「気づかいルーシー」ノゾエ征爾×岸井ゆきの|ルーシーは本当に果てしない

松尾スズキ原作の絵本を、2015年にノゾエ征爾の脚本・演出により舞台化した音楽劇「気づかいルーシー」。愛すべき主人公・ルーシーのため、馬やおじいさんたちが“気づかい”ゆえに巻き起こすあれこれを、ポップでシニカル、キュートでユーモラスに描く。初演から2年、松尾に“ルーシーの生き写し”と絶賛された岸井ゆきのが、再びルーシーとして舞台に立つ。ノゾエと岸井、二人が再演に懸ける思いとは?

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 宮川舞子
スタイリスト / 下山さつき ヘアメイク / 石川奈緒記
衣装協力:ワンピース (那由多:03-6854-4230)

ゆきのちゃんは、ルーシーの生き写し

──2015年に初演された音楽劇「気づかいルーシー」は、愛嬌溢れる登場人物たち、田中馨さんによる印象的な楽曲、絵本の世界そのままの舞台衣装、シーンごとに組み上げられる積み木のような舞台装置と、大人から子供までが楽しめる音楽劇として大評判を呼びました。お二人の手応えはいかがだったのでしょうか?

左よりノゾエ征爾、岸井ゆきの。

ノゾエ征爾 この作品は絵本からスタートしていて、読まれた方はおわかりだと思いますが、亡くなったおじいさんの皮を剥ぎ、馬がそれを着ておじいさんになるとか、松尾(スズキ)さんらしくすごくぶっ飛んでいる世界観で、絵本だからこそ成立していた部分がたくさんあるんです。それをどう立体化できるか、いろいろハードルがありました。でも、キャストの皆さんが探求することを喜びと感じる人たちだったので、じっくり模索することができましたし、最初に想像してなかった領域に行き着けたような手応えがありましたね。

「気づかいルーシー」初演より。

岸井ゆきの 原作を読んだとき、最初は「これをどうやって舞台化するんだろう」って思いました。衣装合わせで“皮を剥がれたおじいさん”の衣装を見て、これはすごいものになりそうだなと(笑)。初日は当然、賛否両論あるだろうと想像していたんですけど、思ったよりも広く受け入れてもらえたというか、皆さんのハッピーな感想を予想以上に聞くことができて、初演の最中から共演者同士で「これは絶対に再演したい」と言っていたんです。

「気づかいルーシー」

ノゾエ 驚きの手応えだったよね。いろんな人に響いてほしいと思って歌や踊りとかいろいろ仕掛けは盛り込んでるつもりではあったけど、ゆきのちゃんが言う通り、それが1つひとつの“広さ”につながったというか。

岸井 はい。こんなに懐の深い作品だったんだって幕が開いてから実感しました。

──初演は松尾さんもご覧になったのですか?

ノゾエ 初日に来てくださいました。すごく喜んでくれて。ゆきのちゃんがルーシーの生き写しだって(笑)。

岸井ゆきの

岸井 松尾さんがいらっしゃるらしいと聞いて、プレッシャーだったしドキドキしてたんですけど、原作者の方に初日にそんなふうに言っていただいて、本当にうれしかったです。

──岸井さんが舞台に現れた瞬間、ルックス面でも放つオーラの点でも、本当に絵本からルーシーが飛び出してきたような感じがしました。

ノゾエ (絵本と岸井を見比べながら)今こうやって並べてみても似てますよね(笑)。再演ってキャストを変えてやることもありますけれど、もし変えていたら相当なプレッシャーだったと思います。あのルーシーそっくりだったゆきのちゃんをどうやって超えればいいのかと(笑)。

──原作を舞台化する過程で、絵本ゆえの“余白”やイラストが与える視覚的な印象を、ノゾエさんはどのように脚本に落とし込んでいったのでしょう?

ノゾエ すごく感覚的な話になりますが、松尾さんの世界観というか肌触りみたいなものが好きなので、それをなんとか抽出したいと思っていました。あと生身の人間がやる意義というか、(世界観を)広げたい、深めたいっていう思いはありましたね。原作の、いい意味のくだらなさって、生身でやるとイタさになる危険性がありますが、イタくならずにちゃんと面白いくだらなさにしたくて、そのハードルは高かった気がします。絵本特有の“余白”にあるものって想像力だと思うんですけど、舞台化しても全部を見せちゃうんじゃなく想像させたくて、その1つには舞台美術の影響がすごく大きいなと思ったんです。最初は全然違う感じの舞台美術で「すごく素敵なんだけど、何かがハマってないかな」ってちょっと違和感があり、稽古してて。で、あるとき、うちにジェンガがあって、積んでみたら「積み木にもなる!」って気づいて、すぐに舞台監督さんに連絡しました(笑)。積み木なら観る人によっていろんな捉え方ができるなって。

──舞台美術を手がけられた深沢襟さんと衣装の駒井友美子さんは、ノゾエさんが2012年に演出されたSPAC「病は気から」のスタッフの方ですよね。

ノゾエ征爾

ノゾエ そうです。僕は、すぐにこうって決めるんじゃなくて、いい偶然に出会えるまでいろいろ探していくのが好きで、「病は気から」でお仕事したお二人は、一緒に悩んでくれたんですね。なので「ルーシー」でも一緒にいい探検ができるんじゃないかと思ってお誘いしました。

──おじいさん役の小野寺修二さんも、2014年に上演されたM&Oplaysプロデュース「サニーサイドアップ」でノゾエ作品に出演経験があります。出演者であり、またクリエイティブチームにも入れるような方です。

ノゾエ 小野寺さんはご自分の作品だとどちらかというとフロントに立つ方ではないですけれど、僕は彼がセリフを持って舞台に立ったときの恐れている感じとか、自覚してない感じとか体のあり方がすごく好きで。彼のクリエイターとしてのブレーンも信頼してますし、一緒に作り、考えられたら、と思いました。

──ノゾエさんと岸井さんは、「ルーシー」が初めてのお仕事でしたが、岸井さんはオファーを聞いてどう受けとめられましたか?

岸井ゆきの

岸井 お話をいただいてから原作の絵本を読んで、最初はもっと児童文学的なものかと思ったんですが、松尾さんだからやっぱり全然違って(笑)。「どうしたらこんな想像ができるんだろう?」ってくらい面白い作品だったし、私、少し顔が似てる気がするし(笑)、歌も踊りもあるって聞いて不安もありながらも、がんばる!という気持ちで飛び込んでいきました。でもやっぱり最初は、どうしたらいいかわからなくて。歌ってこんなに難しいのかと。「私はどれならうまくできるんだろう」って悩みながら、休憩中もずっとノゾエさんのあとを付いて歩いてたんですけど(笑)。

ノゾエ 初日からちゃんとわかりやすく悩んでたね(笑)。でもその素直さがゆきのちゃんの武器だし、ゆきのちゃんのその在り方はチームにとっても大きかったと思います。できないことに対しても、ゆきのちゃんの目がずっとキラキラしてるんです。それは大きかったですね。

「気づかいルーシー」

──そんな悩みを感じさせない、堂々とした舞台姿だったと思いますが……。でも結果的に、舞台上のルーシーはもはや絵本の中のルーシー以上の人格を持っているというか、岸井さんならではのルーシーになっていましたよね。

岸井 急に自分の中で整理がついたんですよね。パズルのピースがはまったというか。どこをベースに演じていいのかずっと迷いがあって、それこそグラグラの土台の上にジェンガを上乗せしているような感覚があったんですけど。

──歌やダンスといった技術的な悩みということではなく演じるうえでの悩み、だったんですか?

左より岸井ゆきの、ノゾエ征爾。

岸井 そうですね。ミュージカルは好きでずっと観てきたんですけど、自分でやるとなるとどうやって歌に気持ちを持っていけばいいのかとか、このセリフのあとに歌を歌うにはルーシーの気持ちはどうなってるんだろうとか、ルーシーの生活の生理の中で歌って踊るところまでいきたいんだけど、それがどういう気持ちなのかがわからなかった。でもあるとき、急にそれが全部つながった瞬間があって、「これだ!」って道標ができたんです。

ノゾエ 明らかに目の色が変わった日があったよね。それは僕も覚えています。表現というのは、本当に答えがないものをずっと探してる感じで、それがすっきりできるかどうかは個人の感覚でしかないんですけど、ゆきのちゃんはもがき続けたから行き着いたんだなって思います。

「気づかいルーシー」
「気づかいルーシー」
  • 2017年7月21日(金)~30日(日)
    東京都 東京芸術劇場シアターイースト
  • 2017年8月4日(金)
    福井県 ハーモニーホールふくい
  • 2017年8月6日(日)
    長野県 まつもと市民芸術館
  • 2017年8月11日(金)・12日(土)
    富山県 富山市婦中ふれあい館
  • 2017年8月16日(水)
    広島県 はつかいち文化ホール さくらぴあ

原作:松尾スズキ(千倉書房「気づかいルーシー」)
脚本・演出:ノゾエ征爾
出演:岸井ゆきの、栗原類 / 川上友里、山口航太、ノゾエ征爾 / 山中崇、小野寺修二
演奏:田中馨、森ゆに

ノゾエ征爾(ノゾエセイジ)
脚本家、演出家、俳優。劇団「はえぎわ」主宰。1975年岡山県生まれ。1995年、大学在学中に演劇活動を始め、松尾スズキのゼミを経て1999年に「はえぎわ」を始動。以降、全作品の作・演出を手がける。2012年に「◯◯トアル風景」にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞した。映画やドラマなど映像作品にも俳優として多数出演。広島アステールプラザや北九州芸術劇場のプロデュース公演など地方での長期滞在創作活動や、世田谷パブリックシアター@ホーム公演(高齢者施設巡回公演)、小野寺修二演出「あの大鴉、さえも」の上演台本執筆など、劇団外での活動も精力的に行っている。2016年12月には、故・蜷川幸雄の意を継ぎ、さいたまスーパーアリーナで、「1万人のゴールド・シアター2016『金色交響曲~わたしのゆめ・きみのゆめ~』」の脚本・演出を手がけた。
岸井ゆきの(キシイユキノ)
1992年神奈川県出身。ドラマ「小公女セイラ」でデビュー。以降、映画「ピンクとグレー」(行定勲監督)、「友だちのパパが好き」(山内ケンジ監督)、大河ドラマ「真田丸」など、話題作に次々と出演し注目を集める。舞台は「ヒッキー・ソトニデテミターノ」(岩井秀人作・演出)、ベッド&メイキングス「墓場、女子高生」「サナギネ」(福原充則作・演出)、城山羊の会「身の引きしまる思い」(山内ケンジ作・演出)、「るつぼ」(ジョナサン・マンビィ演出)など。主演映画「おじいちゃん、死んじゃったって。」(森ガキ侑大監督)の公開が控える。