想像力があればどこへでも行ける!やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」&ほわほわ×山本卓卓「ぷ・ぱ・ぽの時間」

神奈川県が“ともに生きる ともに創る”を掲げ行う共生共創事業の一環として、3月に2つのドキュメンタリー映像が無料配信された。1つは、劇団かかし座が神奈川県立障害者支援施設・やまゆり園で行った影絵のワークショップに密着した「影絵であそぶ」、もう1つは、範宙遊泳の山本卓卓が、社会福祉法人横浜共生会地域活動支援センターほわほわの利用者との演劇創作に挑む姿に迫る「ぷ・ぱ・ぽの時間」だ。

ステージナタリーではこの2本の映像の紹介に加え、劇団かかし座の飯田周一と梅原千尋、そして山本にインタビューを実施。利用者と過ごした日々を振り返ってもらった。

文 / 櫻井美穂

共生共創事業って?

共生共創事業は、年齢や障害などに関わらず、子供から大人まですべての人が文化芸術に参加し楽しむことのできる社会を目指し、神奈川県が行っているプログラム。ロゴに記された「とことん個性、舞台ぞくぞく。」というキャッチフレーズの通り、誰しもが持つ他者と異なる点を、“個性”として“とことん”生かし、突き詰めた作品や企画を“続々”と生み出している。

共生共創事業ロゴ

共生共創事業ロゴ

その一例が、外出困難な人のための“分身”ロボット・OriHimeを用いたプロジェクトだ。本プロジェクトでは、さまざまな理由により外出が難しい俳優たちが、OriHimeのパイロットとして映像作品に出演している。「ちいさなちいさな王様」(参照:「ちいさなちいさな王様」特集)では藤野涼子、リーディング「星の王子さま」(参照:リーディング「星の王子さま」石川瑠華が語る、“分身ロボット・OriHime”との創作の日々)では石川瑠華とパイロットである俳優たちが共演。俳優たちは、自宅からOriHimeを介し、ボディいっぱいにそれぞれの役を演じ、演技表現の新たな可能性を拓いた。

また「かながわシニア創作創造プロジェクト」では、神奈川県内各地で、シニア劇団の運営やシニア向けダンス企画を展開している。ダンス企画「チャレンジ・オブ・ザ・シルバー」では、安藤洋子がシニアのためのダンス表現ワークショップをオンラインで実施。本プロジェクトで誕生した、横須賀シニア劇団「よっしゃ!!」、綾瀬シニア劇団Hale、小田原シニア劇団チリアクオールディーズも、劇場公演のほか、コロナ禍では配信公演を行うなど、精力的に活動している。

今回公開された2本のドキュメンタリー映像、やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」とほわほわ×山本卓卓「ぷ・ぱ・ぽの時間」は、共生共創事業の最新作。社会福祉施設を舞台に、利用者たちがそれぞれの個性を生かし、影絵や演劇創作に挑戦している姿が描かれる。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」

神奈川県立障害者支援施設、津久井やまゆり園と芹が谷やまゆり園では、昨年9月から今年2月にかけて影絵劇のワークショップが行われた。ワークショップを行うのは、現代影絵の専門劇団・劇団かかし座の飯田周一と梅原千尋。飯田と梅原のサポートのもと、利用者たちが手や人形を用いた影絵に恐る恐る挑戦すると、スクリーンには鳥やキツネ、ロボットや猫などが現れ、会場はワッと盛り上がる。最初は不安げだった利用者たちは、観ている利用者たちの拍手や歓声を浴びるごとに表情がきらめき、影絵に夢中になっていく。

皆さんの心の変化は想像以上!
劇団かかし座・飯田周一&梅原千尋インタビュー

──ワークショップ開始前には参加者のプロフィールを真剣な表情で読み込み、開始後は常に笑顔で、参加者の皆さんと楽しくコミュニケーションを取りながら実施されていたのが印象的でした。動画内では、芹が谷やまゆり園支援部日中支援課の内山満さんが、“本人がやれることに合わせて、やることを作っていく”劇団かかし座のやり方と、支援のあり方を重ね合わせられていましたね。お二人はそれぞれどのようなことを意識し、また工夫してワークショップを行われていましたか。

飯田周一 ワークショップを進めるにあたり、常に必要だと考えていたのは笑顔と積極性です。1回1時間という限られたワークショップの時間の中で、影絵の楽しさや面白さをどれくらい伝えられ、体験してもらえるかも重要だと思っていました。まず、若い方からご高齢の方、そして、参加者それぞれに動かしやすい体勢や動きがあるので、それぞれが無理なく挑戦できるプログラムを用意しました。説明するときに使う言葉は、なるべくわかりやすく、かつ楽しめるように。参加者の表情の変化に気付くことも重要ですので、積極性は必要ですが、かける言葉は少なく、影を形作っている参加者の真剣な表情を見ることを心がけていました。影絵は客観的に自分自身の表現をすぐに見ることができる表現ですので、そういった点になるべく早く気付いてもらえるように意識して進めました。

梅原千尋 「これができなきゃいけない」という目標は設けず、とにかく影絵を楽しんでいただくのが一番だと考えました。発語でのコミュニケーションが難しい方や、嫌なことを我慢してあとで疲れてしまう方もいらっしゃるとのことだったので、ちょっとした表情の変化を見逃さず、強制的になってしまわないよう気を付けました。その中で、その人ならではのパーソナリティと影絵がマッチするにはどうすれば良いか、考えながら取り組みました。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」より。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」より。

──参加者の方々が、回を重ねていくごとに自信を持ち、どんどん積極的になっていく姿は、視聴者が観ていて心を打たれるシーンです。

飯田 これは、影絵の持つ力も多くあると思います。私は影絵の面白さや魅力をよく知っていますから、いずれ皆さんが楽しんでくれることはわかっていたつもりです。ですが、参加してくださった皆さんの心の変化は想像以上で正直驚きました。開始時間の30分も前に会場で待ってくれたり、ずっと体験を拒んでいた方が「やってみたい」と言ってくれたときは、本当にうれしかったし、影絵の魅力がちゃんと伝わっていたのだと思って安心しました。

梅原 ワークショップ後半になるにつれ、皆さん本当によく笑ってくれるようになりました。たくさん目が合うようになったり、最初は一言もしゃべらなかった方と「納豆が好き」とか「嫌い」とかそんな雑談ができるようになったり(笑)。そういった関係を築けたことも、一緒に作るうえで大切だったと思います。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」より、梅原千尋(中央左)。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」より、梅原千尋(中央左)。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」より、飯田周一(中央)。

やまゆり園×劇団かかし座「影絵であそぶ」より、飯田周一(中央)。

──視聴者には、動画を通してどのようなメッセージを受け取ってほしいですか。

飯田 参加者の皆さんが芸術文化に触れ、体験する機会を持ったことで表れる、素敵な笑顔をぜひご覧いただけたらと思います。

梅原 言葉が交わせなくても、表情や手の動き、仕草、いろいろな方法で感情をとても豊かに表してくれます。自分の中にある先入観や決めつけを捨て、向かい合うことの大切さが伝わるとうれしいです。

プロフィール

劇団かかし座(ゲキダンカカシザ)

1952年に創立された、現代影絵の専門劇団。影絵劇の制作・上演だけでなく、影絵ビジュアルの制作・提供、映像作品の制作など、“影絵による総合パフォーマンス”を発信している。

飯田周一(イイダシュウイチ)

青森県出身。1992年に劇団かかし座に入社。「オズの魔法使い」オズ役、「劇場版宝島」ジョン・シルバー役など、多くの作品に出演。

梅原千尋(ウメハラチヒロ)

徳島県出身。2015年に劇団かかし座に入社。「Wonder Shadow Labo」に主人公のシェト役、「オズの魔法使い」にドロシー役で出演。劇団かかし座内で結成されたユニット・影絵女子のメンバーとして活動している。

ほわほわ×山本卓卓「ぷ・ぱ・ぽの時間」

神奈川県横浜市にある、社会福祉法人横浜共生会地域活動支援センターほわほわでは、障害のある人々が、自立した日常生活・社会生活を営むことができるよう支援を行っている。「ぷ・ぱ・ぽの時間」では、範宙遊泳の山本卓卓が、ほわほわの利用者と共に演劇作品を作り上げる日々に密着。山本は、演劇のワークショップで少しずつ利用者と心の距離を近づけ、今年度は利用者の個性や思いを盛り込んだ2つの台本「ほわほわのぱりぱり」「ほわほわのぽりぽり」を制作した。利用者たちが自分のセリフを、少し緊張しつつもうれしそうに読む姿からは、“演じること”の根源的な楽しさや喜びが伝わってくる。なお、ドキュメンタリーの案内人・ほわほわのペンギンさんの声は、声優のかないみかが担当している。

“許容し合う時間”を大切に
山本卓卓インタビュー

──山本さんは利用者の方々と丁寧にコミュニケーションを重ね、それぞれの個性を生かし、全員が楽しめる創作の場を作られていました。ワークショップを行ううえで意識していたことを教えてください。

1人ひとりの目を見てあいさつをすること。嫌なことはしないこと。僕自身が楽しむこと。です。

──ほわほわの皆さんが、それぞれ楽しそうにセリフを読み、作品世界に没入している姿と、山本さんが動画内でおっしゃっていた“想像力があればどこへでも行ける”という言葉が重なり、“想像力”の芸術である演劇の面白さを再発見しました。

演劇は懐の深い芸術で、あらゆる人や物を許容します。それは登場人物、俳優、スタッフ、観客、空間、その空間にある物たち、などに「そこにいて良い」と言うことです。私たちはワークショップの演劇を通じて許容し合う時間を大切にしてきました。その作業が面白くないはずがありません。社会が許容をなくすたび、演劇を作り続けようと改めて思わされました。

山本卓卓によるワークショップの様子。

山本卓卓によるワークショップの様子。

──視聴者には、動画を通してどのようなメッセージを受け取ってほしいですか。

演劇は自由で、懐が深く、身軽です。そのことに少しでも気付いていただけたらうれしく思います。

山本卓卓によるワークショップの様子。

山本卓卓によるワークショップの様子。

プロフィール

山本卓卓(ヤマモトスグル)

1987年、山梨県生まれ。劇作家・演出家。範宙遊泳代表。2007年に範宙遊泳を旗揚げ。以降、国内外で作品を発表。劇団活動の傍らでソロプロジェクトも多数手掛けている。2019年から2020年にかけてACC2018グランティアーティストとして、アメリカ・ニューヨーク留学。「幼女X」でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。「バナナの花は食べられる」で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。5月にソロ企画「キャメルと塩犬」を上演する。