「ON VIEW:Panorama」|ダンスは世界を見るためのレンズ──生の身体、映し出される身体

“映された身体”と“今、目の前の身体”

──では舞台の話を伺わせてください。数多ある“ダンスと映像のコラボレーション”作品には、いくつかの宿命的な課題があります。1つはフレームの問題。映像は自由に動けますが、フレーム自体は動くことができません。また映像がどんなにリアルでも、フレームが“観客と映像を隔てる窓”として機能するため一体感を疎外しがちです。かと言って舞台全面に大きくプロジェクターで投影すると、圧倒的に大きな映像の中にダンサーの身体は埋もれてしまう。生身のダンサーの身体が、映像の身体とどうコネクトしていくかが重要になってきますね。

スー・ヒーリー

それは実に大きな問題です。生身の身体と映像との間で絶えずパワーシフトが起こるため、良いバランスをとるのは非常に難しいからです。私も最初の頃は、映像を作り、振付をし、それらを独立した物として扱っていました。これは一種のパワープレイで、往々にしてどちらかが勝ち、どちらかが負けてしまう。この2つの異なった言語をどうやって1つにして、観客に明確に提示できるかを考えなくてはなりません。昨日話したとき、ダンサーたちも同じように感じているようでした。彼らは映像の真似をしたいわけではなく、観客の視覚的体験に追加することをしたいのだと言っていましたから。

──クリエーションの取材で拝見した、“3枚の薄い紗幕が間隔を空けて吊るされている舞台美術”は面白いですね。最奥にピントを合わせて投影すると、紗幕を透過しつつ像を結んだ映像がホログラムのように立体的に見えました。

あれは以前からアイデアとしてはあったものです。フレームを感じさせず、映像自体もスクリーンのような強烈さがないので生身の身体との親和性も高い、などの魅力もありますね。今回は舞台美術の乘峯雅寛さんが実現のために協力してくれています。

──もう1つ、“光るロープで作った柔らかいフレームをダンサーがさまざまに変化させながら踊っていく”というシーンもありました。

はい。あれは本来動かすことのできないフレームそのものを湾曲させたり、重ねたり、さまざまに変化させています。そのためフレームを平面ではなく、立体的に捉えているんです。また長方形という絶対的なフレームの形そのものを崩したかったこともあります。

──ただ、“3枚の薄い紗幕”も“光るロープ”も、映像作品の宿痾だった“フレーム”を解体しようとする挑戦にも見えますね。

その通りです。もっとも舞台で踊っているダンサーを照らす床の照明もまたフレームですし、まだまだ奥が深いですが。

──あなたにとって、舞台上での“映された身体”と“リアルな身体”の理想的な関係は、どういったものですか。

城崎でのリハーサルの様子。

とてもいい質問ですね。私が映像を作製するのは、ダンスを違う観点から観ることで、より深くダンサーを理解するためです。両者に調和を求めることもあれば、そうでないこともあります。ちなみにクリエーションによっては映像が勝ってしまっていることもありました。バランスが取れるよう見極めるのが私の役割です。ダンサーは映像を、そしてダンサー同士をどう見ているのか? 観客に何を見せたいのか? 彼らを取り巻く世界は? パワーとエネルギー、アイデアとムーブメントのバランスを考えさせられます。私は細かく指示をするタイプの振付家ではありませんし、そうした手法に興味はありません。私の仕事は、タスクを設定し、その中でダンサーに決断をさせていくことです。

──オーストラリアのショートフィルムは初演の2015年、香港は2017年のものです。今回彼らが、それぞれ若い頃の自分と踊るのは面白いですね。

素晴らしいと思いませんか?(笑) 20年後に、ぜひ今回と同じメンバーで20年前の自分の映像と踊ってほしいですね。年を重ねることで、自分との関わり方にどんな変化が出てくるのか、とても興味深いです。

──一方で、今回初めて導入される、“新しいアイデア”もありますね。

はい。ダンサーの映像のワンシーンを、等身大で“影絵”にしたものです。実はあれはすべて目の粗い布を貼り合わせたもので、専門のアーティストに依頼したんですよ。いわば“糸による彫刻”なのです。影絵は平面的ですが瞬間的で、どんなに繊細で巨大でも、簡単に消えてなくなってしまう。その情報量のギャップが気に入っています。

──しかも本体には色のある布を使っているので非常にカラフルですね。スクリーンに映る影はもちろんモノトーンです。しかし日本の昔の墨絵のように脳内で色彩を感じます。

光と影の関係性は、特に重要なテーマですからね。“影絵”に描かれたダンサーの身体は前もって用意されたものですが、その影はリアルタイムで映し出されるもの。つまり“影絵”は、録画された映像と生の身体との中間的な存在と言えます。

──数々のアイデアを舞台で拝見するのが楽しみです。

これらのアイデアをどう使うかは、これからのクリエーションで。使わないかもしれない(笑)。ただやはり、私は“身体の儚さとリアルさ”が好きなのです。もしも観客の皆さんがライブ公演で身体の存在感と映像のダイナミズムの両方を感じてもらえたら、この作品は成功だと思います。

出演するのは3カ国6人のダンサーたち

──今回出演する3カ国6人のダンサーについてコメントをお願いします。

ベンジャミン・ハンコックは、旺盛な好奇心と空想力で、さまざまなアイデアを試しては、多層なアイデンティティを作品に取り込んでくれます。音楽性もダイナミックです。彼はコスチュームデザインもしますが、身体がものを纏うことの意味を深く考察して衣装を作っていきます。彼自身の身体はとても繊細で、動きも精密です。ナリーナ・ウエイトとは、25年間も仕事を共にしています。彼女はいわば私のライブラリーで、私の仕事について、私以上に詳しいんですよ。私自身はテクニカルなダンサーだったので感情を身体で表すことは苦手でしたが、彼女は長けていて、表現の幅を広げてくれます。彼女と出会うことで、私は解放された気分になりました。この2人のオーストラリア人ダンサーは2015年の初演の出演メンバーですが、もう1人、今回ドラマトゥルクとして参加しているショナ・アースキンも重要なダンサーとして出演していました。彼女は心理学の博士号も持っています。ナリーナは感情の部分を、ショナは知的かつ創造的な部分で私を支えてくれています。

城崎でのリハーサルの様子。

2017年に行われた香港版「ON VIEW」から、今回は2人が参加してくれています。ムイ・チャック-インは、成熟さと中国の伝統文化を持ち合わせています。中国の伝統舞踊を知るいい機会になりました。特に扇の使い方は洗練されていて見事です。しかも彼女は伝統舞踊だけではなく、現代的なパフォーマンスに関しても豊富な知識があります。年齢も私に近く、とても美しいダンサーです。ジョゼフ・リーは最年少のダンサーです。若さがあり、エネルギーに満ちています。アジアの身体は西洋の身体と違い、非常にユニークですね。重心が低く、股関節や膝の使い方が独特で魅力的です。アジアの男性特有テイストを作品に取り込むことができます。日本版の「ON VIEW」は今回が初の上演になります。湯浅永麻は傑出したダンサーです。高い技術と可能性を秘めた身体性で、なんでもできると思わせますね。そしてそれ以上にアーティストとしてのマインドが素晴らしい。ルールもよく破りますが(笑)、多様な考え方を突きつけてきて、そこがまたいい点です。浅井信好は舞踏を背景としていますが、ヒップホップやコンテンポラリーダンスなど、多様なスタイルを身に付けつつ強固なオリジナリティをもっているダンサーです。彼のショートフィルムを橋の上で撮影したときには驚かされました。細部への気配り、身体のコントロールの正確さ、目的を達成するまでの忍耐強さには目を見張ります。彼はあらゆることを限界まで突き詰めるタイプで、私の可能性も広げてくれました。これは全員に言えることですが、各自が自分のアーティストとしてのスタイルをしっかりと持っています。中途半端なダンサーはいません。

ショートフィルムに出演する日本人ダンサー

──今回の舞台には出ていませんが、ショートフィルムの展示で見ることができる、ほかの日本人ダンサーについても伺えますか。

スー・ヒーリー

ハラサオリは、美しく若さがあり、常にみずみずしい瞬間を生み出します。彼女の大胆さとユーモアのセンスは、とても刺激になりますね。彼女はベルリン在住なので、ヨーロッパと日本の質感が混在しているのが新鮮な感覚でした。そのミックス具合が、彼女の魅力をさらに輝かせています。白河直子の輝かしいキャリアに裏打ちされた成熟ぶりは、驚嘆の一言です。ダンサーとしての生き様が、彼女の一挙手一投足に現れています。彼女自身がダンスそのもののようなアーティストです。彼女の底知れぬスタミナと、繊細で強靱な集中力が一瞬も途切れることがなく踊り続ける姿には胸を打たれました。そして小㞍健太。彼がコンテンポラリーのダンサーとして突出した実力を持っていることは言うまでもありません。そして「ON VIEW」のプロジェクト全体の中でも、彼は得がたいジョーカーであり、ユーモアに溢れ、とてもいい雰囲気を作ってくれました。私が日本の文化を理解する大きな助けとなってくれたことにも感謝しています。いずれのダンサーも非常に魅力的で、舞台に出演する2人を選出するのは非常に困難でした。ぜひ映像展示も観てください。