岡山芸術創造劇場 ハレノワ誌上レポート&ゆかりのアーティストがハレノワへの期待を語る

岡山芸術創造劇場ハレノワが9月1日にグランドオープンする。劇場が位置する岡山市北区表町はかつて多くの映画館と商店が立ち並び賑わった繁華街で、現在はその面影を一部留めつつ、時代の変遷に合わせて、商業地から高級マンションが立ち並ぶ住居エリアへと変貌しつつある。そんな街中に突如誕生したハレノワは、“魅せる”“集う”“つくる”という、中国・四国地方を代表する大型文化施設として今後さまざまな取り組みを行なっていく。本特集では、そんなハレノワの誌上ツアーを実施。さらに特集後半では、オープニングラインナップに参加するアーティストの北尾亘、菅原直樹、木ノ下裕一、桑原裕子、金森穣からのメッセージを紹介する。9月から来年3月までのオープニングラインナップも紹介しているので、ぜひ合わせてチェックしてほしい。

取材・文 / 熊井玲

可能性を拡げる大中小3つの劇場と、開放的なアートサロン

岡山芸術創造劇場ハレノワは、JR岡山駅から路面電車で約7分、「西大寺町・岡山芸術創造劇場ハレノワ前」駅から商店街を通って徒歩5分の場所にある。岡山駅前の開けた印象とは異なり、雰囲気のあるレトロな喫茶店などが並ぶ商店街を歩いていると、まるで舞台や映画のセットの中にいるような感覚になる。商店街の終わりで角を1つ曲がると、シックな色合いのハレノワの建物が見えてきた。地上4階、地下2階から成るハレノワは、メインエントランスの大階段が特徴的だ。取材日は劇場のオープンハウスだったため、地域の人たちがひっきりなしに劇場を訪れていたが、1人より2・3人のグループが多く、皆、大階段の前で順番に記念撮影を行なっていた。その様子を横目で見ながら階段を上り2階ロビーに到着すると、渡辺弘プロデューサーが出迎えてくれた。

岡山芸術創造劇場ハレノワは、岡山市民会館と岡山市立市民文化ホールが老朽化したためそれに代わる新たな文化芸術施設として岡山市によって創設された劇場で、劇場の愛称・ハレノワは“晴れの国・岡山”と、晴れの場であり非日常空間である舞台の意の“ハレ”、そしてその輪がさらに広がっていくという願いを込めて名付けられた。劇場の基本方針には「“魅せる”“集う”“つくる”をコンセプトとし、文化芸術の創造・発信を通して、文化芸術に親しむ市民、未来の劇場を支える劇場人、アーティストを育てるとともに、まちの賑わい創出にもつなげ、心豊かで活力ある地域づくりを目指す」とあり、大きさの異なる複数の劇場空間と多数の稽古場を持つ。渡辺プロデューサーは「岡山にはこれまで大きな劇場がなかったので、東京の舞台作品が岡山をツアーで訪れることはあまりなく、岡山の人は皆さん、大阪や東京に観に行っていました。ただ岡山は交通の要衝なので、今後は大阪と九州の間の場所として岡山に寄ってもらえたらと思っています」と話す。

渡辺プロデューサーの案内で、まずは大劇場へ。朱色の座席と濃茶の木の壁が印象的なプロセニアム形式の大劇場は空間全体に温かみがあり、客席総数1753の大空間にも関わらず、舞台に集中しやすい造りになっている。ふと見上げたときに飛び込んでくる天井のアーチも美しく、朱一色に見えた座席は、近づいてみると複数の色の糸が織り込まれた手触りのいい布で作られていて、「ここに座って舞台を観てみたい」という気持ちが湧く。6月のプレオープン記念公演(参照:岡山芸術創造劇場 ハレノワがプレオープン記念式典開催)はこの大劇場で行われ、こけら落とし作品「メデア」やNoism×鼓童「鬼」もここで披露される。

続けて中劇場へ移動。大劇場と中劇場の間には、吹き抜けスペースがあり、バレエのチュチュのような赤いシャンデリアが宙に浮かんでいる。これはテキスタイルデザイナー・須藤玲子による“あかい花かんむり”という作品で、その下には同じ素材で作られたスツールも、花びらを模して並べられていた。さらにロビーの至るところに絵画やオブジェが置かれていて、さながら美術館のような空間になっている。渡辺プロデューサーによれば、それらの作品には地元の学生やアーティストが手がけたものもあるそうで、劇場を訪れた人たちは、それらの作品の前でも足を止めていた。また劇場には多数の木材が使われており、自然な木の香りが館内に漂っていた。

朱色が印象的だった大劇場とは異なり、中劇場の基調となるのは、澄んだ秋空を思わせる薄いブルーの“み空色”。総席数807で、プロセニアム形式の中劇場は、舞台と客席の近さが非常に近く、1階後方から見ても2階席から見ても、臨場感を感じることができる。岡山生まれのノゾエ征爾が作・演出を手がける「ガラパコスパコス」、穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース「たわごと」、岡山出身の坂手洋二率いる燐光群「わが友、第五福竜丸」などはこの中劇場で披露される。

地下2階に移動して、今度は小劇場を見学。小劇場は平土間形式のブラックボックスで、想定最大収容客席数は300。オープニングラインナップの「老いと演劇」OiBokkeShi 開館特別公演「レクリエーション葬」や木ノ下歌舞伎「勧進帳」などはここで上演される予定で、作品に合わせて自由に空間を使うことができそうだ。

最後に劇場最上階の4階へ上がり、アートサロンを訪れた。屋内から芝生エリアを臨むことができるアートサロンは、稽古場としてはもちろん、イベントや公演会場としても使う予定だそうで、実際、劇場見学に来た多くのアーティストからも評判が良いのだそう。今後、どんな使われ方をする場所になるのか非常に楽しみだ。

このほか、劇場内には大小合わせて11もの練習室があり、“魅せる”“集う”“つくる”というコンセプトを実現するための設備は整いつつある。劇場を見学している人たちが、熱心に練習室を覗いている姿も見られた。

“魅せる”“集う”“つくる”に則った多彩なラインナップ

館内ツアー後、オープニングラインナップや今後の展開についても話を聞いた。2023年9月から2024年3月までのオープニングラインナップには、栗山民也演出のオペラ「メデア」をはじめ、ミュージカル、歌舞伎、現代演劇、バレエ、ダンスなど多数の演目が並んでいる。

「今のパフォーミングアートシーンで、Noism×鼓童『鬼』や穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース『たわごと』、木ノ下歌舞伎『勧進帳』など、『岡山市の人にこれは観てほしい』と思うものが並んでいると思います。特に岡山は伝統芸能をやっていらっしゃる方が多いので、伝統芸能と現代劇、アートを並列してご紹介したいという狙いがありますね」(渡辺)

「メデア」に続き9月3日に行われる北村成美と北尾亘の演出・振付・出演による「100人ダンス」は市民ダンサーを交えながら劇場近くの表町商店街内や千日前スクエアで展開。さらに創立70周年を迎えたRSKによる、岡山市民ミュージカル「慈愛と恵み 石井十次物語」が上演されるほか、中村鴈治郎らが出演する「松竹大歌舞伎」、岡山を拠点に活動する菅原直樹率いる「老いと演劇」OiBokkeShiの新作「レクリエーション葬」、岡山出身の劇作・演出家、坂手洋二率いる憐光群の新作「わが友、第五福竜丸」、高校生が創作した戯曲を柴幸男、角ひろみの潤色、菅原の演出で立ち上げる「ハイスクール演劇公演」、わかりやすい解説付きで4歳以上から観賞できる東京バレエ団 子どものためのバレエ「ドン・キホーテの夢」といった演目や市民公募プログラムなど多彩なプログラムが並ぶ。さらに劇場の未来を見据えた企画「劇場ラボ」も秋からスタートする。

「劇場ラボ」では2つのプロジェクトが始動。1つは岡山市在住の小学生を対象にした「ハレノワひろば」だ。これは小学生とアーティストが月1回、ハレノワを拠点に自由に遊ぶというもので、劇場の敷居を低くし、子供たちに劇場が“開かれた楽しい場所”であることを認識してもらうことを目的としている。初年度は東京デスロックの多田淳之介、モモンガコンプレックスの白神ももこらが担当。劇場スタッフの江原久美子さんは「エントランスの階段で遊んでもいいし、折り紙でも良いし……舞台芸術ということにこだわらず、何をするかも自分たちで考えてもらい、広い劇場空間で遊ぶ場所を自由に見つけてもらいたいと思っています」と話す。

もう1つは「にほんごでえんげき」プロジェクト。こちらは岡山在住の外国人と仲良くすることを目指し、日本人アーティストを講師に迎えた日本語での演劇ワークショップを展開する。オリジナルの寸劇を作るワークショップを重ねて、最終的にはオリジナルの演劇を創作・発表し、岡山在住の外国人が岡山で暮らしやすくなることを目指す。もともと岡山市では、地元の大学生を中心に“国際交流屋台”が催されるなど外国人を巻き込んだ取り組みがあり、ハレノワではその輪を、演劇を通じてさらに広げたいと考えている。初年度は多田が講師を担当。江原さんは「まずは多田さんと岡山のあちこちに出向き、日本語学校や外国人コミュニティにお邪魔してヒヤリングから始めたいと思っています。ヒヤリングを通じて、ワークショップに参加してくださる方と出会えれば」と語った。

既存の舞台芸術ファンはもちろん、舞台を通じて未来の観客を生み出し、舞台芸術の新たな可能性を引き出そうとしているハレノワ。次年度以降はさらに劇場の敷居を下げるようなプロジェクトやインクルーシブな取り組みを行い、舞台芸術と市民の架け橋となることを目指す。岡山市民の期待の大きさを実感しつつ、渡辺プロデューサーは「今後、ハレノワを訪れる人が増えれば、地元の商店街もより活気付いていくのでは。作品を作ることはもちろん、街に対して劇場ができることは何かを考えながら、活動していきたいと思っています」と展望を語った。

プロフィール

渡辺弘(ワタナベヒロシ)

1953年、栃木県生まれ。情報誌「シティロード」の編集などを経て1984年に銀座セゾン劇場の開業準備、1987年より制作業務を行う。1984年にBunkamura開業に携わり、シアターコクーンの運営や演劇制作を行う。2003年に長野・まつもと市民芸術館の開業準備に携わりプロデューサー兼支配人として運営、制作業務を行う。2006年に埼玉・彩の国さいたま芸術劇場業務執行理事兼事業部長に就任。現在はゼネラルアドバイザーを務める。2022年に岡山・岡山芸術創造劇場ハレノワのプロデューサーに就任。