音楽座ミュージカル「リトルプリンス」秋公演が、10月2日の愛知公演を皮切りにスタートした。「リトルプリンス」は、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説「星の王子さま」を原作に、1993年に初演されたミュージカル。霧深い夜、飛行士は夜間飛行の途中で砂漠に不時着した。そこで飛行士は、星から来たという不思議な少年(星の王子)に出会う。王子は、自分が住んでいた小さな星や、そこを飛び出すきっかけになった花のこと、さまざまな星を訪ねたあと、やって来た地球でヘビやキツネと知り合ったことなどを語り……。
音楽座ミュージカルは2025年を「リトルプリンス」イヤーとし、劇場公演のみならず、文化庁舞台芸術等総合芸術支援事業による学校巡回公演、市民ミュージカル版など、1年を通じてさまざまな形で本作に取り組んでいる。ステージナタリーでは10・11月の「リトルプリンス」秋公演に際し、王子役を務める森彩香、山西菜音へのインタビューを実施。2人は王子さながらに、金髪のショートヘアをキラキラと輝かせながら、本作にかける熱い思いを語ってくれた。
取材・文 / 中川朋子撮影 / 藤記美帆
これをやって死ねるなら本望だ、絶対に王子をやりたかった2人の熱い思い
──お二人は2025年の「リトルプリンス」で王子役を務めています。本作に初めて取り組んだときの思いをお聞かせください。森さんは2016年から、文化庁主催の学校巡回公演版「リトルプリンス」や、VRを用いた「リトルプリンスVR」などで王子役を演じていますね。
森彩香 「リトルプリンス」は、私の生き方を変えてくれた特別な作品です。初めて台本を読んだとき「こんなに人生が詰まった台本があるんだ」と衝撃を受けました。隅々まで面白く、生々しく、気付きたくなかったものまで全部ダイレクトに言葉になっていて。王子の存在も生き方も「自分さえ幸せになれれば良い」という思いでがんじがらめだった当時の私には、あまりにもまぶしかった。でも台本を読み進めるほどに、この物語が自分が今ここに生きていることの幸せを教えてくれて、私は「ああ、これをやって死にたい」って思ったんです(笑)。王子は出番が多いので、稽古が始まってからはスキル、パワーの圧倒的な足りなさに直面しました。「これをやって死ねるなら本望だ!」って後先考えずにただただ突っ走っていましたが、初めて通し稽古をしたとき、代表から「森、ダメだね」とコメントをいただき……それで「もう、ダメならダメでいいや。目の前の人に集中して、このセリフを伝えられることに感謝しよう」と考えが変わった瞬間、私はようやく「リトルプリンス」の世界の一部になれた気がします。
──山西さんは2024年から、学校巡回公演版で王子を演じてきました。
山西菜音 私が音楽座ミュージカルに入った理由は、「リトルプリンス」で王子をやりたかったからなんです。2015年にこの作品を初めて観て以来、「王子をやりたい」というがむしゃらな思いを支えに生きてきました。だから「とにかく王子役にキャスティングされなくちゃ」という気持ちだったのですが、先輩方が演じてきた王子の真似をするばかりで、最初は作品自体を愛するとか、登場人物への共感とか、考えることもできませんでした。でも代表から「山西の王子が見たい」「“悪ガキ王子”はどうだろう?」と言っていただき、“悪ガキ”を意識して改めてこの物語に向き合ってみたら、自分のことのように感じられる場面がどんどん増えていって、ついに「王子をやりたい」だけではなく「『リトルプリンス』が好きだ」と感じることができたんです。今は王子を演じるのがとても楽しいですし、「もっともっとこの舞台を愛してやるぜ!」と思っています。
──お二人とも王子役に並々ならぬ思いを注いできたのですね。今年、「リトルプリンス」イヤーでご自身が王子役を演じることが決まったときは、どのようなお気持ちでしたか?
森 「大きなミッションだな」と重圧を感じました。今回は1年という長い期間で、作品自体を少しずつ変化させながら上演していくことになるので、私自身もこの「リトルプリンス」で成長しながら、感動をお客様に届けなくてはならないと思ったんです。でも「絶対、劇場バージョンで王子を演じたい」と思っていたので、プレッシャーと同時に幸せな気持ちも感じていました。
山西 「リトルプリンス」イヤーが決まったときは、「これは大きなチャンスだ! この1年の王子役をつかめなかったら音楽座ミュージカルを辞めよう」とさえ思いました(笑)。だから今年の公演にキャスティングされて本当にうれしかった。その反面、「劇場バージョンが自分にできるのか」「これまで観客として観てきた森さんとWキャストなんて、務まるだろうか」という緊張も感じていました。
王子が“悪ガキ”に変身!新演出で届ける2025年の「リトルプリンス」
──今年の「リトルプリンス」は新演出版となっています。お二人は過去のインタビューで、台本の改訂により王子が飛行士に「君」ではなく「お前」と呼びかけるようになったことで、王子が“クソガキ”になったとお話しされていました。
山西 はい(笑)。新演出で、王子がいわゆる“悪ガキ”に変身したのは大きなポイントだと思います。その変更のきっかけは、今年3月に愛知県幸田町で、市民ミュージカル版「リトルプリンス」が上演されたときに、音楽座ミュージカルの代表で、「リトルプリンス」の脚本・演出を手がける相川タローがある発見をしたことでした。1月の公演では、出演者は市民の皆さんでしたが、私たちカンパニーメンバーも演出や稽古に関わっていて、参加者には4歳のお子さんや小学生もいました。ある日、相川代表が少し遅れて稽古場に入ってきたとき、ある男の子が代表に「お前、何で来たんだ!」と聞いたらしいんです。代表が「歩いてきた」と答えたら、その子は「大変だっただろう」って(笑)。私はその話を聞いて「いやいや、代表に“お前”って!?」と驚きましたが……代表の「こういう、フランクに大人と接する子供もいるな」という発見が、今年の「リトルプリンス」に生かされています。実は個人的に、小説「星の王子さま」や過去の「リトルプリンス」では、王子がどこか神秘的で、自分たちとかけ離れた存在だと感じていました。でも今回“悪ガキ王子”が生まれたことで、王子を身近な子供だと思えるようになり、共感しながら演じています。
森 「君」が「お前」になったように、王子のセリフが無防備にアレンジされたのは新鮮でした。山西さんが言ったように、王子には“答え”を持っていそうな雰囲気があり、演じてきた私たち自身にも「王子に導いてもらおう」という思いがあった。ですが今回は王子自身が、花やキツネ、飛行士と出会う中で、何かを見つけ、受け止めている感じ。それはある意味、受け身の感覚かもしれません。現代では「受け身よりも自発的であるほうが良い」とされることもありますが、今回この作品に取り組みながら、「常に自発的であるのが良いことなのかな。それは本当に自分が望む生き方なのかな」と、王子を通して考え直す機会をもらっています。
──本作は1993年の初演以降も、たびたび上演が重ねられている人気作です。お二人から見て、この作品が長年愛されている理由は何だと思いますか?
森 この作品が愛されるのは、人が一瞬で手放してしまうものが描かれているからではないでしょうか。人は、誰かと共にあるからこそ強く生きられることや、何かを失った悲しみを、その瞬間は強く感じたとしても、すぐに忘れてしまうことがある。だけど本当はみんな無意識に、そういう感覚を思い出したいのだと思うんです。だから「リトルプリンス」で王子が花やキツネ、飛行士に出会い、別れていく姿に触れることで、観客も忘れていた自分の大切なものを思い出して、改めて「強く生きて行こう」と感じられる。そこがこの作品の素晴らしさだと思います。
山西 小説「星の王子さま」ではキツネが言う「肝心なことは目には見えない」というセリフが有名ですが、これは誰しもが心の中で感じ、欲していることを言い表した言葉だなと思います。「リトルプリンス」にもそういう、自分が欲する言葉がたくさん詰まっていて、その言葉を王子たちがセリフとして発することで、観客が改めてそのメッセージを追体験できるのが素敵です。心が傷付いたときは必ず「リトルプリンス」の曲を口ずさんでいますね。節目節目に寄り添ってくれる作品です。
ハアハア、ヒーヒー…KAORIalive先生の振付は大変だけど“生”を感じる
──新演出版「リトルプリンス」では、ミュージカルや宝塚歌劇に多数携わるKAORIaliveさんが振付を手がけています。音楽座ミュージカルの石川聖子チーフプロデューサーが、2011年に振付家の大会でKAORIaliveさんの作品に注目したことで交流が生まれ、今回約14年越しに音楽座ミュージカルとの初タッグが実現しました。KAORIaliveさんとのクリエーションはいかがですか?
森 「リトルプリンス」では目に見えない存在もダンスで表現されますが、KAORIalive先生の手にかかると、“森羅万象”がとても生々しくなります。目を背けたくなる嫌なものも全部振りに込めてくださり、作品が“ファンタジー”から遠ざかった気がしますね。ちぎれんばかりに身体を使うので、踊っているその瞬間に“生きていること”が集まっている感覚になれて、素晴らしい振付です。
──確かに、王子が砂漠で出会った黄花が砂嵐で散ってしまう場面では、ダンスとはいえ花びらを失っていく黄花の痛みが伝わってくるようでした。山西さんはいかがですか?
山西 KAORIalive先生の振りは、とてつもなく大変で……。
森 うん、そうだね(笑)。
山西 先生が音楽座ミュージカルの作品に共感してくださっているからこそ、キャストに求めるクオリティがとても高いです。あまりやったことがないジャンルの動きもあるので、いつも以上に大変。初めて振りを付けていただいたときは1週間くらい筋肉痛が続きました(笑)。「ハアハア、ヒーヒー」しつつも、先生の振付を踊れることにみんな幸せを感じています。
森 最初の頃は先生が「歌もあるから、少し動きを控えよう」と計算してくださっていたんです。ですが私たちは「ダンスも歌も全部、全力でやりたい!」と熱くなってしまい(笑)、ぶつかり稽古のように先生の振りにトライしてきました。お人柄も素敵な先生を信頼していますし、一緒に作品を作れる喜びを感じています。
──KAORIaliveさんとの信頼関係ができあがっているのですね。1年を通じ、いろいろな形式の「リトルプリンス」を上演する中で、地域や観客の年齢層によって反応の違いを感じることはありますか?
森 春公演で、東京や大阪で小さなお子さんと保護者の皆さんが観劇する回があったのですが、客席の雰囲気がいつもと全然違って面白かったです。子供たちはおかしかったら笑うし、ツッコみたかったら声に出すし(笑)、目の前で起きていることに対してダイレクトに反応してくれます。
──王子と同じくらい自由な心を持つ存在が、客席にたくさんいるということですもんね(笑)。
森 本当にそうです。演者の私たちにはすっかり慣れっこのやり取りも、子供たちは全部フレッシュに捉えてくれるので、逆に気付くことがたくさんありました。同席していた大人のお客様たちも「自分にもこういう遊び心にあふれている時代があったな。でも今その心をせき止めている何かがあるかもしれないな」と感じてくださったかもしれません。
山西 私は小学校、中学校を巡った学校巡回公演が印象的でした。小学生たちは反応がとても正直で、全力でやらないと物語が届きません。だから小学校公演は一番緊張しますが、気合も入ります。それから地域差で言うと、大阪公演のお客様は東京公演のお客様より笑いに厳しく、本番中はドキドキでした!(笑) 秋公演では私が愛知公演、森さんが広島公演に出演するので、違いが楽しみです(編集注:取材は9月下旬に行われ、愛知公演は10月3日に終了した)。
──「リトルプリンス」イヤーも後半です。これまでの公演を経て、秋公演に向けブラッシュアップされるポイントはあるのでしょうか?
森 今私たちは、劇場公演とは演出が異なる学校巡回公演版「リトルプリンス」に取り組んでいる最中です。ここまで「リトルプリンス」をやってきて、私たちが作品を通じて挑戦したいことが少しずつ変化しています。伝えたいメッセージを改めてカンパニーで考えているところですが、秋公演では演出も少し変わってきそうです!