尾上菊之助・中村梅枝・中村米吉が織りなす切ない三角関係、中村歌六と中村芝翫の腹の探り合い…初代国立劇場での歌舞伎公演ファイナル「『妹背山婦女庭訓』<第二部>」公演レポート

建て替えのための閉場が目前に迫った国立劇場。そのファイナルとして、同劇場では、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討ち滅した、大化の改新がモチーフの義太夫狂言の名作「妹背山婦女庭訓」が2カ月にわたり上演されている。9月の第一部では、入鹿の暴虐により、命を落とすうら若きカップルと、葛藤するその親の姿が描かれた(参照:国立劇場「妹背山婦女庭訓」通し上演の前半、中村時蔵&尾上松緑が“親の情”演じる)。

それに続き、10月は「妹背山女庭訓」第二部を上演。ここでは、その初日公演の様子をレポートする。初代国立劇場での歌舞伎観劇も、これが見納め。美男美女の恋の鞘当てから、乙女の切ない運命、華々しい大団円まで、見どころたっぷりの第二部を目に焼き付けよう。

取材・文 / 川添史子

“演劇史の1ページ”を目撃せよ!

建て替えのために10月末に閉場する初代国立劇場で、最後の歌舞伎公演が10月4日に始まった。伝統芸能の殿堂として57年の歴史が積み重なった重厚な空間とも、これで“さらば”と思うと実にお名残惜しい。というわけで、2カ月で「妹背山婦女庭訓」を通し上演する特別企画もいよいよファイナル。天下を狙う大悪人、蘇我入鹿の野望を阻止せんと立ち上がった、個性あふれる登場人物たちが織りなす壮大なスペクタクル、巧みに編み込まれたファンタジー、胸を締め付けるロマンティックな恋物語……掉尾を飾る義太夫狂言の名作、気迫みなぎる役者たち、演劇史の1ページをしかと目撃すべし!

劇的なオープニングは恋のバトル「道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)」

造り酒屋杉酒屋の娘お三輪は、隣家に越してきた求女に恋し、やがて2人は深い仲に。しかし求女は、密かに高貴な姫君と逢瀬を重ねていて……。尾上菊之助のお三輪は、萌黄縮緬の振袖姿で登場した瞬間から溌剌とした生命力にあふれ、躍動する初々しさ愛らしさ。色白&細面の美青年、中村梅枝による求女は2人の美女に思われるミステリアスな雰囲気と意志ある眼差しが印象的だ。金糸銀糸の刺繍が施された着物をまとった中村米吉による橘姫は、美とかれんの合わせ技。時間は深夜、紅葉とススキが風に揺れる秋の風景の中に恋の火花が散り、見目麗しい三角関係の若者たちが、“鞘当て”を繰り広げる冒頭からうっとりだ。

求女は、急いで帰ろうとする橘姫の振り袖に赤い苧環(糸繰りに使う道具)の糸を縫いつけて追いかける。お三輪も「逃してなるものか」と、求女に白い糸をつけて追う。苧環の糸を頼りに暗い山道を走り去る3人。花道のお三輪、糸が切れたことに気づいて苧環をピシっと叩いて前を見据え、求女を一途に追う姿の情熱的なこと! 〽︎くる、くる、くる、廻るや三つの小車の……軽快な竹本の演奏に誘われ、それぞれの思いがもつれあい、運命が回り始める劇的なオープニングからぐいぐいと観客を惹きつける。

怪しさ満点の“クセ強”の人物が続々と登場、そして菊之助演じるお三輪の切ない一幕も…

三笠山の入鹿の御殿では酒宴の真っ最中。そこへ乗り込んできた藤原鎌足の部下である鱶七(実は金輪五郎)が、漁師のふりをして入鹿に対面する。中村歌六演じる入鹿の、妖気漂う不気味さ大きさ、中村芝翫による鱶七の大らかさ豪快さ荒々しさ、善悪2人の対比、腹の探り合いはワクワクする場面。坂東彦三郎演じる宮越玄藩(赤っ面)、中村萬太郎演じる荒巻弥藤次(白塗り)は、共に入鹿警護の役人。この緊張感ある場面を力強く若々しく、しっかりと支えていた。

橘姫を御殿まで追ってきた求女は彼女が入鹿の妹と知り、「入鹿が奪った宝剣を取り戻せば夫婦になろう」と約束。求女は実は鎌足の息子藤原淡海で、入鹿討伐を目指していたのだ。一方、心細い様子で御殿に迷い込んできたお三輪。ひょっこり出てきた女中、豆腐買おむら(中村時蔵の軽妙洒脱な演技にご注目)から、求女と橘姫が祝言を挙げたと聞く。さらにこの純朴な少女は、意地の悪ーい官女たち(通称いじめの官女)にからかわれ、いじめ抜かれ、無理やり馬子唄を歌わされて散々な目に。しょんぼりとした姿には、思わず手を差し伸べたくなる。いじめの官女は基本立役専門の役者が演じるので、見た目もちょっぴりゴツくてユーモラス。筆者が観た初日は、楓の局を演じる中村吉兵衛が聴かせたイイ喉に、客席から拍手が起きていた。

求女と橘姫の祝言を祝う声が耳に入り、嫉妬が最高潮に達して「あれを聞いては」と片肌を脱ぎ、髪を乱し、キッと奥を見て嫉妬に狂う一瞬のものすごさ。女の身体から火が上がるようでゾクッとした。そのまま奥へ踏み込もうとしたそのとき! 金輪五郎が現れてお三輪を刀剣で刺す。金輪五郎は「激しい嫉妬の形相となった、生血のパワーが入鹿誅伐に必要である」と伝え、求女の素性を明かす。お三輪は苦しい息の中「愛しい男の役に立つのであればうれしい……でも、もう一度お顔が拝みたい」……と死んでいく。嫉妬の表情が消え、みるみる純朴な顔に戻って死んでゆく様、恋が叶わなかった娘の最期は哀れで涙を誘う。この幕を眺める観客の気持ちはジェットコースターさながら。なんだか摩訶不思議、“怪異の館”のような御殿は、怪しさ満点の“クセ強”の人物が続々と登場する実に楽しい場面でもある。

国立劇場の歌舞伎俳優研修所出身の役者たちが、頼もしく活躍する様もうれしく眺めた。

2カ月にわたって繰り広げられた壮大な物語、めでたく幕!

橘姫の活躍で宝剣を取り戻すも、姫は入鹿の刃に掛かる。しかし入鹿は、総大将である藤原鎌足(尾上菊五郎休演による配役変更により、時蔵)、颯爽と現れた大判事清澄(河原崎権十郎)、采女の局(菊之助)をはじめ正義派の人々の活躍によって討伐される。華々しい大団円は、初代国立劇場公演を締めくくるムード満載。“さよなら特別公演”にふさわしい豪華な顔ぶれが勢ぞろいし、先月の第一部から続く壮大な物語はめでたく幕となった。

初代国立劇場最後の歌舞伎公演は今月10月26日まで。新しい国立劇場は2029年の秋以降にお目見えの見込みだ。演劇ファンなら初代国立劇場にきちんと別れを告げ、新開場の際には「ファイナルも観たよ」と鼻高々に自慢したいところである。

プロフィール

川添史子(カワゾエフミコ)

編集者、ライター。演劇雑誌「シアターガイド」を経て、現在フリー。演劇パンフレットや冊子、雑誌での取材・執筆を多く手がける。