資料を見ると、自分がやろうとしているエンターテインメントに利用できないだろうか、という向き合い方をしちゃうんですね。それは不真面目なんじゃないかなと思ってます。

武田 僕が子供の頃に好きだった「金田一耕助」シリーズも、戦争と関わりのある話が多かったです。

ゆうき そうかそうか。「獄門島」なんか、復員するところから始まる話ですもんね。

武田 「犬神家の一族」の佐清も、戦時中のごたごたで身元をごまかしますしね。だから僕にとっても、まず最初に触れた戦争というのは“お話の中に出てくる戦争”でした。

「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」第1話の冒頭部分。ペリリュー島の写真が掲載された後、「ここに祖父がいた」という男性のモノローグが登場する。

──第1話の冒頭に「ここに祖父がいた」とありますが、「ペリリュー」は武田先生のおじいさまの体験談をもとにしたものでは……。

武田 この後ろ姿の登場人物にとっての祖父という意味で、僕の祖父のことではないんです。ちょうど戦後70年の節目の年(2015年)に、天皇陛下が慰霊のためにペリリュー島を訪れたというニュースがあって、そのときに初めてペリリュー島のことを知って。それまでは単語さえ知らないレベルでした。

ゆうき いいねえ、読者は騙されてますね(笑)。

──てっきり、マンガ家志望だったおじいさまの手記や体験談を参考に描かれているのかと思っていました。

武田 申し訳ない(笑)。いろいろな方にお話を伺ったり、資料を調べたりしていますけど、なにしろペリリューは生存者が極端に少ない戦場です。史実には即していますけど、作中で起きる出来事は、いろいろな戦争エピソードを混ぜています。

ゆうき 僕は戦争モノが好きなので、ペリリューの戦いは知っていたんですよ。これは日本軍が作戦を転換して、東洋防衛を持久戦でやると決めた、その最初の作戦なんですね。言ってみれば硫黄島や沖縄戦の雛形になったのがペリリューなんです。このへんの戦いに興味があるんですよねえ。

武田 そういえば「白暮のクロニクル」にも沖縄戦が出てきますね。

ゆうき そうそう。だけど僕は、真正面からガツッと実際にあった戦争モノを描くのは難しいな。恐ろしくて向き合えないです。

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昭和19年11月24日、本部玉砕──。米軍が上陸を開始して、2カ月半後、ペリリュー島における組織的な戦闘は終わりを告げる。しかし、田丸ら生き残った日本兵の多くは、その事実を知る由もなく、水と食糧を求め戦場を彷徨っていた。限界を超えた「空腹」は、兵士を動くことすら面倒にさせ、思考力を容赦なく奪う。そんな中、幕を開ける米軍による「大掃討戦」。極度の空腹と疲労に苛まれ、意識が朦朧した状態で、田丸が見た日米どちらの兵でもない人間とは──!? 生と死が限りなく近くにある戦場で、日常に抗い生きた若者の「生命」の記録。第46回日本漫画家協会賞優秀賞受賞作。

武田一義(タケダカズヨシ)
武田一義
北海道・岩見沢市生まれ。2012年、自身の闘病体験を綴った「さよならタマちゃん」(講談社)でデビュー。同作がマンガ大賞2014年第3位に選出されるなど、注目を集める。以降、「おやこっこ」(講談社)など特徴的な優しい絵柄と丁寧な語り口で描かれる作品を発表。現在、ヤングアニマル(白泉社)にて「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」を連載中。
ゆうきまさみ
ゆうきまさみ
1957年12月19日北海道生まれ。1980年、月刊OUT(みのり書房)に掲載された「ざ・ライバル」にてデビュー。同誌での挿絵カットなどを経て、 1984年、週刊少年サンデー増刊号(小学館)に掲載された「きまぐれサイキック」で少年誌へと進出。以後、1988年に「究極超人あ~る」で第19回星雲賞マンガ部門受賞、1990年に「機動警察パトレイバー」で第36回小学館漫画賞受賞、1994年には「じゃじゃ馬グルーミン★UP!」と立て続けにヒット作を輩出する。また1985年から月刊ニュータイプ(角川書店)にて連載中であるイラストエッセイ「ゆうきまさみのはてしない物語」(角川書店)などで、ストーリー作品とは違う側面も見せている。2012年には、1980年代より執筆が続けられていたシリーズ「鉄腕バーディー」を完結させた。現在、月刊!スピリッツ(小学館)にて「新九郎、奔る!」を連載中。
ゆうきまさみ新連載「新九郎、奔る!」

月刊!スピリッツ(小学館)にて連載中