「かさなる視点」宮田慶子&上村聡史「城塞」 / 小川絵梨子「マリアの首」

“汚染された劇場”をテーマに

──キャストのお話が出ましたが、顔合わせについてはどのように決められたのですか?

上村 特に今回は喜劇にしたいと思っていたので、登場人物たちを甘くも辛くも造形される人たちと一緒に作りたいなと思いました。山西さんのお芝居は、いくつも拝見していて。KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんのコメディから井上ひさしさん、またはこの劇場でも上演された別役実さんや秋元松代さんと幅広く、そして硬軟織り交ざる人物造形に魅力を感じていました。また、萬長さんは「アルトナ~」でご一緒させていただき、前回は引きこもりになってしまった息子を見守る父の役でしたけど、今回は自分が引きこもりの役で。

宮田 本当だ(笑)。

上村 あと、日本人として満州に対する考え方、日本人としてどう満州の問題を見つめていくかということを、演出者として萬長さんと作ってみたかったというのがありました。

宮田 女たちの存在も、またいいですよね。

上村 そうですね。稽古中にふと、これは女性2人がいかに過去を断ち切って今を壊していくかって話じゃないかと思えてきて。

宮田 うん、だと思う。

上村 それと今回の座組は、山西(惇)さんは劇団そとばこまちの出身だし、あとはみんな「~座」が付く人たちなので、プロデュース公演ではあるんですけどみんな劇団出身だから風通しのいい空気が現場には流れていて面白いんです。稽古が始まる前や休憩中はシーンとしてるのに、稽古が始まるとわやわやわやわやー!って。

宮田 あははは。それ面白い。

──お稽古場で少し拝見させていただきましたが、美術もかなり印象的ですね。舞台美術を手がけられる乘峯雅寛さんとはどんなお話をされたのでしょうか?

上村 まずこの芝居で、作家がどういう意図で登場人物を固有名詞ではなく、“男”とか“男の父”とか“従僕”って呼び名で呼ぶことにしたのか、その意味を探っていきました。そのときに、この芝居自体をも劇中劇として意識している部分があるんじゃないかと思い至って。そういった芝居を、今上演するにはどんな視点を持ったらいいか考えたときに、2人の間で導き出されたのが“汚染されてしまった劇場”というイメージ。

宮田 汚染?

上村 はい、人工的なことの影響や、近代から現代の風化ということも含めての、汚染。それで、舞台から生活感を廃し、真実が嘘となり、嘘が真実となる劇場をコンセプトに捉えて美術を考えていきました。戯曲にさまざまな指定もありましたが、戦後72年経って、よりこの物語を客体化したような作りをしたいという思いもあって。具体性よりもイメージ先行のビジュアルにしようと思いました。

日本の戯曲は言葉から作家の肌合いを感じる

──本シリーズでは、翻訳劇の印象が強い3演出家が日本の戯曲に取り組むということも見どころの1つです。これは宮田さんにもお伺いしたいのですが、演出家の仕事として、翻訳劇と日本の戯曲では取り組み方に違いはありますか?

宮田 私は日本語の新作戯曲ばかりと取り組む劇団青年座で育ったので、日本の作家の作品はまずその作家の作品の言葉に真摯に向き合うことから、と思ってます。向き合った挙句、つかむものは結局言葉にできない感触みたいなものだったりするんだけど、それでも同じ土壌で生きている者同士の共通した感覚によって、深いところが揺さぶられたりするのね。例えば言葉のチョイス1つでも、その人が育った環境とか美意識や思考傾向ってわかるじゃないですか。特にこの三島由紀夫、安部公房、田中千禾夫は読んでるだけでその違いがわかるというか、言葉自体から匂い立つその作家の体質みたいなものがすごく読み取れる。その感覚は大事にしたいし、だから日本の戯曲の場合にはセリフと向き合うことにとても慎重になります。一方、翻訳劇に関しては、最近は優れた翻訳家さんがいっぱいいらっしゃるけれど、言葉や文体から、その作家の肌合いまで感じられるような翻訳ってかなり高難度ですよね。その分、セリフより構造として作品をどう捉えるかという作業が大きくなるかな、私は。どうですか、文学座は?

上村聡史

上村 僕はこの時代の戯曲に取り組むのは初めてで、日本語の戯曲といっても現代戯曲とはまた違うなと思うんですが……翻訳劇の場合、あるセリフを翻訳するときに、音を意識するか意味を重視するか、選択肢が2つありますよね。日本の戯曲の場合は、口語であっても例えば安部公房には安部公房なりのリズムがあって、音と意味が同時に備わっている。そこに翻訳劇と同じような気持ちの乗せ方でシーンを立ち上げようとすると、すでに文体で確立されている分、表現がtoo muchになってしまうんです。そのバランス調整が新鮮に感じます。ヨーロッパの言語は、自己主張のためにあるかのように直線的だけど日本語ってもう少し“了解していく言語”だと思うので、振る舞い方やニュアンス、状況、関係性でいろんな聞こえ方がしてくるので、その辺りの采配が楽しいですね。

宮田 そのさじ加減は、かなり繊細ですね。

上村 ただ翻訳劇のように原文がないので、「これどういうことなんだ?」って思うことが出てくると……。

宮田 あるある! 「ん?」って思ったときに翻訳劇だったら原文を見て、リズムとか単語のチョイスでこういうことかって思えたりするけど。

上村 そうなんです、この前も萬長さんが「これ原文ないのか」って言って(笑)。

宮田 その感覚、さすが萬長さん!(笑)

かさなる視点―日本戯曲の力― Vol.2
「城塞」
「城塞」

2017年4月13日(木)~30日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場

作:安部公房
演出:上村聡史
出演:山西惇、椿真由美、松岡依都美、たかお鷹、辻萬長

上村聡史(カミムラサトシ)
上村聡史
1979年東京都出身。2001年に文学座附属演劇研究所に入所。2005年にアトリエの会「焼けた花園」で初演出を手がけ、2006年に座員に昇格。2009年より文化庁新進芸術家海外留学制度により1年間イギリス、ドイツに留学。受賞歴に、第22回読売演劇大賞最優秀演出家賞、第56回毎日芸術賞・千田是也賞ほか。演出を手掛けた主な作品に「アルトナの幽閉者」「ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる」、「信じる機械」、「弁明」、「対岸の永遠」、「マーダー・バラッド」、第69回文化庁芸術祭大賞を受賞した「炎 アンサンディ」など。2017年は、6月から7月に真船豊「中橋公館」、9月に三好十郎「冒した者」と日本戯曲の上演が続く。
宮田慶子(ミヤタケイコ)
宮田慶子
1980年、劇団青年座 文芸部に入団。83年青年座スタジオ公演「ひといきといき」の作・演出でデビュー。翻訳劇、近代古典、ストレートプレイ、ミュージカル、商業演劇、小劇場と多方面にわたる作品を手がける一方、演劇教育や日本各地での演劇振興・交流に積極的に取り組んでいる。主な受賞歴に、第29回紀伊國屋演劇賞個人賞、第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、芸術選奨文部大臣新人賞、第43回毎日芸術賞千田是也賞、第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞など。2010年に新国立劇場 演劇部門の芸術監督に就任、16年4月より新国立劇場演劇研修所所長。また公益社団法人日本劇団協議会常務理事、日本演出者協会副理事長も務める。