田中未知子と奥澤秀人が語る、サーカス・シルクール「ニッティング・ピース」の魅力と現代サーカスのこれから

スウェーデンの現代サーカスカンパニー、サーカス・シルクールが、11月から12月にかけて5都市ツアーを行う。サーカス・シルクールは北欧を代表する現代サーカスカンパニーで、来日公演は4度目。2018年には「LIMITS/リミッツ」を世田谷パブリックシアターで披露している。今回上演される「ニッティング・ピース」は、「平和を“編む”ことは可能だろうか?」をコンセプトにした作品で、毛糸で覆われた舞台空間の中、エアリアルやシルホイール、玉乗り、綱渡りといったサーカスパフォーマンスが、バイオリンやキーボードなどの生演奏に乗せて繰り広げられる。

日本ではまだあまりなじみのない“現代サーカス”だが、日本にもさまざまな形で現代サーカスに携わっている人たちがいる。ここでは、香川県を拠点に活動を行っている瀬戸内サーカスファクトリーの代表理事で現代サーカスのディレクター・田中未知子と、14年にわたってシルク・ドゥ・ソレイユの舞台で活躍し、現在は日本を拠点にパフォーマンス活動と現代サーカスの発展に寄与している奥澤秀人の対談を実施。司会進行を、本公演のプロデューサーである世田谷パブリックシアター・酒井淳美が務め、サーカス・シルクールの魅力、「ニッティング・ピース」が人気なワケ、そして現代サーカスの現状や今後の展望について語った。

文 / 熊井玲

「サーカス・シルクールとは?」

サーカス・シルクールは、ティルダ・ビョルフォシュと仲間たちによって1995年にスウェーデンのストックホルムで創設された、北欧を代表する現代サーカスカンパニー。“サーカス(cirque)”と“心臓(coeur)”を組み合わせた造語“シルクール”を掲げる同カンパニーでは、現代を生きる私たちにとってビビッドなテーマを軸に、ハイレベルなサーカスパフォーマンスと洗練された舞台美術・衣裳で、豊かに作品を立ち上げている。なお今回上演される「ニッティング・ピース」は、ドキュメンタリー映画「YARN 人生を彩る糸」の中でも取り上げられた。

現代サーカスはどんなことも表現できる

──本特集では、日本で活動する現代サーカスの最先端をいく、ある意味“両極”のお二人にお話いただきます。現代サーカスとは、1970年代にフランスで生まれた新しい形のサーカス(ヌーヴォー・シルク)で、演劇やダンスなどさまざまな要素を取り入れた総合芸術です。50年で“新しいサーカス”から“同時代性のサーカス”と進化する中で、特に大きな動きがフランスを中心としたヨーロッパと、カナダ・ケベック州を中心した北米に見られ、両者は異なるスタイルで別の発展を遂げました。瀬戸内サーカスファクトリーの代表理事で現代サーカスディレクターの田中未知子さんはフランス、14年間シルク・ドゥ・ソレイユのステージに立ち、現在は日本を拠点に活動するサーカスアーティストの奥澤秀人さんはカナダが原点にありますので、見えてくるものがお二人、違うのではないかなと思うのですが、まずはお二人が感じている現代サーカスのイメージ、お二人にとって現代サーカスがどんなものかを伺えますか?

田中未知子 私は2004年に初めてフランスの現代サーカスに出会いました。当時は新聞社事業局の社員で、日仏共同創作サーカス公演の運営に携わったのですが、とにかくサーカスの人のあり方、生き方というものに衝撃を受けました。典型的な企業のサラリーマンだった私からすると、サーカスの人ってなんて自由なんだろう、と(笑)。組織にがんじがらめになっている自分とは真逆の存在に見えて、それがすごく眩しかったんですね。サーカスの人は身体1本で生きているということが基本にあって、もちろんさまざまなリスクを負っているわけですが、自分の身体1本で人生を組み立てているところがすごい。サーカスの人のように1本の身体で生きたい、現代サーカスの専門家になりたいという思いで、4年後、会社を辞めてしまいました(笑)。出会いの翌年、2005年にはカアン・カアという現代サーカス団体を札幌で行われた「札幌芸術の森」に招聘しました。彼らの作品の中のセリフで、日本語に翻訳すると「何よりも重要なことは、自分を解放することだ」という一節があるんですけど、当時の私は全然ピンとこなくて。でも今となっては本当にその通りだなと思うし、それがけっこうサーカスの精神を表しているんじゃないかなと思います。つまり固定観念とか自分や社会が持っているものを全部無しにしても、自分で考えて新しいものを作り出す、自分を解放して自分の力で生きるということだ、と私は理解しているんですが、現代サーカスから私はそういったことを学びました。

奥澤秀人 僕はずっと体操競技をやってきて、現代サーカスに触れるきっかけは先輩と一緒に観に行ったシルク・ドゥ・ソレイユ「キダム」でした。「こんなにすごいものがあるんだ!」と思ったのが第一印象で、ショーの中でやられる技は、僕らも普段体操でやっているものだったりするんですけど、まず器具が違うし、例えば体操の鉄棒って補助者がいてジャンプして飛びつくというものが多いですが、シルクでは10メートルぐらいの高さで、空中に浮いている鉄棒を使ったりする(笑)。それと鉄棒は基本的に一人でやるもので、鉄棒から手を離してまた鉄棒に戻ってくることが前提ですが、サーカスの場合は鉄棒を離して下のブランコのキャッチャーを掴むというようなことをやるんです。だから「あ、この技知ってる!」とは思うんですけど、僕がまったく観たことも考えたこともないようなことが繰り広げられていました。でも観終わったときに心に残るのは技だけじゃない部分で、まさに総合芸術というか、演者がいて、光を当ててくれる照明さんがいて、音を鳴らすミュージシャンがいて、演出があって、衣裳があって、メイクがあって……サーカスって一言では言い表せない総合エンタテインメントだなと感じました。その後、2005年の「アレグリア2」も観に行ったところ、同じシルクなのに全然趣向が異なる作品であることにまた感激して、そうしたら先輩がオーディションのお知らせを見つけてくれたので、受けたところ合格し、そこからパフォーマー人生を歩むことになりました。

なので、僕のバックグラウンドは体操なんですけど、実はシルク・ドゥ・ソレイユという会社にはもともとアスリートからパフォーマーになるというプログラムがあり、アスリートをパフォーマーとして育ててくれる会社なんです。僕もシルク・ドゥ・ソレイユから現代サーカスを学んで、その後世界各地をツアーする中で、フランス発祥の現代サーカスのショーも大小さまざま観ましたし、フランス以外のヨーロッパ圏の現代サーカスも知って、改めて「現代サーカスはどんなことも表現できるんだな」という印象です。

シルホイールのパフォーマンスを行う奥澤秀人。

シルホイールのパフォーマンスを行う奥澤秀人。

──奥澤さんはアスリートとパフォーマンス、両方の世界を経験されていますが、どんなところに違いを感じますか?

奥澤 技術的な面で言ったら同じような技をやってるんですけど、体操競技とパフォーマンスでは目的が違うんですよね。体操競技では競技だからルールがあるし、ルールに則ってやっぱり勝たなきゃいけない。だから高得点を取るために演技構成を組むというところがベースにあるわけです。でもサーカスパフォーマンスの場合は戦わなくてもいいし、勝たなくてもいい。ルールもないので、自分の好きなことが表現できます。あとは本当に、お客様に楽しんでもらえるようなショーを作ることが大事、というか。なので体操競技とパフォーマンスはベクトルが全然違うので、比べようがないかなと思います。ただ、どちらも練習が必要だということは変わりませんが。僕個人としては、体操競技をやっていて良かったなって思うのは、体操の男子って6種目(ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒)をやるんですが、いろいろやってきたおかげで、サーカスでもいろいろなことができるんです。なので、体操がベースだということはすごく役立っています。

メンバーの中には、元オリンピック選手もいますし、メダリストもいるんですけど、メダリストだからっていい役が配役されるかというとそういうことではなく、シルク・ドゥ・ソレイユではみんな同じスタートラインから始まります。そこも面白いなと思っていました。

田中 その点でいうと、私がフランスのサーカスに出会って衝撃を受けたのは、アーティストも裏方も制作も全員同じ、という平等性です。ヨーロッパの現代サーカスではアーティストもテントを立てるところから裏方までなんでもやりますし、だからサラリーも同じで、負う責任も同じ。そういうフラットさが衝撃でした。「スターを作らない」っていうところもその考えに基づいているのだと思いますが、カンパニー内の平等性が大事だということを、私はフランスの現代サーカスを知る中で、叩き込まれましたね。

「ニッティング・ピース」より。©︎Karoline Henke

「ニッティング・ピース」より。©︎Karoline Henke

“リスクを取る”ために“リスクを知る”

──現代サーカスの始まりは1970年代。以来50年ほど経ち、スタイルや作風、捉え方、カンパニーの運営の仕方なども変わってきましたが、お二人が現代サーカスにグッとくるポイントとはどんなところでしょうか?

田中 そうですね……世界中でいろいろな作品を観ましたが、「結局サーカスってこれだよな」と思うのは、一線を超えているかどうか。サーカスには“あえてリスクを取る”というところがあって、それはダンスにも演劇にもない部分だと思います。もちろんリスクを取ると言いながら本当に危険であってはいけないんですけど、創作の段階で一定のリミッターをかけてはいけないというか、チャレンジを続ける。ここまでの技術で、この劇場で、この環境だからここまでは出来るだろうということはみんな想像がつくわけなんですけど、それにとどまっていたら単なるパフォーマンスになってしまうので、そこを超えられるかどうかという視点を持つことは、すごく大きいと思います。もちろん、リサーチの過程では予想がつかないことも起こったりして大変なわけですけど、そこを経て、それを乗り超えていかないと、みんなの心が本当に動くようなものにはならないし、そこがサーカスの本質じゃないかと思っています。その点で、今日本で生まれつつある現代サーカスという文化が、“一線を超える”感覚までいけるかどうかというのは、本当にこれからだなという感じがします。

瀬戸内サーカスファクトリー「Workersワーカーズ!」より。

瀬戸内サーカスファクトリー「Workersワーカーズ!」より。

──確かにそうですね。今回紹介するサーカス・シルクールでも、カンパニーや作品のテーマとして「限界を超えろ」という言葉はよく出てきます。また“リスクを取る”にはリスクを知って、リスクヘッジする能力も身についていないといけませんよね。

田中 ちょっと脱線になってしまうかもしれませんが、奥澤さんにお聞きしたいんですけれど「サーカスアーティストは、失敗する練習もすごくする」という話を聞いたことがあって、「苦労して1つの技を作ったら、次に失敗する練習をするんだ」と。それは本当ですか?

奥澤 まさにその通りですね。僕はシルク・ドゥ・ソレイユで鉄棒の演技をずっとやっていて、鉄棒4台を四角く配置して、何人もが飛び交うっていう演目なんですけど、稽古ではまず1人で始めて、そこに1人、また1人と増やし、最後に4人で練習していくんです。でもぶつかったら怪我してしまうので、ぶつかりそうになったら鉄棒から降りなきゃいけない。そこで今、未知子さんがおっしゃったように、“降りるタイミングを見極める練習”をまずやるんです。それがベースでできていると、いざとなれば降りられるという安心感もあるし、技が安定していくんですよね。柔道で言ったら受け身から練習するような感じ。綱渡りの友達も、まずは落ちたときにどうぶら下がって、また綱の上に上がってポジションに戻るかという練習をやるそうです。やっぱり僕たちは機械ではないから。バランスが崩れることもあるし失敗することもある。その崩れたときにどう対処できるか。その対処の仕方ですらどう演技にできるかっていうことまで考えるのが稽古なんですよね。

田中 例えば1つの技をショーでやれるまで完成させるのに、どのくらいの時間がかかるものですか?

奥澤 鉄棒の場合は……鉄棒ってちょっと技術が特化しているので、“鉄棒ができる人”を集めるのを大前提として、ゼロから技を作る場合は1年ぐらいはかかりますね。

シルク・ドゥ・ソレイユ時代、奥澤秀人が行なっていた鉄棒パフォーマンスの様子。(本人提供)

シルク・ドゥ・ソレイユ時代、奥澤秀人が行なっていた鉄棒パフォーマンスの様子。(本人提供)

田中 わあ……。

──日本のクリエーション状況を考えると、1つの作品の1シーンを作るのに1年かかるっていう時間のかけ方はなかなか厳しいなと思いますが、でもだからこそ大きい技、危険度やリスクのある技を、見せるレベルにまで持っていけるとも言えますし……難しい問題ですね。

田中 瀬戸内サーカスファクトリーには、稽古をする場所はあるんです。そういう意味では、個人が時間をかけて練習する場所は今すでにあるんですけど、問題なのは技術者がいないこと。長く稽古に伴走し、技術を教えてくれる人を呼べたらいいんですけど、なかなかそこまでは難しいです。

瀬戸内サーカスファクトリーのパフォーマンスの様子。

瀬戸内サーカスファクトリーのパフォーマンスの様子。

奥澤 そうですね。例えばスポーツクラブだったら、やりたいスポーツのコーチがすでにそこにいて、僕らはやりたいスポーツを自由に選べるわけですけど、サーカスの場合は自分がやりたいアクトの指導者がどこにでもいるわけではない。また海外のようにサーカス学校があれば、指導者がすべてのアクトができるわけではなくても、基本的なことを教えたらあとは生徒たちの間で切磋琢磨できるということもありますが、日本にはまだそういった環境はないので、海外に学びに行ったり、YouTubeやInstagramを見ながら始めるしかないわけで……指導者の問題はありますね。

田中 その点でサーカス・シルクールがすごいなと思うのは、フランスに比べたらスウェーデンは決して環境が整っているわけではないのに、稽古を重ねて素晴らしい作品を生み出し続けていて、サーカスで経営が成り立っていること。その点に、とても興味があります。

──サーカス・シルクールは、作品の創作やサーカス教室を行っている本拠地・シルクール・ハウスをストックホルムのボトキルカ市から支援を受けて運営しています。現代サーカスの創作の場としてというより、教育や福祉などソーシャルな部分が高く評価されているのかな、という印象もあります。

田中 確かに現代サーカスはソーシャルな部分で役立ちますし、そういった取り組みも含めて、経営を成り立たせることは大切だと思います。