「スタンレーの魔女」御笠ノ忠次×石井凌|悲劇だけで完結させない、伝えたいのはリアルな日常

日常を否定せずに伝える

──改めて、06年に「スタンレーの魔女」を舞台化しようと思ったきっかけについて伺えればと思います。

御笠ノ 舞台化しようと思ったのは直感みたいなものですね。子供の頃「スタンレーの魔女」を読んだことがあったんですが、演劇をやるようになって再度読み返したんです。本格的に舞台化したいと思ったのは、確か2000年頃だったでしょうか。シアターグリーン BIG TREE THEATERで公演を打てることになって、劇場見学のときにBIG TREEの傾斜を見た瞬間、「あっ、これ『スタンレーの魔女』だ」って直感して。当時、劇団のメンバーと暮らしていた家の近所に松本零士さんが住んでいたので、ご自宅に直談判に行ったんですよ。そこで松本先生に「これをやらせてください」とお願いしたら、「いいよ、いいよ」と言ってくださって。

御笠ノ忠次

──今回、なぜ3度目の上演に至ったのでしょう?

御笠ノ 戦争を扱った作品は全体的に向いている方向が一緒というか、わかりやすく言うとお涙ちょうだいの風潮があったり、「戦争は悲劇」で完結してしまっていると思っていて。戦争ものの作品に対して違和感を持っている人間がいることを、今一度提示しておきたかったんです。

──石井さんは、出演にあたって原作を読まれましたか?

石井 はい。オーディションに受かったあとに読んだんですが、主人公の敷井にとってはスタンレーの山を越えることがまず大事なことで、敵国と戦うことは二の次なのかな?という印象を受けました。

御笠ノ うんうん。

石井 この解釈が合ってるのか間違ってるのかわからないんですけど、戦争を主題にしているのに戦争マンガっぽくないなって思いました。本音を言ってしまうと、僕は戦争もののお芝居を観るのがあまり得意ではなくて。

御笠ノ おお、それは何かきっかけがあったの?

石井 特にきっかけがあったわけではないんですが、誰かが戦って死んで、周りの人々が悲しむ場面を見て、「僕は何を感じればいいんだろう?」と思ってしまうんです。戦争を扱う作品で「戦争は悲劇」ということを伝えるだけで終わってしまうのは意味がないんじゃないかって。

御笠ノ 俺、それってけっこう重要な感性だと思うんだよ。20年くらい前、老人ホームに行って戦争体験を聞いて回っていたんだけど、そこで戦地で撮ったアルバムを見せてもらったことがあったんだ。明日死ぬかもしれないっていう状況に置かれてる人たちが、写真の中でどんな表情してたと思う?

石井 ……笑ってた、ですか?

御笠ノ そうなんだよ。もちろん前提として「戦争は悲劇」なんだけど、同世代の男たちが合宿みたいに集まっていたわけだから、戦地での楽しい生活も少なからずあったんじゃないかと思って。

石井凌

石井 原作の「スタンレー」で描かれてる人たちも決して暗い感じではないですよね。

御笠ノ うん、そうだよね。そう言えば初演のとき、舞台を観に来てくれた戦争経験者の人たちは「そうそう。実際にこんな感じのことがあった!」って共感してくれたんだけど、戦争を体験していない世代の人たちから「不謹慎だ」っていう意見が挙がって。それまで熱心に俺の作品を観てくれてた人たちが離れていっちゃったんだ。

石井 えっ、そうだったんですか。

御笠ノ 戦争を題材にしているのに、下ネタが出てきたり、楽しそうな雰囲気なのがダメだって言われて。でもこれが不謹慎って言われるんだったら、彼らが生きていたこと自体を否定することになる気がしたんだよね。戦争であろうと震災であろうと、そこで暮らしていた人たちの生活は必ず存在していたんだから、そういった“日常”の部分をロストさせちゃうのってどうなんだろうって。

──「スタンレーの魔女」を通して、戦争ものの作品の描き方に違和感を持つ方たちに語りかけることができれば、と言うことでしょうか。

御笠ノ 大前提として、演劇に世界を変える力はないと思ってるんですけど、変えようとする気持ちを作り手が持つことは大切なことですよね。観に来てくれた方のほんのひと握りでもいいから、居心地の悪さを感じながら生きている人たちに「やっぱりなんか違和感あるよね?」と思ってもらえたら、世の中の流れが少し変わる気がするんです。

──お話を伺っていて、御笠ノさんと石井さんは根底にあるものが共通しているように感じました。

御笠ノ 僕もそんな気がしました。マインドが近いと言うか、「スタンレーの魔女」でやろうとしていることがわりと似ていると思うんですよね。やっぱり作り手としては、初演のときに批判されたことや、これまで観てくださっていた方と距離ができてしまったことは、ある種怖い体験なんですよ。だけど、取り繕って当時の人々の日常を否定するほうが気持ち悪いよなって。だから今回の「スタンレーの魔女」では、その時代に実際に生きていた方たちの生活をリアルに伝えられたらいいなと思っています。

左から石井凌、御笠ノ忠次。
「スタンレーの魔女」
2019年7月28日(日)~8月8日(木)
東京都 DDD AOYAMA CROSS THEATER
スタッフ / キャスト

原作:松本零士(小学館)

脚本・演出:御笠ノ忠次

出演:石井凌、唐橋充、宮下雄也、池田竜渦爾、松本寛也、永島敬三、松井勇歩、宮田龍平、津村知与支

御笠ノ忠次(ミカサノチュウジ)
1980年7月24日生まれ、千葉県出身。劇作家・演出家。高校卒業後、劇団1980に所属したのち、spacenoidとして本格的な活動を開始した。近年の代表作に、「ミュージカル『刀剣乱舞』」(脚本)、「舞台『東京喰種トーキョーグール』」(脚本)、舞台「文豪ストレイドッグス」(作)、「ダイヤのA The LIVE Ⅴ」(脚本・演出)などがある。8月から9月にかけて舞台「幽☆遊☆白書」(脚本・演出)の公演を控えている。
石井凌(イシイリョウ)
1994年6月20日生まれ、千葉県出身。近年の出演作に、「犬夜叉」「優しい魔法のとなえ方2017」、ミュージカル座「RANGER-レンジャー-」「B-PROJECT on STAGE『OVER the WAVE!』REMiX」などがある。