5月に東京で開幕したミュージカル「この世界の片隅に」が、北海道・岩手・新潟・愛知・長野・茨城・大阪でのツアーを経て、7月28日に広島・呉信用金庫ホールで千秋楽を迎える。uP!!!およびTELASAでは、呉で行われる7月27・28日公演の様子を生配信。配信に向けステージナタリーでは、5月の東京公演の様子をレポートするほか、浦野すず役の昆夏美、大原櫻子、北條周作役の海宝直人、村井良大、白木リン役の平野綾、桜井玲香に、役作りで大切にしたことや配信ならではの見どころ、またアンジェラ・アキが手がけた劇中音楽の中で特にお気に入りのナンバーについて聞いた。
取材・文(P1) / 中川朋子
uP!!!およびTELASAで、ミュージカル「この世界の片隅に」呉公演の様子を独占配信
「ミュージカル『この世界の片隅に』生配信」
2024年7月27日(土)16:00開演回・28日(日)12:00開演回
配信情報
①2024年7月27日(土)16:00開演回
キャスト
浦野すず:昆夏美
北條周作:海宝直人
白木リン:平野綾
水原哲:小林唯
すずの幼少期:桑原広佳
黒村晴美:増田梨沙
ほか
②2024年7月28日(日)12:00開演回
キャスト
浦野すず:大原櫻子
北條周作:村井良大
白木リン:桜井玲香
水原哲:小野塚勇人
すずの幼少期:澤田杏菜
黒村晴美役:鞆琉那
ほか
ライブ配信開始日時
開演時刻の30分前
視聴チケット販売期間
2024年7月27日(土)16:00開演回
2024年8月3日(土)20:00まで
2024年7月28日(日)12:00開演回
2024年8月4日(日)20:00まで
アーカイブ配信期間
2024年7月27日(土)16:00開演回
公演終了後準備でき次第~2024年8月3日(土)23:59
2024年7月28日(日)12:00開演回
公演終了後準備整い次第~2024年8月4日(日)23:59
視聴料金
一般:5500円(税込)
auスマートパスプレミアム会員:5000円(税込)
※auスマートパスプレミアム会員価格での販売はuP!!!のみ。
舞台芸術界の綺羅星が並ぶ「この世界の片隅に」初演
5月9日に日生劇場で開幕したミュージカル「この世界の片隅に」は、7月末まで全国ツアーを行っている。原作のこうの史代「この世界の片隅に」(ゼノンコミックス / コアミックス)は、太平洋戦争下の広島県の軍港・呉を舞台にしたマンガ。絵を描くことが大好きな主人公・浦野すずを中心に、市井に生きる人々の暮らしが丁寧に描かれ、第13回文化庁メディア芸術祭でマンガ部門の優秀賞に選ばれている。また片渕須直監督によるアニメ映画版も高く評価されたほか、実写ドラマ版も話題を呼んだ。
同作のミュージカル版では、ミュージカル「四月は君の嘘」、ミュージカル「のだめカンタービレ」など、話題作を多数手がけた上田一豪が脚本・演出を担当。出演者にはすず役の昆夏美、大原櫻子、すずの夫・北條周作役の海宝直人、村井良大、すず、周作と深い縁がある遊女・白木リン役の平野綾、桜井玲香、すずの幼馴染・水原哲役の小野塚勇人、小林唯、すずの妹・浦野すみ役の小向なる、周作の姉・黒村径子役の音月桂など、実力と人気を併せ持つ舞台芸術界の綺羅星がそろった。ステージナタリーでは5月の東京・日生劇場公演より、すず役を大原、周作役を村井、リン役を桜井が演じた回の様子をレポートする。
ステージがすずさんの帳面に、原作リスペクトにあふれたアンジェラ・アキの音楽
客席に座るとまず目に飛び込んでくるのは、床面が斜めになった八百屋舞台を覆う、大きな紙のような舞台美術。ステージはもちろん、背面や両側の舞台袖にも“紙”が設置されている。美術の二村周平はこの舞台について、「舞台全体を大きなすずのノートに見立て、そのうえでキャラクターが動くことで、すずが帳面に描いているという構図を作ろうと。すずの主観から見た世界をすずがノートにしたためていく過程を表現する、そんな空間にしたいと考えました」とパンフレットに記している。
開演すると、ステージ上の“紙”にはすずをはじめ、彼女を取り巻く登場人物たちが続々と姿を現し、オープニングナンバー「この世界のあちこちに」を歌唱。また登場人物たちの背後には、すずが描いた絵が次々と映し出される。楽曲の盛り上がりが最高潮を迎えると、「この小さな紙切れには 色んな人や色んな景色 描き込まれている」という歌詞にあるように、天井からたくさんの紙がドッと降ってきて、物語の中ですずがさまざまな人や出来事に出会い、帳面にそれらを描き込んでいくことを観客に予感させた。
本作を彩るのは、シンガーソングライターのアンジェラ・アキによる音楽。アンジェラは2013年に日本での活動を停止し、ミュージカルの音楽作家を目指してアメリカで作曲を学んだ。4年近くかけてアンジェラが作り出したという本作のナンバーでは、プロローグの「この世界のあちこちに」をはじめとして、原作マンガにあるセリフのエッセンスを取り入れた歌詞が、美しいメロディに乗せて紡がれる。すずと周作が幸せなひと時をかみ締めながら歌うどこか切ない楽曲「醒めない夢」や、音月桂演じるすずの義姉・黒村径子が、自分の“居場所”に迷い苦しむすずに手を差し伸べるように歌う「自由の色」は、特に演者の歌唱力と表現力が光る聴きどころだ。
ほんわかしたすずさんを体現する大原櫻子、語りかける村井良大、無邪気だが陰を帯びた桜井玲香
原作に「わたしはよく人にぼうっとしていると言われるので」というモノローグがあるように、すずはおっとりとした“天然ボケ”なキャラクター。天真爛漫なすずだが、結婚や呉での新生活、夫がかつて結婚を考えた女性との出会い、家族との悲しい別れなどを通じて、自分の“居場所”について葛藤するようになる。大原はとぼけたような表情とセリフ回しで、すずを愛らしい、等身大の人物として立ち上げる一方で、歌唱では表現力豊かな歌声を響かせ、彼女の痛みや苦悩を克明に描き出した。
すずの夫となる周作は、少し不器用だが誠実な男性。村井は語りかけるように歌詞の1つひとつを丁寧に歌い、すずへの愛情を温かなまなざしに込める。またすずの幼なじみ・水原哲と対面したあとのシーンでは、村井はセリフの端々に水原への静かな嫉妬心をにじませ、周作の人間臭さや可愛らしさを具現化した。リンは、遊郭に迷い込んだすずを助けてくれた遊女。演じる桜井は、すずにスイカやアイスクリームの絵をリクエストするリンの姿を無邪気な笑顔で表現する。また桜井は「子供は居ったら居ったで支えんなるよね」「困りゃあ売れるしね!」とあっけらかんとした口調で笑いを誘いつつ、ふとした瞬間に見せる寂しそうな表情で、リンが困難な人生を歩んできたことをうかがわせた。
この世界からあなたを消してしまわぬように、何度でも味わいたい“片隅”の物語
原作マンガでは、昭和9年1月から終戦後の昭和21年1月までの物語が、時系列にショートストーリーでつづられるが、ミュージカル版では昭和20年7月のシーンから物語が始まって、回想と“現在”を行き来する形でストーリーが展開。脚本・演出の上田はこの構成について「回想の形で進めていくことにしたのは、ミュージカルじゃなくてはいけない理由、歌う意味が欲しかったから。その場その場の思いを歌にするよりも、誰かが何かを思い起こしている時間を歌に充てるほうが、僕のなかでは筋が通りやすかったんです」とパンフレットで語っている。上田の言葉にあるように、すずの記憶をたどるストーリー構成になっていることで、観客はすずがこれまでの人生でどのような経験をしたのか、それによってどのように心を動かしたのかを、シーンごとにより鮮明に追体験することができる。なお配信版をご覧になる方は、原作マンガを手元に置き、すずの成長や、彼女を取り巻く環境の変化を順番に追いかけながら視聴するのもおすすめだ。
戦争の悲惨さや暴力性を背景にした「この世界の片隅に」では、すずも戦争によって大切な人を何人も失う。しかしすずをはじめとした“片隅”で生きる人々は、戦時下にあっても人間らしい喜怒哀楽を忘れず、少ない配給品で家族をお腹いっぱいにするために工夫して食事を作ったり、妻の幼なじみに嫉妬したり、家族で連れ立って花見に出かけたりと、懸命に毎日を生きている。ミュージカル「この世界の片隅に」では、そういった人々の営みが、美しい音楽や楽しいダンスに乗せて、生身の俳優たちによって丁寧に演じられる。だからこそ終盤のナンバー「記憶の器」の「もう会えない人と繋いだ手 温もりは消えない その記憶の器として今 在り続けるしかない この世界から この世界から あなたを消してしまわぬように」というフレーズは、観客の胸にグッと迫ってくるのだろう。ミュージカル「この世界の片隅に」は7月28日、物語の舞台である広島県呉市で千秋楽を迎える。