喜劇性と悲劇性のバランス…兄弟の関係性あってこそのラスト
──エレーナとニコライの姉弟関係は、どんなふうに捉えていますか?
村井 実は、意外と絡みがないんですよね。
前田 ね。冒頭のシーンはやり取りがあるけど。
上村 せっかくニコライの歌で始まるのに、エレーナが「へた!」って言ったりして。
一同 あははは!
村井 エレーナの家族に対する態度は、絆や愛情があるからこそ、だと思うんですよね。
上村 全体で見ても、あの姉弟2人のやり取りがあってこその後半だなと思うので、2人の関係性をすごく愛おしく見ています。
村井 きっちりしているアレクセイお兄ちゃんと、心配性なエレーナお姉ちゃんと……。
前田 自由で伸び伸びした弟ニコライ(笑)。
村井 バランスが絶妙な三兄弟ですよね。でもそうやって助け合って生きてきたんだろうなと。だから僕、第一幕の兄弟3人だけでいる時間が、最近本当に愛おしく感じるんです。
前田 うん、“3人で生きてきたんだな”ということがあのシーンですごくよくわかりますよね。
──上村さんがお二人に期待されている部分やお稽古を通して今、感じていらっしゃることはどんなことでしょうか?
上村 役をどうまっとうするかに関しては、もうこのお二人だから仕上げてくることは間違いないので、まったく心配してないです。今はその先を目指しているというか……。ミハイル・ブルガーコフ作品は、サイモン・マクバーニーがアレクサンドル・ラスカトフ作曲「犬の心臓」を演出したり、日本だと栗山民也さんが「モリエールあるいはファルスの條件」(1991年)を演出されたりしていて、立ち上げ方はそれぞれなんですけれど、どれも喜劇的なタッチの作品が多いんですよね。それに比べると「白衛軍」はちょっと毛色が違うだろうと思って臨んだのですが、稽古を始めてみたら、悲劇と喜劇のバランスの押し引きみたいなものが非常にある。改めて、「白衛軍」もブルガーコフの作品なんだな、と実感しているところです。家族や仲間のことなどを描いたホッとする喜劇性と、戦争に関わる悲劇性のバランスという点は、すでにかなり高度なところまでいっている感じがするので、さらなる高みへと期待したいです。
また今回、2010年に上演されたアンドリュー・アプトンの英語台本を小田島創志さんの新訳で上演するんですが、ブルガーコフの原作そのままではなく、セリフの細かいニュアンスなどでアプトン自身が、今のお客さんに向けて仕掛けを施しているんです。なので、この作品を通して、今のこの時代にも響くような仕掛けは、大事にしていきたいなと思っています。
村井 昨日の稽古でアレクセイ役の大場(泰正)さんが、後半の“やっぱり我々は戦わなければいけない”というようなセリフについて質問していましたよね。戦況が悪化し、白衛軍が追い詰められる中、アレクセイはどんな思いでそう発言するのか、僕らもそれをどう受け取ればいいのか……確かに難しいなと僕も思います。
先ほど上村さんは、「白衛軍」はブルガーコフの自伝的要素がある作品だとおっしゃっていましたが、稽古をしていて、当時の人たちはこの作品の言葉を、どんな風に受け取っていたのかなとよく考えます。もちろんユーモアも多く楽しめる部分はあったと思いますが、勇気づけられるような言葉も多かったのではないかなと思っていて。背景にあるのは戦争だけど、ただその事実を記録するだけならドキュメンタリーや歴史資料館のほうが良いかもしれない。けれど、この作品が小説や戯曲である以上、そこからどういう風にキャラクターが立ち上がっていくのか、言葉がどう伝えられたかは重要だと思うんです。例えば“やっぱり我々は戦わなければいけない”というようなセリフのあと、当時、現地では拍手が起きるような高揚感があったのだろうか、とか……。もちろん今回は日本のお客様に観ていただくので状況は異なりますが、この台本が向かうべき場所をみんなで精査していけば、さらにもう一段高いところでセリフの捉えどころをお客さんとも共有できるんじゃないかと思っています。
前田 私もセリフを発したり、受けたりする中でいろいろな人の言葉がこうやって相手に届くんだということを一瞬一瞬に感じています。エレーナは世の中が変化し、どうしたら良いかもわからない中で、でも「変わらなきゃいけない」ということだけはわかっている人物。そんな状況下で彼女の中から出てくる言葉が、徐々に自分自身に重なってくるようになってきて、面白さを感じています。
上村 あのシーンは印象的だよね、エレーナの「分かってる、分かってるの、ヴィクトルにも、ラリオンにも、自分自身にも言ってる、過去の夢から醒めて、今を生きないと、って。この、今を。これが現実、でもそれを生きなくちゃいけない。現実の中で、精一杯生きないと」っていうセリフ。変革の時代になって、でも彼女にはまだかつての帝国時代の生活感があって、どう変化していけばいいのかと悩んでいる。「ハムレット」の「このままでいいのか、いけないのか」じゃないけど、やっぱり新しいところに行くというのは単純に恐怖もあるし、時代背景を考えると命の危険性もあるかもしれなくて、その中であのセリフは響いてくるなって……ただ意外にあっさりとエレーナは決断するんだけど(笑)。
村井・前田 確かに(笑)。
──観念に囚われている男たちの中で、エレーナは主体的に「生きていく」選択をする感じが人間らしいなと感じました。
前田 そうですね。男性陣が名誉だったり大義だったりを大事にして、そこにしがみついている中、「それはなんなの? 生きていることが大事でしょ」と、彼女はちょっと違う、冷静な目線を向けます。そんな彼女の目線は、上村さんがおっしゃるように今の時代にもバンバン胸に響いてきますし、「本当にそこしかないよな」という言葉を発してくれる女性だと思います。
──翻訳の小田島さんは「セリフの力強さとリズム感を出すことに苦心した」とコメントされていましたが、新訳の台本に関して、上村さんと何度もやり取りされたのでしょうか?
上村 そうですね。小田島さんとは「エンジェルス・イン・アメリカ」でもご一緒しているのですが、彼のセリフ回しはすごく小気味いいし、現代的な要素にあえて斬り込むのが非常にうまい。そのバランス感覚があえて近代古典的な題材に上手くハマるんじゃないかと思ってお願いしました。上がってきた翻訳を読んでもそう感じましたね。やり取りの中では、日本のお客さんにはちょっとわかりづらいキーワードがたくさん出てくるので、そこをあまり説明っぽくならない感じでうまく伝わるようにやりましょうとか、稽古場に入ってからは、俳優の声と呼吸に合わせて、セリフの硬い部分と柔らかい部分のバランスを変えましょうというお話をしました。
──音楽的な要素も重要な本作、国広和毅さんが音楽を手掛けられます。国広さんの音楽は、作品の根っこにがっちり入り込むような、作品世界と不可分な世界観が魅力です。
前田 私、歌のシーンではとてもワクワクしちゃって。歌って本当にすごく力がありますよね。日本人は生活の中であまり歌うことはないけれど、「白衛軍」の登場人物たちはお酒を飲みながらよく歌う。実際、立って演じているとスッと歌が入ってくるというか、歌が欲しくなる(笑)。演じながら“こういうときだからこそ、人間は歌うんだな”と勇気づけられたりして、すごく説得力があります。そしてまた、歌が素晴らしいんです。村井さんが歌う始まりのシーンも、すごく好きです。
村井 ありがとうございます! 今回初めてアコースティックギターを弾かせていただくんです。国広さんは本当はもっと複雑にしたかったのかもしれませんが、初心者の僕でも弾けるようなシンプルなコードにしてくださっています。ただ、生音で歌うのだろうと思っていたら、PAが入るそうで、さらに細かく練習しないといけないな、と心配しているんですけど……。
一同 あははは!
──ちなみに今回、小学生から18歳以下の方は先着順・限定数で「白衛軍」を無料で観られます。十代が観る「白衛軍」は、また感じ方が違いそうです。
上村 なかなか観ないタイプの芝居ではあるかもしれませんが、大人になればなるほど人は理屈でジャッジしようとするので、若い感性で観て、想像を膨らませてくれたら良いなと。劇場に来て、そういう時間をぜひ過ごしてもらえたらなと思っています。
「白衛軍」に垣間見えるブルガーコフの“執念”
──生前のブルガーコフは不遇な作家だったと言われていますが、度重なる検閲を潜り抜けて、100年経った現在もこの作品が残ったことに、芸術の力を感じます。この100年の間、ロシアの政治は大きく変遷していますが、作品は変わらず、時代時代の人たちの息吹を今に伝えてくれます。その意味は大きいなと。
上村 ブルガーコフの有名な言葉として「原稿は燃えない」という「巨匠とマルガリータ」の一節がありますが、その言葉は彼を象徴すると思っていて。自分がやりたい芸術、信じる芸術、つまり命、Lifeですよね。そのLifeを充実できない中で、ブルガーコフは死後ようやく世界的な評価を得た。この「白衛軍」の戯曲版「トゥルビン家の日々」も「第二の『かもめ』」と評され、ロシア本国では割と頻繁に上演されています。そんなブルガーコフの“執念”が、この作品にも詰まっているように感じられて。芸術って、様式性とか美意識とかから生まれるものもありますが、怒りや悲しみ、嘆きの気持ちがベースになって成立するものもある。それを象徴する作品がこの「白衛軍」じゃないかなと思います。
──お三方のお話から、稽古が充実して進んでいることがよく伝わってきました。上村さんがナショナルシアターでの上演で感じられたような、“俳優が生き生きしている”「白衛軍」の上演になりそうですね。
上村 もちろんある部分では実際に起きたことが描かれているので、そこはちゃんと真摯に向き合わないといけないのですが、それと同時に喜劇性というか社会風刺の部分、人間を中心にした物語であるということを今回、かなり大事にしたいと思っています。この作品を通じて「白衛軍」という言葉、そしてその陰にあるさまざまな思いを感じていただけたらと思います。
プロフィール
上村聡史(カミムラサトシ)
1979年、東京都生まれ。2006年文学座座員となり、2018年に同劇団を退座。現在は新国立劇場演劇芸術参与。2009年より1年間、文化庁新進芸術家海外研修制度においてイギリス・ドイツに留学。近年の主な演出作に「デカローグ」「夜は昼の母」「My Boy Jack」「エンジェルス・イン・アメリカ」「野鴨-Vildanden-」「ガラスの動物園」など。2026/2027シーズンより新国立劇場演劇次期芸術監督に就任予定。
会長再任および2026/2027シーズンからの芸術監督について | 新国立劇場
村井良大(ムライリョウタ)
1988年、東京都生まれ。2007年、ドラマ「風魔の小次郎」で主演デビュー。その後、舞台、ドラマ、映画に多数出演。近年の主な出演舞台に「RENT」「デスノート」「手紙 2022」「FIRST DATE」、こまつ座「きらめく星座」、「生きる」「この世界の片隅に」など。来年3月から4月にかけてミュージカル「手紙 2025」に出演する。
村井良大 Ryota Murai (@ryota_murai_official) | Instagram
前田亜季(マエダアキ)
2000年、映画「バトル・ロワイアル」で第24回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。テレビドラマ、映画、舞台に多数出演。上村聡史演出作には「ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊」「森 フォレ」「野鴨-Vildanden-」「デカローグ」に出演。