自分の心の中に棲む怪物
山田 さっき、ほなみちゃんが話していた家族関係の話に通じると思うんですけど、“自分の中にある正義”を貫き通した結果、友人を傷つけてしまったことがあったんです。そのことについて謝罪しているとき、別の友人から「あなたの中には怪物がいる」と言われたんですよ。
──「剥愛」のプロットの中にも、思想家フリードリヒ・ニーチェの「善悪の彼岸」から引用した「怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。長い間、深淵を覗き込んでいると、深淵もまた君を覗き込む」という一説が登場します。
山田 怪物の話、実はプロットを書いたあとに言われたんです。
さとう えっ!? すごい偶然ですね。
山田 そうなの。その別の友人から「あなたの近親者に、心の中に“怪物を飼っている人”がいるでしょう? あれぐらい大きな怪物があなたの中にもいると思う。でも私には、あなたの中にいる怪物がすごくユニークな存在に見える。あなたが今まで作品を作ってこられたのは、おそらくこの怪物のおかげ。怪物は抑圧されるとあなたを殺してしまうから、正しく理解してあげないとダメ。“怪物の出しどころ”を間違えないで」と言われて、すごいアドバイスだなと思いました。自分の中にいる怪物──自分が一番目を背けたい存在が、今作に通じるなんて、まさに菜月と同じ境遇ですよね。
怪物というのは、悪意とか弱さとか、一般的に嫌われがちな感情を指すんじゃないかと理解しています。でも現代社会においては、こういった負の感情は排除して、表面的にいい人であることが求められている気がして。友人から怪物の話をされたとき、自分の負の部分と向き合って苦しかったですけど、その一方で、自分自身や他人にとって芯の部分を理解しながら真摯に付き合っていく必要があるなと再確認しました。
──自分の心に棲む怪物……興味深いですね。さとうさんも、自分の中に怪物がいるのではと感じたことはありますか?
さとう 怪物とは少し違うかもしれないんですが、自分の中に嫌な感情が芽生えると、目に見えるレベルの“モヤモヤ”が現れるんですよ。「自分はこれが嫌だと感じているのかも」と1つずつ紐解いていって正解に近付いたとき、自分の中で「ピンポン!」って音が鳴って、その瞬間モヤモヤがフッと消えるんです。
山田 すごい! まっくろくろすけみたい。
さとう まさにそんな感じです!(笑) 答えがわかったらちゃんと消滅するんですけど、正解にたどり着くまではずっと自分の中に存在し続けるから、“まっくろくろすけもどき”が進化して怪物になったら怖いなと思いますね。
──セックスワーカーとして生きる女性たちを題材にした「タイトル、拒絶」、女性用風俗で出会った専業主婦と青年の関係を描く「滅びの国」など、□字ックの作品には、日々の生活に対するままならなさや満たされない気持ちを抱えた、心の中に怪物を飼っている人物たちが多く登場する印象があります。
山田 そうですね。今の自分を客観的に見ると、誰に対しても割とポップに接することができていると思うんですけど、“生きづらさを抱えていた過去の種”が心のどこかにずっと残っているんだろうなという気がします。例えば「タイトル、拒絶」を書いた当初は、怒りや承認欲求、女であることに対するフラストレーションを作品にぶつけていました。私自身大人になって、今ではもうあんなにストレートな作品は書けないかもしれません。でもやっぱり、私の作品は泥臭いし、気軽な気持ちで観られるエンタテインメントではない。扱うテーマ的に、どうしても観客の方がストレスを感じるような作品にならざるを得ないけれども、人々が生活の中で感じる原因不明のモヤモヤや、自己承認できない感情を肯定してあげられる場所でありたいと思っていて。全員がハッピーな気持ちになって帰れる作品を作ることは難しいですが、自分が作品を作り続けている意味はそこにあるのかもしれません。
今、向き合わなければならない作品
──先ほど山田さんが「観客の方がストレスを感じるような作品」とおっしゃっていましたが、□字ックのヘビーな作品を立ち上げるにあたって、俳優の方々も精神力や体力が必要になるのではないかと感じます。その際、演じる役とご自身の距離を計ることが重要になると思うのですが、さとうさんはその距離感についてどのように考えていますか?
山田 ほなみちゃんはけっこう役との距離が近いタイプじゃない? どう?
さとう そうですね。役が抜けなくて困ることはないんですけど、稽古が進むにつれて、役と好みが似通ってくるという表現が一番近いかな。気が付いたらその役と似た服装になっていたり、メンタル的に追い込まれるときもあります。
山田 コロナ禍では、俳優が役を抜くためのメンタルケアをすることができませんでした。人間が人間を演じることって精神的に負荷がかかる作業なので、稽古のあとに会話をしたり、発散の場を設けたり、バランスを取るための時間が必要なんだなと改めて思いました。
──そうだったんですね。今は一時期よりはコロナの波も落ち着き、座組内でコミュニケーションが取りやすい状況になったのではないでしょうか。「剥愛」にはさとうさんに加え、瀬戸さおりさん、山中聡さん、岩男海史さん、柿丸美智恵さん、吉見一豊さんといった個性豊かな方々が出演しますが、今回はどんな色のカンパニーになりそうでしょうか?
山田 私はけっこう優柔不断なところがあるんですけど、今回は迷うことなく一緒に進んでくれそうな俳優たちが集まってくれたと思います。
さとう 皆さんそれぞれ違うベクトルで個性的な方々ですよね。「剥愛」のビジュアルが解禁されたとき(参照:動物たちがさとうほなみらキャストを囲む、□字ック「剥愛」ビジュアル解禁)、口裏を合わせたわけではないのに、キャスト6人のうちほとんどが「えげつない舞台になります」とSNSで宣伝していて、「みんな、同じことを考えていたんだ!」と思ってうれしくなりました(笑)。そういえばビジュアル撮影で初めて集まったとき、なんだか紫色の空気が漂ってませんでしたか……?
山田 紫色の空気!?(笑)
さとう 撮影の日、大雨が降ってジメジメしていたというのもあると思うんですけど、紫色の空気が立ち込めていたように感じたんですよね。なんて表現したらいいんだろう……腹に一物抱えていそうな人たちが醸し出す雰囲気というのかな。皆さん、いい意味で一筋縄ではいかないところがありそうな方ばかりで、すごく惹かれました。
──確かに皆さん、俳優として色気のある方々だと感じます。
山田 私もそれはすごく思います! 特にほなみちゃんは“エチエチな色気”じゃなくて、生活の中にある、どうしても抗えない色気を持ってる気がする。本音を言ってしまうと現状が変わってしまうから、あえて言わない、みたいな。そういう奥ゆかしい色気があるよね。
さとう ふふふ、ありがとうございます(笑)。
──「剥愛」に限らず、□字ックの作品に出演する皆さんは、そんな魅力を持った方々が多くキャスティングされていますね。
山田 そうですね。二十代の頃は「□字ックの作品を通して、普段スポットライトが当たらない人にスポットライトを当てたい」と言っていたんですけど、今思えば、無意識のうちに面白くて色気のある人に惹かれて、そんな人たちの物語を“書かせてもらっていた”のかもしれません。自分自身で作品の題材を選んだんじゃなくて、選ばせてもらっていたのかなって。
──山田さんがこれからどのような人々の物語を紡いでいくのか、非常に楽しみです。そんな山田さんの“現在地”である「剥愛」は、さとうさんにとってどのような作品になりそうですか?
さとう 「剥愛」のプロットを読んだとき、“今、私が向き合わなければならない作品”だと感じたんです。自分にとってターニングポイントになるし、これをクリアしないときっと前に進めない。それぐらいしっかり対峙したいと思える作品と役柄だったので、私が感じたことを、皆さんそれぞれの感性で受け取ってもらえたらいいなと思います。本当に、たくさんの方に観てもらいたい!
山田 そんなふうに言ってもらえてすごくありがたいよ。私は反面教師になるような作品しか作れないけど、□字ックの作品を観て「救われた」と感じる人が1人でもいたらうれしいなと思います。
プロフィール
山田佳奈(ヤマダカナ)
1985年、神奈川県生まれ。舞台演出・脚本家・映像監督・俳優。レコード会社のプロモーターを経て、2010年に□字ックを旗揚げ。2014年に「タイトル、拒絶」でサンモールスタジオ最優秀演出賞、2015年に「荒川、神キラーチューン」で同賞の最優秀団体賞、「CoRich舞台芸術まつり!2014春」でグランプリを受賞した。2019年に配信されたNetflixオリジナルシリーズ「全裸監督」に脚本家として参加。山田がメガホンを執った初の長編映画「タイトル、拒絶」が第32回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門に出品され、東京ジェムストーン賞を受賞、2020年には劇場公開もされた。劇作を手がけるマンガ「都合のいい果て」が「モーニング・ツー」(講談社)で連載されている。
山田佳奈| Kana Yamada (@yamada_k26) | Twitter
さとうほなみ
1989年、東京都生まれ。俳優・ミュージシャン。ゲスの極み乙女のドラマー“ほな・いこか”としても活動している。Abema配信ドラマ「30までにとうるさくて」、Netflix配信映画「彼女」で主演を務めたほか、「カノン」(作:野田秀樹、演出:野上絹代)、ブロードウェイミュージカル「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」(作・演出:ジョン・キャメロン・ミッチェル)などに出演した。