柴幸男と東京演劇道場が立ち上げる「わが町」 稽古場レポート&柴幸男と道場生が語るクリエーションへの思い

東京芸術劇場芸術監督の野田秀樹が、“芝居人同士が互いに刺激を受け合う場”として行っているプロジェクト・東京演劇道場が、2度目の本公演を行う。今回演出を手がけるのは、ままごとの柴幸男。柴は23人の道場生たちと共に、ソーントン・ワイルダーの「わが町」を、2023年の東京を舞台に描き出す。

本特集ではそんな東京演劇道場版「わが町」の稽古場の様子と柴のインタビューを紹介。さらに本作に出演する道場生たちの“声”を届ける。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤田亜弓

「わが町」稽古場レポート

舞台上に描かれた“小さな東京”で「わが町」が展開

東京演劇道場は、2018年にオーディション / ワークショップが行われ、2019年に本格始動した演劇人のためのプロジェクト。野田秀樹が“師範”を務め、野田や野田が信頼を寄せる国内外の演出家、振付家たちによるワークショップが“道場生”たちに向けて定期的に行われている。2020年には野田演出により、道場生たちを中心とした第1回公演「赤鬼」が4バージョンで上演され(参照:野田秀樹×東京演劇道場「赤鬼」座談会&稽古場レポ)、好評を博した。そして2022年、東京演劇道場は野田秀樹によるオーディションを経た新たなメンバーを迎えた。今回の「わが町」は、その新メンバーも加わった道場生から選出されたキャストによる、東京演劇道場の第2回公演となる。なお柴は、これまでに講師として東京演劇道場と接点があり、今回の演出を任されることになった。

「わが町」は現代アメリカ演劇を代表する作家ソーントン・ワイルダーによって1938年に発表された戯曲で、20世紀初頭のニューハンプシャー州グローヴァーズ・コーナーズという架空の町を舞台に、人生の営みが描かれる。今回柴は、「わが町」の作品世界はそのままに、舞台を2023年の東京に移して展開。その演出意図を探るべく、稽古場を取材した。

「わが町」稽古の様子。

「わが町」稽古の様子。

12月中旬、稽古開始から約1週間経った「わが町」稽古場は、さまざまなアイデアが“今生まれ、今試されている”真っ最中で、壁には多数のメモ、床にはさまざまな色のテープが貼られて、そこここに箱馬が配置されていた。床のテープをよく見れば「錦糸町」の文字。隣へ目を向けると陸橋や川が描かれている。さらに奥側には山手線によく似たサークルの路線図も確認でき、テープは東京の地図を表していることがわかった。また別の柱には「①雷門、②東京駅、③六本木、④東京芸術劇場、⑤東京ドーム……」と、東京の名所が列挙された大きな紙が貼ってあり、そこに示された“名所”が、床の地図でもポイントとなっているのだった。

「わが町」の稽古場より。壁にはこんな張り紙も。

「わが町」の稽古場より。壁にはこんな張り紙も。

その日の稽古がラスト1時間となったとき、柴が俳優たちに「今日は、“結婚式”を東京でやってみましょう」と声を掛けた。原作の「わが町」では作品の中盤、グローヴァーズ・コーナーズでジョージ・ギブスとエミリー・ウェブという若い男女のカップルが結婚式を挙げるシーンだ。しかし柴は「“多様なジョージとエミリー”でやってみようかなと思います」と言って、「ジョージとエミリーをやってくれる人?」と声を掛けた。すると10数人の手がさっと上がって、5組の“ジョージとエミリー”が結婚式を行うことになった。

多様なジョージとエミリーが繰り広げる“それぞれの結婚”

まずは新郎ジョージ役の5人が“東京”の中へ入っていき、国会議事堂や羽田空港、渋谷駅などのポイントに立つ。そしてしばらくして新婦役が続くのだが、カップルの様子は5組ともまったく違った。あるカップルは新婚というには気だるい様子で、別のカップルは同性同士。また別のあるカップルは新婦が“フィギュア”で、隣はジョージの“両隣”にエミリーがいる3人組で……とワイルダーの「わが町」のジョージとエミリーとはだいぶ印象が異なっている。さらにその後の結婚式の流れでも、指輪を交換するカップルのほか、三三九度のカップルや、2人で大きなハートを作って結婚を示すカップルなど表現はさまざまだ。1つのシーンでこれほど多様な結婚式が同時多発することに思わず笑ってしまう──が、東京のある1日で考えれば、都内各所で日々十人十色の結婚式が同時多発しているわけで、この結婚式のシーンで演じられていることは私たちの日常だとも言える。

そんな5組の結婚式を見ていた柴は「面白かったですね」と笑顔を見せつつ、「でも音楽がかかると、意外と違和感なく儀式として観られてしまいましたね」とつぶやき、俳優たちもうなずいた。すると「牧師役も何人かいても良いのでは」「全員が結婚しなくても良いかも……」といった声が俳優たちから挙がり、それらの発言からまた別のアイデアも生まれた。柴はそんな俳優たちの活気ある様子を笑顔で見守り、時折、自身の意見も伝えながら、シーンを少しずつ立ち上げていった。

柴幸男インタビュー

今回の東京演劇道場「わが町」で、柴幸男は構成・演出・翻訳を手がける。岸田國士戯曲賞受賞作「わが星」のあとがきに「『わが星』という題名は、そのままソーントン・ワイルダーの『わが町』からの引用です。作品世界もワイルダーの影響を大きく受けています」と自身が記している通り、柴と「わが町」には深いつながりがある。今回の上演に、柴はどんな思いを持って臨むのか。稽古終了後、柴にインタビューを行った。

原文に触れることで得た、新たな発見

──ここまでの稽古の手応えは?

良い感じで進んでいると思います。僕が「こういうことをやってみたい」とビジョンを伝えると、皆さん本当に全部やってくださるので、順調に稽古が組み立てられていっているという印象です。

──今回、演出のほかに構成と翻訳を手がけられますが、基本的には「わが町」の作品世界そのままで、大きく手を入れるということではなさそうですね。

はい。翻訳したり、カットしたりする可能性はありますが、基本的に書き足すことはせずに、演出でどこまでできるかを試したいと思っています。というのも今回、東京の街や生活を描きたいということが企画の出発点で、理想としてはやはり「わが町」をきちんと上演し、そのうえで私たちが住んでいる街や、今の日本における“東京なるもの”が同時に描かれるということが目標なので、自由に演出はするけれども言葉は書き換えずにいきたいなと。今はその枷が面白いと思っています。

柴幸男

柴幸男

──稽古場の壁に、「東京で結婚式をやってみる」「グローヴァーズ・コーナーズの絵を描いてみる」など、さまざまなアイデアが書かれた紙が貼られていましたね。

あの紙には概ね2種類あって、稽古の中でやりたいと思っていることを僕が紙に書いて貼ったものと、創作の途中で「これは表にしたほうが良いな」と思ってみんなの仕事を書き出したものとがあります。前者のほうは、“やりたいと思っていることを見えるようにする”という意味合いと、その日稽古に参加出来なかった俳優さんに、やったことを共有するという意味合いがあり、終わればどんどん外していきます。例えば「東京タワーとスカイツリーに登る(いつか)」という紙は、なかなか実践できないままずっと貼ってあります(笑)。

──稽古では道場生たちからもさまざまな意見が出てきて、積極的だなと感じました。

そうですね。グループで創作することに慣れている人が多いと思います。逆に作るのが好きで、時間を切らないとずっと作り続けていることもあります(笑)。

──稽古では、これまで上演されてきたさまざまなカンパニーの「わが町」を、柴さんが写真や映像を見せながら紹介する時間もありました。「わが町」という作品に対して、道場生たちはどんな反応を示していますか?

観たことがあるという人も、やったことがあるという人もいる一方で、今回初めて声に出して台本を読んで、面白かったと言っている人もいました。作品に対する距離感はそれぞれですね。

「わが町」稽古の様子。

「わが町」稽古の様子。

──柴さんご自身が、今回「わが町」と向き合って新たに感じていることは?

今回、翻訳もやらせていただいているのですが、これまでいろいろな方が訳されたものを拝見しながら原文を読み直し、自分だったらどう書くのかを考えて、(翻訳家で英米演劇研究者の)水谷八也さんにチェックしていただいています。原文にあたって気付いたのは、原文はとてもシンプルな英語で書かれているということ。だから僕の印象にある「わが町」のフレーズは、実は翻訳された方たちの手によるものだったんだなと気付きました。まあ確かに、「life」を「生活」とか「人生」とただ訳しても素通りされてしまいそうなシンプルさなので、僕もあるシーンでは「life」を「命の営み」と表現したのですが、そのようにワイルダーがその単語を使った奥底で本当は何を考えていたのか想像したり、あるいは自分にワイルダーが憑依したつもりになって「ワイルダーが描きたかったのはこの言葉だ!」と想像しながら、意図的に意訳したりしたところが何箇所かあります。それは、「わが町」との関わり方として新鮮で面白かったですし、「実はこの単語には、すごい意味が込められているのではないか」と感じた単語もありました。

──白地に黒でカラスが描かれた本公演のチラシは、シンプルですがとてもインパクトがあります。

デザイナーさんが出してくださったアイデアの中には、もう少しかわいらしいものや、東京がデフォルメされたものもあったのですが、これにしました。というのも「わが町」にはサイモン・スティムソンという孤独な登場人物が1人出てくるのですが、今回、彼をピックアップしたいなという思いがあって。作家性として、僕もワイルダーもきれいなもの、平凡なもの、日常の美しさに対して肯定的なところがあると思うのですが、ワイルダーはそれを否定する人物をちゃんと作品の中に入れ込んでいるんですね。その点で、サイモンもカラスも街に必要ではあるけれど集団から除け者扱いされたり、無視されたりする存在で、今回の「わが町」では僕もそういった存在を意識して作りたいと思っています。またカラスや電線はそこはかとなく東京を感じさせますし、グローヴァーズ・コーナーズにもカラスは登場こそしませんが、ワードとして出てくるんです。なので、東京とグローヴァーズ・コーナーズをつないでくれる存在としてカラスが良いのではないかと思いました。

「わが町」チラシビジュアル

「わが町」チラシビジュアル

1幕は人形、2幕は人間、3幕は人形と人間で「わが町」を描く

──先ほどのお話にもありましたが、今回柴さんは、“東京を焦点にした物語を作る”という思いがまずあり、そのうえで「わが町」を選ばれました。稽古を通して、柴さんが描きたいと思っていた“東京”は見えてきましたか?

と、思います。当初は、東京の誰かを描きたいとか、東京で生活している誰かに東京を語ってもらわないといけないのではないかと思っていて、それで台本を書き足す必要があると思っていました。でも稽古が進むうちに、東京はただいろいろな人たちがいろいろな風に生活している場所だということが見えてくれば、あとはグローヴァーズ・コーナーズとの対比で東京が見えてくるのではないかと思って、台本の書き足しをやめようと思ったんです。例えば朝ごはんを食べるシーン1つ取っても、グローヴァーズ・コーナーズの朝食シーンと、現在の自分たちの朝食シーンの違いは明らかで、上演ではそれを並べるだけで良いんだなと。もちろんただ並べるだけでなく、新たに何かを思考する必要性は感じていますが、それは一生懸命言葉を紡いで表現するようなことではないのでは、と思っています。

──稽古場ではコの字型に客席が組まれ、床に東京の街が描かれていました。どのような舞台美術になるのでしょうか?

先程の結婚式のシーンは、僕たちが“東京状態”と呼んでいる2幕の舞台美術で、1幕では小さな素舞台を使ってグローヴァーズ・コーナーズを表現します。さらにお話しすると2幕は人間が演じますが、1幕は人形が演じます。

──え! 1幕は人形劇ということですか?

そうです(笑)。僕の中にもともとイメージがあって、グローヴァーズ・コーナーズは街自体が小さいので、小さくやりたいなと思っていたんです。またそもそも僕らが“ジョージ”や“エミリー”を演じるのは嘘が大き過ぎると考えていたので、その嘘はどこか1点に集約したいなと。それで、1幕では小さな舞台で小さな人形たちが演じるグローヴァーズ・コーナーズをまず立ち上げ、グローヴァーズ・コーナーズという街の存在をお客さんに信じてもらい、2幕では東京の人たちに「わが町」のテキストを散らして“グローヴァーズ・コーナーズが東京にある”ということを信じてもらう。そして3幕では、それらの空間を合体させ、人形と人間が一緒になって演じる状況を作ってみたいと思っています。3幕はまだ試行錯誤の段階ですが、生きている存在を人形、死者を人間が演じる形にしたいなと。もともとは逆にしようと思っていたのですが、劇中に「自由がない」というセリフがたくさん出てくることもあり、この世界では、生きているときこそ視野が狭く自由がない状態、死者こそ人間を俯瞰できる自由な存在として描けるのではないかと、稽古の中で考えるようになりました。

「わが町」稽古の様子。

「わが町」稽古の様子。

──想像を超える「わが町」になりそうで、期待が高まります。

稽古の中でやってみたかったことはすべて当たれましたし、そんなに詰まることなく、みんなで常に何かを試せていると思います。もちろん、生まれたアイデアをどうつなげていくかということはここからみんなで考えないといけませんが、着地点は見えてきたような気がします。

プロフィール

柴幸男(シバユキオ)

1982年、愛知県生まれ。劇作家・演出家、劇団ままごと主宰。青年団演出部所属。2010年に「わが星」で第54回岸田國士戯曲賞を受賞。近年は香川・小豆島や横浜、台湾、豊橋などで滞在制作を行い、地域に根ざした創作を行っている。