東京バレエ団の代名詞としても知られる「ザ・カブキ」が6月に新国立劇場 オペラパレスで上演される。1986年に初演された本作では、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」を題材に、現代の青年が元禄時代にタイムスリップし、“由良之助”として主君のあだ討ちをするまでが描かれる。47名の男性バレエダンサーによる討ち入りの群舞が、観客を圧倒する力作だ。
ステージナタリーでは、昨年「ザ・カブキ」で8代目由良之助としてロールデビューを飾った東京バレエ団のプリンシパル・宮川新大と、宮川と同じバレエスクールに通った元宝塚歌劇団トップ娘役の愛希れいかの対談を実施。愛希は2021年にW主演したミュージカル「マタ・ハリ」の再演を10月に控え、宮川の由良助同様、自身にとっての大役に再び挑む。2人がそれぞれのバレエに対する思いを語り合った。
取材・文 / 伊達なつめ撮影 / 藤記美帆
ヘアメイク / [宮川新大]MYOKEN(Three PEACE)
宮川新大と愛希れいか、互いにないモノを持つ2人
──小学校でも同級生、同じバレエ教室(坪田バレエスクール)で小学生時代を過ごしたお二人は、約20年ぶりの再会だそうですね。
愛希れいか 当時の新大くん(宮川)は、確か私より背が低かったんじゃない? 私が最後に会ったときは、ちょうど成長している最中で。
宮川新大 最後に会ったのは小学5、6年生ぐらいだったっけ。当時は小さかったかも。その後(12歳から留学した)ドイツで30cm伸びた。
愛希 すごい!(笑) 私はもう本当に身体が硬くて、小さい頃は泣きながらバレエに通ってた。ストレッチのときに、昔よく前屈して、かかとをグッと持ち上げて床との隙間にカセットテープのケースを重ねていくつ入るか、っていうのをやってたじゃない?
宮川 やってたね。
愛希 あれ、すっごい大嫌いだったの!
宮川 うそ? 大好きだった!(笑)
愛希 新大くんみたいに、膝が柔軟な人はいいんだけど、私は硬くてまったくかかとが上がらないんですよ。それで先生がグッとケースを入れるんだけど全然入らなくて、苦痛で仕方なかった。でも、母に「やめる?」と聞かれても「やめない」って言ってたんですよね。だから、なんか楽しかったのかな。泣いた記憶のほうが多いんですけど。とにかく当時は学校より、バレエの記憶のほうが強烈なんですよね。
宮川 みんなで一緒にコンクールに行くためにがんばってたからね。バレエに捧げてた。
愛希 そうだよね、うちら捧げてたもんね。ずっと教室にいたもん。
宮川 (愛希は)昔から練習熱心だったしね。
愛希 まずコンクールに出る選抜者に入れるかどうかという壁があって、私なんかはそれも危うかったから。がんばってたけど、なにせ才能が……。
宮川 そんなことないよ。俺だってよく落ちてたよ。
愛希 いやいや、私なんかずっと受からずで、宝塚音楽学校を受験しようと決めて「よし、もう最後だ」と思って臨んだときにやっと入賞することができたんですよ。そのときは、先生やみんなのほうが私よりも喜んでくれたくらい、本当に全然芽が出なくて。新大くんをはじめ、当時の同級生はみんな才能があって、レベルが高かった。やっぱり悔しいけど、クラシックバレエに関しては、持って生まれたものも必要なんですよね。私がどれだけ努力しても、新大くんのようには足の甲が出ない(編集注:クラシックバレエでは足の甲が前方に美しくカーブすることが審美的評価の指標になる)。だから「新大の足の甲はいいな」とずっと思ってました。でもね、新大くんはそれだけじゃなく、才能はもちろん、なんだかんだいってもバレエが好きなんだろうなって感じてました。
宮川 辞めてないってことは、そうなのかもね。反抗期もありましたけど。僕は愛希さんみたいに「宝塚に行きたい」というような強い意志はなくて、バレエは中学に入ったら辞めようかなくらいに思ってたんです。カセットテープがたくさんかかとの下に入ることが、バレエ的にすごいということすらわかっていなかったので(笑)。そういう点では確かにツイていたのかもしれないし、ありがたいことだと思います。
愛希 私、あの緊張感をずっと保ち続けるのがどれくらい大変なことかは実感しているので、バレエをやっている人を本当に尊敬してるんです。学校生活を犠牲にするほど費やしても、自分にはできなかったことだから。ましてや主役を張るなんてひと握りだし、この年齢になってもまだ続けていられるのは、本当にすごい!
それぞれが、“自分を懸けた”役に再び挑む
──宮川さんは東京バレエ団「ザ・カブキ」の由良之助、愛希さんはミュージカル「マタ・ハリ」のタイトルロールで、今回共に同じ主役への2度目の挑戦となります。
愛希 1回目のとき、満足してた?
宮川 してないけど、「ザ・カブキ」に関しては作品で扱われている題材がすごく重いから、今までにない自分を出し切った感はある。2回目でそれ以上のものができるかどうかが、ちょっと心配だけど。
愛希 すごいね。
宮川 どの舞台でもそうだけど、初演のときにしか出ないものってあるからね。もちろん直したい部分はたくさんあるんですけど、昨年のことなのに、初演の記憶自体があんまりなくて(参照:創立60周年の東京バレエ団が、ベジャール×黛敏郎「ザ・カブキ」を東京・大阪で)。
愛希 記憶がないくらい、懸けた舞台だったんだね。それをまたすぐにやろうって思うところがすごい。私だったら、それくらい懸けた作品は「もうやらない」って思わず言っちゃうかもしれないです。もちろんすべての作品に命を懸けてるつもりですけど、やった記憶がなくなるくらいのものについては、もう少し時間を空けないととても……。だから、新大くんがこの短いスパンでやろうって決意したのはすごいことだと思う。
宮川 もちろん不安ですよ。「ザ・カブキ」はとにかく体力が一番で、1幕ラストの由良之助が1人で踊るバリエーションなんて、7分半ありますからね。僕は東京バレエ団の中では体力はあるほうだと思うんですけど、初めてでしたもん、終わってその場から一歩も動けなくなったのは。由良之助を演じるダンサーは大抵そうなんですけど、1幕が終わって暗転したあとは、その場に大の字に倒れて失神したような状態になるんです。それくらい力を出さなきゃいけない役なので。
愛希 私も「マタ・ハリ」の初演は憶えていないくらい必死でしたけど、新型コロナの影響でお稽古が止まってしまったりして、なかなか思うように準備ができなかったこともあり、とにかく悔いが残っているんです。もう一度できたら絶対やりたいなと思っていた作品だったので、わりとすんなり「やる」と決めました。今からもう一度あの役に向き合うのかと思うと、ちょっとしんどいですけど。前回この作品をやったとき、1週間で4、5kg近く落ちちゃったんですよ。それくらいハードだったんです。
宮川 僕も「ザ・カブキ」で3kg痩せた(笑)。
愛希 そう、体力もだけど、たぶん精神的なものもあって、食べているのに痩せちゃうんだよね。かなり役に吸い取られていたんだろうなと思います。
宮川 僕も体重を計ったとき「大丈夫かな」と心配になって2分ぐらいその場から動けなかったよ(笑)。
愛希 バレエダンサーはかなり体重管理しているだろうから、それでも落ちるのは相当ってことですよね。私も今回は、マタ・ハリという役に負けないのが目標。二重スパイで、三大悪女って言われたりもする人だけど、この作品の中では人間らしくて、女性として本当の愛を知るところも出てくるので、わりと共感はしやすいです。ただ、史実のマタ・ハリについて調べると、かなり壮絶な過去を持っていたりして、自分の中に実感として落とし込んで演じるにはハードルが高いんです。前回演じたのは4年前で(参照:柚希礼音&愛希れいかが女スパイの生きざま見せる「マタ・ハリ」開幕)、当時の私ではまだ若くて役の重みが出せていなかったのも後悔の1つなので、どれだけ成長しているかはわかりませんが、またチャレンジできるのはうれしいです。役の強さが先走って、自分では追いかけきれないようなことにはなりたくない。こちらが役を引っ張るぐらい、自分のものにできたらいいなと思っています。だから、今度は痩せない!(笑)
宮川 僕も、由良之助のように自分の腹を切ったことなんてないし、討ち入りの経験もないから、その心情を表現するにあたっては、相当の覚悟を持っていないと引き受けられないと思って悩みました。実際にやってみて、ほかの多くの作品と一番違うと感じたのは、男性のコール・ド・バレエを率いるということ。例えば「白鳥の湖」だったら、女性のオデットと仲間の白鳥たちがいて、王子はぽつんと1人でいるという設定ですけど、由良之助は、コール・ドである男性志士たちに背中を押してもらっているという感覚が強かった。本当は由良之助がリーダーだから、僕がみんなを引っ張っていかなきゃいけないのに。今までは後ろにいる側だったので、立場が変わって自分が先頭に立つと、こんなにも感じる空気が違うのかと思い知りました。今回は、少しでも自分が先陣を切って、背中で引っ張っていける姿を見せられたらいいなと思っています。
愛希 年齢的にも、全幕を主役で踊るのって本当に大変だと思う。尊敬します。
宮川 お互いのフィールドが舞台と舞台だと、これまでは時期が重なったりしてなかなか観に行けなかったけど、今度の「マタ・ハリ」はぜひ観に行かせていただきます。
愛希 ぜひぜひ! 私も新大くんが踊る姿を久しぶりに観るのを楽しみにしています。
プロフィール
宮川新大(ミヤガワアラタ)
1992年、福井県生まれ。6歳よりバレエを始める。2004年ユース・アメリカ・グランプリ日本予選プリコンペティティブ部門第1位。ジョン・クランコ・バレエ学校フルスカラシップ賞受賞をきっかけに12歳でジョン・クランコ・バレエ学校に留学。モスクワ音楽劇場バレエ、ロイヤル・ニュージーランド・バレエ団を経て、2015年に東京バレエ団にソリストとして入団。2018年にプリンシパルに昇格した。主なレパートリーにブルメイステル版「白鳥の湖」のジークフリート王子、「くるみ割り人形」のくるみ割り王子、「ドン・キホーテ」のバジル、「眠れる森の美女」のデジレ王子など。2021年の「中国の不思議な役人」娘役、「ドリーム・タイム」の演技が評価され、第76回文化庁芸術祭賞舞踊部門新人賞を受賞した。
Arata Miyagawa 宮川新大 (@arata_miyagawa) | Instagram
愛希れいか(マナキレイカ)
1991年、福井県生まれ。2009年に宝塚歌劇団に入団。2012年に月組トップ娘役に就任。2018年、「エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-」エリザベート役で退団。退団後はミュージカル「エリザべート」「ファントム」「フラッシュダンス」「トッツィー」「イリュージョニスト」、「泥人魚」などに出演するほか、NHK大河ドラマ「青天を衝け」「べらぼう」、テレビドラマ「潜水艦カッペリーニ号の冒険」「未恋~かくれぼっちたち~」「相棒season23」、NHKドラマ10「大奥」など映像でも活躍。6月16日にNaoto Kaiho Stage Entertainment Activities 30th Concert “ever”にゲスト出演するほか、W主演を務めるミュージカル「マタ・ハリ」が10・11月に上演される。
愛希れいかstaff (@manaki_official) | X