「ON VIEW:Panorama」|ダンスは世界を見るためのレンズ──生の身体、映し出される身体

オーストラリアの振付家、映像作家、インスタレーションアーティストのスー・ヒーリーが、日本、香港、オーストラリアのダンサー&スタッフと共に国際共同制作に挑む。ダンスと映像をシームレスにつなぎ合わせ、環境と身体の関係性や“見ること、見られること”のダイナミクスに迫る注目作だ。

1月31日の初日を前に、ステージナタリーではヒーリーと出演者にインタビューを実施。舞台作品創作のため、1月上旬から中旬にかけて兵庫・城崎国際アートセンターに滞在していた彼らを、ダンス評論家の乗越たかおが取材した。なお本作は「横浜ダンスコレクション2020」のオープニングプログラムであり、愛知・愛知県芸術劇場が小ホールで開催する先駆的・実験的なプログラム、ミニセレのラインナップ作品でもある。

取材・文 / 乗越たかお 撮影 / 羽鳥直志

About「ON VIEW:Panorama」

「ON VIEW:Panorama」はオーストラリアの振付家・映像作家のスー・ヒーリーが、日本・オーストラリア・香港のダンサーたちを撮影したダンス映像(ショートフィルム)とライブのダンスで展示や上演をしていく、複合的なプロジェクトだ。「オンライン・ショートフィルム」「フィルム・インスタレーション」「ライブ・パフォーマンス」から成る。

類似作品と本作が一線を画しているのは、まずヒーリーがショートフィルム撮影の際に、ダンサーにさまざまな課題を与えることだ。一緒に踊る動物や衣装、場所などをダンサー自身が考えて提案する。そうして作られたショートフィルムは各ダンサーの個性を色濃く映し出したものとなる。それは舞台上で使われるのみならず、同時に映像作品として展示される。日本からは白河直子・小㞍健太・湯浅永麻・浅井信好・ハラサオリのショートフィルムが撮影された。

舞台に登場するのは3カ国から2人ずつ選ばれた6人のダンサーだ。過去に行われたオーストラリアと香港の舞台公演では、その国のダンサーだけで行われており、今回が初の複数の国際協働企画公演となる。

映像作品はすでに2019年に完成し、YouTubeでも公開されている。

スー・ヒーリー(振付・演出・映像)インタビュー Interview with Sue Healey

「ダンスは世界を見るためのレンズ」

──プロジェクトのタイトルでもある「ON VIEW」は、普通は展覧会などで「展示中」といった意味で使われるものですね。

城崎でのリハーサルの様子。

はい。このプロジェクトは“視覚的であること”に焦点を当てたものだからです。展覧会では自分で歩き回って観たいものを選べます。しかしダンス公演は“ただ客席に座り、次に観せられるものを待っているだけ”がほとんど。私はそういうダンスのあり方に不満を持っていました。そして観客が自分からさまざまなダンスの見方を探っていける作品を作りたいと思っていたので、このタイトルを使っています。

──確かに映像作品はクローズアップなどで、観客の視線を操作できます。一方で生身の身体のどこに焦点を合わせるかは観客に委ねられています。この作品は、この2つのバランスがさまざまに変化していきますね。

その通りです。でも本音を言えば、振付家ならダンサーの身体だけでなく、観客の視覚もコントロールしたい欲求は皆持っていると思いますよ(笑)。振付家だった私が映像を撮り始めたのも、その欲求ゆえです。またライブのダンス公演は魔法のように素晴らしい時間ですが、終わった瞬間になくなってしまう。しかし映像は消え去るものの一部を捉え、違う形で観客に提供することができます。本作ではその両方の特性が生かされています。

──ショートフィルムの撮影について聞かせてください。日本版の撮影は、2018年から名古屋学芸大学映像メディア学科の協力のもと、愛知県芸術劇場と愛知県の各名所で行われました。あなたは撮影前に各ダンサーに対してさまざまな“課題”を与えましたね。

スー・ヒーリー

はい。気に入った衣装を持参してもらい、一緒に踊りたい動物や、地・水・火・風などのエレメントを含むロケーションを提案してもらいました。人間は環境に反応する生き物です。ロケーションや動物と関係性を築くように指示したことで、彼らのペルソナの違いが浮かび上がってきたと思います。

──課題でダンサーの内面のキャラクターを引き出すわけですね。となると撮影時には即興の要素は少なかったのでしょうか。

そうとも言えません。正しい環境で、正しい人たちに正しいアイデアを与えれば、その人の内面から、必ず奇跡的な“何か”が起こります。課題を考えてもらうのはそのためです。しかしダンスには瞬間的なひらめきも大切なので、あまりコントロールにこだわると、ダンスの魔法が消えてしまいますからね。実は“ダンサーと一緒にカメラも高速移動する撮影”も試みたのですが、最終的にそれらは使わないと決断しました。この作品ではランドスケープのシーン以外のカメラは静止したままです。観客にはカメラの動きではなく、ダンサーの動きから立ち上がってくるものに集中してほしいと思っているのです。

──動物もなかなかコントロールできるものではないですよね。

はい。それだけに動物とダンサーの交流は非常に興味深いものでした。ぜひ展示される全員の映像作品を観てください。ノブヨシ(浅井信好)が選んだ動物は猿で、事前に「危険なので目を合わせてはいけない」と言われていました。その結果、見事な“目を使わない交流”を見ることができたんです。ダンサーのアイデアは多様なので、共演は“動物”に限らず、生き物であればOKということになりました。今回出演するオーストラリアのベンは昆虫のナナフシを選びました。関節の細かい昆虫の動きと、ベンの長い手足との連関はとても興味深いものです。エマ(湯浅永麻)が選んだのは昆虫ですらなく、アメーバだったんですよ!(笑) 実に素晴らしいです。

──このプロジェクトでは、ダンサーを自主的に関わらせようとしているように見えますね。

城崎でのリハーサルの様子。

そうです。自主性を見たい。今の世界は大量消費社会になってしまい、皆が“大量に作られた同じもの”を消費しています。しかし本来は個々の差異をこそ尊重されるべきです。なぜなら差異とは、より深く、より文化的なアイデンティティにほかならないのですから。ダンスは世界を見るためのレンズなので、ダンスアーティストのポートレートを作ることは、この作品にとっては論理的帰結だと言えます。

──今もそうですが、あなたはショートフィルムのことをしばしば“ポートレート”と呼びますね。

それは、“ポートレート”がこのシリーズのキーワードだからです。「映像の撮影は、その人のポートレートになる」と私が初めて気付いたのは、2012年にニュージーランドの8名のダンサーと共に旅をする75分間の映像作品「Virtuosity(技巧)」を作ったときでした。なぜ人はポートレートを残すのか? 古代人がラス・マノス洞窟の壁に自らの手形を残したときから、私たちの存在はポートレートに託されてきました。それは限りある生命の中で、自分の存在の意味を理解しようとする行為です。映像はそのための有効な手段の1つだと気付き、私は一連のプロジェクトで追求しているのです。特にダンサーはとても興味深い人種で、常に注意深く世界を感じ取り、考えています。社会にとって、きわめて重要な役割を果たしている。そのことは社会的にも、もっと認知されるべきです。

オンラインとインスタレーション

──ショートフィルムは、日本版もオンラインストリーミングと映像インスタレーションとして2019年2月に公開されました。今回の展示はどのようなものになるのでしょう。

5枚のスクリーンが観客を取り囲むように配置するつもりです。時に同じ映像をユニゾンで、時に違うパターンで映し出します。それ自体がダンスを思わせる構成になるでしょう。今回の展示では、シリーズで共通するタスクを行ってくれたオーストラリア、香港、日本のダンサーのすべてのショートフィルムを観ることができます。映像は42分間のループをするようになっています。またそれ以外にも105歳のダンサーや、オーストラリアの先住民のスタイルを受け継いでいるバンガラ・ダンスシアターのダンサーの映像なども展示するつもりです。