コミックナタリー Power Push - 末次由紀「ちはやふる」

A級かるた選手の編集担当が語る“末次由紀の熱量が生まれる場所”

末次さんはキャラクターと個人面談をする

新、千早、太一の幼なじみ3人組。

──千早、太一、新の恋の行方が気になる読者も多くいると思います。先生の中では、もう恋愛面の展開も決まっていらっしゃるんでしょうか?

どうでしょう……。最後まで大事に描きたいと思っていると思います。読者さんも期待してくださっていることですし、答えを簡単に出せない話だと思いますし。それに末次さんがマンガを描く上で大事にしていることは、キャラクターの声を聞くことだと思うんです。

──そういえば、よしなが先生との対談で、末次先生は「キャラクターが『こうしたいぜ!』と言い始める」とおっしゃっていました。太一ががんばるから、ストーリーラインが変わった、とも。

ええ。末次さんはキャラクターと個人面談をするみたいです。

──個人面談?

ご自分の中でストーリーは見えているんだけど、最終的にネームに向かうときに、キャラクターそれぞれと個人面談をすると。千早をちゃんと隣に座らせて、「こういうふうなストーリーにしようと思っているんだけど、千早はどうしたい?」と。だから太一とも2巻くらいのときに面談をして、「君はまだまだがんばる子なんだね。わかった、君のがんばりに応えていこう」と大きくストーリーを変えたということがあったそうで。末次さんの中で千早や太一は「キャラクター」ではないんじゃないかと思うんです。1人の人間として、自分の大事な伴走者としていつも相談しているのではないでしょうか。

──末次先生の中に、はっきりとした千早や太一がいる、ということでしょうか。

太一

末次さんは「ちはやふる」を、末次由紀という作家のものではないと思っているのかもしれないですね。千早と太一と新という3人と、その周りの人の物語なので、ネームを描くときはちゃんと3人の声を聞いて、それを白い紙に落とし込んでいくという作業を粘り強くやっているのかなという気がします。

──なるほど。詩暢ちゃんがかるたのプロを目指すという流れは、もしかしたら詩暢ちゃんと個人面談して生まれたのかもしれないですね。どんなに強い名人やクイーンでも、それで収入を得ているわけではないけど、詩暢ちゃんはかるた以外のことができない。かるたのプロがいないこの現実より、マンガが未来に進んでいると思いました。

競技かるたをやっている者としては、そういうものだと思っていたんですけど……。末次さんならではの答えをずっと考えていたんだと思います。

映画「ちはやふる」のキャストたちにかるた指導

──アニメに続いて、実写映画も公開を控えています。これほど多くの人に愛されている要因はどこにあるのでしょうか。

映画「ちはやふる」メインビジュアル。©2016映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社

キャラクターのひたむきさ、でしょうか。どのキャラクターを見ても、それぞれが自分のできることを一心にやっている。「ちはやふる」を読むと、私まだ何かできるんじゃないかと、今の自分を明るくて強い方向に持っていきたいと前向きな気持ちが湧き上がってくるんです。

──末次先生が作品に込めた熱量が、心に届くんでしょうね。

本当にそうだと思います。脇役として生まれてきた人なんかいなくて、自分の人生を自分の力で謳歌するために生きていくんだというのをシンプルに感じさせてくれる作品なので。映画「ちはやふる」の小泉(徳宏)監督も本当に原作を愛してくださっていて、映画を作るときに「僕は原作のパワーをもらって大きくジャンプします」とおっしゃってくださって。

──映画をご覧になって、いかがでしたか?

素晴らしいの一言でした! やっぱり長く続いている作品なので、どのエピソードを取り上げて構築するかの取捨選択が難しいと思うんですけど、愛情を持って原作を読んでいないとできないだろう、という作りになっています。それにほとんど10代が中心のキャストさんたちなんですけど、若い世代の未知のパワーがきらめいていて、原作ファンもびっくりするのではないかと。みずみずしくて胸がいっぱいになる映画で、観終わってしばらく動けませんでした。

映画「ちはやふる」の場面カット。(左から)矢本悠馬演じる西田優征、野村周平演じる真島太一、広瀬すず演じる綾瀬千早、上白石萌音演じる大江奏。©2016映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社

──千早役の広瀬すずさんが白目剥いて寝ているところとか、千早の残念美人感がすごく再現されていて(笑)。太一役の野村周平さんも、面倒見の良さそうなところが出ていましたね。

はい。太一の、頭で考えすぎちゃっていろいろ悩んでしまうところと、茶目っ気溢れる素直さを野村さんが繊細かつのびやかに演じてくださっていて。

──坂口涼太郎さんが演じたヒョロくん、そっくりすぎて驚きました。

本当に、「彼しかいない!」というキャスティングでしたね(笑)。キャストさんはみなさん本当にぴったりでした!

──冨澤さんが、キャストの方々にかるたの実技指導をされたとか。

映画「ちはやふる」の場面カット。©2016映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社

ええ、最初は構えや手の出し方などをお伝えしました。「札に一直線に行くんだよ」とか「まだ手が巻いているよ」とか。

──冨澤さんの義理の妹さんは、現クイーンの坪田翼さんなんですよね。

はい。松岡茉優さんに、自分が愛用していたという膝を守るためのサポーターを貸していました。

──映画のかるたシーン、すごく迫力がありましたね。A級選手から見ていかがでしたか?

クランクインする何カ月も前からみなさん練習を開始して、本物のかるた会くらいの練習量だったんですよ。「A級選手になりたいのかな……」と思うくらい(笑)。皆さん本当に膝を擦りむいたり水ぶくれができたりしていて……。完成した映像を見て、感動しました。私は担当なので、映画は試写会で何度か観ているのですが、絶対プライベートでももう1回観に行かなきゃと思ってます。

末次由紀「ちはやふる」31巻 / 2016年3月11日発売 / 463円 / 講談社
末次由紀「ちはやふる」31巻

全国高等学校かるた選手権大会準決勝。昨年の雪辱を誓う富士崎を相手に、千早たち瑞沢高校かるた部は連覇の夢を追いかける。しかし勝利の女神に願いはわずかに届かず……。そんな中で残された、3位決定戦というチャンス。大好きなかるたを、もう1度みんなとできる──。思いの先に現われたのは、新率いる藤岡東だった。高校最後の団体戦最終戦。運命の対戦カードは、千早と新との直接対決を導き──!?

映画「ちはやふる-上の句-」3月19日より全国公開
映画「ちはやふる-下の句-」4月29日より全国公開

映画「ちはやふる」

小学生の千早は、幼なじみの太一、新と一緒にいつも競技かるたで遊んでいた。しかし彼女にかるたを教えてくれた新が、家庭の事情で故郷の福井県へ戻り、離ればなれになってしまう。「新にもう一度会って、強くなったと言われたい」と願い、1人でかるたを続けてきた千早は、高校で再会した太一とともに競技かるた部を創設。初心者も含めなんとか集まった部員5人で、弱小チームながら全国大会を目指すことに。新に会いたい一心でかるたに情熱を燃やす千早と、その気持ちを知りながら千早に思いを寄せる太一。そして離れて過ごす新は、1人ある悩みを抱えていて……。

スタッフ

原作:末次由紀(講談社「BE・LOVE」にて連載中)
監督・脚本:小泉徳宏
主題歌:Perfume「FLASH」

キャスト

綾瀬千早:広瀬すず
真島太一:野村周平
綿谷新:真剣佑
大江奏:上白石萌音
西田優征:矢本悠馬
駒野勉:森永悠希
須藤暁人:清水尋也
木梨浩:坂口涼太郎
若宮詩暢:松岡茉優
宮内妙子:松田美由紀
原田秀雄:國村隼

末次由紀(スエツグユキ)

福岡県生まれ。1992年「太陽のロマンス」で第14回なかよし新人まんが賞佳作を受賞、同作品がなかよし増刊(講談社)に掲載されデビュー。2007年からBE・LOVE(講談社)で「ちはやふる」の連載を開始。2009年に同作で第2回マンガ大賞2009を受賞するとともに「このマンガがすごい!2010」(宝島社)オンナ編で第1位となる。2011年「ちはやふる」で第35回講談社漫画賞少女部門を受賞。

冨澤絵美(トミザワエミ)

2002年、講談社に入社。同年よりBE・LOVE編集部に配属される。これまでの主な担当作品に「ちはやふる」「昭和元禄落語心中」「地上はポケットの中の庭」「えへん、龍之介。」「アトリエ777」など。