「かさなる視点」宮田慶子&上村聡史「城塞」 / 小川絵梨子「マリアの首」|世界と自分の結びつきを、演出家たちの舵取りで感じ取って

「マリアの首」演出・小川絵梨子インタビュー

「かさなる視点-日本戯曲の力-」シリーズの第3弾で「マリアの首 -幻に長崎を想う曲-」の演出を手がけるのは、新国立劇場演劇の次期芸術監督・小川絵梨子。3月上旬、彼女に稽古に入る前の心境をインタビューした。

史実を忘れず、劇作された人物が生き生きと立ち上がるように

──小川さんは昨年2016年の「かさなる視点」の会見(参照:新国立劇場「かさなる視点」で、芸術監督の宮田慶子「日本の戯曲に触れて」)で、宮田慶子芸術監督からのご提案で本作をお読みになったとおっしゃっていました。本作は、爆撃され被爆した浦上天主堂のある終戦後の長崎を舞台に、昼は看護婦として、夜は娼婦として働く鹿と、夫の詩集と薬を売る忍、看護婦の静を軸に、天主堂の壊れたマリア像の残骸を巡って物語が繰り広げられます。小川さんが本作に惹かれたのは、どういった部分だったのでしょうか。

まず最初に、女性の物語であることに惹かれました。また、私は小学校からずっとカトリックの学校で教育を受けましたので、主人公たちのキリスト教への思いはわりと身近に感じることができました。もちろん、わかりやすく、身近に感じることができる、というタイプの作品ではありませんが、残酷さと愛情が混在する物語の描かれ方にも大変に興味を持ちました。

──キャスティングについて、鹿役に鈴木杏さん、忍役に伊勢佳世さん、静役に峯村リエさんをイメージされたのはどのような点でしょうか?

左から伊勢佳世、鈴木杏、峯村リエ。

お三方に共通していることとして、まず、この戯曲に立ち向かうにあたって、地に足がついた方(この表現が正しいのか難しいところですが)、人間としてどっしりとした存在感のある方にお願いしたいと思っていました。このお三方に集まっていただけて、とても感謝しています。鈴木さんは、一度ご一緒させていただきましたが、役以上に作品に寄りそってくださる、素晴らしい俳優さんでした。作品によっていろんな顔を見せてくださいますが、共通して、常に非常に印象に残る特別な存在感をお持ちの方だと思っています。伊勢さんは、何度かご一緒させていただいた、大変に信頼する、魅力的な方です。毎回、新しい役柄に挑戦してくださり、伊勢さんの持っていらっしゃる多面的な魅力を、今回も全力で舞台に反映していただきたい、と思っています。峯村さんとはご一緒するのは初めてですが、母性的な所と少女的な所、どっしりした所とチャーミングな所とが一緒に存在していらっしゃって、とても魅力的な俳優さんだと感じていました。ご一緒するのがとても楽しみな方です。

──翻訳劇の印象が強い小川さんですが、戯曲との向き合い方で今回、いつもと違うこと、あるいは変わらないことはありますか?

いつも戯曲の読み方が甘かったり、ぬるかったりして、反省することが多いのですが、現段階で考えている演出プランを実現させるには、かなり綿密に練りこんでおく作業が必要になると思っているので、今回は特に、いつも以上に、よっぽど明確なビジョンを持たなければと感じています。翻訳劇のときは、原文の台本と翻訳台本と、情報源が多重にあることが助けになることも多いのですが、当たり前ですけれど、日本語で書かれた作品の場合は、その台本からのみしか情報を得られないので、そのあたりの心構えはだいぶ違うように思います。

──小川さんは30代。戦争を知らない世代ですが、戦争の影を背負った本作に取り組むにあたって、史実というリアリティと、劇作というフィクションのバランスはどのように考えていらっしゃいますか?

戦争を体験としては知らないので、戦争について「観客に教える」舞台にすることはできません。史実として、こういうことがあった、ということは忘れずに、しかし、劇作された人物たちが鮮やかに生き生きと立ち上がってくるように、作品に対峙したいと思っています。

──本作は「かさなる視点」シリーズの最後の作品となります。谷賢一さん、上村聡史さんとお話されたり、お互いの活動をご覧になる中で、演劇や世界に対峙するうえで、同世代として共感する部分、あるいは違いを感じる部分があれば教えてください。

私は劇団に所属しているわけでもなく、またユニットやグループがあるわけでもないので、今回のように、同世代の演出家の方々の輪の中に入れていただけるのが、大変にうれしいです。勝手な私見で恐縮なのですが、同業者でありライバルであるのと同時に、それだけではないもの、ある種の「同期」的な気持ちを持ってもいます。現在、新国立劇場の次期芸術監督就任予定者として、芸術参与という役割をいただいておりますが、芸術監督に就任できた暁には、今、私が「同期」だと感じているような、同世代の演劇人の皆様のお力を多く拝借したいと考えております。

かさなる視点―日本戯曲の力― Vol.3
「マリアの首 -幻に長崎を想う曲-」
「マリアの首 -幻に長崎を想う曲-」

2017年5月10日(水)~28日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場 THE PIT

作:田中千禾夫
演出:小川絵梨子
出演:鈴木杏、伊勢佳世、峯村リエ、山野史人、谷川昭一朗、斉藤直樹、亀田佳明、チョウ ヨンホ、西岡未央、岡崎さつき

小川絵梨子(オガワエリコ)
小川絵梨子
1978年東京都出身。2004年にアクターズスタジオ大学院演出部を卒業。2006から07年に文化庁新進芸術家海外派遣制度研修生となる。2010年にサム・シェパード作「今は亡きヘンリー・モス」の翻訳で、第3回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。2012年に「12人~奇跡の物語~」「夜の来訪者」「プライド」の演出で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞を受賞。また「ピローマン」「帰郷-The Homecoming-」「OPUS/作品」の演出で第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞」優秀演出家賞を受賞。2016年9月より新国立劇場演劇芸術参与を務める。2018年9月に新国立劇場 演劇芸術監督に就任予定。