荻野清子の“宝物”のようなショウで三谷作品の音楽の変遷を味わう、WOWOW「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌う~」

舞台、映画と、三谷幸喜の作品世界を彩る楽曲の数々を手がけてきた作曲家・ピアニストの荻野清子が、今年7月に自身の生誕55周年を記念して、コンサートを行った。その模様が10月28日にWOWOWで放送・配信される。

渋谷の喧騒を離れ、隠れ家のような東京・JZ Brat SOUND OF TOKYOでこぢんまりと行われた「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌おう~」。1日限りとなったショウでは、荻野の55歳のアニバーサリーを祝いに、三谷、川平慈英、シルビア・グラブ、堀内敬子、戸田恵子ら、“三谷幸喜を歌おう”の副題にふさわしい面々が駆け付け、アットホームな雰囲気の中で熱唱美声を披露した。番組では、わずか5分でチケットが完売したプラチナムな本番の模様を、舞台裏密着や出演者たちのインタビューを交えてオンエア。三谷作品の音楽の魅力がグッと掘り下げられる。

ステージナタリーでは来たる放送・配信に向け、荻野にコンサート当日の思いや三谷とのこれまでの創作エピソードを聞いた。特集後半では荻野のことを“恩人”と話す三谷がメッセージを寄せている。

取材・文 / 大滝知里インタビュー撮影 / 川野結李歌舞台撮影(ヘッダー三谷幸喜含む) / 宮川舞子

荻野清子インタビュー

客席のキラキラが視覚でわかった、不思議な時間

──7月11日に荻野さんの「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌おう~」が開催されました。55歳の節目に“GoGo”という前向きな印象のタイトルで行われたコンサートの構想は、いつ頃からお持ちだったのでしょうか?

人生の良い節目は50歳くらいだと思っていたのですが(笑)、50歳のときに何もできなかったんです。“還暦”でのコンサートも自分の中でイメージがなかったので、50歳以降、55(ゴーゴー)という響きが気持ち良い数字に向けて、自分ができることをすべてやれるコンサートがしたいと漠然と考えるようになりました。

荻野清子

荻野清子

──どのようなコンサートを思い描いていたのですか?

(川平)慈英さんの英語のナレーションから始めるとか(笑)、作品ごとにコメントしたり、内容を説明したりする人が1人ずついて……と大まかなイメージしかなくて。具体的に進むにつれて、出ハケや譜面台、マイクの設置など細かいことは何もわかっておらず、自分は夢物語のようなことを考えていたんだなと実感しました。結局、優秀なスタッフさんたちにたくさん助けていただくこととなり大変感謝しています。私自身は当日までの準備を含め、ひたすら楽しい時間を過ごしてきて、きっと本番が一番楽しい時間になるだろうとは考えていましたが、実際できあがったものは想像以上で、あの場にいらっしゃったお客様が楽しまれている様子がキラキラと視覚でわかるような、夢の世界の不思議な時間を体験することができました。

記憶との勝負を経て選ばれた、“ベスト盤”25!

──今回のコンサートでは、「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」(2019年初演)のメインテーマに始まり、「国民の映画」(2011年初演)よりメインテーマや「ツカツカ」、「グッドナイト スリイプタイト」(2008年初演)の劇中CMソング「コスモ保険」、映画「ザ・マジックアワー」(2008年公開)のテーマなど、バラエティに富んだ25曲を演奏されました。ある意味、荻野さんのキャリアを振り返るような機会でしたが、数ある楽曲の中から選ぶことは難しかったのではないですか?

もう一度弾きたい曲や、もう一度お客様に聴いていただきたい曲を中心に構成しました。でもどれも作品の中の曲なので、それだけ聴かせても成立するのかという不安があって。作品を観ていないお客様が取り残されてしまわないように、初めて聴いても楽しめるような曲調のものを、と考えました。選ぶということはとても大変でしたね。数もそうですが、昔の舞台作品には譜面が残っていないものもあって。お稽古を観ながら即興で弾いたものを録音して、それを元に「こう弾こうかなー」と組み立てて作ることも多かったんです。その日の気分で弾いたりするから、スケッチが残っていても、その先をどう展開したのか思い出せないものや、何も残っていないものもあったりして、選曲は自分の記憶との勝負でもありました(笑)。こうして並べてみると、本当にセリフや歌詞に助けられて作曲してきたなと思います。何もないと作れないタイプなので。

──副題に「三谷幸喜を歌おう」とあるように、コンサートでは三谷幸喜さんとの創作の幅も改めて感じることができます。

三谷さんとの作品を「これだけやってきたんだ!」という気持ちになることはすごくありました。セットリストには、三谷さんに初めて曲を提供した「エキストラ」(2006年初演)や演奏でも出演した「コンフィダント・絆」(2007年初演)など、私の“原点”のような作品から、自分の中で節目になっている作品まで、思い出深い曲を入れています。「こういう時代を三谷さんと一緒に過ごしてきたんだな」と思えるようなラインナップで、最終的には“ベスト盤”と言えるようなものになったかもしれません(笑)。今回、「コンフィダント・絆」の堀内さんや「グッドナイト スリイプタイト」の戸田さんなど、出演されたご本人が再び歌ってくださる楽曲以外にも、「国民の映画」の「ツカツカ」をシルビアさん、堀内さん、三谷さんのトリオで聴くと全然違うものになったり、西川貴教さんが歌った映画「ギャラクシー街道」(2015年公開)の「The End of the Universe」をシルビアさんが歌うことに新しさを感じたり、「子供の事情」(2017年初演)の「揚げパン強奪」は思いもよらない不思議な世界になったり、管鍵”樂団!?用のニューアレンジにしてみたりと、“ベスト盤”ながらも、ほぼリニューアルされた感じがあって楽しかったですね。

気心知れた仲間たちとの“秘めごと”を世間に…

──ゲスト出演された面々は、コンサートの構想を練っていたときから思い描いていた方々だったのですか?

はい! このメンバー以外は思い浮かばなかったほど、「やるならこの方々で」という皆さんが集合してくださいました。最後のピースだった(中井)貴一さんまで映像出演で参加してくださって、誰が欠けても成立しなかったと思います。お互いに何もなくても飲みに行ったり、温泉やキャンプに行ったりする仲なので仕事仲間というよりも友達という感覚が強く、どんなふうになるのか想像もつかなかったのですが、そこは皆さんプロフェッショナル(笑)。エンターテイナーとしてのSHOW魂がキランと輝いていたことが、私はとてもうれしかったです。ピアノの配置も、いつも私がいる舞台下手にしました。自分のコンサートなのに奥まった場所にいたので、身内には驚かれましたが(笑)、私はあの位置から観る景色が大好きなんです。フロントに輝く皆さんがいて、キラキラした目で観てくださるお客様がいて。その空間全体が心地良く、誇らしい気持ちで眺めていました。また、限られた空間だからこそ、出せた空気感があったと感じています。今回の放送で私たちの“秘めごとを世間にさらしてしまう”ような怖さもあって、実際にご覧になれなかった皆様にどう受け止められるのか楽しみもありドキドキします。

──改めて、三谷さんとの協働は“アーティスト・荻野清子”にとってどのようなものだと思いますか?

……常にチャレンジをさせてもらえる場でしょうか。音楽が持つ力は大きいので、これだけ楽しい脚本を生かすも殺すも音楽次第かなと。物語に寄り添いつつ、作品の面白さを増幅できるような曲を作りたいといつも考えて、悩むときはうんうんとうなりながら作っています。“三谷作品でおなじみの”と皆さんよく言ってくださいますが、「次があるかはわからない」といつも心にとどめて、三谷さんからの要求を良い意味で裏切ることができるように、毎回自分を試してみたいと思っています。

──ちなみに今回披露された曲の中で、最も生みの苦しみを味わった楽曲は何だったのですか?

ダントツで映画「ギャラクシー街道」の「The End of~」です(笑)。とにかく「違う」「違う」と言われ、12パターン目でGOが出た曲でした。6か7くらいで私が弱音を吐いたら三谷さんに「できます」と言われ、10くらいで「ちょっと近づいてきました。もう一息がんばってみましょう」と言われ、12で「これを待ってました」と言われてできた曲なんです。

2人のお気に入り「子供の事情」と毎回涙した「コンフィダント・絆」

──ラストに演奏されたのは「子供の事情」のテーマ曲ですね。どのような思い出がありますか?

あの曲は東京サンシャインボーイズのために作った曲でもあり、三谷さんが事あるごとに「あの小学校の校歌」とおっしゃって、なぜかわからないのですが2人の中でお気に入りのナンバーになっていたんです。なので、ラストの曲だと決めていました。「これで終わっちゃうな」という思いと「ここまで来たな」という感慨、いろいろな思いが交錯しながら当日演奏しましたが、翌日、抜け殻のような気持ちでピアノに向かったときに弾いたのもこの曲でした。もう人前でこの曲を弾くことはない、誰かに聴いてもらう機会は、それこそコンサートをやらない限りないのだと思ったら、すごく悲しくなって、1人でじんわりしてしまいましたね。

──先ほど“原点”とおっしゃっていた「コンフィダント・絆」は、今回の放送・配信に合わせて、舞台映像がオンエアされます。

ピアニストとして演奏でも参加する初めての三谷作品で、台本もなく、プロットを伺ったときに浮かんだイメージで作った1曲が最終的にメインテーマになった作品でした。三谷さんがCDのライナーノーツに「曲を聴いて、ラストシーンが思い浮かんだ」と書いてくださって、私の中で物話と音楽を作るということの相互作用が、この作品から始まったような気がしています。毎日稽古場に行って役者さんの芝居を観て、そこから即興で弾くということも初めてやりました。初めて尽くしのことばかりでしたが、三谷さんと創作する楽しさを味わい、私の転機になった作品だと思います。

──毎公演、号泣されていたというのは本当ですか?

そうです(笑)。ピアノが下手の袖に近い場所にあって、お客様から顔が見えないので、相島(一之)さん演じるシュフネッケルが皆と別れるシーンで毎回ぐわあっと泣いていました。三谷さんもひどいんです。シュフネッケルの「お前たちが描く絵が好きなんだよ」と言うセリフが、「角栄が好きなんだよ」に聞こえると言って、そのシーンになるとピアノ横の袖中で「まあそのー」と田中角栄さんのモノマネをし始めるんです(笑)。どういう人なの!?と思って、笑いをこらえるのと、悲しみとで泣いていました。アレはなんだったんでしょう(笑)。

お酒を片手に、“宝物”のような時間へ

──そんな三谷さんも今回のショウでは素敵な歌声を披露されました。番組ではその貴重な姿も観ることができます。

いろいろなお客様から「三谷さんがこんなに歌えると思わなかった」という感想をいただきました。なかなか観られない三谷さんのシンガー姿は、見どころの1つです。今回、限られたスペースでやらせていただいたことを「こんなことをやっていたのか」とのぞき見するような面白さもあると思うので、私にとって宝物のような時間に迷い込むような気持ちになって、楽しんでいただけたら。お芝居のセットもなければ、衣裳も違う、ショウではありますが、1曲1曲のストーリーは三谷さんが作られた世界観で、それを役者さんたちが大事に表現してくださっています。音楽を楽しむことはもちろん、根底に流れる三谷さんのテイスト、その変遷を一緒に味わいながら、ぜひお酒を片手に鑑賞してみてください。

荻野清子

荻野清子

プロフィール

荻野清子(オギノキヨコ)

神奈川県生まれ。作曲・編曲家、ピアニスト。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。舞台・映像などの音楽・編曲を手がけ、音楽ユニット・管鍵”樂団!?メンバーとしても活動する。三谷幸喜の舞台作品を多く担当し、「コンフィダント・絆」「グッドナイトスリイプタイト」、「ショーガール」シリーズ、「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」などを手がける。映像作品で日本アカデミー賞優秀音楽賞を数度受賞。近年参加した舞台作品に「ゆびさきと恋々」「スワンキング」「夜の女たち」など。

三谷幸喜コメント

共に多彩な作品を世に送り出してきた三谷幸喜にとって、荻野清子は恩人であり先生だという。そんな三谷が、荻野との出会いや思い出を明かす、番組内インタビューより一部を公開。

演奏姿がカッコよかった荻野清子、三谷幸喜を別ステージへ導く

最初に荻野さんに会ったのは「オケピ」というミュージカルのまさに“オケピ(オーケストラピット)”でした。ちゃんとお話ししたのは本番が始まってからで、彼女はエキストラだったのか、毎回ではないけど参加されていたんです。ミュージシャンの方が演奏している姿って、カッコいいんですよ(笑)。どんな楽器でも良いのですが、荻野さんは特にカッコよかった。本番中にオケピに入って見学させていただいていたのですが、皆さん、曲の中に包まれて、それでいて楽しそうに弾いていらっしゃるんですよね。その姿が未だに頭の中に残っています。

「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌おう~」より。(撮影:宮川舞子)

「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌おう~」より。(撮影:宮川舞子)

荻野さんとお仕事をご一緒するようになったのは「コンフィダント・絆」からです。僕はその作品の前にPARCO劇場で「BAD NEWS☆GOOD TIMING」という芝居を上演したんですが、そこが自分のコメディの1つの到達点というか、“やりたかったものができた”という実感があったんです。すると、これからどう進んでいけば良いのかという方向性が浮かばなくて。皆に求められているものは何か、もっと冒険をしたいけどそれはどのようなものなのか……と考えていたときに荻野さんと話す機会があって、お芝居に生のピアノで音楽を付けてもらったんです。「コンフィダント・絆」は、ゴッホ、ゴーギャン、スーラという印象派の画家たちの話で、彼らが観客に見えない形で絵を描くのですが、その絵を音楽で表現したら面白いなと思ったんですよね。僕の舞台は大体の作品において音楽が重要な役割を担っています。映画も舞台もやりますが、映画で絶対にできないことが、生音楽なんです。だからこそ舞台では生の音楽が使いたくて、毎回荻野さんにお願いするようになりました。そこから僕の新章が始まった。荻野さんとの出会いには本当に感謝しています。

荻野清子はプレイヤーで作曲家で「飲めねえのか、この酒が」

僕にとって彼女は恩人で、先生なのですが、荻野さんはたまに自分でも弾けない曲を作るんですよね。稽古場で「できない、できない」と苦労されているのに、“できる”曲を作ろうとしない。プレイヤーと作曲者の2面を持ち合わせているんです。歌い手さんたちも荻野さんの曲は難しいとおっしゃいます。でも、例えば「日本の歴史」のときは、観終わったあとに、帰り道に頭の中でずっと回るような“お土産”を持って帰ってほしい、そんな曲が理想だねという話をして、「GOGO EAST」や「INGA」など、わかりやすく歌いやすい曲を集中して作ってもらいました。

55周年で、こんな企みをよくやるなと思いますし、カッコいいなとも思います。大事なことを言うのを忘れましたが、彼女はお酒が大好きなんですよ。僕は全然飲めなかったんですが、荻野さんや慈英さん、シルビーとか、皆お酒が大好きで、そういう場に参加すると荻野さんにどんどん飲まされて、ちょっとつらかった思い出がたくさんあります。大学の先輩みたいに「飲めねえのか、この酒が」みたいな(笑)。それは改めてほしいですね。

「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌おう~」より。(撮影:宮川舞子)

「荻野清子GoGoコンサート~三谷幸喜を歌おう~」より。(撮影:宮川舞子)

プロフィール

三谷幸喜(ミタニコウキ)

1961年、東京都生まれ。1983年、大学在学中に劇団東京サンシャインボーイズを結成。劇団の人気が絶頂にあった1994年に活動を休止。以降、プロデュース公演の作・演出をする傍ら、TVドラマや映画でも活躍。近年の作品に、「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」(作・演出)、「愛と哀しみのシャーロック・ホームズ」(作・演出)、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(脚本)など。第15回伊丹十三賞、第41回向田邦子賞を受賞した。2024年1・2月に「オデッサ」(作・演出)が控える。