言語がわからなくてもコミュニケーションはできる
──山口さん以外のキャストはオーディションで選出されました。皆さん立ち会われたそうですが、どんな印象をお持ちになりましたか?
ウォーリー 応募者の内訳はわかりませんが、ろう者にも聴者にも、神戸や関西の人にも県外の人にも応募いただいて、KAVCでやっていることが遠いところまで届いているんだなってことがわかってうれしかったですし、そうやって遠くまで届いたのも、3号くんが考えてくれた企画がとても新鮮だったからだろうなと思いました。
3号 やっぱりみんな、このような企画を求めていたんじゃないかなと実感しました。聴こえる俳優にも、手話をやってみたいと思っている人が多かったんじゃないですかね。
山口 ろう者の場合、遠くからでも応募してくれるだろうと思っていました。ただ集まるのは不安だったのですが、ろう者も聴者も、こんなに多く集まってくれたことに驚きました。
──オーディションではどんなことをしたんですか?
3号 僕の台本の一部を覚えて来てもらって、ペアでそのシーンを演じてもらいました。聴こえる俳優と聴こえない俳優をランダムでペアにしたんですけど、聴こえる俳優は手話がわからないし、聴こえない俳優は相手の発語がわからない。でもセリフは覚えているので、言葉がわからなくてもコミュニケーションはできるはずだと。彼らがどうやって会話するのか、伝え合おうとしているか、という姿勢を見ていました。
山口 私は、ろう者と聴者の表現方法が全然違うんだなって思いました。動きの方法も違いますし、ろう者は視覚で言語を捉えるので、すごく周りを見ているなと。
ウォーリー 僕はオーディションを見てはいましたが、最終的なジャッジは3号くんに任せていたので、3号くんのような目線では見ていませんでした。ただ僕も演出をやっているからわかるんですが、3号くんはオーディションをしながらちょっと本番を作っているというか、3号くん自身が「これならいけるかも」ってオーディション中に感じている様子を見てほっとしましたね(笑)。実際、「手話裁判劇って、こういうことなのか」と、オーディションで作品の片鱗がだいぶ見えて、面白かったです。
──聴こえる、聴こえないだけでなく、選出されたメンバーにはさまざまなバックボーンを持つ人がそろいました。
3号 今回が初舞台の人もいますし、ベテランの人もいます。さまざまな人に集まってもらいました。お互いが足りないものを補い合えるメンバーにする、ということも意識していたのですが、実際に今、稽古場でもすごく積極的に、僕が気付かないところをお互いにサポートしながら稽古している様子を見て、このメンバーで良かったなと感じています。
──そのメンバーの中で、山口さんはどんな存在になっていますか?
3号 山口には最初から「みんなを引っ張っていってほしい」と話していて。手話に関しては僕もある程度はしゃべれますが、ネイティブの山口に任せるしかない部分もありますし、山口には今後も舞台に立ってほしいので、彼女にとってもステップアップの機会だと思っています。そうなれば今度また一緒にやるときに僕も楽になるので(笑)、がんばってほしいです。
山口 みんなを引っ張ってほしいということは3号さんから言われていましたし、もともとリーダー気質があると言われたことがあり、その意識で臨んだのですが、稽古に入るとみんなで一緒に作っていく感じでバタバタとやっていますね(笑)。でもこれから1人ひとりと、改めて向き合っていきたいと思います。
ウォーリー この間少しだけ稽古場を見学させてもらったんですが、当たり前なんですけど静かなんです。あるシーンをどう表現するか、自分たちでああしようこうしようと手話でコミュニケーションを取っている感じは独特で、新鮮でした。
──ウォーリーさんは昨年のパラリンピックで開会式の演出を手がけられました。インクルーシブな作品を演出するうえで、お二人が心がけていることがあれば教えてください。
ウォーリー 今回、オーディションや稽古場の様子を観て僕が思い出していたのは、かつて海外の人たちと共同制作したことです。言語が通じないとか、文化的文脈がわからない人たちと、初めましての状態から同じ現場を経験したことは、振り返ってみると自分にとってすごく大きな経験だったなって。わかり合えるかどうかわからない人たちとトライすることは、演出家にとっても役者にとっても大変なことなんだけど、あのとき海外のチームと一緒に創作した経験が今の自分を作っていると思うことがたくさんあります。きっと今回も、座組の人たちそれぞれが、「テロ」が終わったときに大きな経験だったと振り返ることができるんじゃないかと思います。
3号 初めて手話を取り入れた作品を作ったときに、実は苦い経験もしたんです。そのときはすごく落ち込みましたが、でもある意味、“間違い”をしないとわからなかったこともあり、そこからは同じことを繰り返さないようにずっと手話の勉強を続けています。“だから今はろう文化を正しく理解している”とは言いませんが、少なくとも1年前より理解は深まっていますし、変な意味での遠慮も感じていないです。「その人の立場に立って考える」ということについて、常に、意識しています。
手話翻訳には、その人が育った環境や個性が現れる
──5月からクリエーションが始まりましたが、どのように稽古が進んでいますか?
3号 いわゆる演劇の稽古と同じく、本読みから始めました。ただ今回は手話演劇なので、日本語で書かれた台本をまずは手話に翻訳しないといけないんです。その翻訳作業はセリフを言う本人に任せています。ろう俳優たちはだいぶ前に渡された台本を、まずは1回、自分で手話に翻訳して、それから本読みに臨んでいます。
──台本の翻訳……という点についてもう少し教えてください。
3号 例えば英語の本を日本語訳するときにも翻訳者の考えや意図が入りますよね。その翻訳者の仕事を、ろう俳優が担うということです。だから人によってセリフの解釈や手話表現が少しずつ異なります。
──なるほど、単に単語を手話に置き換えるということではないんですね。
3号 全然違います。手話表現って、その人が育ってきた環境とか手話を覚えてきた環境によっても表現が変わってくるので、手話翻訳はその人独自のものになるんです。ただ、お客さんにどう伝わるかはやっぱり精査しないといけないところもあるので、そこは手話通訳の久保沢(香菜)さんを含めて、その表現が本当に伝わるかわかりやすいかどうかを確認し合っています。
山口 日本語と手話は、そもそも文法が違うんですよね。だから私は、まず日本語を読んでイメージを作ってから手話を作っています。
──そこに役のキャラクターも乗せていくのですか?
山口 翻訳のときは役作りまでは考えていなくて、とにかくまずは日本語の意味を掴んで手話を作ります。役を乗せていくのはその後です。
──本作の手話翻訳協力や稽古での通訳もしている久保沢さんは、どうやって“伝わる / 伝わらない”のジャッジをしていくんですか?
久保沢香菜 例えば原作の中のあるシーンで、裁判長が弁護士に「ちゃんとローブ(法衣)を羽織ってください」と言うと、それに対して弁護士が「失敬」って言いながら羽織る、というところがあるんですね。「失敬」という言葉は「失礼」という意味ですが、「失礼」をそのまま手話にすると「あなたが失礼(非常識)」という意味になる。でもこのセリフで言っている意味は「(軽い)謝罪」の意味の「失礼」なので、手話的には「ごめんなさい」とか「すみません」という手話になるんです。日本語と手話は別の言語なので、日本語の言葉をそのまま手話に変えても通じるかというとそうはいかない部分が多い。意味を取って表現を吟味していかないと、ろう者から見て意味がわからない手話になることもあるので。ろう役者同士でもお互いを見合って、本当に意味が通じるかどうかを考えながら表現を模索しているという感じです。
3号 手話に関しての伝わる / 伝わらないは、どうしても僕にはわからないところもあります。その部分は俳優さんたちを信じて、みんなが自然だと考える、伝わりやすい手話にしてもらっていますね。そのおかげで演出家と俳優の立場が限りなくフラットになっていると思うので、僕はすごく良いなと思っています。
──山口さんのお仕事が、とても多そうですね。
3号 それはまあ、仕方ないです!
山口 (笑)。私は舞台に立つ経験もまだ少ないですし、今回はさらにいろいろな役割を兼ねているので、良い経験をさせてもらっていると思います。
──俳優さんとして、演じられる裁判長役についてはどんな印象を持っていらっしゃいますか?
山口 難しいなと思っています。自分の感情を表現できる立場の役ではないですし、本当はこう言いたい、やりたいということがあってもできないので、厳正中立の立場でいる表現の難しさがあります。同時にそこが面白さでもあるのですが。
すべての人に通じる演劇を、神戸から
──手話裁判劇ということで、観客としては「手話がわからなくても大丈夫かな」と気になりますが、現段階ではどんな演出を考えていらっしゃいますか。
3号 手話通訳付きの公演が最近増えてきましたが、たいてい、手話通訳の方が舞台の端っこに立っていて。手話が必要なお客さんは舞台の端っこに立っている通訳さんと舞台の中央をキョロキョロ目で追わないといけないことが多いと思うんです。それでもあったほうが良いとは思いますが、今回僕はそこをもう少し考えたいと思っていて。かつ、聴こえないからといって手話がわかるというわけでもなくて……というのも、手話教育がしっかりと始まったのはここ数十年なので、聴こえない人が手話を使わずに生活してきたという現状もあるわけです。なので今僕が考えている演出は、まずすべてのセリフに日本語字幕を付けます。さらに日本語吹替を付けます。日本語吹替というのは、映画でなされているそれと同じです。例えば山口が手話で話しているときにほかの俳優が日本語でそれを発話する、という見え方になります。これによって目線の移動もなくなるし、聴こえない人には手話か字幕があり、手話がわからない人には字幕か吹替があり、おそらく多くの人が舞台の内容をわかるようになるんじゃないかと。それを大前提に、演出を詰めていこうと思っています。ただ山口が言った通り、日本語と日本手話の文法は異なります。だからどうしてもセリフの長さにずれが起きて、それを調整するのが大変です……というか、とにかく大変なことがいっぱいです!(笑)
──山口さん、ウォーリーさんが感じる、作品のアピールポイントはどんなところですか?
山口 私はこれまで、聴こえる人がやっている舞台も、聴こえない人がやっている舞台も観たこともありますが、今回のような一般的な舞台で、聴こえる人と聴こえない人が一緒に演じている舞台を観たことがなくて。この新しい舞台を、ぜひ観に来てほしいです。本当に、今までにない新しい形だと思います。
ウォーリー 3号くんの作品は昔から観ていて、どう変化してきたかも観て来ましたが、変わらないのは戯曲という素材と、役者さんと一緒にいる稽古場、そして彼が確固として持っている「演劇とはこういうものだ」という思いの三つ巴がしっかりあること。どれか1つに特化したり、何かが欠けたりすることがない人なんですね。今回も「テロ」という作品で、ろう者と手話演劇を作るというところに、ご自身が今演出家として一番やりたいことが重なった舞台になると思うので、それはそれは見事な作品になるだろうと! インクルーシブなものに興味がある人にも来てほしいですが、こういう新しい演劇が生まれる場所としてKAVCを気にしていただけたらうれしいですし、この先、ここからいろいろな未来が生まれていくと思うので、ぜひ神戸まで足を運んでいただけたらうれしいです。
──クリエーション期間が5カ月間と、舞台作品としては異例の長さで立ち上げられる本作。でも、とても充実して稽古が進んでいるようですね。
3号 そうですね。5カ月あっても足りないくらいやることがいっぱいあります!(笑) でも新しいもの、誰も観たことがないものを作ろうとしたら、大変なことを乗り越えなければできないんじゃないかなと。「ちょっと無理」が「だいぶ無理」になっていることもわかっていますが(笑)、裁判劇を手話でやるって、それだけでも僕は観たい。それを実現したいから、みんな頼むよ!という気持ちでがんばります。
プロフィール
ウォーリー木下(ウォーリーキノシタ)
1971年、東京都生まれ。1993年に劇団☆世界一団を結成し、現在はsunday(劇団☆世界一団を改称)の代表を務める。2002年にはノンバーバルパフォーマンス集団・THE ORIGINAL TEMPOを設立。近年の演出作品に演劇「ハイキュー!!」、舞台「スケリグ」「『バクマン。』THE STAGE」「SHOW BOY」、音楽劇「プラネタリウムのふたご」など。また「神戸ショートプレイフェスティバル」「PLAY PARK-日本短編舞台フェス-」「多摩1キロフェス」「ストレンジシード」など多数のフェスティバルディレクターを務めた。2018年に兵庫・神戸アートビレッジセンター舞台芸術プログラムディレクターに就任。2021年には「東京2020パラリンピック」開会式の演出を手がけた。
ウォーリー木下 | 【公式】株式会社キューブ オフィシャルサイト
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ピンク地底人3号(ピンクチテイジンサンゴウ)
京都府生まれ。2006年にピンク地底人の活動をスタートし、すべての作・演出を担当。2015年にももちの世界を結成。「わたしのヒーロー」が第6回せんだい短編戯曲賞大賞、「鎖骨に天使が眠っている」が第24回劇作家協会新人戯曲賞、「カンザキ」が第27回OMS戯曲賞佳作を受賞したほか、「華指1832」が第66回岸田國士戯曲賞最終候補作品となった。
ピンク地底人3号(ももちの世界) (@pinkchiteijin3) | Twitter
山口文子(ヤマグチフミコ)
大阪府出身。奈良県立ろう学校卒業。両親がろう者で母語が日本手話。33歳で演劇活動を始める。主な出演作に映画「明日のきみへ」、南船北馬「さらば、わがまち」、ももちの世界「華指 1832」。