ウォーリー木下が舞台芸術プログラムディレクターを務める神戸アートビレッジセンター(KAVC)から、新たな演劇が誕生する。人間の倫理観に迫るフェルディナント・フォン・シーラッハの裁判劇「テロ」に、聴こえない俳優と聴こえる俳優が共に挑む“手話裁判劇”だ。演出を手がけるのは、揺るぎない目線で作品を立ち上げ、常に新しい表現を模索し続ける劇作・演出家のピンク地底人3号。彼が信頼を寄せるろう俳優・山口文子が、作品の肝となる裁判長役を演じる。ステージナタリーでは、本作の鍵を握る3人の座談会を実施。作品の立ち上げから稽古の様子、今後の展望まで、それぞれの思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲手話通訳 / 久保沢香菜撮影 / 河西沙織
KAVCと関西圏のアーティストの、新たなつながりを目指して
──ウォーリーさんは2018年にKAVCの舞台芸術プログラムディレクターに就任された際、関西圏のアーティストと出会うこと、育成することを目標として掲げていました。それから4年経ち、関西圏のアーティストにどんな発見がありましたか?
ウォーリー木下 僕は大学時代に演劇活動を始めましたが、KAVCの舞台芸術プログラムディレクターとして関わらせていただくことになり、ある意味“よそもの”として、関西のアーティストには今どんな人がいるのか知りたいと思って、いろいろな人の話を聞いたり、「KAVCアートジャック2018」という企画を打ち立てて、KAVC全館を使ったアートフェスティバルを関西圏のアーティストに実施してもらったりということをやってきました。そうして関西のアーティストと関わるうちに感じたのは、いわゆる“関西小劇場”と言われるようなムーブメントは、僕らの1つ上くらいで終わっていて、それ以降のアーティストはそれぞれの場所でそれぞれのやり方、それぞれの集団性で作品を作っているということ。だからあまり縦や横のつながりがなく、ある意味、劇団の活動が終わってしまえばなかったことになってしまうような状況にあると感じました。そこで僕は、KAVCをアーティストたちが横のつながりを作ったり、それぞれの創作の向き合い方を意識できるような場にしたいと思って、2019年以来関西の若手の人たちに声をかけて、毎年「KAVC FLAG COMPANY」という上演シリーズをやってきました。ただ最初の1・2年は本当にいろいろと刺激し合えて面白いものを作ることができたんですが、3・4年目はコロナの影響で上演自体が難しくなり、横のつながりを作るような“交流”の機会も減ってしまって、なかなか思うようにいってはいなかった、というのが現状です。
──ピンク地底人3号(以下、3号)さんは、「KAVC FLAG COMPANY 2019-2020」にももちの世界「ハルカのすべて」で参加しています。
ピンク地底人3号 はい。でも今のウォーリーさんのお話の通り、「ハルカのすべて」の公演が終わった頃にコロナが始まってしまったので、あまりそこから横への広がりということは実感できませんでしたね。ただ(「KAVC FLAG COMPANY」として)ラインナップされたことで、ほかの団体さんのことも気になって、僕はたぶん、「KAVC FLAG COMPANY 2019-2020」の全部の団体を観たと思うんですが、劇場の使い方の違いなど、刺激を受けた部分があります。
山口文子と手話裁判劇を
──今回のKAVCプロデュース公演 手話裁判劇「テロ」は、ウォーリーさんの舞台芸術プログラムディレクター就任から4年間の展開を踏まえた、“創る劇場・KAVC”としてのチャレンジ公演となります。その演出を3号さんに託そうと思われたのは?
ウォーリー もともとKAVCの大谷燠館長より、「『KAVC FLAG COMPANY』の活動を3・4年やったら、劇場で作品を“創る”ことがやりたい」と、ある種のミッションとして言われていました。なので、「KAVC FLAG COMPANY」をやりながら、今後どのように“創る”か決めていこうとは思っていたのですが、そこにコロナの問題が起き、「KAVC FLAG COMPANY」をこれまでのように継続していくことが現実的ではなくなってしまって……。それでプロデュース公演をやろうと思い、であればぜひ「KAVC FLAG COMPANY」の参加アーティストが良いということで、3号くんにお願いすることになりました。ももちの世界「ハルカのすべて」は、“都市の「音」を舞台上に載せる”ことをコンセプトにした作品で、3号くんはKAVCがある新開地に自主的に滞在し、リサーチを重ねて作品を作ってくれました。そんなふうに積極的にKAVCでの創作に取り組んでくれたことがありがたかったし、そうして作られた作品は、少なからず場所や観た人に影響を及ぼすと思うんですよね。ということと、彼自身が演出家としていろいろな意味で優れているという点で、今回演出をお願いすることになりました。
3号 「KAVC FLAG COMPANY」に参加していたときから感じていたのですが、こういう活動は継続する必要があると思っていて。だから「ハルカのすべて」ではキャストオーディションもやりましたし、リサーチもやって、僕の中では1回で終わらせるつもりはなかった。周囲の人たちにも「ちゃんと次、ありますよね?」と暗にアピールしていたと思います(笑)。だから今回、こういった形でまたKAVCでやらせていただけることがうれしいです。
──ウォーリーさんからは、何か作品についてのオーダーはありましたか?
3号 基本的には「自由にやってください」と言われましたが、大きく言うと2つ、ありました。1つは地域性があるもの、もう1つはインクルーシブなもの。それでどんな作品が良いか考えていたときに、2021年に手話演劇(「華指1832」)を上演した経験があったので、手話演劇を地元の人も巻き込んだオーディションでやりたいと思いました。
ウォーリー 僕は「テロ」を読んだことがなかったので、初めて読ませてもらい、正直これをどう手話演劇としてやるのか、まったくわからなかったです(笑)。でも、戯曲として興味深いし、普遍性がある作品だなと思ったのと、何が起こるかわからない感じも含めて、ワクワクしました。
──法廷劇でセリフ量も多く、確かにハードルが高いと思いますが、3号さんはどのあたりにピンと来たのでしょうか?
3号 正直言うと、今ちょっと後悔しています(笑)。いつもそうなんですけど基本的には直感で決めるので、最初に“山口文子が法廷で手話しているイメージ”が湧いたんですね。実際、今の日本には女性でろう者の裁判長はいないそうなんですけど、それを演劇でやれたらすごいなと思いました。また戯曲を読むと、とにかく状況の説明が続く戯曲なので、身体性が足りないんです。その身体性のなさを、手話となら乗り越えられるんじゃないかと考えました。
──山口さんが本作のミューズなんですね。山口さんと3号さんは「華指1832」で初めて作品でご一緒されていますが、それ以前のつながりは?
3号 コロナが始まった頃、誰もが映像演劇に取り組み始めましたが、僕も同じくその可能性を探っていました。でも映像になるとやっぱり声が平板になるから、どの作品を観てもあまり面白いとは感じなくて。そこをどうしたら良いんだろうと考えているときに、「手話は見える言語だから、可能性があるのではないか」と思ったんです。それで手話を学び始めて、ろう文化の人たちと出会い、2020年に手話を取り入れた映像演劇を作りました。その作品を偶然、山口文子が観てくれて、Twitterで感想を書いてくれたんです。その後、劇場で手話演劇を上演しようとろう俳優を募集したら、山口が応募してきてくれて、そこから親交が始まり、今に至ると言う感じです。
──山口さんがそもそも演劇に興味を持ったのは?
山口文子 私はマンガが好きで、ある作品が舞台化されると知って観に行ったのが、舞台を観始めたきっかけです。
──何の作品だったんですか?
3号 (山口の手話を見て)「忍たま乱太郎」!
一同 (笑)。
山口 以来、声のない演劇や手話演劇を何作も観ていますが、実は聴こえる人の声の演劇にはあまり興味がなかったんです。映像作品にしても、聴こえる人が出演していて、手話だけ字幕がついているものが多いですよね。でも3号さんの映像演劇を観たとき、聴こえる人が作った作品だと思えなかったので驚いたのを覚えています。
──今回「テロ」に出演しないか、と言われてどう感じましたか?
山口 声をかけていただいてすぐにどんな作品かを調べたらすごく難しくて。これまでそれほど演技の経験もないので、役柄的にも難しそうと思ったんですが、同時にろう者が裁判長役をやることは今までなかったと思い、「私にできるものならぜひやりたいです」とお返事しました。
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言語がわからなくてもコミュニケーションはできる