マンガ家・紗久楽さわが語る、シネマ歌舞伎「め組の喧嘩」|歌舞伎には“萌え”要素が満載!

十八世中村勘三郎が情熱を注ぎ、江戸の芝居小屋を復活させた平成中村座。その演目の中でも江戸歌舞伎の代表的作品と呼び声高い「め組の喧嘩」が、11月25日よりシネマ歌舞伎として全国公開される。

それを記念して、ステージナタリーでは元火消しの美青年がメインキャラとして登場する江戸BLマンガ「百と卍」の作者・紗久楽さわに話を聞いた。中村屋の魂に共鳴し、江戸文化をこよなく愛する彼女ならではの鑑賞ポイント、作品に魅了される理由とは……。インタビュアーは、木ノ下歌舞伎のメンバーで歌舞伎女子大学主宰、ライターとしても活動する関亜弓が務める。なお「め組の喧嘩」の世界観を描いた、紗久楽の描き下ろしイラストも掲載。舞台の迫力が、画からもあふれ出す。

取材・文 / 関亜弓 撮影 / 川野結李歌

紗久楽さわが描き下ろす、「め組の喧嘩」の世界

紗久楽さわが「め組の喧嘩」をもとに、本特集のために描き下ろした作品。

平成生まれ、ネット世代に衝撃を与えた歌舞伎

──紗久楽さんのイラストや作品からは、江戸や歌舞伎への愛がひしひしと伝わってくるのですが、興味を持たれたきっかけはなんだったのでしょうか。

さまざまな資料を見て執筆すると話す紗久楽さわ。

2004年に放送されていた三谷幸喜さん脚本の大河ドラマ「新選組!」が最初ですね。それで幕末とか江戸を好きになったんですが、当時勘太郎の中村勘九郎さんが新選組八番隊組長の藤堂平助役で出演されていて、握手会に行くくらいのファンになってしまって。けっこうミーハーでした。そこから歌舞伎を観始めたという感じです。そうすると今度は劇場前の鳥居派の絵看板とか番付の浮世絵を見るのが好きになっていって、江戸風俗文化への興味も増して調べ始め、次第にのめり込んでいきました。

──初めてご覧になった歌舞伎の演目は覚えていらっしゃいますか。

母に連れて行ってもらったのですが、高1の子が観ても難しくないようにと配慮して、「南総里見八犬伝」(※1)を選んでくれたんですよ。私は平成生まれということもあって、娯楽がインターネットで完結し始めた世代なので、生身で面白いものに早いうちから出会えたのが良かったですね。目の前で人がやってくれるものは、振動とか迫力が違うじゃないですか。そのときにしか出会えない一期一会の喜びを本当に全身で楽しんでいました。歌舞伎の「とにかく派手で目に綺麗」という衣裳も、女子高生には新鮮であこがれでしたね。

──紗久楽さんのイラストは着物の柄まで筆を使って繊細に描かれていますが、歌舞伎の衣裳も参考にされるのでしょうか。

そうですね。歌舞伎の衣裳をイラストで再現したくなったので、舞台でもより注目して観るようになりました。そうすると細かいところ、例えば縞の比率が変わると印象が変わることを発見したんです。歌舞伎では衣裳の柄や色で役柄を表すことが多いんですが、細い縞は繊細さとか実直さを表しているのかなと気付いて、(「百と卍」の登場人物である)醒(さむる)さんの着物は几帳面なくらい細い線にしました。

左から関亜弓、紗久楽さわ。

──すごく緻密な作業ですね!

やむなく原稿の時間がなく、アシスタントさんに縞を描いてもらうときも、「太さが違います」とか「間隔が狭すぎるんでちょっと広くしてください」とか、注文がすごく細かくなってしまいます(笑)。なので結局は自分で描くことばかりですね。そしてそれがもう快感です。

江戸文化に“萌え”や“可愛い”を見つけて現代の人に届けたい

──紗久楽さんのマンガは着物だけでなく、何気ない長屋の様子や煙管、手ぬぐいなど細部にまでこだわりを感じます。江戸時代のマンガを描こうとしたきっかけはあるんでしょうか。

「百と卍」の原画。

(マンガ家で江戸風俗研究家の)杉浦日向子さんのマンガに出会って、それが衝撃というか本当に好きで、こんなマンガが描きたいと思いましたね。そんな中、たまたまネットで公開していた、浮世絵師を題材にしたマンガが書籍化という運びになりました。大学の図書館で江戸や浮世絵の調べ物を片っ端からしながらマンガを描いていましたね。そういう学部では全然ないのに。マンガ家になってからは、杉浦さんの作品も出版されてからだいぶ時間も経っているし、同じものを描いていても江戸を平成で描く意味がないと思ったので、「これは萌える」とか「これは可愛い」という“とっかかり”を提示して、現代の人に届けやすいよう要素を増やすという方法でマンガにしている感じです。

──大学時代は芸術系の大学でありながら、美術コースではなく舞台芸術学科に在籍していたと伺いましたが。

戯曲を書いたり演出をしたりしていました。背景美術などを描かされるのが嫌だったので、絵が描けるというのは隠してましたね。

──これほどの画力がありながら!?

本当に趣味で好きに描いているという気持ちだったので、マンガ家になるまで、そんなに自分の絵を重要視したことがなかったんですよね……。絵を描くというよりお話を作る、演出をするということに興味があったみたいです。マンガも舞台も「こうしてください」と第三者に動いてもらうことなので、一緒ですよね。それが人間なのかキャラクターなのかの違いだけで。

──ある意味キャラクターに演出をしているということなんですね。紗久楽さんは大学まで関西で過ごされたとのことですが、なぜ上方の文化よりも江戸文化に惹かれたのですか。

紗久楽に贈られた「百と卍」のファンアート。

上方のお芝居のつっころばし(上方和事の役の一つで、二枚目でありながら突けば転ぶような軟弱な男のこと)の若旦那とか、ぴんとこな(やわらかな色気を持ちつつキリッとした強さを持つ男のこと)がとても好きで、めちゃくちゃ萌えてたんです。松嶋屋さん三兄弟とか大好きで。でも関西の演目だと感覚的に好きになりすぎていて、客観的に観られないというか。母と「女殺油地獄」(※2)の与兵衛とか、「曽根崎心中」(※3)の徳兵衛って可愛いよねとよく話すんですけど、東京の人に言うと「どこがいいの?」と言われて。「あれが浪花の可愛い男やん!」と言うだけでは伝わらないと言うか。まだあんまり上手く言葉にまとめられないんです。江戸文化のほうが、私自身も(読者と)一緒に、たくさん発見があって面白いんだと思います。

文中で紹介された作品ガイド1

※1「南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)」
曲亭馬琴作。「仁・義・礼・智・忠・信・孝・梯」の文字が浮かび上がる玉に引き寄せられた八犬士が、里見家再興のために力を合わせて戦う壮大な物語。立廻りやだんまりなど、歌舞伎ならではの演出も多く観られる。[↑戻る
※2「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」
油屋の放蕩息子・与兵衛は、金の無心を断られたため近所に住む親切なお内儀・お吉を衝動的に殺してしまう。油まみれになりながらの壮絶な殺人シーンには圧倒される。[↑戻る
※3「曽根崎心中(そねざきしんじゅう)」
天満屋の遊女・お初と醤油問屋の手代・徳兵衛は今生で結ばれないことをはかなんだ果てに、心中を選ぶ。元禄時代の大阪で実際に起きた事件をもとに作られ、あまりの人気に「心中ブーム」を巻き起こした作品として知られる。「女殺油地獄」も本作も近松門左衛門作による、大阪を舞台にした人形浄瑠璃から歌舞伎に移入された作品。[↑戻る
シネマ歌舞伎「め組の喧嘩」
シネマ歌舞伎「め組の喧嘩」
2017年11月25日 公開
あらすじ
2012年5月に上演された平成中村座「め組の喧嘩」を、シネマ歌舞伎として上映。町火消の「め組」鳶頭の辰五郎(十八世中村勘三郎)は、品川の盛り場で、喧嘩っ早い鳶たちと相撲力士たちの小競り合いを収める。が、武家のお抱えの力士たちより鳶は格下だと言い放たれ、怒りを胸の内に押し殺す。面子を汚された辰五郎は、兄貴分から諭されるも、密かに仕返しを決意。愛する妻と幼い子供に別れを告げ、命知らずの鳶たちを率いて、力士たちとの真剣勝負に乗り込んでいく。
配役
※出演者名は上演当時の表記
め組辰五郎:中村勘三郎
辰五郎女房お仲:中村扇雀
四ツ車大八:中村橋之助
露月町亀右衛門:中村錦之助
柴井町藤松:中村勘九郎
おもちゃの文次:中村萬太郎
島崎抱おさき:坂東新悟
ととまじりの栄次:中村虎之介
喜三郎女房おいの:中村歌女之丞
宇田川町長次郎:市川男女蔵
九竜山浪右衛門:片岡亀蔵
尾花屋女房おくら:市村萬次郎
江戸座喜太郎:坂東彦三郎
焚出し喜三郎:中村梅玉
紗久楽さわ(サクラサワ)
大阪府出身、平成生まれのマンガ家。インターネット上で自主公開していた、江戸の浮世絵師たちを描く「猫舌ごころも恋のうち」が書籍化され、幕末の歌舞伎を題材に取った「かぶき伊左」で連載デビュー。江戸風俗や時代描写に定評がある。これまでの畠中恵原作の人気シリーズ「まんまこと」のコミカライズや「江戸浮世絵師漫画・猫舌ごころも恋のうち」など。現在は江戸時代BL「百と卍」を、on BLUE(祥伝社)にて連載中。
関亜弓(セキアユミ)
俳優、ダンサー、歌舞伎ライター。 5歳よりクラシックバレエを始めたことにより、演じることに興味が湧き俳優を志す。映像を中心に活動する傍ら、学習院国劇部にて三代目市川右之助(現・斎入)に師事し歌舞伎に傾倒。実演をきっかけに研究を始め、現在は歌舞伎俳優へのインタビューやコラム執筆など、ライターとしても活動中。2013年に木ノ下歌舞伎のメンバーとなり、15年に歌舞伎俳優と現代劇俳優とのコラボレーションを試みる、架空の大学・歌舞伎女子大学を立ち上げる。