コミックナタリー Power Push - 末次由紀「ちはやふる」

A級かるた選手の編集担当が語る“末次由紀の熱量が生まれる場所”

2度のテレビアニメ化、広瀬すず主演での実写映画化と、快進撃が止まらない「ちはやふる」。競技かるたに青春のすべてを懸ける千早、太一、新の幼なじみ3人組が、末次由紀の美しくも迫力のある筆致で描かれている。

コミックナタリーでは31巻の発売を記念し、「ちはやふる」の立ち上げからこれまでを支えてきた編集担当・冨澤絵美氏にインタビューを実施。自身もA級のかるた選手である冨澤氏に、末次由紀の情熱のありかを語ってもらった。なお映画ナタリーでは映画「ちはやふる」で新役を務める真剣佑のインタビューを掲載しているので、あわせてチェックしてほしい。

取材・文 / 三木美波

環境が、普通の私をA級に引き上げてくれた

──冨澤さんは、千早と同じくA級のかるた選手だとか。

はい、競技かるたの大会からは今はちょっと離れてしまっていますが……。私は新と同じ福井出身で、小学校に上がる前にはみんな百人一首を100枚覚えているような環境で育ちました。

「ちはやふる」 21巻より。新が所属する福井南雲会は、西日本有数の強豪かるた会。

──作中でも福井はかるたがとても盛んだと描かれていましたが、本当なんですね! 冨澤さんが本格的に競技かるたをするようになったのはいつ頃からなんでしょうか。

小学校6年生くらいですかね。4つ下の弟が小学校1年生のときに、かるたの県大会で優勝したんです。そのとき、「ちはやふる」に出てくる福井南雲会のモデルになった福井渚会の当時の会長から「全国大会に出てみたら」とお声がけいただいて。それで、「お姉ちゃんも一緒に渚会の練習においで」と誘っていただいて、競技かるたの世界を知りました。

──何歳のときに、A級選手に?

高校2年生の春です。福井渚会の皆さんは名人かクイーンになることを目標にしている方ばかり。1週間のうち、平日に3~4日は練習して、日曜も朝から練習というような環境だったんです。当時そこまで練習しているかるた会は、そんなにはなかったと思います。だから環境が、普通の私をA級に引き上げてくれたんでしょうね。

──映画「ちはやふる」で新役を演じた真剣佑さんも、撮影にあたって福井渚会で猛練習をしたとか。また今年の新名人・川崎文義さんは福井渚会の方なんですよね。

はい、もう福井渚会にとっては悲願の名人誕生なんです……! 福井はかるた王国と言われていて、過去にクイーンも輩出している、本当に強豪の県だと思うんですけど、名人だけがまだ誕生していなかったんです。映画が公開されるこの2016年に、初めて名人が誕生したということで、福井渚会の皆さんも大変喜んでいらっしゃいました。

「ちはやふる」 18巻より。同じかるた会同士の結束は固い。

──「ちはやふる」でもかるた会のメンバー同士のつながりは仲間というか家族というか戦友というか、とても大事に描かれているのが印象的だったんですが、現実でも本当にそうなんですね。

ええ。末次さんに競技かるたをこんなに豊かに描いてもらえて、担当としてだけではなく、1人の競技かるたをやっている人間としてもすごくありがたいと思っています。それに「『ちはやふる』を読んで競技かるたを始めました」という読者さんからお便りをいただくことも増えていて。末次さんが作ってくださった物語に影響を受けて、夢を抱く方が増えているんだというのは、ひしひしと感じます。

末次さんは感性で描くだけじゃなく、理詰めでマンガを作っている

千早

──前にBE・LOVEに掲載されていた末次さんとよしながふみさんの対談で、末次さんは「ちはやふる」を始めたきっかけを「編集さんに『かるたはどうですか?』と言ってもらって」とおっしゃっています。かるたマンガの構想はずっとお持ちだったんでしょうか。

私にとって競技かるたはずっとそばにあったものなので、「野球はマンガになっているのに、競技かるたはなんでマンガになっていないんだろう」という感覚だったんです。だからそれをよいものにしてくださる先生に託したいという気持ちをずっと持っていて。

──講談社の入社面接でも、冨澤さんは「かるたマンガを作りたい」とおっしゃったとか。かるたマンガを、末次さんに勧めたのはどういう理由だったんでしょう。

競技かるたをマンガにするには、まずはマンガ家の先生に競技かるたの世界を理解してもらわなければならない、という高いハードルがあります。なので、この世界に本当に興味を持って、ずっと見つめ続けてくださる方でないと難しいだろうなと思っていました。末次さんは懐が深くて、思考力の鋭い方なので、競技かるたを広く世の中の人に伝える術を持っていらっしゃるんじゃないかと。あとすごく好奇心の豊かな方なので、もしかしたら話だけでも聞いてくださるかもしれない、「競技かるたって面白そう」って言ってくださるかもしれないと思って。そうしてお話ししたら、高校のときに末次さんも百人一首というか歌の世界に興味があったと知り、「じゃあ1度取材をしましょう」となり……。

2007年に刊行された単行本「ハルコイ」には表題作の「ハルコイ」に加え、「指輪の片想い」「美彩食堂」「ななつの約束」が収録されている。

──トントン拍子で進んだんですね! 末次先生とは、いつから面識があったんですか?

「ハルコイ」という単行本のときに、初めて仕事をご一緒しました。そのネームを見て、衝撃を受けて……。言葉を極力省いて絵で見せるという手法も巧みですが、「ここは言葉じゃないと通じないだろう」というときに選んでくる言葉の遣い方に、鳥肌が立つんです。あと、ちょっとしたコマにすごく重要な意味を含ませているところも素晴らしくて! 「ハルコイ」に、おばちゃんが洗濯物をたたんでいて、それを旦那さんが手伝うというシーンがあるんですが、ここは全体を通して読んでいただくととても深い意味のあるコマなんです。ずばぬけた感性だけじゃない、とことん理詰めでマンガ作りをされているんだなと。

末次由紀「ちはやふる」31巻 / 2016年3月11日発売 / 463円 / 講談社
末次由紀「ちはやふる」31巻

全国高等学校かるた選手権大会準決勝。昨年の雪辱を誓う富士崎を相手に、千早たち瑞沢高校かるた部は連覇の夢を追いかける。しかし勝利の女神に願いはわずかに届かず……。そんな中で残された、3位決定戦というチャンス。大好きなかるたを、もう1度みんなとできる──。思いの先に現われたのは、新率いる藤岡東だった。高校最後の団体戦最終戦。運命の対戦カードは、千早と新との直接対決を導き──!?

映画「ちはやふる-上の句-」3月19日より全国公開
映画「ちはやふる-下の句-」4月29日より全国公開

映画「ちはやふる」

小学生の千早は、幼なじみの太一、新と一緒にいつも競技かるたで遊んでいた。しかし彼女にかるたを教えてくれた新が、家庭の事情で故郷の福井県へ戻り、離ればなれになってしまう。「新にもう一度会って、強くなったと言われたい」と願い、1人でかるたを続けてきた千早は、高校で再会した太一とともに競技かるた部を創設。初心者も含めなんとか集まった部員5人で、弱小チームながら全国大会を目指すことに。新に会いたい一心でかるたに情熱を燃やす千早と、その気持ちを知りながら千早に思いを寄せる太一。そして離れて過ごす新は、1人ある悩みを抱えていて……。

スタッフ

原作:末次由紀(講談社「BE・LOVE」にて連載中)
監督・脚本:小泉徳宏
主題歌:Perfume「FLASH」

キャスト

綾瀬千早:広瀬すず
真島太一:野村周平
綿谷新:真剣佑
大江奏:上白石萌音
西田優征:矢本悠馬
駒野勉:森永悠希
須藤暁人:清水尋也
木梨浩:坂口涼太郎
若宮詩暢:松岡茉優
宮内妙子:松田美由紀
原田秀雄:國村隼

末次由紀(スエツグユキ)

福岡県生まれ。1992年「太陽のロマンス」で第14回なかよし新人まんが賞佳作を受賞、同作品がなかよし増刊(講談社)に掲載されデビュー。2007年からBE・LOVE(講談社)で「ちはやふる」の連載を開始。2009年に同作で第2回マンガ大賞2009を受賞するとともに「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第1位となる。2011年「ちはやふる」で第35回講談社漫画賞少女部門を受賞。

冨澤絵美(トミザワエミ)

2002年、講談社に入社。同年よりBE・LOVE編集部に配属される。これまでの主な担当作品に「ちはやふる」「昭和元禄落語心中」「地上はポケットの中の庭」「えへん、龍之介。」「アトリエ777」など。