山田佳奈・さとうほなみが“心の中に棲む怪物”と対峙する、□字ック「剥愛」

山田佳奈が主宰する□字ックの新作「剥愛」が11月に上演される。脚本・演出家として着々とキャリアを重ねてきた山田が今作で取り上げるのは、二十代の頃から温めてきた剥製師を題材にしたストーリー。片田舎の集落にある剥製工房を舞台に、剥製師の父、実家に出戻った長女ら、登場人物それぞれにとっての正義を巡る物語が描かれる。

ステージナタリーでは、作・演出を手がける山田と、主演を務めるさとうほなみにインタビュー。意外な成り行きで初対面し、すぐに意気投合したという2人に、作品の話から“自分の心の中に棲む怪物”の話まで、ざっくばらんに語ってもらった。

取材・文 / 興野汐里撮影 / 玉井美世子

会う前から大好きだった…意外な成り行きの“初めまして”

──お二人が一緒に作品を作るのは今作「剥愛」が初となります。初めて顔を合わせたのは2022年の夏から秋にかけての時期だそうですね。

山田佳奈 「剥愛」のプロットをお渡ししたあと、出演してくださることが決まって喜んでいたら、(さとう)ほなみちゃんからSNS経由で直接連絡をもらって会うことになったんです。しっかりと段階を踏んでから会うほうが良かったのかもしれないんですけど、きっと私のことを信頼して連絡をくれたと思うんですよ。それがすごくうれしかったですね。

さとうほなみ 私、会う前から佳奈さんのことが大好きだったんです。猪突猛進なところがあるものですから、とにかく早くご本人に会いたくて。周りの大人の方にはあとでしっかり怒られました(笑)。その節はすみません(笑)。

左から山田佳奈、さとうほなみ。

左から山田佳奈、さとうほなみ。

山田 ははは!(笑) 初対面がプライベートだったからこそ、踏み込んだところまで話ができた気がするんです。作品の話から自分自身や家庭の話、「なんで脚本を書いてるの?」「なんで俳優をしてるの?」といった話まで。創作の現場において、そこまでシェアすることが必要なのか問われる時代ではありますけど、お互いの信頼関係のもと、自然とその話題になったんですよね。それによって、「ほなみちゃんは同じ気持ちでいてくれているんじゃないか」ということを感じられる関係になったので、スムーズに作品作りができる予感がしています。

──初対面の段階で素敵な関係を築くことができたんですね。さとうさんは、会う前からなぜ山田さんを「大好き」と感じていたんですか?

さとう 佳奈さんが監督した映画「タイトル、拒絶」を観させていただいて、社会に対して思っていることを言語化できる能力がすごいなと思っていたんです。ふんわりと、でも鋭く物事を見ている。あとは、ちょっと変わった人なのかな?という印象がありましたね(笑)。お話してみて、イメージは変わらなかったけど、やっぱりすごく面白い方だなと思いました。

──さとうさんは俳優として舞台や映画、ドラマに出演する傍ら、ゲスの極み乙女のドラマーほな・いこかとしても活動しています。山田さんは以前、レコード会社でプロモーターをされていましたが、その頃からさとうさんをご存じだったのでしょうか?

山田 そうですね。ゲスの極み乙女の「ドレスを脱げ」のMVで初めてほなみちゃんを観たときから、「この人、素敵だなあ」と思っていたんです。ただMVやテレビドラマでのほなみちゃんしか知らなかったから、もっと派手な人というか、どんどん前に行く人というイメージがあったんですよ。でも実際に会ってみたら、他人に気を遣わせない繊細さを持っている人で、自分の中に思いを溜め込むタイプなのかもと思って。やっぱり会ってみないとわからないことってたくさんありますよね。

左から山田佳奈、さとうほなみ。

左から山田佳奈、さとうほなみ。

言葉にしがたい、グレーな関係性を表現したい

──2019年に上演された「掬う」以来となる□字ックの新作「剥愛」では、片田舎の集落にある剥製工房を舞台に、登場人物それぞれにとっての正義を巡る物語が描かれます。剥製師という特殊な職業を題材にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

山田 二十代の頃、劇団公演のビジュアル撮影をしたときに、剥製師の方にアポを取って、剥製を借りに行ったことがあったんです。撮影で使う剥製を借りるだけでよかったのに、せっかく来たからにはと思っていろいろ質問してみたんですよ。そうしたら、ニワトリの剥製の色塗りを見せてくれることになったんです。剥製というのは、死んだ動物の身体を使って作るから、どうしても血の気が失せていってしまうんですね。剥製を美しく見せるために、ニワトリのトサカに血の色を足す工程があったんですけど、そのときに剥製師の方が「これは命を足していく作業なんです」とおっしゃっていたのがすごく心に残っていて。今でこそ、葬儀屋さんだったり掃除屋さんだったり、死と向き合う職業の人に対しての知識もある程度ありますが、当時は人間や動物の死生に携わる仕事をしている人と関わる機会があまりなかった。三十代後半になって、いろいろな経験を経た今なら、この仕事を題材にした作品が書けるかもしれないと思ったんです。

──さとうさんは今回、剥製師である父の仕事や人間性を嫌悪しつつも、ある事情で実家に戻り、家族や自分自身と向き合い葛藤する長女・千田菜月を演じます。脚本を執筆するうえで、さとうさんとお話ししたエピソードやさとうさん自身の印象が反映されている部分はありますか?

山田 私の場合、「俳優さんがこういう人だから、こういうふうに当て書きしよう」とすることがあまりないんです。これまでに当て書きをしたのは、穂の国とよはし芸術劇場PLATで上演した市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」くらいで、あの作品では舞台の上に立つ人そのものを承認したいと考えていました。稽古に入ってから、演出家として「この人にはこちらのほうが合っているのかな?」と取捨選択はするんですけど、作家としては“書きたい物語”を優先しますね。ただ、ほなみちゃんの人となりを知ったからこそ、菜月という役の生きづらさがより濃く表現できそうだなとも感じていて。菜月は物事に対して白黒をつけられない部分がありながら、どこかで白黒ハッキリさせたいと葛藤している人だから、ほなみちゃんのような人に演じてもらえるのは、菜月という役にとっても幸せなことだと思います。

左から山田佳奈、さとうほなみ。

左から山田佳奈、さとうほなみ。

──さとうさんは、どのようなアプローチで菜月という役に臨みたいと考えていますか?

さとう 自分のことって、実は自分が一番よくわかっていないんじゃないかと思っていて。「この人のああいうところ、嫌だな」と感じている言動を、自分自身が無意識に他人にしてしまっていることってけっこうありますよね。特に家族だと、「お父さんのここが嫌だ」「お姉ちゃんのここが嫌だ」と嫌悪している部分こそが、自分に似ている部分でもある。菜月に関して言うと、何でも人のせいにするところがあって、自分自身の良くない部分を理解できていない、かつそれと向き合う怖さにもまだ気付けていない。今回は、菜月が抱えているグズグズした思いをうまく表現できればと思っています。

菜月には栞という妹がいますが、私にも5個下の妹がいるんです。今となってはもう笑い話なんですけど、昔、妹から嫌われていたんですよ。妹は「お姉ちゃんみたいになりたくないし、絶対にならない」と言って私を反面教師にして生きてきたので、菜月と栞の関係に似ているなと。私と妹のようにのちのち仲が良くなることもあれば、ずっと和解できずにいる人たちもいる。そういう“気持ち悪い感じ”を出せたら面白いんじゃないかなって思います。

山田 “気持ち悪い”感じ?

さとう なんて言ったらいいのかな……言葉にしがたい関係性ってあると思うんですよ。

山田 わかる。「剥愛」の中には、言葉にするのが難しい、白黒つけがたいグレーな事柄がたくさん出てくるんだよね。人間って、他人を傷つけたいと思っているわけではないのに、結果的に人を傷つけてしまったり、傷つけることをわかっていながら自分の気持ちを優先してしまう弱さを持った生き物ではないかと思うんです。多種多様な人間がいるから、すべての物事を善と悪に分けることは難しいと思うんですけど、近年「白は白、黒は黒、グレーなものは認めない」という考え方を持つ人が増えたと感じていて。それが生きづらさを感じる要因なのかなと思うし、最近ずっとそういうことを考えていたから、今回「剥愛」のような題材の脚本を書いたのかもしれません。