ナタリー PowerPush - THA BLUE HERB

ILL-BOSSTINO、「沈黙の2011年」を語る

THA BLUE HERBが約1年の沈黙を経て、動き出す。彼らは2007年にリリースしたシングル「PHASE3」から2011年2月にリリースしたライブDVD「PHASE3.9」までの期間をTHA BLUE HERB第3段階として活動してきた。そして活動休止直後に東日本大震災が発生。数々のアーティストがさまざまな活動を行う中、THA BLUE HERBは沈黙を続けた。

今回のインタビューでは、THE BLUE HERBが震災後に沈黙していた理由、そして、3月14日にリリースされるニューシングル「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」について、グループのスポークスマンであるILL-BOSSTINO(Rap)に訊いた。

取材・文 / 宮崎敬太 インタビュー撮影 / 中西求

ライブでは、常にお客さんに新鮮な驚きを与えたい

──ILL-BOSSTINOさんは昨年リリースしたDVD「PHASE3.9」で、THA BLUE HERBにとっての「第1段階」は自分たちの名前を売る時期、「第2段階」はCISCO(レーベル)と出会ってビジネスを拡大した時期と、自身を商業的にはそう分析していました。では、今振り返って「第3段階」は、どのような時期でしたか?

インタビュー風景

ビジネス的にはCISCOを失い、自分らで新しく構築していく時代。思想的にはTHA BLUE HERBとして「NO」ばかりじゃなくて、ポジティブなメッセージを発するようになったのが、この第3段階目からなんだ。俺の周りの環境も変化したし、仲間に子供が生まれたりもして。その人生のポジティブな変化を多分に含めながら3rdアルバム「LIFE STORY」として発表した。だから今振り返ると、すごく開かれた時代だったと思うよ。

──しかし、今回はすさまじい数のライブを行ってきましたね。自分たちで機材を担いで、会場のスタッフと入念に打ち合わせをして、公演時間も最低1時間半。これをやってるヒップホップアーティストって、ほぼ皆無だと思うんです。

俺もそう思う。でも、そんなのヒップホップの畑を出たら、CDを自主制作してる地方の連中だってやるヤツは当たり前にやってるよ。

──以前ナタリーのインタビューでZeebraさんが「レゲエは『レゲエ祭』を1995年からそれなりのサイズで始めて毎年徐々にお客を育ててきたけど、俺らはそういうのをやらなかった」「最初はそれでも良かったんだけど、ヒップホップバブルが弾けたらシーンがスカスカになっちゃった」と発言しました。第3段階で行ったTHA BLUE HERBのツアーは、Zeebraさんが言う「お客を育てる」作業に近いのでしょうか?

俺にとっては全く違うね。「育てる」なんて感覚はなくて、俺たちはお客さんと一緒に向上してきてるという意識が強い。俺たちがなぜ今のクオリティのライブができるようになったのかと言えば、それは常にお客さんに新鮮な驚きを与えたいと思って試行錯誤し続けてきたからだよ。だって、自分たちが進化しないとお客さんは次のライブに来てくれないから。ライブを生業として長く続けていく以上、これは必然なんだよね。ぶっちゃけライブのクオリティに関してはお客さんに育ててもらったと思ってる側面もあるよ。どちらか一方的にっていう話ではなくて相乗的な問題なんだ。俺らにとってはね。

ラッパーにとって一番重要なのは、自分の言葉を相手に伝えること

──では、日本のヒップホップアーティストのライブに足りないところは、どのような部分だと思いますか?

俺は日本のヒップホップアーティスト全員のライブを観ているわけじゃないから、あくまで自分が観て感じた部分を言わせてもらうと、まずパフォーマンスの時間が短い。あとなんて言ってるかわからない。「観客に自分の言葉をいかにクリアに伝えるか」というPAへの意識が低すぎる。そこが致命的だよ。ラッパーにとって一番重要なのは、自分の言葉を相手に伝えること。別に俺は自分が完全だとは思っていない。至らない部分は多々ある。だから、俺は会場のPAさんとDJ DYE(LIVE DJ)とで、言葉をちゃんと伝えるにはどうすればいいか、ものすごい神経を使う。LIQUIDROOM ebisuのような整った環境だけじゃなくて、普通のクラブやライブハウスでやるときもね。

──PAさんとのミーティングシーンはDVD「STRAIGHT DAYS / AUTUMN BRIGHTNESS TOUR '08」にも収められていますね。

それにトラックと声のバランスをどうやってとるかも大切だ。トラックの隙間から自然と言葉が入ってくるためには、声のEQをどう設定すべきか? そして俺は喉と声の状態をどう保つべきか? 多分俺は、ほかのヒップホップアーティストとそこの意識が全く違う。みんな、もったいないよ。

──もったいない、というのはどういうことですか?

俺は、日本のヒップホップをすごく聴いてるんだよ。若いヤツの歌詞とか、めちゃめちゃリアリティあるし。センスの塊のようなヤツも大勢いる。「俺なんて本当にまだまだだな」って感じさせられるようなヤツもたくさんいる。でも、それでライブを観にいくと、1バース聴いただけで「これは違う」ってわかるヤツもいるんだ。聴くに値しないって。だって聴こえねえんだもん、なんて言ってるか。だからそういうとき、俺はすぐに帰っちゃうんだ。そこをちゃんとやれば、もっと良くなるのに。もっと伝わるのに。みんな意外と聴きたがってると思うんだ、「なんて言ってるんだろう」って。マジでいいこと言ってるんだから、そこが本当にもったいないと思う。

──確かにライブでも歌詞が聴き取れるヒップホップアーティストは本当に少ないですね。

ライブで面と向かって言葉を伝えることは、ヒップホップアーティストにとって最後の一手なんだよ。お客さんはCD買って、「ライブを観てみたいな」と思って来てくれているわけさ。そう思わせる作品まで出せてるんだから、もう一手、そこをちゃんとやれば、お客さんは一緒に支えてくれるようになるんだよ。「お前本気だったんだな」とか「お前がマジで言ってるのがわかって、俺、超お前を信じられるよ」とか、そんなことの繰り返し。これは、小さな街でも、大都会でも一緒。だから、ライブで言葉を伝えるクオリティを上げることは、アーティストとしての義務だと思う。

──その義務を果たさない限り、さっきBOSSさんが言ってた「観客と一緒に向上する」のは難しいですよね。

うん。もう人と人とのつながりというか。だから、俺らのお客は日本のヒップホップのお客じゃない。俺らTHA BLUE HERBのお客なんだ。無論、多くの人が現れては去っていったけど、俺たちが開拓して、俺たちが信じさせて、俺たちがつなぎ止めたお客だよ。だから、シーン全体がどうとかじゃなくてさ、みんなも目の前のお客を大事にそれぞれそういうことをやればいいのにな、と俺は思うんだけどね。

ニューシングル「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」 / 2012年3月14日発売 / 1050円(税込) / THA BLUE HERB RECORDINGS / TBHR-CD-019

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CD収録曲
  1. STILL RAINING, STILL WINNING
  2. HEADS UP
THA BLUE HERB(ざぶるーはーぶ)

ILL-BOSSTINO(Rap)とO.N.O(Track Maker)が1997年に札幌で結成。ライブではDJ DYE(LIVE DJ)がバックDJを務める。THA BLUE HERBの最大の特徴は強いメッセージを持ったリリック。デビュー当時は東京のヒップホップシーンと地方に目を向けないメディアへの怒りを全面に打ち出して大きな話題となった。そして、1998年に1stアルバム「STILLING, STILL DREAMING」、2002年に2ndアルバム「SELL OUR SOUL」をリリース。独自の世界観を確立したリリックとソリッドでミニマルなビートが人気を集め、アンダーグラウンドなヒップホップシーンで支持を集めた。2007年に3rdアルバム「LIFE STORY」を発表後、約3年半で日本全国179カ所におよぶライブを敢行。2011年2月にそのツアーのライブドキュメンタリーDVD「PHASE3.9」を発売した。そして2012年3月14日に約4年半ぶりとなる新作「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」をリリースする。