新国立劇場「かもめ」鈴木裕美×小川絵梨子|応募総数3396通、6週間におよぶフルオーディションの全貌に迫る

新国立劇場演劇部門の芸術監督・小川絵梨子たっての希望により、シーズンごとに1本、全キャストをオーディションで選考する企画がスタートした。新国立劇場初となるフルオーディション実施にあたって白羽の矢が立ったのは、かねてより同様の企画に強い興味を示していた鈴木裕美だ。翻訳家と演出家という形でタッグを組むこととなった小川と鈴木は、「多くの人が手にしやすい戯曲を」という思いから、第1弾の演目をアントン・チェーホフの「かもめ」に選定。ステージナタリーでは2人の対談から、6週間におよんだ「かもめ」フルオーディションの軌跡を追う。

また本特集には、3396通にのぼる応募の中から選出されたキャストより、朝海ひかる、岡本あずさ、渡邊りょう、須賀貴匡のコメントも掲載。クリエイター陣とキャスト、それぞれの側面から見たフルオーディションの全貌とは。

[鈴木裕美×小川絵梨子 対談]取材・文 / 鈴木理映子 撮影 / 金井尭子
[キャストインタビュー]取材・文 / 熊井玲、興野汐里

鈴木裕美×小川絵梨子 対談

「演劇創造の実験と開拓」をビジョンの一つに掲げ、2018年秋、新国立劇場演劇部門の芸術監督に就任した小川絵梨子。その理念とアイデアに共鳴し、シーズンの目玉ともなるフルオーディション企画の演出を担うこととなった鈴木裕美。翻訳劇、日本の現代戯曲、時にはミュージカルまで、作品のジャンル、規模の大小を問わず、幅広く活躍する2人が、初タッグとなる「かもめ」を通じ、切り拓き、高めようとするクリエーションのあり方とは。

フルオーディションを始めたのは“作品”のため(小川)

──本作では、劇場初の全キャストオーディションが大きな話題になりましたが、そもそも小川さんがフルオーディションを提案されたのはどういう意図からですか。

小川絵梨子 端的に言うと、それは“作品”のためです。作り手が新しい俳優と、俳優が新しい演出家と、劇場が新しい作り手たちと出会い、作品を立ち上げていく。とても健康的な考え方ですよね。オーディションがまったくやられていないわけじゃないですが、フルキャストとなると、どうやらあまりやられていないらしい。せっかく新国立劇場で4年間芸術監督としてお仕事させていただけるなら、この機会にぜひ、と思って。

──鈴木さんも以前から、同様の企画をやりたいとアピールされていたとか。

鈴木裕美

鈴木裕美 そうなんです。7・8年前から、いくつかの公共劇場の制作の方にプレゼンしたり、ご相談したりしていたのですが、なかなか手応えがなくて。でも今回、小川さんが新国立劇場の芸術監督としてフルオーディションを発案されたことで、「鈴木もそんなことを言っていた」と制作の方に思い出していただけて。まんまとやれることになりました(笑)。やっぱり、商業的な作品を作るための論理も理解はしていますけど、最近は特に「この人よりこの人の方が動員があるから」とか「バラエティのレギュラーを持っていて、宣伝してもらえるから」とかがキャスティングの理由になり過ぎていて、疲れを感じます。ですから、純粋に「これやる人!」って人を募って、みんなで面白い芝居を作ることへの憧れはずっとありました。

小川 いわゆる民間の劇場や制作団体だと、興行として成功させなくちゃいけない。会社として利益を上げなければいけないわけだから、スターさんを中心に据えて、チケット代も少し高くして、とにかく「売る!」っていう考えになるのも理解はできる。でも、そうじゃない道も探し始めていいんじゃないのかなと思うし、住み分けという意味も含めて、それができるのが公共劇場なんですよね。

鈴木 小川さんはニューヨークにも長くいらしたけど、やっぱり、アメリカはオーディションが多いの?

小川 もちろん「この人ありき」の企画もありますけど、ほとんどはオーディションです。だから役者さんは毎日オーディションに行っていて、落ちることも当たり前です。「私、何を受けてたんだっけ?」というくらい。ただそれは、オーディション自体のフォーマットがだいたい固まっているから、ということでもあるんです。最初にモノローグをやって、それからドラマかコメディかを課題から選んで、次に場面を読み合う……っていう流れはどこでも同じで。

鈴木 確かに、外国の本屋さんに行くと、オーディション用のモノローグ集がよく売ってますよね。「オーディション」っていうコーナーがあったり。

小川 正直、この4年という任期の間にどこまでオーディションというものが浸透するのかはわかりません。でも、単なる企画としてではなく、あくまでも「作品のため」ということは伝えていかないといけないですよね。それで、いつの日か、話題にならないほど当たり前のことになってほしい。さっきも言いましたが、オーディションってすごく健康的な作業なんです。「出たい」という方が来てくださって、私たちの方からも企画の意図や条件をきちんとお話しできますから。

鈴木 フェアなんですよね、とっても。

──オーディションの応募総数は3000人超。その中から850人に直接会われ、6週間をかけて、キャスティングをされました。

小川 どういう形態でどうやって進めるかさえ手探りで「演出家の方とご相談してやってみよう」ということでしたから、裕美さんが本当に熱心に、献身的にやってくださったことは、とてもありがたかったです。

鈴木 予想を超える人数の方が応募してくださったので、書類の段階で「こんな方だといいなあ」という年格好で絞らざるを得なかった面もありました。ただ、当初から「この機会に素敵な方と出会って、その方と一緒にキャラクターを深めていけたら」とは考えていましたし、やっぱり実際にお芝居をしていただくと、すごい演技や、感動したり、ぐっと来る場面が続出したんですよね。だから、私のイメージに合わせるというよりも、とにかく「素敵だった」と思う人を残していった感じです。もちろん、後半では、私のほうからも「こういう役柄だと思っている」ってことをお話ししたので、その演出プランに乗ってくださった方が素敵に見えたということもありますけど。それと、今回は出演していただいていないけど、オーディションですごく気になった女優さんがいて。この前、その方の出ている芝居を観に行ったら、やっぱりいいんですよね。そういう出会いがあって、ご本人にも「今日の芝居よかった!」って伝えられたのもうれしいことでした。私、「かもめ」のオーディションに来てくださった方を、もう何人も別の芝居にキャスティングしているんです。でも、それも小川さんは、織り込み済みだったんですよね。この芝居に決まらなくても、別の芝居に決まることがあるというのは。

小川絵梨子

小川 そうですね。新国立劇場としても、それはうれしいことですし、実際に新国立劇場の演目でも、オーディションで拝見した方で、別の演目へのご出演をお願いした方もいらっしゃいます。私なんか特に、俳優さんを全然存じ上げないので、オーディションでたくさんの俳優さんに出会えるのはありがたいですね。

鈴木 最初こそ大変でしたけど(笑)、このフルオーディション企画も回数を重ねればきっと、システム的に、よりやりやすいものになると思うんです。だから、希望としては、この4年のうちに、小川さんの演出作品でもぜひやっていただきたいなと思っていて。

小川 できるといいですけどね。ただ、自分だけでない、いろんな方にこの劇場で仕事をしていただくことで、いい印象を持ち帰り、宣伝もしてほしいという思いもあるので、その兼ね合いですね。いずれにしても「こつこつプロジェクト」(編集注:長期的に作品を育て、数年後に本公演として上演することを目指すプロジェクト。2018 / 2019シーズンには、大澤遊演出「スペインの戯曲」、西悟志演出「リチャード三世」、西沢栄治演出「あーぶくたった、にいたった」のリーディング公演が行われた)のように、時間をかけて作品を育てていく企画も含め、演劇を作る環境を変えていくのには、まだまだ、かなり時間がかかりそうだなとも思っています。……50年くらい?

鈴木 いやいや、10年くらいでいきましょうよ(笑)。私たちが生きているうちに。

戯曲に書いてある通りの「かもめ」をやりたい(鈴木)

──そもそも今回の企画でチェーホフの「かもめ」を取り上げることになったのはなぜですか。

小川絵梨子

小川 フルオーディションは、演出家にとって負担が大きい企画なので、こちらから「この戯曲はどうですか」という提案ではなくて、まず裕美さんが興味を持っている戯曲を伺いました。

鈴木 もちろん、「かもめ」は、ずっとやってみたかった、悲願といってもいい戯曲でした。それに、新国立劇場としての最初のフルキャストオーディションですから、若い方もお年を召した方も、男性も女性も、いろいろな役がある作品がいい。さらにこの戯曲なら、興味を持ってくれた人たちが、本屋か図書館に行けば確実に読むことができるだろうとも考えたんです。

──今回の上演は、ロシア語からの翻訳ではなく、イギリスの劇作家トム・ストッパードが手がけた英語版を小川さんが翻訳した台本によるものです。

小川 ストッパード版は圧倒的にリズムがいいんです。また、モノローグのようなセリフがいくつかあるんですが、それを会話として成り立たせている。それからシェイクスピアにまつわる小ネタが増えているのと……ト書きも減らされています。これは、自由度を高めて、画一的な上演を避けるためだと思いますが。

──その台本をもとに、鈴木さんが立ち上げるのは、どんな「かもめ」なのでしょう。

鈴木 「かもめ」は、「10人の残念な人々」って副題が付くような戯曲だと思っています。人気作家のトリゴーリンが20歳近く年下の女優志望・ニーナに向かって、自分の創作にまつわる悩みを延々と語る……なんて、いい大人のすることじゃないです(笑)。作家を目指しているコンスタンティンをとてもハンサムな方が演じられることが多いんですが、戯曲のどこにも「美男子だ」とは書かれてない。4幕で「ハンサムになった」と言われるけど……。私としては、ちょっとオタクっぽいほうがよりかわいくて悲しいと思うんです。とにかく、特に喜劇にしようというのでもなく、まず、“書いてある通り”にやりたい。それが「バカだなあ、物悲しいなあ」と思える群像劇になればいいと思っています。

──オーディションの後半では、ワークショップのような形で、具体的に登場人物のキャラクターやシーンを掘り下げていったそうですね。そうしたプロセスを経たことで、稽古の質も変わってきているのではないですか。

鈴木裕美

鈴木 「2幕でこういうセリフがあるから、1幕ではこうなんじゃない?」というような話がすんなりできるというのはあります。俳優たちのほうからも、そういう意見は出てきます。私としては、それぞれがオーディションで見せてくれた解釈に「乗った」という意識がありますから、今後の稽古でも、指示待ちにならず、臆せずやってくれるといいなと思っています。ただ、ちょっと心配なのは……今度の「かもめ」があんまり面白くないってなると、「オーディションシステムがダメなんじゃん?」ってことにもなりかねないですよね。それにはちょっと……プレッシャーも感じています。

小川 そんな心配はまったくないですよ! 絶対、大丈夫です!

「かもめ」
2019年4月11日(木)~29日(月・祝)
東京都 新国立劇場 小劇場

作:アントン・チェーホフ

英語台本:トム・ストッパード

翻訳:小川絵梨子

演出:鈴木裕美

出演:朝海ひかる、天宮良、伊勢佳世、伊東沙保、岡本あずさ、佐藤正宏、須賀貴匡、高田賢一、俵木藤汰、中島愛子、松井ショウキ、山﨑秀樹、渡邊りょう

小川絵梨子(オガワエリコ)
1978年東京生まれ。2004年にアメリカ・アクターズスタジオ大学院演出部を卒業。06年から07年に文化庁新進芸術家海外研修制度研修生となる。10年にサム・シェパード作「今は亡きヘンリー・モス」の翻訳で第3回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。12年に「12人~奇跡の物語~」「夜の来訪者」「プライド」の演出で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞を受賞。また「ピローマン」「帰郷 / The Homecoming」「OPUS / 作品」の演出で第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。18年9月に新国立劇場 演劇芸術監督に就任。19年には演出作「WILD(ワイルド)」「骨と十字架」、20年には新国立劇場 2020年特別企画が上演される。
鈴木裕美(スズキユミ)
1982年、日本女子大学在学中に自転車キンクリートを結成。自転車キンクリートSTOREを含むほとんどの公演に関わり、「OUT」「第17捕虜収容所」「法王庁の避妊法」「富士見町アパートメント」などを演出。現在は小劇場から大劇場、ストレートプレイ、ミュージカル、ダンスと多種多様なジャンルの作品の演出を手がけている。11年に個人ユニット・鈴木製作所を旗揚げ。第35回紀伊國屋演劇賞個人賞、第8回、15回、18回読売演劇大賞優秀演出家賞、第10回毎日芸術賞・千田是也賞、第33回菊田一夫演劇賞、第61回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。新国立劇場ではこれまでに、「たとえば野に咲く花のように」「エネミイ」「ウィンズロウ・ボーイ」を演出している。